野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】   作:只野夢窮

9 / 19
オルクセン軍の最も長い夜・早すぎる夜明け

星暦八七六年一〇月二六日午後七時十七分

ベラファラス湾

 

 四十三隻もの船が沈んだのだ。それらの全乗員が整然と救命ボートに乗れたわけではない。海に漂い必死にもがく両軍の海兵たちに、電光弾(ブリッツ)で未だ燃え盛る船が、火薬に誘爆しては致命的な破片を散らす。エルフたちは自分たちの同胞だけではなく、可能な限りオルクセン兵も助けようとした。それはシーウーマンシップに則った行動という面もあったが、何のことはない。万が一、一個小隊程度の数でも闇夜に紛れてファルマリア近辺に上陸されたら、どんな破壊工作を受けるかわからないという身もふたもない実利的な話がほとんどである。しかし、いくらやる気があろうとも、オーク兵の救助となるとこれは難航した。何より、オークは重すぎるのである。エルフが五、六人乗れる小舟というのは、たとえば一人当たりの体重が六十キログラムとして、体重だけで三百六十キログラム。これに安全係数や荷物の重さも考えると、だいたいは四百五十キログラムぐらいがギリギリ耐えられる重量ということになる。オークの平均的な重量は二百五十キログラム程度であることを考えると、二人も乗れない。エルフ兵たちがオーク兵を救助艇に乗せようとして、自分たちごとひっくり返るようなことが多発した。

「コボルドを先にしろ!」

 誰からともなく、そういいだした。それがオークの重量にうんざりしたエルフ兵が言ったことなのか、オーク兵が自ら言ったことなのか、はたまた助かりたいコボルド兵が言ったことなのかはわからない。なるほど、オーク兵を一人助ける時間で、コボルド兵なら三人は助けられるだろう。将来の捕虜交換を鑑みても、魔術通信のできる船乗りというのは、確かに普通の船乗りよりも育成の難しい高価値な兵だった。

 結局のところ、どれほどコボルド兵が優先されていたかはほとんどわからない、というのが後世の歴史家の結論である。なにせ暗闇の中のことであるし、聞き取り調査をしようにも、エルフィンド側の関係者はこの後の陸戦で戦死したものが多いし、オルクセン側の人物はこの日のことを語りたがらない。軍は間違いなく調査しているだろうが、この多種族連合国家たるオルクセンにおいて、種族によって命の重みが異なる状況が産まれうるというのは、ただ海軍という狭い環境の話のみならず、国家的に極めてセンシティブな事案であり、軍機解除される日が来るとも思えない。ただ一つ事実として言えるのは、コボルド兵の生還率はオーク兵のそれより三十パーセントほど高かったこと。そして、生きて還ったコボルド兵たちの半数ほどは、サバイバーズ・ギルトと呼ばれるような精神的ダメージに長年苦しめられたということである。

 ファルマリア防衛陸軍まで動員して湾内の生存者の救助が行われている中で、もう一つ、エルフィンドにとって重要な任務が進行していた――――

 

「報告します!」

 エルフィンド王国海軍旗艦リョースタ 艦長室。

 副艦長の中佐が、カランシア少将に敬礼して喋り始める。この中佐は、生き残った中で三番目に階級の高い将官として(二番目は、装甲艦ヴァナティースの艦長である。大佐だ。)未だ沈まずに浮いている一等装甲艦パンテルの状態を調査していたのである。もはやエルフィンド海軍にも二隻しか艦がない。浮いているだけの状態だとしても、一等装甲艦である。できればなんとか修理して鹵獲艦として運用したいところであった。

「機関はかなり負荷がかかり、傷んではいますが五ノット程度で航行可能、装備は主砲の一基は損傷軽微、二、三時間程度で修理可能、他は全て修理が難しい状態です」

「そうか……」

 想定してはいた。我が国の技術力では、あそこまでボロボロになった船を、部品から作らないといけない状況で修理するというのは難しいだろう。ましてや戦争が終わるまでに間に合わせるなど。だが、それならそれで使い道がある。囮なり、なんなり――――

 

「……意見具申いたします!」

 中佐が、不動の敬礼を崩さずに大きな声をあげる。こいつ、私に何か言えるようになったのか。成長したな。

「敵艦『パンテル』を我が艦『リョースタ』『ヴァナティース』で曳航し、敵軍港ドラッヘクノッヘンに襲撃をかけるべきかと存じます!」

「……ほう。主砲が生きているのをいいことに、敵軍港を焼き払うと」

「はっ! パンテルはもはや、リョースタ、ヴァナティースと連携して艦隊行動をとれる状態にはありません! しかし、電光弾(ブリッツ)の在庫はまだ三十個ほどあり、主砲はドラッヘクノッヘン到着までに修理できる見込みが立っております! ならば、敵軍港を電光弾(ブリッツ)で焼き払い、港湾施設や建造施設を破壊することが敵海軍を阻止するもっとも有力な方法であります! 敵艦の操作はやって慣れるほかはありませんが、少なくとも()は大きく外す心配はありません!

「……五ノットじゃ、九十キロ先にあるドラッヘクノッヘンにつく頃には朝だぞ。敵に見つかっていい的じゃないか」

「はい、ですのでリョースタとヴァナティースで曳航して少しでも速度をあげるべきかと。七ノットも出せればおよそ七時間で到着します。午後九時にここを出発すれば、早朝四時頃に到着します! 悠々と砲撃し、リョースタ、ヴァナティース両艦は夜闇に紛れて帰還するのに十分な時間があるかと!」

「…………敵海軍。敵海軍ねえ。もう給炭艦と、水雷艇母艦しかいないじゃないか」

「……昔、教えていただいたではないですか。オルクセンにはレーテ級という巨大な装甲艦が二隻も就役する予定なのだと……そんな船にはリョースタやスヴァルタでも勝てるか怪しいのだと……その上、オルクセンは義勇艦隊法で、いざ戦争となれば大きな商船を改装して巡洋艦をいくらでも調達してしまうのだと……この艦長室で…………」

 中佐は泣いている。目の前の一見冷たく、厳しく見える少将が、その実、自分を死地に送らなくてもよい理由をいくつも挙げてくれているのである。

 自分は氏族のパラーバランスで若くして出世した、経験が浅くて、頼りにならない将官だ。実戦経験もない。死ぬのは怖い。砲艦一つが沈んだだけで動揺してしまう。そんなこと、自分が一番よく知っている。それでも少将は、「お前はまだ目があるからな」と言って、そばに置いて鍛えてくれた。だからもし、死出の道が最善の道で、誰か将官がやらなくてはならないのなら、それはきっと自分がやるべきことなのだ。

「軍港を……敵拠点を破壊しない限りは……オルクセン海軍は何度でも蘇ります……やらせてください! 自分にやらせてください!」

「よくぞ言った! 貴様はエルフィンド海軍の誇りだ!」

 カランシア少将は中佐の肩を叩く。

「よし、自分の艦が燃えたやつらから志願者を募れ。機関を動かして主砲を撃つだけなら百人もいればいいはずだ。志願者を集めたら乗せられる限り石炭を乗せろ。引っ張るほうの船の準備は、私が必ずなんとかしてやる。午後九時にここを出られるように用意しろ!」

「サー、イエッサー!」

「ああ、それと……こいつをもっていけ!」

 カランシア少将は、自分の胸から階級章をむしり取ると、中佐……いや、”新任少将”の胸につけてやった。

「二階級特進の祝いだ! お古で悪いがな」

「光栄であります、サー!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七六年一〇月二七日午前四時十一分

オルクセン王国 ドラッヘクノッヘン港沖

 

 来襲するエルフィンド海軍に初めて気づいたのは、ドラッヘクノッヘン港の沿岸砲に配備された見張りのコボルト兵だちであった。

 それは異様な光景であった。エルフィンド王国海軍の装甲船二隻が、オルクセン王国海軍の一等装甲船を牽引しているのである。しかも全ての船に、エルフィンド王国海軍の旗がはためいているのである。

 ベラファラス湾での敗北はすでに軍内では周知されていたから、沿岸砲の兵士たちの行動は迅速であった。

「敵襲! 敵襲――――!」

「撃てー!」

 いくらか命中した砲弾が、リョースタの副砲を吹き飛ばす。ヴァナティースの装甲に命中して大きなへこみを作る。砲撃の応酬が幾度か続いた後、沈黙したのは沿岸砲のほうであった。

 もはやドラッヘクノッヘン港への突入に、何らの障害も存在しなかった。湾の入り口には、アルブレヒト鉄道鉄橋という、前王から名前を取った大きな橋がある。これが湾の内と外とを分けていた。そこで牽引のロープを切断し、リョースタとヴァナティースは反転する。敵地への突入であるから、魔術通信は封鎖してある。もとより三隻の小所帯であるからさして必要もない。最後の別れを言えないのは、軍人の定めである。

 

 死出の旅路、片道切符であるにもかかわらず、オルクセン王国海軍一等装甲艦パンテル、改め、エルフィンド王国海軍一等装甲艦”トール”の乗員の士気は高かった。彼女らは戦友を電光弾(ブリッツ)で焼かれたばかりである。あるいはモーリア市に氏族や友人がいた者も多かった。敵地に電光弾(ブリッツ)をぶち込んで溜飲が下がるなら、その後のことはその後で考えればよかった。

「他人様に撃っていいのは、自分が撃たれていい弾だけだ。そういう世間の常識というものを豚頭たちに教えてやろうじゃないか。主砲装填。弾種、電光弾(ブリッツ)。」

 静かな怒りの口調を以て、少将は命令した。

 オルクセン海軍は、何も寝ていたわけではない。街に危険を知らせるべく大急ぎで警報を鳴らしていた。連絡係が町中を走った。しかし、敵艦を迎撃すべき船は、一隻たりとて有していなかった。何より、時間がなさ過ぎた。

 

「撃て」

 

 その日の夜明けは、三時間ばかり早かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「カンカン警報が鳴ってるんです。なんだろうと思って。戦争が始まったのは知ってたけど、こちらから敵を叩きにいったわけだし、訓練か何かなのかなって。やっぱり戦時というのは訓練から違うなあってのんきに思ってたら、お隣さんがものすごい勢いでドア叩いて。『避難するわよ!』って。眠いし、わけわかんないし、でもお隣さんものすごい形相だから、とりあえず寝間着姿で外に出たら、その直後ですよ、敵の砲弾が家に直撃したの。もう本当に頭が上がらないですよね。でもあの時、飼ってる猫をおいてきちゃったんです。熱かっただろうな、悪いことしたな、って今でも思います」

 

「ものすごくねむかったんだけど、ぼくのだいすきなぶたさんのまるやきのにおいがしてきて、ママがあさごはんにつくってくれてるのかなっておもった。きづいたら、ぼくにおふとんみたいにのっかってたママから、ぶたさんのまるやきのにおいがしてたの」

 

「まあ一応消防隊なんで、町中駆けまわって消火するんですよ。でも水かけても全然火が止まらない。延焼するばっかで。もう参りましたね。それでもう避難誘導するしかないわけですよ。それでうちの隊からも三人殉職したんです。それなのに、『あの時なにやってたんだ!』って。いろんな人たちから言われちゃって。電光弾?とかいうんですってね、そういう事情を知ってる政府とかお偉いさんは、悪くないって言ってくれるんですけど。いやきついですよ。四人辞めちゃいましたもん。責められないですよ。もうあの時の隊で消防隊に残ってるの僕だけです」

 

オルクセン・タイムズ 歴史の振り返り特集 テーマ:「ドラッヘクノッヘンの屈辱」について

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七六年一〇月二七日午前四時二十三分

オルクセン王国 ドラッヘクノッヘン港 海軍司令部

 

「なんで自沈処理しなかったんだ!」

「今その話をしてもしょうがないだろう!」

「出せる船は、船はないのか!?」

「アルバトロスとペングィンなら出せます!」

「それは水雷艇母艦と給炭艦じゃないか、どうやってパンテルを沈めるんだ!」

 どうやってパンテルを沈めるのか、誰も思い浮かばない。喧々諤々としている間にも、一発、また一発と電光弾(ブリッツ)が街に、港湾設備に、ドックに降り注ぐ。

 

「レーテを出すんだ」

 そう静かに言ったのは、ドワーフの技術者だった。軍属の優れた技術者で大尉相当の役職を持ってはいたが、むろん軍人ではない。彼がここにいること自体が、いかに海軍司令部が混乱していたかの証左である。

「レーテは……まだ艤装が終わっていないだろう!」

「そうだ。しかし見たところ、パンテルはもうボロボロだ。主砲一基しか動いていないし、沿岸砲の兵士が言うには、エルフィンドの船が二隻も牽引してたそうじゃないか。おおかたエルフィンドと一戦交えて、ボロボロになったところを鹵獲されたんだろう。だったら、レーテで体当たりすれば案外沈むんじゃないか? 沈まないにせよ、砲撃を街からそらすことはできるだろう。要はだ、屑鉄戦隊の連中と同じことをやるんだ」

「人はどうするんだ?」

「「俺たちが乗る!」」

 アルバトロスとペングィンの船長が、同時に叫んだ。少なくとも船をまっすぐ走らせて突っ込ませるぐらいのことは、艦種が異なっても可能だろうと思われた。

「そうか……すまないな」

 この時レーテに、試験運転用の最低限の石炭が積まれていたことは、オルクセンにとって非常に幸運なことであった。

「よし、すぐにレーテを出せ!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

星暦八七六年一〇月二七日午前四時五十二分

オルクセン王国 ドラッヘクノッヘン港 湾内

エルフィンド王国海軍 一等装甲艦 トール 甲板

 

「少将、やつら何も積んでない船で突っ込んできますよ」

 見張りからの報告を受ける。双眼鏡を覗き込むと、逆光で何も見えない。オークどもはよくこれで我らと対等に戦えたものだな。

「……見えん。特徴を伝えろ」

「……その特徴はラーテじゃないか。しかし、何も積んでないというのは、砲が何もないということか?」

「はい、ただおそらくはスピードを出せるだけ出しているように見えます。突っ込むつもりかと」

「そうか。よし、港湾内の砲撃は中止! 敵艦ラーテを砲撃!」

 

 しかしトールの乗員は、士気は高くても、この船を操る練度は高くなかった。それは本当に当たり前のことで、責められるべきことではない。なにせ今日初めて乗った船なのであるから。トールの砲塔旋回速度は、あくびが出るほど遅い。ようやく砲塔が旋回しきったかと思うと、揺れが止まらないうちに発射してしまう。しぜん、弾は外れる。

 二発、三発、電光弾(ブリッツ)が外れる。

「主砲装填。弾種、電光弾(ブリッツ)!」

「艦長、電光弾(ブリッツ)がもうありません!」

「そうか! ならば徹甲弾を込めろ! どうせここで死ぬんだ、弾は打ち尽くせ!」

「イエッサー!」

 

 いよいよ彼我の距離が五百メートルを切ったところで、徹甲弾がラーテの上部構造物を破壊する。しかしもはやその程度のことでは、最大戦速に乗ったラーテは止まらない。

「うおおおおおお!!!!!」

「おおおおおおお!!!!!」

 お互いの海兵の叫び声が聞こえるほどに接近する。二隻の装甲船が、凄まじい音を立てて衝突する。比較して小さいほうのトールの船体に、耐えられずヒビが入る。

「主砲装填まだか!」

「装填しましたが、今の衝撃で動作しなくなりました!」

「装填したか、よしお前ら離れろ! 動けるやつらは総員退艦だ!」

「少将、なにを!」

「なに、私だって退艦するさ。少しその前にな、タバコを吸うだけだ」

 少将の手には、かつて敬愛する上司の気まぐれでもらったパイプが握られていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 トールの主砲が誘爆したことにより至近距離で徹甲弾を被弾したラーテは、いかな巨大装甲艦と言えども艦首に穴が開き、沈んでいく。このときオルクセン海軍がエルフの兵を救助しなかったことについては、後世でも喧々諤々の議論がなされているし、当時の外交上も甚だ問題になった。

 オルクセンの主張はこうである。

「レーテもまた沈みつつあり、自分たちの生存で手いっぱいで、救助できる状態にはなかった。また他の海軍の人員は、燃え盛る街における自国民の救助活動に割かれていた」

 エルフィンドの主張はこうである。

「ほぼ同様の状況であったベラファラス湾の海戦においては、エルフィンド海軍はオルクセン海軍の人員をも救助した。また、海軍はそもそも消防隊ではない。街中で救助活動をしていたから忙しいというのはおかしい。オルクセン海軍は恨みから、意図的に救助できるはずの兵を放置した」

 おそらくはどちらも正しいのだろう。いずれにせよ、事実は一つである。

 エルフィンド海軍の将兵で助かったのは、泳いで自力で陸にたどり着いた、百人以上いた兵のうち数人だけ。

 

 ドラッヘクノッヘンの住人は、八十パーセントも助かった。人口が軍民合わせておよそ六万。うち死者が一万。重軽傷者合わせて二千。

 さらにラーテは轟沈し、ラーテの二番艦や仮装巡洋艦を艤装するためのドックもほとんどが焼き払われ、復旧は終戦に間に合わなかった。トールの犠牲は、今次戦争におけるエルフィンドの制海権の完全確保という大戦果によって報われた。

 ドラッヘクノッヘン無力化の報を受けた女王は、この勇猛無比な少将に報いるため、「黄金樹の十二人勲章」という新たな勲章まで作ったという。

 

 これが今次戦争におけるエルフィンド軍最大の戦果であることは言うまでもない――――

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。