野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】 作:只野夢窮
星暦八七六年一〇月二六日午後五時五十分
ファルマリア港 外港付近
水雷艇 T〇一 艇上
「……エルフィンドのやつら、流石に船の明かりはついてないが、ここまで近づいても何の反応もないな」
「ハーフン岬砲台も反応しませんね。奇襲が成功しているといいのですが」
六隻の水雷艇から成る第一水雷艇隊の将兵たちは、もちろん『予言』のことも、数十分後に同胞の陸軍が苦戦することも知らない。
「気づいていようが、いまいが、俺たちのやることは同じだ」
「そうだ、その通りだ!」
「魔術探知波感知!」
「なに!」
エルフィンド海軍の船乗りたちが、流石に気づいたようだった。水雷艇たちよりも巨大な艦艇たちが、ぞろぞろと不揃いに動き出す。
いくつかの巡洋艦や砲艦が、副砲や速射砲を開いて水雷艇たちを撃つ。運の悪かった〇五が直撃弾を食らって爆発する。
「構うな!ギリギリまで近づいて……今だ!」
「「「「「
一隻につき二本の魚雷、すなわち十本の魚雷が投下される。故障するもの、外れるもの、そして――――
「敵砲艦、一隻撃破!」
どの水雷艇が撃ったものかははっきりしないが、少なくとも一本の魚雷が、運の悪い砲艦の喫水線下を粉砕する。片足をあげて踊るバレリーナのように、艦尾を下にしてゆっくりと沈みだす。歴史上初の、魚雷による実戦での敵艦撃破である。(実験での標的艦を沈めた例しか、これまでにはなかった)
水雷艇には、予備の魚雷を乗せるスペースはない。一度雷撃すれば、舵を切って旋回し、母艦に向けて逃げるほかはない。
「あとは頼んだぞ……!」
もちろんこれで奇襲が終わるわけがない。彼らと入れ替わりになるように、オルクセン海軍のほぼ全艦たる十七隻の軍艦たちが、旗艦レーヴェを先頭に一列に突っ込んでくる。
対するエルフィンド海軍の艦艇は先ほどの雷撃で撃破された砲艦を除いても二十五隻。補助艦艇も含むとは言え、数の上ではなおエルフィンド有利である。当然、この不利を覆す要素を、オルクセンは有していた。
「主砲装填、弾種
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星暦八七六年一〇月二六日午後五時五十六分
エルフィンド王国海軍 旗艦リョースタ
艦長室
「……ここまでは計画通りだ」
「よろしいのですか? 水雷艇のごときは、事前にわかっていれば何とでもなったと思いますが」
旗艦リョースタの艦長、すなわちエルフィンド王国海軍の現場トップ――――ミリエル・カランシア少将は、まだごく経験の浅い中佐に対して、よくよく含めるように話してやる。戦闘中にもかかわらず、その余裕がある。
この中佐は、副艦長でもある。経験が浅い癖に氏族のパワーバランスの論理でスピード昇任したにしては、まだ少し使えるほうである。だからカランシア少将はよくよく目をかけてやって、自分のそばで勉強させて、そのうちに巡洋艦の一つでも任せてみるつもりであった。もっともこのような戦争が起きてしまったからには、なかなかそうもいかなくなってしまったが。
「いいか、水雷艇を迎撃したら、こっちが奇襲に気づいてますって宣伝して回るようなものだろ。それにどうせ的が小さいから、沿岸砲で撃っても当たらん。それでオルクセン海軍が逃げ帰ってみろ、キャメロットやグロワールからの貿易船に全部護衛をつけるはめになるぞ」
「なるほど、そういうことだったのですね」
「いいか、戦争をしたらな、人が死ぬのは当たり前のことだ。無駄に部下を死なせるのは恥ずべきことだが、戦って死ぬことをいちいち気にするな」
「はっ!」
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星暦八七六年一〇月二六日午後六時十二分
ファルマリア港 外港付近
「撃て、撃てーっ!」
「撃ち返せ、オルクセンのブタどもに負けるな!」
オルクセン側装甲艦五隻、巡洋艦八隻、水雷巡洋艦二隻、計十五隻(残りの二隻は給炭艦と水雷艇母艦である)に対して、エルフィンド側装甲艦五隻、巡洋艦七、砲艦二、水雷艇三、計十七隻がやり返す(残りの四隻は給炭艦など補助艦艇である)
しかし、
それでもやはり、練度に勝るオルクセン海軍は凄まじい戦いぶりであった。
「リョースタ級一隻、レーヴェの
「リョースタ級もう一隻、こちらもティーゲルの
長年の宿敵、リョースタ級を二隻とも倒したという通信が入ったころには、互いの艦隊はその数を半分以下に減じていた。オルクセン海軍の主力装甲艦ゲバルトは敵装甲艦の砲撃で機関が誘爆して沈没しつつあり、パンテルは集中砲火を浴びて上部構造物をほとんど全て薙ぎ払われ戦闘不能、巡洋艦もその過半が失われ、装甲艦二隻(レーヴェ<一等>・ティーゲル<二等>)、巡洋艦三隻(スマラクト、アハート、トゥールマリン)に補助艦二隻の計七隻しか残っていない。
対するエルフィンド側で戦闘能力が残っている艦艇だが、装甲艦は二等巡洋艦「ヴァナティース」を除いて全て炎上中か沈没しており、それに巡洋艦が三隻、水雷艇が一隻残っているばかりである。
凄まじい消耗戦だった。たくさん仲間たちが沈んでいった。けれどもあと少しの辛抱だ。あとは一隻残った巡洋艦を沈めれば、オルクセンの勝ちだ――――
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星暦八七六年一〇月二六日午後六時十四分
ファルマリア港 外港付近
「とでも、思っているのだろうな? よし、全速前進だ。ブタどもを追いかけ、ふさわしい豚小屋に入れてやる」
「サー、イエッサー!」
中佐が走り出す。
旗艦リョースタ。二番艦スヴァルタ。
種を明かせば簡単なトリック、子供だまし、まやかしの類だが。
(……まさか女王陛下から直々に、あんなことを提案されるとはな)
カランシアは最近少将になったばかりの立場であるから、女王と会ったのはあの時が初めてである。
「あなた、リョースタとスヴァルタの
開戦の十一カ月ほど前。女王が外遊に出かける直前のこと。
少将になったばかりのものが、いきなり
「恐れながら、モックアップとはなんでしょうか」
「木造模型のことよ。本来は八分の一であるとか、十六分の一であるとかの大きさで作って、可動部がぶつからないかとか、見た目が問題ないかとか、船に限らずそういったものを確認するもの。でも今回は全く同じ大きさの模型を作って、とりあえず浮いて、とりあえず曳航できればいいわ」
「それは……一年ほどあれば可能かもしれませんが、なにぶん前例のないことですので」
「一か月ほど縮めてくれないかしら。予算はうちの秘密警察がなんとかするわ」
「……恐れながら、何に使われるのでしょうか」
「そう思うのは自然なことね。ファラサール、説明してあげて」
オルクセンが攻めてくること。電光弾《ブリッツ》という恐ろしい武器が使われ、海軍は抵抗できずに沈む見込みであること。ほかにも陸軍や外交のことはいろいろあるだろうが、自分にはそれだけ聞かされた。
「……つまり、囮にして、敵を消耗させてから沈めたと思ったリョースタとスヴァルタが反撃するわけですか。確かに、心理的効果は大きそうです」
「理解が早くて助かるわ。詳細はあなたに任せます。必要な費用や材木はプレンディル大臣に相談すればなんとかなります。ああ、あと、キャメロット商人に見られないように、タスレンで建造すること」
「タスレンですか。あんなところだとファルマリアよりは建造に不便ですが」
「タスレンには海軍施設を急ピッチで建設することになっているわ。なんとかなる……いや、なんとかしてほしいわ。ファルマリアで建造したら、せっかくの囮がバレバレよ」
「女王陛下たってのお達しとあらば」
「ありがとう」
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後世の歴史家たちは、なぜオルクセン軍が、木造模型というシンプルな仕掛けを見破れなかったのかについて、喧々諤々の議論をかわしている。
第一に、夜間であり視界が悪いこと。昼間見たら明らかに偽物とわかるような適当な塗装でも、夜間では問題にならなかった。
第二に、
第三に、ベラファラス湾を見張っていた見張りから、「リョースタ・スヴァルタが出港したことはない」と連絡があったこと。任務の性質上、出港は用心して見張っても、入港はそうでもない。少なくとも出港していない、という点については、見張りは間違ったことは言っていないのだ。
ここまでは定説である。しかし彼らは首をかしげる。コボルド通信兵の魔術通信に、
騙された時の真実はいつだって、想定よりもさらにシンプルなものなのである。
リョースタ・モックアップとスヴァルタ・モックアップには、確かにエルフが乗っていた。軍需物資として徴発された
だがそんなことは、戦闘で消耗した状態で敵の最新鋭艦に追い回される今のオルクセン海軍にとっては、関係のないことだった――――
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星暦八七六年一〇月二六日午後六時十七分
ベラファラス湾
「て、敵艦が増えました! 内港からこちらに直進してきます! 装甲艦二隻! 艦影はリョースタ、スヴァルタ! 繰り返す――――」
「はあ!? さっき沈めただろ!?」
「あれは間違いだったのか!?」
「戦果判定を間違えることなんてあることだろう、とにかく次弾装填だ!」
「ティーゲル被弾!」
「巡洋艦スクラマト、アハート、敵砲撃にて大破!」
将兵疲れ果て、機関が悲鳴を上げ、弾が切れる副砲、速射砲もあり、誰もが限界を迎えかけたその時だった。
「第一水雷艇隊、突撃!」
水雷艇は、予備の魚雷を持たない。しかしそれは自艦では持たないという意味である。水雷艇母艦に戻れば、もう一度だけ魚雷を満載できるだけの予備が保管してある。本隊の苦戦を見て取った水雷艇乗りたちは、当初の「一度雷撃したら退避する」という予定を破り捨て、もっと海の牡らしく振舞うことにした。すなわち、リョースタとスヴァルタに限界まで接敵しての雷撃である。
「うおおおおおおおお!!!!!」
もはや理性ではない。さりとてヤケクソの自爆攻撃でもない。リョースタとスヴァルタの速射砲が火を噴く。〇二、〇四、〇六が跡形もなく吹き飛ぶ。しかし〇一、〇三は残り100mを切ってもなお弾が当たらない。
「「
直後に〇一と〇三は副砲の直撃を受けて転覆。四本のうち、ただ一つの魚雷だけが、スヴァルタの喫水下に直撃する。それでも流石はスヴァルタ、乗員たちの優れたダメージコントロールもあり沈むことはないものの、速度を落としてエルフィンド海軍の陣形から脱落しだす。
すかさずカランシアが檄を飛ばす。
「放っておけ! ここで敵を追撃してから、スヴァルタはゆっくり曳航してやればいい!」
オルクセンの奇襲から始まったはずのこの戦いは、いつの間にか追うエルフィンド、逃げるオルクセンという構図になっていた。エルフィンドはリョースタ、ヴァナティース、巡洋艦三隻。オルクセンはレーヴェ、スクラマト、もはや戻るべき水雷艇を持たない水雷艇母艦に、給炭艦という構図である。
もはやこれまでか。口に出さぬまでも、誰もがそう思った。
「我、屑鉄戦隊。御用は無きなりや!」
天晴なのは屑鉄戦隊。読者諸兄のご存じの通り、
「こちら旗艦レーヴェ、敵スヴァルタは雷撃により減速中、まずこれを撃破してくれ!」
「こちらメーヴェ、了解した!」
しかし屑鉄戦隊の任務は渡河支援であったから、
「こいつら、死ぬ気なのか!?」
そう見張りの白エルフが叫んだ。ファザーンの衝角が、スヴァルタの艦首近くに深々と突き刺さっている。ファザーンは機関を吹かしてはみるが、当然抜けるはずもない。二隻仲良く沈んでいく。なおコルモランとメーヴェがエルフィンド海軍を猛追する。艦隊を分割せざるを得ない、とカランシアは即座に判断する。指揮官として当然、敵艦のスペックは頭に入っている。あの屑鉄戦隊たちの弱点である外洋性は、こと湾内ではほとんど問題にならない。
巡洋艦三隻がUターンし、これを迎撃する。リョースタ、ヴァナティースはなおオルクセン海軍を追撃する。同数で力比べなら、レーヴェが勝つことはほとんどありえないという判断だ。そしてそれは正しい。本来、オルクセン海軍がみな沈んでも「スヴァルタとリョースタは沈まないだろう」と諸外国にすら評価されるような戦力差なのだ。それでも最後まで戦う。まだ主砲の弾はあるのだから。
ついにリョースタの主砲が直撃する。二度、三度、四度。メーヴェ艦長にして艦隊司令長官のマクシミリアン・ロイター大将は総員退艦を命ずる。
「君たちはいきなさい」
「しかし、大将、あなたは!」
「私は責任を取らねばならん立場だ」
「それでは私たちも同じことです!」
「君たちは生きる責任がある! もしエルフたちが君たちを救助したなら、捕虜収容所においてはオルクセン兵の規律を示し、万が一捕虜交換で本国に戻れたのなら、仮装巡洋艦でもなんでも乗って国に尽くすのだ! それもまた戦争だ! さあ行け!」
最後にロイター大将は甲板に上がり、己の愛する海を見た。エルフィンド領海だろうが、海は海だった。彼が最後に見たのは、屑鉄戦隊が二隻で三隻の敵巡洋艦を沈めるところだった。
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オルクセン側参加艦艇
一等装甲艦 三隻 うち二隻轟沈 一隻中破(武装一部使用不可能)
二等装甲艦 二隻 うち二隻轟沈
巡洋艦 八隻 うち八隻轟沈
水雷巡洋艦 二隻 うち二隻轟沈
水雷艇母艦 一隻 本国帰還
砲艦 三隻 うち三隻轟沈
艦隊給炭艦 一隻 本国帰還
水雷艇 六隻 うち六隻轟沈
計 二十三隻轟沈
エルフィンド側参加艦艇
一等装甲艦 二隻 うち一隻轟沈 一隻小破(副砲、速射砲に使用不可有)
二等装甲艦 三隻 うち二隻轟沈 一隻中破(全武装使用不可)
巡洋艦 七隻 うち七隻轟沈
砲艦 三隻 うち三隻轟沈
水雷艇 三隻 うち三隻轟沈
補助艦艇 四隻 うち四隻轟沈
計 二十隻轟沈
こうして近代海戦史上の中でも指折りの壮絶な海戦たるベラファラス湾の戦いはこうして終わりを迎えた。オルクセン海軍は壊滅し、エルフィンド海軍も装甲艦を二隻残すのみで、それも修理をしなければ使い物にならないような状況であった。しかしながら〇隻と二隻というのは、本当に、天と地ほどの差があった。
この結果は、第一軍所属の航空偵察中隊によって、即座に総軍司令部に伝えられた。むろんオルクセン国王、そして将軍たちの落胆、悲嘆ぶりは言うまでもない。この瞬間、ファルマリアを拠点とした第一軍の北上計画は破綻し、この戦争の勝敗は、闘将シュヴェーリン率いる第三軍に委ねられた。ただ軍事的に打撃というだけではない。エルフィンドが制海権を握ったということは、オルクセンがキャメロットやセンチュリースターから硝石などを輸入する際は、いったんグロワールで降ろして、そこから鉄道輸送をせざるをえないということだ。これが非効率で不経済なのは言うまでもなく、またもしグロワールに経済制裁をされれば、今度はオスタリッチ、あるいはエトルリアからアスカニア経由で輸入しなければならなくなるということだった。
それでもなお、オルクセン軍は落胆こそしたが、負けるとはつゆほどにも思っていなかった。
ラーテ級が二隻進水すれば、相手に残った二隻には勝てるはずであるし、優勢な陸軍が北上していけば、来年の夏か秋には敵首都に到達する見込みである。国内は自給体制が整っており、北海を通した輸入ができなくなっても即座に国民の生活水準が大幅に低下することはない。 陸で勝って、海で負けて、少なくとも緒戦の戦いはそれで終わりだと思っていた。
けれども、オルクセン軍の最も長い夜は、まだ終わらない――――