▽前回のあらすじ
目暮警部と合流した花梨は、コナンの指示を受け「名探偵」として振る舞うことに。通信越しに届く新一の推理を代弁し、達也を狙った卑劣な毒殺トリックを暴いていく。命を救われた達也から感謝される中、花梨はついに、隣に立つ「犯人」を指差した。新一と花梨、二人の逆転劇が幕を開ける!
第123話
証拠が少ない中でも、新ちゃんの推理は冴えるのです。
まあちょっと弱いな~感は否めないですけども。
“寺原麻里さん……。”
花梨が寺原を見上げると、彼女は目を見開いた。
「「ま、マネージャーが犯人……!?」」
「ま、麻里……!? ……」
犯人だと名指しされた寺原に、芝崎と山田が驚愕する。
達也も花梨から寺原に視線を移し、苗字ではなく名前で呼びかけると、それ以上は黙り込んでしまった。
「……どうして私が犯人なの?」
「それはわかりません!」
絞り出すような寺原の声が、花梨に向けられる。
……花梨ははっきりと答えた。
途端、その場にいた全員がガクッと肩を落とす。
同時に、部屋の扉に何かがぶつかったような音が「ガタッ」と響いた。
「花梨ちゃん!?」
思わず目暮警部が、いつもは“花梨くん”と呼ぶはずの彼女を、昔の呼び方で呼んだ。
「あ、すみません。ちょっと今、動機を探ってて……」
「は?」
花梨はイヤホンをしている側の耳を押さえながら、目暮警部に微苦笑する。
要領を得ない目暮警部は困惑気味だ。当然だろう。
だが彼が花梨に向けるのは、ただの苦笑いだけ……。
幼い頃の花梨を知っているせいか、目暮警部は彼女に少々甘い。
他の面々も驚いた様子ではあったが、怒る者はいなかった。
……ところが、そんな花梨に苛立ちを覚えた人物が一人いる。
「ちょっと、あなたさっきから支離滅裂なんだけど? 達也に気に入られてるからって、さっき怒られた腹いせに嫌がらせするの、やめてくれないかしら」
花梨の隣にいた、寺原だった。
寺原は冷静でありながら冷淡な目で花梨を見下ろし、まるで言い聞かせるように迫ってくる。
言葉の端々には棘があり、美人の冷視は中々に迫力があるもので……。
名誉を傷つけられ憤っているのは一目瞭然――。
その場の誰しもが“怖い”と思ったに違いない。「こわ……」と誰かの呟きが聞こえた。
そんな時、不意にピピピピピ……。
誰かのスマホが鳴る。
持ち主は目暮警部だったらしく、彼は「失礼……」と一言断り、通話ボタンを押した。
「嫌がらせなんてしてないです。ただ……動機がわからなくって……」
「動機って……。私に達也を殺そうとする理由なんてないわよ? 確かに、達也には嫌われてるけど、仕事なんだから割り切ってるわ」
かなり威圧感のある物言いをされたが、花梨は怯むことなくいつもの冷静な口調で返す。
そのやり取りを、蘭と園子がハラハラしながら見守っていた。
花梨の変わらぬ態度に、寺原も腹を立てたのだろう。すぐに反論してくる。
……ステージでは目暮警部が誰かと通話中で、「出たか!」の声が響く。
そんな中、花梨は言葉を続けた。
「……、動機はまだわかりません。でも、殺害方法ならわかります。寺原さんは、達也さんを自殺に見せかけて殺そうとしました」
「なっ!? なんてこと言うの!? 人を犯人扱いするなんて……!」
犯人は寺原だと主張し続ける花梨に、寺原は激昂する。
かなり怒り心頭のようで、鋭い目つきで花梨を睨みつけた。
……それも当然だ。突然殺人犯扱いされたら、誰だって怒るに決まっている。
「ああ……そういえば、木村さんの車の中から、青酸カリの含まれたクリームが発見されましてね。木村さん、自殺しようとされていましたか?」
そこでふと、通話を終えた目暮警部が会話に割って入り、達也に近づいて問いかけた。
コナンの推理によれば、犯人は単に毒殺を狙ったのではなく、自殺に見せかけることで、事件そのものを隠蔽しようとしていた可能性がある。そこで、達也の身の回りを調べるよう、権堂を通じて伝えておいた。
その結果――車内から、さっそく一つの証拠品が見つかったというわけだ。
「は? オレはこれからソロデビューが待ってる身ですよ? するわけねーだろ」
「……ですよね。実は事務所のあなたのロッカーを調べさせてもらったんですが……。遺書のような紙も見つかったんですよ……」
「へ? なんだそれ。そんなもん、オレは書いてねぇぜ? 遺書書く暇があるなら、作詞でもしてるっての」
達也は「なんのこっちゃ」といった様子で、怪訝な表情を浮かべた。
事務所のロッカーを勝手に調べられたのも気分が悪いが、それ以上に、心当たりのない物が出てくるのは気味が悪い。
不可解な出来事に、達也は腕を組み首を傾げる。
ロッカーから出た遺書らしき紙……。
コナンの推理通り、これは自殺に見せかけた殺人だったことは、これで確定した――。
「……」
「……寺原さん。あの、さっき慌てて車に向かったのって、青酸カリ入りのクリームを回収しに行ったんじゃないんですか?」
目暮警部と達也のやり取りを黙って聞いていた寺原に、花梨は先ほどコナンからイヤホン越しに聞いた、「寺原さんは犯行をやめて、証拠品を回収しに行こうとしてたんだ」の言葉をもとに尋ねる。
「っ……」
「私がジャンパーを羽織っていないことに気づいて、計画を中止することにしましたか……?」
寺原が息を呑んだ。
イヤホンからコナンの「花梨がジャンパーを羽織ってないことに気づいて、彼女は達也さんを殺すのをやめたんだ」の声――。
花梨は静かに頷きながら言葉を続ける。
……コナンの推理は、ずっと花梨の耳元で続いていた。
「……なんでそんなこと聞くの? 私は犯人なんかじゃないわ」
僅かに寺原の声が、震えたような気がする。
『……いいか花梨、続けるぞ(よし、もう少しだな)』
「……」
もう一押しで決定打になりそうだ――。
そう感じたコナンは、部屋の扉の窓ガラスから中を覗き込む。
それに気づいた花梨は、そっと視線を向け、彼と目が合うと無言で頷いた。
「だって……寺原さんだけなんです。達也さんの曲が流れたときに、席を立ったのは。一回目のリクエストは歌えなかったけれど、もし達也さんがそのまま歌っていて、オニギリを手にしていたら……?」
花梨の声は落ち着いていたが、その言葉は静かに追い詰めていくようだ。
「犯人は、自殺に見せかけて殺したい。でも、死ぬ瞬間は見たくない。だけど死んだ事実は確認したい……。だったら、中座すればいい。状況証拠だけですが、一番怪しい動きをしていたのは、寺原さん、あなただけなんです」
コナンがひとつひとつ言葉を紡ぐ度に、花梨もまたそれをなぞるように語り続けていく。
やがて、コナンの推理が終わる。
『……以上だ。動機だけは、オレにもわからなかった。でも、詳しく調べていけば他にも証拠は出てくるはずだし、動機もおのずと明らかになる。だから今回のオレの推理はここまでだ』
花梨は、イヤホン越しのその言葉に深く頷いた。
「じょ、状況証拠だけで犯人扱いだなんて……そんなの、名誉毀損よ!」
「……寺原さん、どうして達也さんを……?」
――新ちゃん、あとは任せてね……!
明らかに狼狽えた寺原を、花梨はまっすぐに見つめる。
その瞳は曇りなく澄んだ金色で、じっと真実を見通すように彼女を捉えていた。
花梨の視線に晒されながら、寺原の額にはじっとりと汗がにじみ、やがてそれが頬を伝って落ちていく。
「っ、見ないでっ! その目で私を見るのをやめなさい。なんで私を見るの!?」
寺原は花梨の視線を遮るように、両手を自分の顔の前に翳して目を逸らした。
すべてを見透かされているように感じたのか、たじろいだ彼女の足が半歩下がる。
「……寺原さん! 答えてください!!」
決して追い詰めるつもりはないが、花梨は寺原から目を逸らさずに見つめ続ける。
花梨の強い視線に、寺原は顔を隠すように手を翳したまま、ちらりとテーブルに視線を移した。
視線の先には水割り用にと置かれた、氷の入ったアイスペールとトングがある。
そして、その近くには氷を割るためのアイスピックが置かれていた。鋭い尖端が照明を反射してキラリと光り、存在感を放っている。
「……て、やめて……。きれ……な……をして……っ、許せないっ! その目で達也を篭絡したってわけねっ!!」
……寺原の動きは一瞬だった。
彼女は花梨の視線から逃れるように身体を捻り、テーブルに置かれたアイスピックを手に取ると、次の瞬間には花梨の背後に回る。
「ぇ、あっ!」
気づけば花梨は寺原に手首から片腕を捻られて動きを封じられ、首にはアイスピックが突きつけられていた。
少しでも動けば、刺さってしまいそうだ……。
『花梨っ!!』
園子と蘭の「花梨っ!!」「花梨ちゃん!!」という心配の声に混ざって、焦ったコナンの声とガタッという音が部屋の扉から響く。
だが、部屋にいた全員は突然の緊迫状態に気を取られ、そちらを見る余裕はない。
「っ……」
「……あなたのせいで、何もかもめちゃくちゃよ……。こうなったらもうおしまい。達也のお気に入りのあなたを殺して私も死ぬわ」
拘束された腕の痛みに、花梨は眉をひそめた。
寺原は泣き笑いにも似た、複雑な表情を浮かべながら、アイスピックを持つ手を振り上げる。
「て、寺原さんっ! ヤケを起こしちゃいかんっ!!」
「動かないでっ! 誰か一人でも動いたら首を一突きするわよ!? 達也のせいで、可愛い女子高生が巻き添えで死ぬって、明日の新聞の一面を飾ってやるわ!」
慌てて目暮警部が止めに入ろうとするが、ステージからでは距離があり届かない。
寺原は大きな声で啖呵を切り、再びアイスピックを花梨の首に近づけた。その拍子に、鋭い尖端が花梨の首を掠めてしまう。
「っ、ぅ……」
……アイスピックが掠めた花梨の首からは、鮮血が流れ出した。
真っ赤な血が、白い首筋を伝っていく……。
(花梨……!!)
扉の向こうから見えていたのだろう、コナンが目を見開いたまま花梨を凝視している。
なぜ自分はそこにいないのか――。
小さな手の指紋が、くっきりと扉のガラスに付着した。