▽前回のあらすじ
木村達也に物怖じせず意見し、さらにはメンバーへの貶し言葉を「お節介の裏返し」と断じる花梨。重い空気を塗り替えるように山田と「ドラえもん」をデュエットすると、その天上の歌声に誰もが言葉を失い、酔いしれた。
第118話
事件が起きる気配がないw
「フンフーン♪ はー……楽しかった。カラオケってこんな感じなんですね~。いい経験になりました。ありがとうございます! ……って、あれ? みんなひょっとして寝てます?」
気持ちよく歌い終えて花梨が席を見渡すと、隣で一緒に歌っていた山田を含む全員が舟を漕いでいる。
コナンまでもがうつらうつら。
立ったまま寝る山田が器用過ぎて、花梨は目を瞬かせた。
「山田さん、山田さん! 起きて下さい」
「……ん? あ……あれ……? もう終わったのか?」
「終わりましたよ」
「そ、そうか……」
前後にフラフラする山田を起こし、花梨は席に戻りアイスコーヒーを一口。
次は誰が歌うのかなと曲が流れるのを待った。
(私の歌、つまんなかったのかなあ……。みんな白けて寝たふりなんてしちゃって……せっかく新ちゃんに聴いてほしかったのに無反応だし……)
歌い終えても拍手がなく、ちょっぴり悲しい。
音痴だとは思っていないが、もしかしたら新一よりも音痴で、そこに触れることすら
だとしたら、もう二度と歌わない方がいいかもしれない。
……ドラえもんの曲はちょっと自信あったのにな……なんて、ちょっと凹んだ花梨であった。
「ん……? ……ハッ!? お、おい、嬢ちゃん! あんた今何した?」
そのうち達也が目を覚まし、花梨を驚いたような瞳で見つめる。
何をしたと問われても、歌を歌っただけで、別に何もしていない。
「え? 歌を歌っただけですけど……」
コナンを挟んではいるが距離を詰め、両肩に手をポンと置く達也の瞳は食い入るように花梨を見ていて――。
「……すげえ癒しの声だな嬢ちゃん。あんた歌手やってみたらどうだ? 知り合いのプロデューサー紹介するぜ?」
「あ、いえ、まったく興味ないんでいいです」
「っ、……ハハッ! あっさりしてんなあ!」
芸能界に全く興味がない花梨は首を左右に振り振り。
達也は即断られるとは思っていなかったようで、面食らったような顔をしたあと笑った。
「お待たせしました……」
ふとガチャッと部屋の扉が開き、店員がやって来て皆が起き出す。
店員の手にはトレーがあり、料理がのせられている。頼んだ料理を持って来てくれたようだ。
「ああ、待ってたぜ隅井さん! オレがマネージャーに言って、あんたの店を予約したんだぜ!」
「すまんな」
やって来た店員に向かって達也が声をかけた。
店員の名は【隅井豪】。このカラオケボックスの店長だという。
……達也と知り合いらしい。
「……ふわぁああ……、なんか疲れ吹き飛んだわ。頭超すっきり……!」
「うんー、気持ち良かった~! 花梨ちゃん、とっても素敵な歌をありがとう♡ 聴いてたら心地好くてウトウトしちゃった。ごめんね」
達也と隅井が話していると、向かいの席で園子と蘭が腕を高く挙げ伸びをする。花梨の歌を聴いていたら眠くなったとのこと……。
「あ、ううん。そっか、それならよかった」
――そっか、音痴ってわけじゃなかったんだ、よかった~。
なぜ皆がうたた寝してしまったのかはさておき、音痴ではなかったことがわかり、花梨はほっと胸を撫で下ろす。
「……、花梨……オメー……」
「ん……? ……くしゅっ」
コナンも気がついたのか、目を擦りながら顔を上げた。
……汗が引いて本格的に寒くなってきた花梨から、小さくくしゃみが漏れる。
「やっぱすげーな、声……」
「声?」
「いい声してる」
「あら、褒めてくれてありがとねっ♡」
そういえば、新一は私の声が気に入ってたんだっけ……と、花梨はにっこり笑顔を見せて目礼する。
変声機でも真似できないと言っていたから、特殊な声なのだろうとは思うが自分ではよくわからない。
「へっ! それにしても昔のバンドのリーダーがこんなしけた店をやってるとは……悲しいねー……」
「うるせー、ガタガタぬかすと料理下げちまうぞ!」
「おいおい、それが客に対する態度かよ?」
……花梨とコナンの目の前では達也と隅井の話が続いていた。
そんな折、次の曲が流れ始める。イントロを聴くに誰もが知っているであろう有名な曲――。
「あれ? これも知ってる曲……」
「確か赤鼻のトナカイ……」
スピーカーから聞こえてきた曲に、蘭と園子が“どうしてこんな時期に……?”と反応する。
流行りの曲を知らない花梨も、さすがに赤鼻のトナカイくらいは知っている。
「クリスマスでもないのに……」
……クリスマスはまだまだ先だ。
花梨はコナンと顔を見合わせ首を傾げた。
「フッ……これもオレがリクエストした曲だ……マネージャーさん、あんたにな!!」
ふとコナンの隣から声が聞こえ、そちらを見ると達也が、料理を並べる隅井の手伝いをする寺原を見ながらニヤついている。
「っ!?」
「中学の時までサンタを信じてたっていう、あんたにはお似合いの曲だ……そうだろ? いつも気取ってる美人マネージャーさんよ~~」
「わかったわよ……歌えばいいんでしょ?」
「フン……」
達也の口調がなんだか煽るようで、感じが悪い。
マネージャーである寺原は一瞬ムスッとしたようだが、怒鳴ったりすることはなく、隅井の手伝いもそこそこに、ステージに上がりマイクを手にした。
「……、じゃあな達也……」
「さいならー……」
料理を並べ終えた隅井が何かもの言いたげに眉を下げ、部屋から出て行く。それを達也は手を振り見送った。
『♪真っ赤なお鼻の――……♪』
寺原が歌い出し、蘭がその綺麗な歌声に「きれいな声~」と小さく手をぱちぱち。
……花梨とは違い、聴いていると楽しくなるいい声だ。かなり上手い。
「……達也さん……」
歌をリクエストしたくせに、達也は歌う寺原を見ようとせず俯いている。
照れ隠しなのか、それとも――?
気になった花梨は腕を擦りながらじっと彼の様子を窺った。
「え……(花梨……? なんで木村達也をじっと見てんだ……?)」
急に寺原に対しツンとした態度を取る達也が、花梨と同じく気になったのだろう。コナンもじっと達也を見ていたが、背後から花梨の視線を感じてそちらに目を転じたのだ――が。
「ん? おう、ボウズ、オメーも歌ってみるか?」
「い、いいよボクは……」
「遠慮すんなよ! 曲の入れ方教えてやっからよ!」
「う、うん……」
コナンが花梨に声をかけるより先、達也から声がかかり、コナンは再び達也を見上げた。
すると達也は表情を切り替え、テーブルに置かれた料理に手を伸ばす。
「嬢ちゃん、遠慮せずなんか好きなのあったら摘まみな。私服の彼女たちは食ってきたかも知らねーけど、嬢ちゃんは学校帰りだろ? そろそろ腹減る時間じゃねーの?」
……テーブルにある料理のうち、野菜スティックを手に取る達也。彼は花梨に食事を勧めてくる。
「あ、ありがとうございます。あっ、唐揚げ! レモンかけてもいいですか?」
「くくっ、どーぞ?」
「じゃあ遠慮なく」
遠慮することなく両手でレモンを搾り唐揚げにかける花梨に、達也は自身の高校生の頃を思い出しているのか、「オレも高校ん時はよく腹減ってさー、バンド活動の帰りにしょっちゅう買い食いしてたぜ」なんて懐かしそうに笑った。
「わ~! 素敵な赤鼻のトナカイでした~」
「ありがとう」
園子が歌い終えた寺原に声をかけると僅かに微笑む。
花梨もピックが刺さった唐揚げを一口食べて、慌てて咀嚼し、綺麗な歌声に拍手を送ったが、チラッと一瞥をされただけで寺原は自席へと着いた。
その視線が少し鋭かった気がするのは気のせいだろうか……。
……それから各々選曲して、歌い出す。
「花梨ちゃん、もう一曲歌わない?」
「あ、ううん、私はもういいよ。元々聴くだけにしようと思ってたから。それに私、知ってる曲って童謡くらいしかないんだ~」
「え……そ、そうなんだ」
「うん、たまたまドラえもんは知ってたけど、流行りの曲は全然知らないの。さっきみたいにしらけちゃうと思うから遠慮するね」
「あれはしらけたんじゃないよ!?」
「ふふふ、ありがとう蘭ちゃん♡」
誰かが歌うのに対し、聴くばかりで拍手している花梨を見かねてか、蘭から尋ねられたものの、自分が歌うとまた“しん”としてしまうかもしれない。
ドラえもんは辛うじて知っていたが、他に知っている曲は童謡と学校で習った曲だけ……。
ここは聴くだけにしておいた方がよさそうな気がする。
花梨はにこにこと笑い、場の空気を和ませることにした。
「えー勿体ないわね。歌なんか聴きながら憶えればいいじゃない。花梨、あなた、絶対アイドルになれるから歌いなさいよ」
「だから、アイドルになんてならないってば……」
「もう、園子! 花梨ちゃんに強要しちゃダメでしょっ」
園子からアイドルになれとゴリ押しされても、花梨には全くその気がないわけで……。「どんな曲を歌わせようかしらね……」なんて、曲リストを見始めた園子を蘭が止めてくれた。
そんな一幕もあり、しばらく楽しい時間が続いていたのだが、またしても達也リクエストの曲が始まり、芝崎が歌いながら涙を零し始めた。
「ねえ、なんであのねーちゃん、にーちゃんがリクエストした曲を泣きながら歌ってんの?」
感情の昂ぶりを抑えきれない様子で歌う芝崎を、不思議に思ったコナンはサンドイッチをかじる達也に尋ねる。
「さよならするからだよ……、美江子にもこのバンドにもな……」
花梨も気になって達也に目を向けると、あっさり教えてくれた。