白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
コナンの推理を代弁し、麻里を犯人と名指しする花梨。自殺に見せかけた卑劣な計画を暴かれた麻里は、花梨の澄んだ瞳に追い詰められ、ついにアイスピックを手に暴走する。花梨を人質に取り、その首筋を刃が掠める!扉の向こう、無力感に震えるコナンが見たのは、真っ赤に染まる花梨の白い首だった――。

第124話
素直になるって大事。


124:素直になって

 

「花梨ちゃんっ!!」

 

「動いちゃダメ、蘭っ!」

 

「でもっ……!」

 

 

 傷ついた花梨を目の当たりにし、堪らず蘭が助けに入ろうとする。だが、園子がすかさずそれを止めた。

 興奮状態の寺原を刺激すれば、花梨が本当に刺されてしまうかもしれない。今は、まだ動くべき時ではない。

 蘭は渋々思い留まり、園子に小さく頷いた。

 

 ……二人の瞳には、涙が滲んでいる。

 

 

「……ははっ、ねえ、達也。どうせもう全部終わりなんだもの、言わせてもらうわ。いっつも、いっつも私をバカにして! 何が気に入らないのよ? 私がどれだけ、あんたに……! 今日だって、“赤鼻のトナカイ”なんて歌わせて……許せないっ!」

 

 

 寺原には寺原なりの言い分があったようで、花梨を拘束したまま、達也に怒気を含んだ視線を向けた。

 眉根を深く寄せたその顔は、これ以上ないほどの怒りに満ちて、まるで般若そのものだ。

 

 

「麻里……。お前、オレのこと、そんなに憎んでたのか……? オレは、ただ……お前に……、っ」

 

 

 そう、そもそも怒りの矛先は達也――。

 命を狙われていたのは、自分。

 

 その事実を思い出した達也は、寺原から向けられた激しい怒りに、ただ困惑するばかりで……。

 

 

「……っ、達也さん、素直になって……くださ、い。た、たぶん……寺原さん、わかってない……」

 

「は……? 素直……?」

 

 

 傷ついた首の痛みに耐えながら、花梨は達也に訴える。

 “素直に”という言葉に、達也は額に手を当て、小さく「ふぅー」と息を吐いた。

 そして、ゆっくりと顔を上げる――。

 

 ……その瞳は、まっすぐに寺原を捉えていた。

 

 

「っ……今度の新曲、お前に捧げるつもりで書いたんだ」

 

「は? 新曲……? 今、そんな話してる場合じゃないでしょ?」

 

 

 達也が何を言っているのか、寺原にはさっぱり理解できない。

 眉をひそめ、苛立ちを隠そうともせず吐き捨てた。

 またバカにされた……そう思ったのか、花梨の頭上で「チッ」と小さな舌打ちが響いた。

 

 

「っ、達也さんっ! はっきりーっ!」

 

 

 ――素直になってよ~~!

 

 

 アイスピックがかすった首も痛むが、それ以上に、捻られた腕が悲鳴を上げている。

 一刻も早くこの拘束を解いてほしい――花梨は必死に訴えかけた。

 

 達也の気持ちなんて、花梨にはとうにお見通しだ。

 酒を止めさせたとき、偶然知ってしまったのだから。

 そして――寺原の気持ちも、さっき触れられた瞬間にわかってしまった。

 

 寺原、彼女は……。

 

 

「っ、ああもうっ! わかったよ嬢ちゃんっ! ……麻里っ! オレはお前が好きなんだよ! 昔のお前がよかったんだよっ! バカにしてたんじゃねえ……以前のお前に戻って欲しかっただけなんだっ!!」

 

 

 花梨の叱咤に、達也は一瞬苦い顔をしたが――腹を括り、素直な気持ちを叫ぶ。

 その顔は、酒のせいなのか、それとも本音をさらけ出した恥ずかしさか……耳まで真っ赤だった。

 

 

「……は……? “前の私”って……あの、不細工な私のこと……?」

 

 

 ……達也の告白に、寺原は固まった。

 何を言っているのか、すぐには理解できず――首をかしげ、戸惑いながら達也に尋ね返す。

 

 

「ぶ、不細工……?」

 

 

 思わず蘭が声を漏らしたが、他の面々も、一部を除き意味がわからない様子でぽかんとしていた。

 

 

「顔なんてどうでもいいんだ! オレのために顔なんて変えて欲しくなかった。人目なんて気にしてんじゃねぇっ! 素顔のお前が好きだったんだよ! お前だってオレのこと好きだったんじゃねーのかよ!?」

 

「そんな……そんなこと、いまさら言われたって……」

 

 

 達也のまっすぐな告白は続き、寺原の頬は徐々に赤らんでいく。

 その反応につられるように、花梨の腕を拘束していた力も次第に緩んでいった。

 だが花梨は逃げることもせず、その場を静かに見守り続ける。

 

 

「……素直になれなくて、悪かった。嬢ちゃんに何度も言われて……ようやく気づいたんだ。……反省してる」

 

 

 達也はチラリと花梨を見たが、気まずさからかすぐに目を逸らし、頭を下げた。

 

 

「……わ、私……あなたを殺そうとしたのよ……?」

 

「オレ、まだ死んでねーけど? ……まあ、好きな女に殺されるのも悪かねぇけどよ。でもさ――もうちょっとだけ待ってくんねーか? お前に、まだまだ曲を贈りてぇんだよ……」

 

 

 寺原と達也、二人の会話が続くうちに、花梨の拘束はさらに緩み、アイスピックもゆっくりと首から遠ざかる。

 その隙を見て、目暮警部や蘭が動こうと身構えたが――、花梨は首を左右に振って二人を制した。

 

 

「……っ、私、達也のこと……っ。いいえ……なんでもないわ。ごめんなさいね、お嬢さん」

 

「……はい、大丈夫ですよ」

 

 

 ついに――寺原は花梨の拘束を解き、手にしていたアイスピックをそっと手放す。

 それは床に落ち、カラン、と乾いた音を立てながらテーブルの下を転がり、蘭の足元で止まった。

 

 

「っ……達也のこと、救ってくれて……ありがとう。私……とんでもない間違いを犯すところだった……ぅぅっ……! ああああっ……!!」

 

 

 花梨が解放されたことで、場に張り詰めていた空気がふっと緩んだ。

 目暮警部が動き出し、手錠を持ってゆっくりと寺原に近づいていく。

 

 ……寺原は、深く、深く頭を下げ――そのまま顔を両手で覆い、堰を切ったように嗚咽した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寺原麻里さん。木村達也さんおよび、葵花梨さん殺害未遂容疑で、現行犯逮捕します。あなたには黙秘権があります……――」

 

「はい……、っ、はい……」

 

 

 手錠をかけられた寺原に、目暮警部が罪状を告げる。

 寺原は静かに何度も頷き、大人しくお縄についた。

 

 

「はあ……終わった……。あ、あれ……?」

 

 

 事件もこれで一件落着と、目暮警部と寺原が話す中、花梨は極度の緊張から解放され、その場にへなへなと崩れ落ちる。

 すると「花梨ちゃんっ!!」と蘭の声がした。

 

 

「あ、蘭ちゃ……わぶっ!?」

 

「大丈夫!?」

 

 

 にこやかに返事をしようとした花梨だったが、突然視界が暗くなる。

 ……気づけば蘭が抱きついており、彼女の胸に花梨の顔が埋まっていた。

 

 

「っ……ら、蘭ちゃん……く、苦しい……」

 

 

 ――ていうか、蘭ちゃん大きいよね……!

 

 

 柔らかい蘭の胸が優しく顔を押し包み、まるで母に抱かれているような安心感がある。

 だが、息ができない。

 「も~! 心配したよ~!」と蘭は抱きしめたまま離してくれそうにない。

 

 きっと新一は、こんなふうに抱きしめられたことないだろう。

 羨ましいに決まってる――なんてことを思いながら、花梨は「大丈夫だよ♡」と、もぞもぞ蘭の胸から抜け出そうとする。

 しかし、そのとき園子も駆け寄ってきた。

 

 

「うわぁああああんっ!! もぉ~花梨のおバカぁ~~っ!!」

 

 

 園子にも抱きつかれ、戸惑う花梨の前で、二人はおいおいと泣き出してしまう。

 

 

「だ、大丈夫だよ~? ほらっ、ちょっと掠っただけ!」

 

 

 右手にすがる二人を安心させるために、花梨は「ほら見て、かすり傷だよ♡」と顎を上げ、先ほどまで寺原に掴まれていた左手で患部を指差す。

 一瞬泣き止んだ二人がその箇所に注目すると、再び涙を零した。

 

 ……どうやら首の出血はまだ止まっておらず、手首も内出血を起こしていたらしい。

 

 寺原は、マネージャーとしてメンバーを護るために護身術を習っていたそうだ。

 それにより、相手を制圧する術を身につけていたのだとか……。自分よりも大きな男性でも抑え込めるとのこと。

 道理で身動きが取れなかったわけだ。

 

 

「花梨くん。私は彼女を署に連れて行くから、ここを離れるが……――」

 

 

 目暮警部は、怪我を負った花梨に「今すぐ救急車を呼ぶから、別室で待つように」と伝え、他の者たちにも「事情を聞きたいから、この場で待機してほしい」と言い残した。

 そうして寺原を連れ、部屋を出て行く。

 

 パタン――と扉が静かに閉まった、その直後。

 

 

 “ガチャッ!!”

 

 

 扉が勢いよく開き、乱暴な音が部屋に響いた。

 

 

「麻里っ! お前と歌うの、やっぱ好きなんだよ! オレ、ソロ活動しながら待ってっからさ! 戻ってきたら、またバンドやろうぜ……!」

 

「達也…………、ええっ!!」

 

 

 萎れた花のように項垂れていた寺原が、達也の言葉に顔を上げる。

 メイクの崩れた酷い顔――それでも彼女は、確かに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※次回からエピローグ。

 

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