野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】   作:只野夢窮

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『完璧』の行方

 星暦八七六年一〇月一〇日 二十一時五十九分

 エルフィンド王国 首都ティリオン 宮廷第三会議室

 緊急国防委員会 開戦直前御前会議

 

「それでは……例の外交書簡は、そのまま送るということでよろしいでしょうか、女王陛下」

「ええ、ウィンディミア、そうしてちょうだい」

「かしこまりました」

「陸海軍の準備はできているわね?」

 陸海の両大将に目配せをする。

「決して完璧ではありません。アルトリア要塞の要塞化はほぼ完了しています。キャメロット製とグロワール製の銃砲の混在問題については、重要拠点であるアルトリア一か所に集積することで多少緩和はできていますが、やはり補給上の困難は免れないかと。ファルマリアの防衛設備強化については、まだ完成度が七割と言ったところです」

「ありがとう、マルリアン。ファルマリアについては海軍の決戦が終わるまで持ちこたえればいいから、それでもかまわないわ。海はどうかしら」

「はい、タスレンの軍港化の進捗は6割ほどといったところです。修理ドックは完成していますが、すべての船を入れられるスペースはありません。これについては、無傷の船だけはフィヨルドに隠匿することで対応できるかと。あとは女王陛下のご提案された()()()()()()()()()()()についてですが、先週完成し、すでにファルマリア港に曳航が完了しております。

「ならば問題ないわね、ファラサール」

「あ……あの……」

「何かしら、軍事の素人大臣さん」

「せめて苗字で呼んでいただけないですか。確かに私はこの中では唯一軍での役職がありませんが。オルクセンがまだ挑発をしてこないのであれば、可能な限り開戦を引き延ばしたほうがよいのではないでしょうか。何も準備不足の状況で開戦することはないでしょう」

 

 女王は「はあ」とため息をついた。

「あのね、準備が十分になることなんてのは、今回に限ってはありえないの。お前の横領と王室費で予算をごまかすのはもう限界よ。それに、時間をたかだか一年、二年稼いでも、国力差は埋まらないわ。敵は百二十年、富国強兵してきたの。その上、来年の二月にはこちらの唯一勝っている海軍力をひっくり返す新造艦、ラーテが就役するわ。その前に、オルクセン海軍を壊滅させておく必要がある。そして冬の北海は戦闘行動が難しくなる以上――――今年の秋。つまり、今が開戦のリミットよ」

「……」

「お前のほうでも準備はできているのよね?」

「もちろんでございます。首相ダリンウェン、外務大臣ミアラス、教義大臣モリンド、その他若干名の教義主義者については開戦後、即捕縛および軟禁いたします。その他閣僚も、ご親政に反対するものあらば、即座に排除できるよう、万事手はずは整っております」

「よろしい。まあ、お前の言うことも尤もなのよ……開戦しないに越したことはないわ」

「はあ……」

「例の外交書簡を送った後、()()()キャメロット経由で詫びを入れるわ。女王名義でね。これで侵攻が阻止できればよし、でもおそらくは阻止できないわ。本当の狙いは『エルフィンドが国家元首名義で下げた頭を、踏みつけて侵攻するオルクセン』という図を描くことよ」

「外交ですな……外交と言えば」

「ああ、あなたの部下の不手際の話ね。レーラズの森事件については、すでに二の矢と三の矢を準備しているわ。どちらかが上手くいけばよいのだけれど」

「二の矢というのは、我ら陸軍がアンファングリア旅団の渡河を猛攻撃して、これを半減せしめるということだ。これは国境警備隊だけでは荷が重いから、わが軍の中でも最精鋭のマルローリエン旅団を投入する」

 マルリアン大将が口をはさんだ。

「やつらの数さえ減れば、発見される可能性は大幅に減る。護符の気配を感じ取れるのは、エルフだけだからな。軍事行動としても、渡河中の敵を攻撃するのは当然のことだ……お前の部下の不手際のせいで、我が兵が余計に死ぬことにはならんから気にするな」

 もちろん、気にしろという意味である。

「痛み入ります……して、三の矢とは」

「それはできれば使いたくないのだけれどね――――使うことになれば、いずれお前にもわかることです」

 明かすつもりはないのだということだ。元はといえば己の部下の不手際、己の部下の不手際は己の不手際である。プレンディルは深く頭を下げた。ここは閣議ではない、非を認めたとしても、己が必要な人材である限りは、消される心配はなかった。そんな職場はいつぶりだろうと思った。

「それでは、各自のやることを再度確認するわ」

 OL時代の流儀その四。会議の終わりに、再度タスクを確認する。ぬけ漏れを防ぐシンプルなやり方は、軍隊で求められる命令の復唱にも似ていた。

「陸軍はノクロストを放棄、モーリアに駐屯する国境防衛隊はパウル橋梁群と鉄道駅を破壊し、短期間の防衛戦を行った後に降伏。ファルマリアに向けて渡河してくる黒エルフ旅団を、国境警備隊およびマルローリエン旅団にて撃滅。主力はアルトリアに集中させ防衛戦闘を挑む」

「海軍はベラファラス湾において全艦を以て艦隊決戦に勝利し、渡河支援を行う通称”屑鉄艦隊”が河から下ってきたところをさらに撃破。その後は残存艦をタスレンに移動させ、もって制海権を手中に収める」

「秘密警察は首相、外務大臣、教義大臣および数名を開戦時に捕縛・軟禁。罪状は『オルクセンの侵攻を見抜けなかったこと』および『オルクセンに開戦の口実を与える文書を送付したこと』。その後は首都ティリオン、要塞アルトリア、軍港ファルマリアを中心に治安の維持及びスパイの発見に努めます」

「私はオルクセンの反応を確認次第、準備しておいた書面を即座にキャメロット大使に手交しますわ」

 

「…………緒戦を『予言』によって凌げば、後はわたくしにとっても未知の世界となりますわ。白エルフは完璧ではない。過去に過ちがあり、現在に困難があり、未来に暗闇がありますわ。しかし、完璧ではないからと言って、併合して、同化して、踏みにじることが許されますか! 断じてそうではありませんわ。そしてそれを許さないこと、白エルフの祖国を残すことは、今わたくしたちの背中にのしかかった責任ですわ。ここにいる全ての人員が最善を尽くすことを、わたくしは疑っておりません。皆様に、黄金樹のご加護があらんことを!」

「「「「「黄金樹のご加護があらんことを!」」」」」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 星暦八七六年一〇月()()

 オルクセン首都 国王官邸

 

 一週間前、エルフィンド外交書簡事件が引き起こされ、キャメロット公使たちが大慌てで帰還したその場所に。

 まるで()()()()のように、同じ人物がいた。すなわちテーブルの一方には、キャメロット外務省在オルクセン駐箚公使クロード・マクスウェルおよび同差遣特使サー・マーティン・ジョージ・アストン。もう一方には、オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインおよび同国外務大臣クレメンス・ビューロー。

 昨日とはまるで異なり、バタバタと数日前にアポイントメントを取り付けた急な会合である。

 

 とはいえ、外交上、時候の挨拶を省いてよいわけではない。軽い挨拶の後、マクスウェル公使が口を開いた。

「本日お忙しいところお時間をいただいたのは、言うまでもなく、()()()()にございます」

「……エルフィンドの件ですか」

「はい、貴国の反応を、わが国としては当然エルフィンド大使にお伝えしました。そうしたところ……」

 マクスウェル公使が懐から外交書簡を取り出す。

「三日後にはこれを渡されたのです。三日後と言えば、エルフィンドに魔術通信で連絡したとしても、そこからエルフィンド女王に上奏して、外交文書を作成して、近距離とはいえ船で運ぶわけですから――――ほぼ即座に女王が判断して作成した。そう考えてよいでしょう」

「ふむ……まるで我々の反応を予見していたかのようですな」

「とにかく、見てみないと何とも言えませんな、我が王」とビューローが言う。

「尤もだ」とグスタフも答え、さっそく書簡を受け取り、封を開ける。

 そこにはまあざっくりというと、このような内容が書いてあった。

 

・我が国の外交書簡の誤りで、オルクセン国王陛下が非常にお怒りと聞き、女王は胸を痛めています。

・外交書簡の文面については、文書作成方の失敗であり、事務的なミスであります。

・我が国としては、オルクセン王国の領土には全く野心がありません。このことは()()()()()からもご理解いただけることかと思います。

・エルフィンド王国としては、本件の瑕疵は我が国にあることを認め、女王による謝罪や外務大臣の更迭などの対応の用意があります。

 

「ふむ……」

(エルフィンドの連中、よほど慌てていると見える……()()()()()というのは、「オルクセンがエルフィンドを攻めたことはあっても、その逆はないだろう」というニュアンスだろうな……)

「いかがでしたか、国王陛下」

 アストン特使がグスタフ王の顔をまじまじと見る。一般に人間族がオーク、というか魔種族の表情を見分けることは難しい。しかし、彼は長年、グスタフ王と個人的な友誼を結んできた。だからわかる。

(このお方は、エルフィンドをお許しになるおつもりが、全くないのだな)

「話になりませんな。公使や特使の皆様もご存じの通り、外交文書はそのピリオドの位置一つにまで気を遣うもの。それを事務方のミスだから許してくださいとは到底受け入れがたい」

「そうでございますか」

「これに対して、わが国で何かしらの対応をとることはありません。しかし内容については確かに伺いました。貴国のご仲介に感謝します」

「いえいえ、我がキャメロットは、よりよい外交のためであればどこにでも伺いますとも」

 こうして短く和やかな会談は終わった。しかし両者ともに、心の底に淀むものはあった。

 キャメロットの外交官たちが帰った後、二人きりの部屋で、国王はぼそりと口にした。

「なあビューロー」

「なんでしょうか、我が王」

「敵を侮るわけではないが、これまで外交書簡のやり取りもずっとせっつかないと出てこなかったエルフィンドが、こうもいきなり迅速な対応をするのは、何かおかしいと思わないだろうか」

「まあ、今回ばかりは事の重大さに気づいたか、あるいは――――スパイがいるという噂は、本当なのでしょうか」

 ビューローは内心、冷や汗を書いていた。あの部屋にスパイがいたとするなら、第一候補は紛れもなく自分だ。あの部屋に、オルクセン側の人物は、我が王と自分しかいなかったのだから。しかし、本当に身に覚えがない。

「いや、スパイがいたとしても、流石に反応が早すぎる。おそらくいる。スパイよりももっと危険な――――天才が」

「天才でございますか」

「こちらのやることなすこと全部予測できるような、グレーベンに外交能力をくっつけたような人がね。今回の外交文書の失点は、彼女の目の届かないところでの、本当に事務方のミスなんだろう」

「それは……そのような人物がエルフィンド政界にいるとは、ファーレンス商会からの報告にもありませんが。さすがにそのような人物がいれば、いくらなんでも目立つでしょうし」

「ああ、それならば、シンプルに説明がつくんだ」

「というのは、我が王?」

()()()()()()()()()()()()。ただの一兵卒から、急激に頭角を現して王になり、国を改革した人物が――――」

「っ! 我が王、それは――――」

「私と同じだよ。自分で言うのも柄じゃないがね」

「オークに国難ありてグスタフあり、エルフに国難ありて彼の人物あり……」

「はは、うまいこと言うじゃないか。そうだな、ずっと彼の人物、と呼ぶのも面倒だ。なんでも白エルフは完璧を自認するのだそうだね。ならば、その白エルフの中でもっとも優れた人物のことは、こう呼ぶのがふさわしいのだろう」

 P()e()r()s()o()n() ()v()o()n() ()P()e()r()f()e()k()t()i()o()n().() ()()()()()()P()()P()()――――

(このタイミングで転生者が相手になるとは。しかし、予想できたことではあった。自分という前例がある以上――――ほかの人がいてもおかしくはない。P・Pよ。君は私と同じ世界から来たのか? それとも別の世界か? もしかしたら同じ国から来たのかもしれないな。私のような魔術は使えるのか? 記憶は最近蘇ったばかりか? それともこれまで息をひそめていたのか?)

 個人としては語り合ってみたいのはやまやまである。しかし――――

(私は君の国を粉砕する。君は動き出してからどれぐらいだ? 一年か。半年か。私はね、百二十年だ。君がどれだけ優れた転生者であろうが、負けはしない。負けるわけにはいかない。君が戦死しても、恨まないでくれよ)

「私を信じてついてきてくれる、民のためにも――――」

 

 一方アストン特使は、大使館に戻ると即座に、以下の電報を本国に打った。

 オルクセン国王 エルフィンド侵略の意思硬く エルフィンドの謝罪を跳ねのけること石のごとし。

(外交文書のミスを、全て戦争につなげられるおつもりなのか、彼の王は)

 外交文書のミス。あってはならないものである。しかし、起きてはいけないことが起きてしまうのが、人のやる仕事というものである。それを全て戦争で解決していては、人間も魔種族も絶滅してしまう。こういった文書上のもめ事を少しでも自国有利に解決というのもまた、外交官の仕事の一つである。ましてや今回は、国家元首直々の謝罪に、相手国の大臣の更迭まで提示したというのに、それを一顧だにしなかった。

(あれではまるで――――)

 

 エルフィンドに攻め入ることは、既定事項だったのではないか。

(我が国とオルクセンは、利害も対立しておらず、また海を隔てているから、友好関係が崩れることは当分ないだろう。しかしこれでは――――)

 

 ほんの少しでもオルクセンを怒らせたならば、隣接国家、グロワール、アスカニア、オスタリッチ、ロヴァルナは――――()()()()()()()()()()()、と受け止めるのではないか?

 オルクセンに今、そのつもりがあるかというのは、関係ない。将来的に、少しでも王の逆鱗に触れれば、総勢百五十万のオルクセン陸軍が叩きつけられる。本人の意図がどうであれ、そう受け止められるということが重要なのだ――――オルクセン包囲網につながりかねない。かつて戦争の天才、デュートネが星欧中で包囲網を組まれたように。

 そうなれば、オルクセンおよびキャメロットに対して、グロワール・アスカニア・オスタリッチおよびロヴァルナが戦うという構図の、大戦争が起こりかねない。そうなれば、エトルリアやイスマイル、アルビニーだって参戦しかねない。

 そこまでするほどの土地でしょうか、エルフィンド王国は。そう思った。同じ魔種族とはいえ遺恨があり、すぐには同化しないだろう。産業や鉱山が全く育っていないとまでは言わないが、積極的に侵略するほどの土地とは思えない。軍事的に北海を抑えられるというメリットはあるかもしれないが、そもそもオルクセン王国海軍はお世辞にも外洋艦隊とは言えない。最終的には質量ともに勝るオルクセンが勝利するだろうが、山がちなエルフィンドに攻め込めば、攻める側の戦費も損失もけして軽くはならないだろう。

 

 老いたのか? さすがのグスタフ王も。それとも私にはわからぬ深謀遠慮があるのか? キャメロット外交は、星欧パワーバランスの維持こそが本懐だ。もし仮に、オルクセン包囲網が組まれるとするなら、バランスをとるためにオルクセン側につくべきなのか? 

 

 

 それとも――――国家に永遠の友はないのか?

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