野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】 作:只野夢窮
緊急国防委員会発足から、数か月後。
エルフィンド王国女王エレンミア・アグラレスと、エルフィンド王国陸軍大臣ラエリンド・ウィンディミアは、アスカニア王国とグロワール帝国の国境を、豪奢な馬車で越えようとしているところである。
「外交ってうまくいかないものなのね~」
「そりゃ、キャメロットの仲介があるとはいえ、これまで鎖国していましたからねえ」
彼女らはキャメロット王国の外交官に仲介を依頼し、直々に各国の君主に拝謁し、そして事情を話して対オルクセン戦の支援および参戦を求めた。対内的には、「見分を広めるための旅行」ということにしてある。教義大臣モリンドは、「女王陛下が国外に出るなんて!」と激怒したが、国外に出るぐらいのことで女王に逆らおうという人間は、流石にモリンドの他にはいなかった。
むろん、各国首脳に予言の話をすれば、正気を疑われるだけである。「確かなルートで確認した」とだけ伝えた。
これで信用があるわけがない。
エルフィンド側の交渉はこうだ。
「我々の言うことを信じられないということは至極当然だ。だから、オルクセンが我々の国に攻め込んだ後でいいから、動員してオルクセンに攻め込んではくれないか。我々は貴国の動員が完了するまで、一年でも二年でも、オルクセンの精兵相手に戦える。我々には領土的野心はない。だから領土は切り取り放題にしてもらって構わないし、それ以外の講和条件についてもオルクセンと直接交渉してもらって構わない。もし列商国の皆様が立ち上がらなければ、星欧の中央に、北海を完全に掌握し、魔種族を完全に統合し、経済規模ではグロワールをも圧倒する上に列商国一位のキャメロットと好意的関係を結んでいる超大国が出現してしまい、パワーバランスが崩壊してしまう。そうなってからでは、皆様は
これに対して、各国の態度は冷淡であった。というかいきなりこんなトチ狂ったことを言い出す人たちに、面会の機会を与えてくれるだけ優しいと言える。(まだ「レーラズの森事件」は明るみになっていないのだ。外交上のわずかなアドバンテージである、人間からエルフへの好感情を生かして、本来では会えない人に会い、話せない話をするよりほかにない。)
オルクセンが最後に侵略戦争を行ったのは、ロザリンド――――すなわち120年前の話である。
最初に話した、ロヴァルナ帝の反応はこうだ。
「オルクセンが貴国に攻め込むとして、精兵を以てするとは信じがたい。グロワール帝国と余の国、東西に敵対する二大陸軍国家があるのに、予備や後詰ならまだしも、精兵を北に突っ込むなど正気ではなかろう。まだ、余の国に精兵を以てして攻め込んだところを、貴国が背後をつくという話であれば理解できるのだが……」
訳するとこうだ。
「お前らごときちっぽけな半島引きこもりニートに、オルクセンが全力で当たるわけないじゃん。国力差何倍あると思ってるねん。てか、オルクセンがうちのこと、予備兵で対処できると舐めてるってこと? まだうちに精兵で突っ込んでくるところを自分たちが背後つきます!なら理解できるけどさ」
大変尤もである。
オスタリッチ帝、アスカニア王も出兵はできかねるという立場であった。
「オスタリッチとしては、オルクセン王国に融和するべきか、それとも敵対するべきか、国内が一枚岩にはなっておらなんだのです」
オスタリッチ帝は、個人としては極めて物腰が柔らかで、初めて会う白エルフ族のことを丁寧にもてなしてくれた。そればかりではなく、胸襟を開いて
(それをまとめるのが、あんたの仕事でしょーが!)
エレンミアとしては、内心そう思う。しかしオスタリッチ帝の立場も理解できる。
(こっちの世界の同じ立地の国と同じで、多民族国家だものねえ……)
「我が国はご存じの通り、多民族国家です。魔種族の皆様と人間ほどには違いがあるわけではありませんが、それでも生活様式や文化が異なる民族が混じりあって生活しております。商業を主な生業をする民族は、コボルド族との交流が深く、よってオルクセン寄りの立場です。一方で農耕を主な生業をする民族は、オルクセンの安価な農作物に生活を圧迫されており、しぜん反オルクセンの立場をとります」
「なるほど……」
OLの教訓その3。こういう時は同意できなくてもとりあえず相槌を打っておけばよい。
「もちろん、不当な侵略戦争には賛成できませんが……とにかく、オルクセンの後背をつくとご確約することはできません」
「そうですか……こちらこそ無理を言って申し訳ございませんでした」
アスカニア王はもっと冷淡で率直だった。これまでずっと鎖国してきた国がいまさら助けを求めるなんてことは、都合がよすぎると思っているようだった。そしてそれは勿論正しかった。
「白エルフの国には地図もないのか?」
あまりに率直な嫌味だった。
「見ての通り、わが国はオルクセン王国の中に、細い回廊部でつながっている領土がある。細かい説明までは差し控えるが、この回廊をふさがれるだけでも我が国には大打撃だ。それに国土の大きさ、国力、どちらも隔たりがある。オスタリッチやグロワールが要請するのであればともかく、一国でオルクセンとは戦えんよ」
「逆に言えば、そのどちらかの国がオルクセン包囲網を組むというのであれば、オルクセンと対立する可能性もあると?」
「それを貴国に説明する必要はないように思えますね」
「はあ……」
「陛下、それでも収穫がなかったわけではないでしょう」
ウィンディミアの言う通りだ。ロヴァルナ帝国は「ないとは思うが、万が一そのようなことがあれば、非難声明を出す程度のことはしてもよい」と言ってくれた。オスタリッチ帝国も、「不当な侵略戦争ならば」という但し書き付きではあるが、非難声明を出し、場合によっては講和の仲介を引き受けることも可能だと言ってくれた。アスカニア王国にしても、現実的にはオルクセン王国と事を構えられない、という話であって、オルクセン寄りというわけでもなさそうである。
密約というほど立派なものではない。文面もないし、履行を強制するような国力がエルフィンドにあるわけもない。履行されたとて、それで状況で大きく好転するとは思えなかった。それでも、全くの孤立状態で戦争に突入した『予言』の状況よりは、まだマシだった。
「それに、次の国が本命でしょう?」
そうだ。その通りだ。
大国グロワール。文化と大陸軍の国。今はかの英雄の孫、老帝デュートネ三世が治めている。すでに齢六十八を数え、若いころの放蕩で体はボロボロ、『予言』通りに話が進めば、後二年ほどで落馬して死亡する。かつてデュートネ一世時代に最強と呼ばれた大陸軍はそのころからほとんど進歩していない。
それでも、なお、農民徴募軍が主体のロヴァルナ帝国や、多民族国家すぎて兵の言語を将が理解できないことすらあるオスタリッチ帝国よりは、よほど兵質に優れ、量も国民国家を背景にしてそれなりの数を吐ける。
何年か前にエトルリア統一戦争に介入した時の兵数が、七十万。
『予言』でエルフィンドが総力戦で吐き出した兵数が五十五万だが、これは警察や秘密警察、あるいは国民義勇兵まで総動員しての兵数である。他国に介入するための、純粋な軍人を七十万吐くというのは、これはやはり大国の底力というほかない。
それに、グロワール帝国には、オルクセン王国と領土問題がある。
フォルザス=ボレーヌ。オークどもの言葉ではファルザス=ボルトリンゲン。現在はグロワール帝国領となっている、国境沿いの山脈地帯である。石炭と鉄をよく産出し、現地にはそれを採掘するドワーフやオークたちも少数存在する。
今でこそ沈静化しているが、デュートネ戦争前には、魔種族がいることを理由にグロワールが領有権を主張したこともある。当のオルクセン王国としても、仮想敵国と言えば第一にグロワール帝国、第二にロヴァルナ帝国、この二か国に挟まれて二正面作戦を強いられることを警戒しているのである。
「これでダメだったら……アルビニー王国でも行ってみる?」
「いいですな。無駄足でしょうが、歴史書には『最後まで外交努力をした』と書いてもらえますよ」
「あははは……」
グロワール帝国の首都リュテス、カルーゼル宮殿にて。
エレンミアとヴィンディミアは、あまりにも壮麗な宮殿に迎えられ、まるでおのぼりさんのように口を開けることになった。むろん自分たちの国の首都、ティリオンも、美的感覚で言えばけして劣ったものではない。しかしこの宮殿の巨大さと豪奢さときたら!エレンミアなどは、宮廷内で日に三度迷ったという。
いよいよデュートネ三世に出会ってみると、彼は優しく赤ワインを勧め、こう言った。
「あなた方の用件はすでに聞いています。オルクセンによる侵略に対して恐怖しているのですね?」
「ええ、そうです。そして確度の高い情報によれば、わが国に来年侵略してくることはほぼ間違いないかと」
「実際のところ、どの国もオルクセンには恐怖しているのですよ」
ああ、我が祖父を倒したからではありませんよ、と微笑を浮かべる。
「彼の国はあまりにも陸軍を膨張させすぎた。一説には、百五十万人の兵を動員できるとか。大陸軍よりも質が高く、ロヴァルナ軍よりも量が多く、オストリッチ軍よりも均質な軍」
「はい、ゆえに、彼らが精兵を我々に差し向けた際に、叩くべきかと」
「それがまず。間違った発想なのです」
「……どういうことでしょうか」
「あなた方の国を亡ぼすためには、五十万もいれば足りるでしょう。残り百万。到底、一国で戦える量ではありません。わかりますか?
「……」
予言の詳細についてまでは伝えていない。なのに、五十万という数を瞬時に出してきた。やはり帝国を一つ統べる男の軍事的直観ともいうべきものは、けして馬鹿にならないものだ。
「あなた方は東から来た。おそらくロヴァルナ、オストリッチ、アスカニアと交渉してきたのではないですか?」
「……ご賢察の通りです」
「そして、断られたのでしょう」
「その通りです」
「無理もないことです。オルクセン陸軍はもはやどのような国も止められない世界の破壊者となった。ロヴァルナとグロワールを相手にした二正面作戦ですら悠々とこなすでしょう。本当に彼らを止めたければ、ロヴァルナ=グロワール=オスタリッチの三か国同盟が必要ですし、我々は必要があればそうするでしょう。しかし…………貴国はそのためにどのようなリターンも提示できないように見えます」
「……お言葉の通りです」
「私がいかに美しい女性が好きだと言ってもね、そのために国を傾けるようなギャンブルはできない。決してね」
「…………」
「………………とはいえ、とはいえ。これ以上オルクセンが伸張するようなことは避けたいというのも事実です」
「!」
「軍需物資を格安で売って差し上げましょう。型落ち品の銃砲と、二級品の石炭や鉄鋼でよければ、ですが。それに加えて、オルクセンが貴国に攻め込んだ際には、国境沿いに部分動員をかけて差し上げます。宣戦布告は決してしませんがね。これが最大限、あなた方に提供できるものです」
「ありがとうございます!」
「戦うのはあくまであなた方です、麗しき白エルフの女王よ。そして本当に、オルクセンの精兵相手に一年、二年持たせられるというのであれば、
「……肝に銘じます」
「言っておきますが、我々が売る軍需物資の輸送の安全に責任を負うのは、あなた方ですよ。そのためにはオルクセン海軍を対処する必要がある。しかしあなた方にはそれぐらいの力はあるでしょう」
「ええ、海軍は私たちが唯一勝っている要素ですから」
ははは、面白いお嬢さんだ、とデュートネ三世は笑った。
「外交一年生だから仕方ないかな。そういうことは正直に言わないものだよ」
「外交二年生を迎えられるように精進いたしますわ」
「ふははは、結構、結構、それではそうなるまで、私も生きていないといけないな。今日の赤ワインはボトルキープしておいて差し上げよう。もしオルクセンの侵攻を、貴国が跳ねのけたなら……その時は残りのボトルを三人で開けようではないか」
「ぜひそうなるよう、奮励努力いたしますわ」
「いやあ、こちらから提供できるものが全くないにしては、次善の結果となりましたね、女王陛下?」
「ええ、そうですわね。キャメロット製の軍需物資と、グロワール製の軍需物資を混ぜて運用することについては、クーランディアに何か考えさせますか」
「それにしても……デュートネ三世が女好きというのは、噂通りみたいですね。ずっと女王陛下の胸元を見てましたよ」
「ウィンディミア?」
「こうなったら、陛下はデュートネ三世の愛妾になったという噂でも流しますか。案外、本気で抑止効果があるかもしれませんよ」
「ラエリンド?」
こうして彼女らは自国に帰還した。いくらかの密約を携えて。しかし彼女ら自身も気づいてはいないが、この外遊の収穫は他にもあった。
「それが真実かどうかはわからないが、少なくともエルフィンド王国中枢部はオルクセンによる軍事行動の兆しをとらえていて、長年の鎖国を解いて助けを乞うまでに深刻に捉えている」
人の口に戸は建てられぬ。この噂は星欧外交界で瞬く間に広がった。当然、オルクセン側にもこの噂は届くことになる。
「スパイがいるのか?」
「いや、黒エルフを助けてるのがバレたんだろう」
「どう頑張っても毎年の演習から漏れるものはあるんじゃないか」
「少なくとも奇襲効果は見込めないかもしれない」
「これで馬鹿正直にエルフィンドを挑発したら、以前から攻め込むつもりで計画してたと露見するんじゃないか」
オルクセン側にも動揺をもたらし、ある陸軍の部局では無実の罪でスパイとして告発されるものも出るのだが、これはまた別のお話――――