白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Autumn, about 15 years old

▽前回のあらすじ
花梨の新居を訪れた新一。嘘を見抜き、冗談を交わすうちに、彼女の笑顔がなぜか気になって仕方なくて…。

第10話
ごっそりと。



010:落ちた黒髪

 

「んっ!」

 

「……ちげーし」

 

「……うそつき~」

 

「ぜってえちげー……(って唇柔らかいな……)」

 

 

 手で覆った花梨の唇が手のひらに触れ、新一の頬が赤く染まる。

 彼女の吐く息から、ほんのりハチミツの香りがした。

 

 

「はあ……新ちゃん……?」

 

「花梨……」

 

 

 ――なんだ? なんか……妙な気分に……。

 

 

 きょとんと瞳を瞬かせる花梨に、新一は顔を近づけてゆく。

 吸い込まれそうな琥珀色の瞳に吸い寄せられ、人形みたいな花梨の顔を、もう少し近くで見たいと思ったのだ。

 

 

「新ちゃん」

 

「……ん?」

 

「キス、する?」

 

「え」

 

「キスくらい、別にいいよ? 減るもんじゃなし」

 

「え?」

 

 

 不意に花梨の両手が間近に迫った新一の頬に伸び、包まれる。

 そのまま顔を花梨の顔へと引き寄せられ、ちゅっと唇が――。

 

 ……新一、自らの手の甲に唇を触れさせた。

 

 

「……なんだよこれは」

 

「私、新ちゃんの手のひらにちゅーしちゃった!」

 

「なんだよこれはっ!!」

 

 

 ――本当にキスするかと思ったじゃねーか!

 

 

 目を細め、明るい声で告げる花梨に新一は憤慨する。

 なんで自分の手の甲に、自分で口づけせねばならないのか。

 

 ……花梨とキスしたかった。

 

 下心を自覚した新一の顔は真っ赤に染まった。

 

 

「ん。ふふふっ、ファーストキスは好きな人とじゃないとねっ♪」

 

「……オメー、好きなやついんのかよ」

 

 

 ――いるわけねーよな?

 

 

 花梨が喋る度、熱を含んだ振動が手に伝わってくる。

 くすぐったいが、新一は花梨の唇の感触を楽しむ自分に気づき、放したくなかった。

 

 彼女も気にしていないようだし、しばらくはこのまま触れさせてもらおう……花梨の好きな奴の話など、聞きたくもない。

 そんな新一の手に力が入り、花梨の頬に指が食い込んだ。

 

 

 “今のはナシだ、答えなくていいから”。

 

 

 口には出さず、目の前の花梨を睨み付ける。

 自分で尋ねておいてこれとは――まるで花梨の好きな奴に嫉妬しているみたいじゃないか。

 

 ……それは、どこからきた想いだというのか。

 

 

「いなーい!」

 

「なんだ、いねーのかよ……ふぅ……(よかった……)」

 

 

 新一の気持ちが通じることはなく、花梨は首を左右に振って明るい笑顔を見せる。

 あっさり自分の願望通りの答えが得られた新一は、小さくため息を吐いた。

 

 

「ていうか、新ちゃんいつまで私の口を塞いでるわけ? 鼻が出てるから息苦しくはないけどさ」

 

「あっ、わりぃ!!」

 

 

 ――さすがに嫌か……。

 

 

 ずっと口封じされているのはおかしい。

 花梨が抗議して、やっと新一は慌てて手を放した。

 

 

「あっ、ダメっ!」

 

 

 手を放した際に花梨の髪が絡んで引っ掛かり、ズルッ、ドサッ。

 大きな音を立てて花梨の黒髪が床に落ちた。

 

 

 ――髪が落ちた……!?

 

 

 新一は床に落ちた纏まりのある髪に驚き、一瞬怯んだものの、なぜ髪が――いや(かつら)か……。

 床に落ちたのが鬘だと気づくのは早かった。

 

 ぱらぱらと白い髪が、床の鬘を見下ろす新一の視界に紛れる。

 それを見た新一は顔を上げ、花梨へと視線を戻すと目を大きく見開かせた。

 

 

「オメー……その髪……!?」

 

 

 新一の目の前には、真っ白な髪の花梨がいた。

 光沢のある白い髪がさらさらと靡く。

 

 

「あ……あはは……これ、白髪なの。ちょっと色々あって、こんなになっちゃってね。若いのに白髪なんて恥ずかしくて。だから鬘、被ってて……」

 

「……っ、そうだったのか……」

 

 

 ――だから野暮ったく感じたわけか……。

 

 

 鬘を見下ろしながら、自分の頭を隠すように抱えて身を震わせ、青白い顔で訳を話す花梨が怯えているように見える。

 何かトラウマを抱えているのがわかってしまった新一に、彼女を慰める言葉はすぐには出てこない。

 

 ……優作から一部始終を聞いて知っていることは、今はまだ言わない方がいいだろう。

 

 だが――。

 花梨の白い髪は、本人は嫌なのかもしれないが……。

 

 

「白髪だと見苦しいでしょ……?」

 

「いや、それはねーよ」

 

「へ?」

 

「……ハーフみてーに見えるから綺麗だと思うぞ」

 

 

 ――綺麗に色が抜けちまってまー……控えめに言って、めちゃくちゃ可愛いなオイ……。

 

 

 透き通る白い肌の色も相まって、真っ白な花梨は穢れの無い天使そのもの。

 ……新一の胸はドキドキと、いつもより鼓動が早くなった。

 

 

「新ちゃん……。けど、私、実はこの髪のせいで、その……虐められたりしててね……っ……」

 

「……ンンッ!? ……そ、そっか(やべぇ……可愛すぎる……)」

 

 

 ――ぐはっ……! なんだよその目、オメー天使か!?

 

 

 上目遣いの花梨の瞳がうるうると潤んで、新一を見上げる。

 新一は、胸がぎゅっと鷲掴みされたように痛んで堪らない。悶絶というのはこういうことをいうのだろう、思わず息を呑んでやり過ごす。

 

 花梨は天使、いや子猫――小動物のように可愛い……。

 彼女がふるふる震えているのを見ていると、新一の心の中、庇護欲がどんどん大きく膨れ上がっていくのを感じた。

 

 

(父さんたちが花梨を“妹のように接してあげなさい”と言っていた意味が、今ならわかる気がする……)

 

 

 見た目に由来するところもあるのかもしれないが、花梨、彼女は恋愛的な意味がなくても、ただ守ってやりたい。

 ……そんな気にさせる女である。

 

 有希子も花梨を可愛がっていたから、男でも女でも守りたくなるタイプなのだと新一は思う。

 

 では、花梨を虐めた奴らは?

 なぜこんな綺麗な花梨を虐めたりしたのだろう。

 

 人目に怯えるようになるまで追い込んだのだ、弄りや揶揄いの受け取り方は人それぞれだが、何を言われてもいつもニコニコ笑っていた花梨が、ああなってしまったということは――虐めの範疇を越えている。

 

 父優作から聞いた話では、花梨の学校での生活は地獄だったらしい。

 

 トイレに閉じ込められて、上から水を掛けられたり、多量のイナゴが入ったバケツをひっくり返される。

 上履きに画鋲を入れられる。

 机や教科書には落書きがされる。

 給食に虫や雑巾の絞り汁を混ぜられる。

 暴行、窃盗、クラス全員による無視や嫌味。

 

 ……なんてことがあったそうだ。

 

 花梨が可哀想なのはそれだけではない。

 家に帰っても状況は似たようなもので、誰一人、彼女の味方はおらず、耐えるしかなかった。

 

 最終的には命まで狙われるほどで、家を出ざるをえなかったらしい。

 主犯格は身内で、警察も手を出せなかった――そんな最悪の事情。

 

 家の中でも暴力が日常的に振るわれ、傷害でも罪に問えそうだったが、それも叶わなかった。

 優作が独自に調べた花梨の親族は、どうもかなりの権力を持つらしい。

 

 

『彼女の過去を調べることはできたが、他は何も出来なくて悔しいよ』

 

 

 花梨の話を終えた優作は、ぶつけようのない怒りを押し殺すように深くため息をついていた。

 優作と有希子が花梨に優しく接していたのは、裏事情を知っていたからなのだろう。

 

 新一は、花梨の可憐さと白い髪に圧倒されながらも、胸の奥でふつふつと熱いものが湧き上がるのを感じた。

 

 胸がぎゅっと掴まれたように痛む――息を止めたくなるほどの、庇護欲と動揺。

 花梨を虐めた奴らへ、怒りが沸騰する。

 どうしてこんなに可愛い子を……。どんな理由があっても許せない。

 

 だが今はまだ、花梨の前で声を荒げるわけにはいかない。

 そっと、でも強く、彼女を守りたい――それだけが、胸の中の真実だった。

 

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