野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】 作:只野夢窮
よくよく考えてみれば、戦争の描写になったら残酷な描写があるのは当たり前じゃないですか。
R-15タグ、最初からつけておくべきだったんですよね。
本当に申し訳ない。
この話からR-15相当の残酷な描写が入るので、苦手な方は回れ右で撤退してください。
それでもなお、お付き合いいただける方は、万難を排して――――前進!
オルクセン軍の最も長い夜・陸
星暦八七六年一〇月二六日午後四時。
『予言』と全く同じ時間に、オルクセン王国はエルフィンド王国に宣戦布告を行った。
エルフィンド王国は即座に公式声明を出した。
「我々に外交文書上の落ち度があったことは事実だが、それは外交で解決できる類のものであり、またするべきものであった。キャメロット王国にご仲介いただいたにもかかわらず、このような内容になったことは大変申し訳ない。かくなる上は我々は、祖国を守るために決断的に戦いぬく覚悟がある」
諸外国の反応は、やや冷淡なものであった。
「やはり噂通り、エルフィンドを攻撃するつもりだったか」
「オルクセンは欲しいと思った土地は必ず奪い取るのではないか」
「外交仲介の努力や、国家元首の謝罪を一顧だにしないとは、オルクセン王らしくもない」
「シルヴァン川流域のオルクセン領など、猫の額ほどしかないではないか」
「そもそも最後通告もなしにいきなり宣戦布告というのは乱暴じゃないか」
「要求事項もなしに宣戦布告とは、まるでデュートネではないか」
云々、云々。
それでも中小国は、オルクセンの国力を畏れ、声高に批判することはなかった。できなかったというのが正しいだろう。
正式な外交的宣言は一週間後以降にぽつぽつ出てくるが、各国の当座の反応は以下の通りであった――――
キャメロット連合王国、好意的中立。
センチュリースター合衆国、中立。
センチュリースター南部連合、中立。
イスマイル帝国、中立。
アルビニー王国、中立。
アスカニア王国、中立。
エトルリア王国、中立。
オスタリッチ帝国、中立。
ロヴァルナ帝国、
グロワール帝国、
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星暦八七六年一〇月二六日午後五時
オルクセン首都 国王官邸
「申し訳ございません、我が王。グロワールとロヴァルナに挟まれることになったのは、我が外交の落ち度でございます」
「気にするな、グロワールとロヴァルナが我が国の隙を伺っているのはいつものことだ。どちらもいきなり攻めてくることはないだろう。なによりオスタリッチが中立なのはありがたい。とにかく、グロワールとロヴァルナに対しては、重点的に外交パイプをつないで、万が一にも国境で不測の事態が起こらないようにしてくれ」
「はっ、直ちに」
「グロワールとロヴァルナが我が国に攻め込んできた場合は、
「グレーベン、それはもちろん私も承認したことだから構わないが、その計画だと国土が戦場になる予定だろう。特に西部戦線の工業地帯が荒廃すると、継戦能力に影響が出るはずだ。」
「はい、もちろんでございます。しかしながら過去の実績から見ますと、グロワールが四カ月で七十万人、ロヴァルナが六カ月で同数ほど動員できる見込みとなります。四カ月後となりますと、エルフィンド王国は冬季を迎えます。進軍速度はどうしても遅くなり、それまでに敵国首都を失陥せしめる、あるいは軍団どうしの決戦を強要することは難しいと言わざるを得ません」
「そうだな。おそらくエルフィンド首都まで侵攻できるのは、来年の夏か秋になるだろう。攻め急いで我が兵の命を無意味に散らすことのないように」
「了解しました、
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星暦八七六年一〇月二六日午後五時五十分
エルフィンド王国 首都ティリオン 宮廷第三会議室
緊急国防委員会
「あれだけ物腰穏やかなオスタリッチ帝が約束を破って、門前払い同然だったロヴァルナ帝が律儀に非難声明を出してくれるとはね」
「良くも悪くもロヴァルナは、実利主義でございますから。おおかたグロワールが非難声明を出すのに便乗して、オルクセンに圧迫を加えようという目論見でしょう。実際に非難声明以上のものを出すとは思えませんな」
クーランディア、マルリアン、ファラサールはすでに軍の指揮を執るべく、前線近くに移動している。国防委員会と言っても、ここにいるのは女王、内務大臣、陸軍大臣、いやもはや――――
「首相になったのに、あまり嬉しそうではないのね」
「この状態で首相になって、何が嬉しいのでしょうか、陛下」
「あら不敬ね」
「不敬罪でしょっぴきますか? そこにちょうど秘密警察もいますし」
「あはははは」
「ふふふふふ」
「…………喋ってよろしいでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい、どうぞ」
「はい。首相、外務大臣、教義大臣、他教義筋、全員逮捕済です。事前にいただいておりましたご親政の勅令を秘密警察総出で主要な町に配っており、多少の動揺がございますが大きな騒乱には至っておりません」
「素晴らしい仕事ぶりね」
「女王陛下のご威光あってのことでございます」
「ウィンディミア殿を首相兼外相とした戦時内閣の発足は、すでに他国にも通達済です。すでに何件か、観戦武官の派遣や新聞記者の入国などの依頼が来ています。オルクセンよりはやや格が落ち、階級の低い武官、1.5流の記者などが多いようですが」
「まあ国力差を見れば無理もないわね。基本的に受け入れ、丁寧にもてなしなさい。あと、記者については『ファルマリアにいれば面白いものが見られるはず』と女王名で伝えておくこと」
「例の第三の矢でございますね」
「そうね。まあ、よしんば第三の矢が外れても、電光弾が見れますから。嘘にはならないでしょう」
「しかし陛下、アレをカメラで撮っても、何も映らないのでは」
「あはは、それもそうね」
プレンディルは辟易した。これからお前ら、いや私たちの国土が荒廃するのに、笑っている場合か? そして考え直した。いや、おそらく逆なのだろう。
食べられるうちに食べる者が生き残るように、笑えるうちに笑える者も生き残るのだ。
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星暦八七六年一〇月二六日午後六時
エルフィンド王国国境地帯 ノグロスト付近
『予言』と全く同じ時間に、オルクセン陸軍は進軍を開始した。ノグロスト付近にはツィーテン上級大将率いる第二軍総勢六万五千が侵攻中である。
「奇襲効果はほぼ期待できない」という通達は全軍に連絡済である。これは実のところ、極めて危険な効果を生んだ。
そもそも、である。ノグロストに国境警備隊は駐在していなかった。ノグロストに駐在していた部隊は全て、モーリアに移されていたのである。何もエルフィンド側が「ノグロストを空の状態で砲撃させ、オルクセンを外交的に非難しましょう!」などと思っていたわけではない。どうせ維持もできなければ重要でもない都市なので、限られた戦力をそこに使うのは合理的でなかったというだけの話である。ノグロスト市長には極秘に、「オルクセン軍が来襲した場合には、素直に降伏すること」という指令がクーランディア元帥名義で下っている。
しかし、そんなことは市井の者には知るよしもないのである。ノグロスト周辺は平原で起伏も少ないが、少しばかり鹿やらウサギやら、草食動物がいた。それらを狙う猟師が幾人かいたのである。エルフィンドはお世辞にも豊かな国とは言えない。夏穀の刈り入れをすませれば、出来うる限り動物を狩り、保存食にして、厳しい冬に備えるのがこのあたりの庶民の習わしであった。そして、言うまでもなく、この猟師たちは当然、猟銃を持っている。
この猟師たちがばったりと、オルクセン軍に出会ってしまったのである。当然驚愕するより他はない。
ここで、「ああ、外交関係が悪化しているとは新聞で言っていたが、ここまでとは」と思って、逃げればそれまでの話。オルクセン側もわざわざそんなのを追いかけるほど暇ではない。現地住民を理由なく殺傷すれば、軍法会議で死刑になる可能性まであった。
しかし数人の猟師たちは勇猛果敢と言えばいいのか、蛮勇と言えばいいのか、丘や下草を利用して身を隠し、できる限り偉そうな人物を銃撃した。いまだ人員が乏しい大鷲とコボルドによる偵察部隊は、より危険が高いと判断された第一軍と第三軍に割り振られており、第二軍には追従していなかったのである。
いくつかの弾が外れ、狙いがそれた弾が兵を殺し、そして少佐と中佐が一名ずつ死亡した。また幾人かは戦争が始まったばかりで無念の後送となった。当然オルクセン軍は即座に反撃し――――生き残った猟師はいなかった。猟師の身体を改めても、当然階級章や所属を示すタグはなく、さらに悪いことに――――猟銃のいくらかは、エルフィンド陸軍の払い下げ品だった。軍隊がプロフェッショナルではないこの国では、老朽化した銃を払い下げることはよくあることだった。けれどもこの文化の違いはシンプルな誤解を産み、第二軍を激怒せしめた。
「奴らエルフィンド軍は、軍服も着ずにだまし討ちしてきた!」
おおよそ宣戦布告直後に奇襲をしている軍隊の云うべきことではないのかもしれないが、しかし一応オルクセン第二軍の若き尉官や佐官たちを擁護するのであれば、オルクセンのやることは国際法のギリギリを攻めること。エルフィンドがした、と思われたことは国際法を完全にはみ出したことだった。
「ノグロストを火の海にしてやりましょうよ!」
「石器時代に戻してやる!」
「国際法からはみだしたい!」
デュートネ戦争を経験していないような若手、特に中隊長や大隊長はいきり立った。
「ならん!」
これを一喝したのが流石の上級大将、ツィーテンである。
「装備をよく見ろ! 背嚢も背負っていなければ弾薬とて十数個しかないではないか。これは明らかに軍人ではなく、猟師の類だ! こやつなど仕留めた獲物を腰の鞄に入れたままではないか。民間人でありながら、いきなりの侵攻に慌てもせず、自ら出来ることを率先して祖国を防衛した。彼女らは敵ながら天晴と言わざるをえん。丁重に扱い埋葬せよ。そしてノグロストには降伏勧告をしてから攻撃を行う! これは儂のみならず、国王陛下の指示でもある。これに逆らい、一発だろうが弾丸、砲弾を命令前にノグロストに見舞うやつは、抗命とみなして全員軍法会議にかけてやるからな!」
結果として――――ノグロストは即座に降伏し、第二軍は無血で入城を果たした。
ツィーテンはノグロストの市内を通り、そして血の気が引いた。オルクセン軍を不安げに、遠巻きに眺める白エルフたちの中に、幾人か
そう、グロワールの支援物資の一部は、ノグロスト付近の港で降ろした後に、モーリアやアルトリアに馬車で移送されていたのである。自然、グロワール商人もわずかながらノグロストに滞在していた。
(もし、降伏勧告なしで砲撃していたとすれば――――)
即座にグロワールの介入を招いていただろう。軍のいない街に砲撃を降らせ、グロワール商人を殺害していたとすれば。外交上の一大事どころでは済まない。
胸をなでおろしながら、本国に魔術通信を行うよう、お付きのコボルド通信兵に命ずる。「我、ノグロストの確保に成功せり」
事態が落ち着いた後でこの話を聞いたグスタフ王は、「さすがはツィーテン、冷静さでは我が軍一の将軍、側面や背面を固めさせれば間違いがない。やはり無理を言ってまで一軍を率いてもらってよかった、もしこの戦争が無事に終われば彼には元帥の称号を授けよう」と最大限に称えたという。
一方そのころ、モーリアでは――――
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星暦八七六年一〇月二六日午後六時五十七分
エルフィンド王国国境地帯 モーリア付近
モーリアは完全に火の海になっていた。もっと具体的に言えば、民間人の家は燃えるがままになっていたが、モーリアの国防施設は、わずかなりとも改修されており、多少の砲撃には耐えていた。もちろん耐えられず倒壊した建物もあるが――――初撃を凌ぎ、態勢を立て直すまでの用はなした。国境警備隊司令部。兵舎。もっともコンクリをふんだんに使ったわけではない。予算のほとんどはアルトリアとファルマリアとタスレンに集中投下されたからだ。
傾斜装甲および空間装甲。シンプルにいえば、壁をやたらと分厚くできないとしても、斜めにしたり、間に空間を持たせたりすることで、貫通力を少しでも抑える技術である。本来はもちろん、分厚い鋼板や、コンクリと併用して防御力を高める技術であるし、そもそも女王がOLだったころとて、何も軍事の専門家ではない。ちょっとParad0xゲーが好きでH0IとかVict0riaを数百時間齧った程度のにわか軍事知識である。
(薄い鉄の板を組み合わせる程度でも、まあ、何もしないよりはマシか)
その判断は正しかった。砲弾の直撃には耐えられなかったが、榴霰弾の弾子程度には、よく耐えて見せた。少なくとも『予言』と異なり、モーリアの国境警備隊は組織だった戦闘を維持することができた。ちなみに後世、女王と呼ばれていた人物は、インタビューでこう質問されたことがある。
「オルクセンの奇襲を予知しておきながら、民間人の家を燃えるがままにしていたのは、為政者としての怠慢では?」
彼女の返答はシンプルだった。
「あら、あなた手からコンクリでも湧くの?」
閑話休題。
とはいえ、モーリア市に駐屯する兵力は、所詮は国境警備軍。元気いっぱい、補給満タンのオルクセン砲兵に対抗できるほどの戦力では、元よりない。パウル橋梁群と鉄道駅を破壊し、有利な城門で遅滞戦闘を実施、そののちに整然と撤退、残存兵力とモーリア市長はオルクセン軍に降伏……
…………したはずであった。
アルトリア、陸軍本部。
マルリアン大将をはじめ、陸軍のある程度”骨のある”将校たちを決戦に備えて集めた場所である。もっとも一番腕の立つ、マルリアン大将の右腕は防衛戦に備えてファルマリアに駐在しているが。
「……マルリアン大将」
「……国境警備隊は……」
「国境警備隊は、中央のパウル橋を破壊することができませんでした」
おどおどと説明する、中級将校たち。マルリアン大将は手をわなわなと震わせながら、珍しく怒りを発露した。
「…………命令しただろう!」
「そんな難しい命令ではなかっただろう!」
「場所がわかりきっている、国内にある橋を、事前に設置した火薬を起爆して、落とすだけだろう!」
「国境警備隊たちは、いったい何をしていたのか!?」
「今も彼女らはオルクセン軍の砲兵に焼かれながら、任務を果たしているんですよ!」
「……私も腑抜けた部下たちをもっと鍛えなおすべきだった。シュヴェーリンみたいに!」
怒りのあまり鉛筆を叩きつける。
この日の戦いの評価は、エルフィンド軍とオルクセン軍で全く異なる。
エルフィンド軍の評価は――――「事前に予知していた奇襲にもかかわらず、橋を全て落とせず、その後のオルクセン軍の兵站を楽にしてしまった、総じていえば低い練度によって作戦は失敗したと言わざるを得ない」
オルクセン軍の参謀本部の評価は、全く異なる。「事前に外交関係の悪化により奇襲を察知しえたとしても、奇襲に対して鉄道駅および主要な橋は爆破することに成功し、おおむね我らの軍を遅滞しえたと言える。我らの奪取した中央の橋は、老朽化しており、また鉄道を通すこともできず、結局のところは兵站の主要なルートとして評価することはできなかった。我らの奇襲は失敗したと言える」
どちらの軍も、この戦いを失敗だったと振り返っている。しかしこんな奇妙なことはこの戦いにはよくあることだった。オルクセン軍は、「軍の質も量も優れているのだから、想定通り行くことが基本だろう。敵が頑強に抵抗したところは、敵が素晴らしかったのだと言える」と考えた。しかしこれは大学の単位ではない。「可」を取って、周りからよくやったと思われれば、それでよいわけではない。エルフィンド軍は、乏しい物資や人材で勝つ、あるいは最低でも耐久する、生き延びるという結果を出さなければならないという追い詰められた状況にあった。目標が異なり、考え方が異なるのだから、そういうこともまた起こりえる。そして戦後、お互いの将校が戦争を振り返り、軍事史の歴史に一ページを刻む時、お互いに敵への評価が、自分たちが自ら評価したそれよりも高いことに驚くのだが――――それはこれから何十年も先の話であった。
いずれにしても、この数時間後――――マルリアン大将は国境警備隊を称えることになる。それはなぜかというと、やや時間を遡って、開戦直後――――
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星暦八七六年一〇月二六日午後六時五分
エルフィンド王国国境地帯 付近
シルヴァン川 アンファングリア旅団 渡河地点
河川を北上した”屑鉄戦隊”三隻が、陸上に持ち込むにはあまりにも巨大に過ぎる一二センチ砲の6基、それに比べれば小ぶりではあるが、なお生身の人間には明らかに
鍛え抜かれ、選抜された先兵が対岸に上陸した、その瞬間であった。
『敵襲! 敵の砲兵を確認! 北西方向およそ2.5キロ、数は――――』
上空の偵察中隊、コボルドからの通信。それが始まりの合図であった。
「撃てえ!」
エルフは魔術通信を一兵に至るまで行える。すなわち、コボルドに気づかれたことに気づいた。それからの行動は迅速であった。夜闇に紛れて伏せてあった国境警備隊の榴弾砲は、エルフィンド軍の中ですら旧式のものであった。射程は短く、装填には時間がかかる。しかし、それでも。渡河中の無防備な歩兵に一撃を食らわせるには充分であった。大量の榴弾がアンファングリア旅団を襲う。
それでも上陸した直後に榴弾を食らった先兵は、まだよかった。陸で這いつくばって助けを求められたから。狙いがずれたいくらかの砲弾は、渡河中の黒エルフたちをなぎ倒した。
魔種族は、人間に比べて体が丈夫である。たとえ腕や足を損なうような怪我をしても、前線で適切な手当てを受け、エリクシル剤を投与され、後送されて入院できれば、腕や足がないのはもちろん不便ではあるが、生きて帰ることができた。しかし、川には流れというものがある。いくら比較的流れが穏やかで、足までしか浸からないような場所でも、重い装備品を背負って渡るところで手や足が使えなくなったら、どうなるだろうか?
転倒し、流され、中には膝までしか水深がないようなところで溺死するものまで出た。
あるいは馬が被弾し暴れ、騎手を振り落としたところ、運悪く頭から落ちて死亡する者もいた。
運よく後送されても、水に浸った傷口から感染して後に死に至る者もいた。
ほぼ師団レベルの編成であるアンファングリア旅団に打撃を与えたのは、有能な大尉に率いられた、わずか千人程度の国境警備隊であった。マルリアン大将が称えるに足る戦果ではあるが――――
その代償は、大きかった。
報復と言わんばかりの
「今のうちに上陸するぞ!」
ディネルース・アンダリエル少将は、すでに先陣を切って上陸を果たしていた。部下を鼓舞し、自らの手で山砲の上陸を手伝っていた。もし第二陣があるとするならば、少しでも火力を増さなければならない。
『第二陣! 3km北東、騎兵! 数はおよそ1000から1500! あと10分程度で渡河地点に突撃してきます!』
「騎兵だと!?」
アンダリエル少将には狙いがわかった。上陸に砲兵支援をつけるというのは、どの国の人間でも考え付くことだ。だが騎兵突撃してしまえば、敵味方が交じり合うから、誤射を恐れて射撃ができない。騎兵の天敵である火力は、渡河直後という条件をつけるならば、ほぼないに等しい――――
「山砲よりもグラッドストン機関砲を優先して引き上げろ! 戦える者は密集体系をとるんだ!」
そして、それは現れた。
エルフィンド陸軍最精鋭。当代最高の騎兵。
アノールリアン・イヴァメネル中将は、たったの10分で、見事にも作り上げられた渡河地点の防御陣形を一瞥した。敵ながら天晴なことに、機関砲らしきものも一門二門と言わずに据え付けられている。
「撃て」
そう、
騎兵突撃に備えて密集した陣形に、二度砲撃が突き刺さる。
「ぐあっ……」
「おねえ……アンダリエル少将!」
「私の代わりにお前が指揮をとれ、カレナリエン中佐!」
「はい!」
先陣を切って突入した精兵、将校ほど、酷く痛めつけられ、そこかしこでこのような指揮権委譲が発生した。
そして、アンファングリア旅団が、砲撃を避けるために密集隊形を解こうとしたところに――――
「よし、砲隊は下がれ。そろそろあのご立派なフネから、お返しが飛んでくるからな」
「騎兵隊突撃! 砲弾にまとめて巻き込まれないように少し間隔を広めにとれ!」
屑鉄戦隊も必死に砲撃を行う。二騎、三騎をなぎ倒される。しかし速度に勝る騎兵を薙ぎ払うまでに至らない。機関銃に取りついた一等兵が死に物狂いで銃撃する。横なぎに機関砲を振る。十騎、二十騎が落馬する。それでもなお、
無限にも思える突撃。誰もが渡河攻撃が失敗すると思った、その時であった。
「……そろそろか。撤退、撤退だ!」
アノールリアン・イヴァメネル中将は撤退を決断した。なぜか。
第一に任務は死守ではない。黒エルフ旅団が上陸してくるから、これに痛烈な打撃を与えよという内容でしかなかった。
第二に、
撤退していく最悪の敵が、地形の影に消えていくのを、追撃もできずにただ見ているほかはない。唇をかみしめ、仲間を助け起こし、第三陣を警戒しながら、文字通り血の代償を払う。そしてアンファングリア旅団は渡河に成功し、これは戦意高揚のプロパガンダとして本国で盛んに報道されることとなるが――――それはまた別の話である。
後にこの戦いはシルヴァン川の渡河戦と呼ばれることになる。
オルクセン側損失。アンファングリア旅団、323名死亡。25名行方不明。重軽傷者430名。軍馬279匹。少将重傷。連隊長のうち二名重症。以降の指揮はカレナリエン中佐が引き継ぐ。
エルフィンド側損失。国境警備隊235名死亡。109名行方不明。重軽傷者250名。
アンファングリア旅団は、創設初めての戦いで、そのおよそ10%の人員を喪失したのである――――
この戦いの報告を受けたマルリアン大将は、すっと背筋を伸ばし、国境警備隊への罵倒を止めた。そして無言で敬礼した。その感情には少しばかり恥じ入る気持ちもあったのかもしれない。そして次の瞬間には現実的思考へと戻った。これがエルフィンド軍最高の大将である。
(しかし厳しいな……理想的な渡河中の攻撃が成功してなお、けが人を含めたダメージレシオはほぼ1対1……いくら軍量や質の差を鑑みても、これではじり貧……)
国境地帯で両軍が壮絶に合い乱れるころ、ベラファラス湾では、なお過酷で壮絶を上塗りするかのごとき艦隊決戦が起きていた――――
この日は、のちに。
オルクセン軍の最も長い夜と呼ばれることになる――――
メガネかけたまま顔を洗おうとしたら、メガネがびちゃびちゃになりました。これって渡河に含まれますか?