白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
歌い終えた花梨は、静まり返った室内を見て「自分の歌は下手だった」と落ち込む。しかし実際は、達也たちがその癒やしの歌声に酔いしれていたのだった。達也からのスカウトを断りつつも、和やかな時間を過ごす花梨たち。だが、達也の仕掛ける執拗な「嫌がらせ」が、次第にメンバーの心を追い詰めていき……。

第119話
歌えなかったんよ…。


119:歌えなかったヒット曲

 

「えーーっ!? もしかして“レックス”やめちゃうんですかー?」

 

「ああ……このツアーが終わったらオレは抜けるんだ……、バンドのみんなも知ってる事さ……」

 

 

 恐らくまだ一般には秘密であろう達也の話に、即座に反応したのは園子。達也はサンドイッチを咀嚼しながら何でもないことのように続ける。

 

 

「へっ! そうさ!! これでヘタクソなドラムやガキっぽいギター! そしてお高くとまったマネージャーとも、おさらばってわけよ!!」

 

 

 ……やにわに眉を吊り上げ、達也がレックスのメンバーたちを険しい目で睨んだ。

 

 

「そ、そんな……」

 

 

 大好きなレックスからボーカルの達也が抜ける――。

 その事実にショックを受けたのか、はたまた達也の剣幕に引いたのか、蘭と園子はそれ以上何も言えずに黙り込んでしまった。

 ステージでは芝崎が歌い続けているが、場の空気が一気に冷えてしまい寺原と山田も黙り込み、コナンも黙って達也を見つめている。

 

 そして、当然それは花梨も――と……。

 

 

「……、へくしっ!」

 

 

 黙っていた花梨だったが、またもくしゃみが出てしまい、慌てて両手で口と鼻を覆った。

 ところがくしゃみは止まらず「はっくしょんっ! くしょんっ! くしゅんっ!!」と三連続……。

 突然のくしゃみ連発に冷えた空気が一変。皆が今度は花梨に注目した。

 

 ……視線が花梨、自分に集まるのは苦手だ。

 

 やらかしてしまった感が否めない。

 だが、出物腫れ物所嫌わずということわざもある。

 ここは不可抗力ということで許して欲しい――と、恥ずかしさに花梨は目を閉じた。

 

 ……いよいよ本格的に冷えてきてしまったらしい。

 花梨が座った席はエアコンの風がよく当たる。コナンが花梨の様子に気付いて、それとなくずっとくっついてくれてはいたが、片側に触れているだけでは寒いままである。

 申し訳ないが、早めに切り上げて帰らせてもらった方が良さそうだ。

 

 

「す、すみません……さっきまで汗を掻いていたので冷えてきちゃったみたいで……くしゅんっ!」

 

「ん……? ……ったくしゃーねえなあ……ほら、嬢ちゃん、これ着てな」

 

 

 不意にバサッと達也は自身が着ていたジャンパーを脱いで、腕を擦る花梨の肩に掛けた。

 その瞬間、誰かの「あっ」という声が聞こえた気がしたが、芝崎の歌声の一部がそう聞こえたのかもしれない。

 

 

「へ? あ、ありがとうございます。はあ……温かい……」

 

「だろ? さっきから何度もくしゃみしてよー、特別に貸してやるよ。レックスのスタッフジャンパーはレアもんだぜ? しっかり袖通して温まりな」

 

 

 肩に掛かった達也のジャンパーは温かい。

 さっきまでの剣幕はどこにいったというのか、達也はファンサービスなのかメンバー以外には親切である。

 花梨は達也の言った通り、ありがたく袖を通すことにした。

 

 

「っ、いいなー花梨! あとで写真撮らせてよね!」

 

「フッ、あとでそっちの嬢ちゃんたちにも貸してやるよ、帰りに記念写真でも撮ればいいさ」

 

「「わあっ! ありがとうございますっ!!」」

 

 

 達也のジャンパーに袖を通す花梨の前で、園子がスマホを片手に振り振り。

 険悪になりかけた空気が和らいで、達也の機嫌もよくなったのだろう。記念写真と聞いた園子と蘭が明るい笑顔をみせた。

 

 

「……(……ん?)」

 

 

 ――なに、このにおい……、私知ってる……。

 

 

 園子たちが話している間、花梨はもそもそと袖を通していたわけだが、右腕を通し、左腕を……とすると、知っている香りがふわっと香ってきて目を瞬かせる。

 花梨は途中で固まり、袖を通すのをやめた。

 

 

「……花梨? どした?」

 

 

 ……急に動きを止め、固まった花梨に気付いたコナンが尋ねる。

 

 

「ねえ、新ちゃん……」

 

「ばっ、オメー今はダメだろ(蘭の前だぞ!?)」

 

 

 蘭の前で新ちゃん呼びはマズイ。

 呼ばれたコナンは焦って花梨の口に手を当て、塞いだ。

 

 

「っ……んと、音楽の音量が大きいから、蘭ちゃんには聞こえてないと思うよ?」

 

「っ、それもそうか。けど、や・め・ろ(くすぐってえ……!)」

 

 

 花梨はコナンの手首を掴み口元から放させ、そっと耳元で告げる。

 耳が擽ったいのか、コナンの肩がびくりと跳ね、頬が赤くなった。

 

 

「ラジャ! じゃあコナンくん、相談があるんだけど……いいかな?」

 

「は? 今すぐにか……?」

 

「ううん、少しあとで。……私が連れ出すからついてきてくれる?」

 

「ん? ……わかった」

 

 

 なぜ“少しあとで”なのかは知らないが、花梨からの相談なら聞いてやるしかない。

 

 

(……ただの失敗じゃねーな。花梨、何かあった……のか?)

 

 

 コナンは眉をハの字にする花梨が少し気になり了承した。

 

 

「……ありがとうございました……っ……っ」

 

 

 ……芝崎が歌い終え、ぐすぐすと涙を拭っている。

 その曲が終わると、達也のヒット曲、“血まみれの女神(ブラッディビーナス)”のイントロが流れ始めた。

 

 

「おっと、オレの曲じゃねーか! 誰がリクエストしたんだ?」

 

「達也、もう時間よ!! 早くしないとトークショーに……」

 

 

 誰のリクエストだろう……、わからないままに達也は自身の曲にリズムを合わせ身体を揺らし、立ち上がろうとする。

 そんな達也に腕時計を見ていた寺原が、もう時間だと切り上げるよう要求してきた。

 そろそろ次の予定、トークショーに行かなければならない時間のようだ。

 ところが寺原に止められた達也は。

 

 

「うるせえ! オレは歌いたい時に歌うんだよ!!」

 

「しょうがないわね……スタジオに遅れる電話してくるわ……」

 

「フン……」

 

 

 次の予定を促す寺原に食ってかかるように怒鳴り声を上げる。

 その有様に寺原は自身の着ていたジャンパーを脱ぎ、そこから手帳を取り出すと、脱いだジャンパーを腕にかけて部屋から出て行った。

 ……マネージャーの仕事は大変だなと、達也以外のその場に残った皆はそう思ったに違いない。

 

 

「よし、歌う……――!?」

 

 

 そうして寺原が部屋を出て行き、達也がステージに向かおうとしたその時。

 

 “バシャッ!”

 

 

「……!?(花梨!?)」

 

「あ……」

 

 

 突然の出来事に目を見開くコナンの前で、花梨は空のコップを手に、呆然とする。

 そのコップには、氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーが入っていたのだが、どうやら手元が狂ったらしい。

 ……達也のシャツ、背中側に薄くなったコーヒーの染みが広範囲に広がった。

 

 

「っ、冷て……、嬢ちゃんなにすんだよ!?」

 

「ご、ごめんなさい。手が滑っちゃって……。あの、達也さん。風邪ひいちゃうからシャツ今すぐ脱いでください!」

 

「えっ、ちょっ! 今すぐって、嬢ちゃん!? あっ♡ ああああっ!?」

 

 

 花梨は戸惑う達也を尻目にシャツのボタンを外し、脱がせていく。

 確かにシャツを着たままだと、部屋のエアコンで風邪をひいてしまうかもしれないが、女子高生にひん剥かれるとは達也も思ってもみなかったわけで――。

 

 ……快斗で慣れているからか、花梨のボタンを外す速度は、速かった。

 

 

「か、花梨ちゃん!?」

 

「ちょっ、花梨大胆過ぎっ!」

 

「「きゃあああ~!!」」

 

 

 目の前で男のシャツを脱がせる花梨の行動に、蘭と園子が困惑する。

 二人とも頬を真っ赤にして、両手で目を覆った。

 ……その指の隙間から、恥ずかしそうにしながらもしっかり見ているような……。

 

 

「へ~っくしょいっ!! なんだよも~、嬢ちゃん積極的過ぎんだろ!」

 

「すみません……、寒いですよね、上着着ますか?」

 

「いーよ。ズボンは濡れてねーし、オレは他のを着るから、それはそのまま羽織っとけ」

 

 

 何となく隠すように胸に手を添えながら、達也がくしゃみをするも呆れたように笑ってくれる。花梨に対し怒っている様子はない。

 花梨が借りたジャンパーを返そうとすると、達也は山田からジャンパーを借りて羽織った。

 

 喧嘩っ早い人なのかと思っていたが、やはりメンバーに対して当たりが強いだけで、面倒見は良い人らしい。「嬢ちゃんがジャンパー脱いだら風邪ひいちまうだろ」と笑うから、園子と蘭がまた「きゃ~♡ 優しい~♡」と黄色い声を沸かせた。

 

 

「ありがとうございます! 私、これ洗って返しますね。あっ、そうだ。今から洗ってきます! 染み抜きだけでもしておかなきゃ」

 

「別にいーよ、クリーニング出すし、そこに置いといてくれ」

 

 

 達也のシャツには薄っすらとではあるが、コーヒーの色が付いてしまっている。

 せめて染み抜きだけでも先に……と席を立つ花梨の頭を、達也はぽんぽんと撫でた。

 ……ところが花梨は続ける。

 

 

「コナンくんもさっきトイレ行きたいって言ってたよね? お姉ちゃんと一緒に行く?」

 

「え……? あ、うんっ!!」

 

 

 脱がせたシャツを手に、花梨はコナンを引き連れ部屋から出て行った。

 

 

「おーい、嬢ちゃーん? って聞いてねえし……」

 

 

 達也が止めに入ったものの、花梨が振り返ることはなく、部屋の扉は閉じてしまう。

 室内に流れている自身のヒット曲は、もう一番が終わる頃で歌い損ねてしまった。

 

 

「あ、あの~……」

 

「……ん?」

 

「花梨たちが戻って来たら、もう一度入れていいですか? たぶん花梨、達也さんの歌聴きたいと思うんですよ」

 

 

 園子が達也に提案する隣で蘭も「私も聴きたいです!」と目をキラキラ輝かせる。

 憧れのミュージシャンの生歌を聴ける機会なんてそうないものだ。聴きたいと思うのはファンなら当然だろう。

 

 

「ん? あ、そうだな。人気バンド、レックスを知らねーんだっけ、あの嬢ちゃん」

 

「勿体ないですよねー!」

 

「ははっ、まったくだぜ! あの嬢ちゃん、童謡しか知らねーとか言ってたし、どこの世間知らずのお嬢様なんだよって……是非聴かせてやんねーとな」

 

「お嬢様か~……。確かにあの子、浮世離れしてますよねー。お嬢様って思われても不思議じゃないかも」

 

 

 って、本物のお嬢様である私が言うのもなんだけど……と、微苦笑する達也に釣られて園子も笑う。

 

 

「わかってないなあ園子。花梨ちゃんはそこがいいのよ! アイドルになんてなられたら気軽に遊べなくなっちゃうでしょ! 私は花梨ちゃんアイドル化計画は反対よ!」

 

「ちょ、蘭ってば~、はあ~……性別変わってもやっぱり花梨のことが好きなのねー!」

 

「えへへ~♡ 花梨ちゃんには内緒よ?」

 

 

 ……達也との会話に急に入ってきた蘭に園子は呆れ顔だ。

 

 

「ん? 性別変わってもってどういう話? ひょ、ひょっとしてあの子、あれでいて男だったりするのか? どう見ても女の子にしか見えなかったんだけど……?」

 

「いえ、違うんですよ……、ここだけの話なんですけどね……」

 

「ちょっと園子ー!?」

 

 

 まさか花梨は男……!? なんて驚く達也に、園子は蘭が止めるのも構わずこそこそと話し始めた……。

 

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