▽前回のあらすじ
事件解決後、コナンは負傷した花梨を労い「よくできました」と頭を撫でる。平穏な時間が流れる中、なぜ猛毒に気づけたのか問われた花梨は、「前に盛られたことがある」と笑顔で衝撃の過去を告白。動揺する新一を煙に巻き、彼女は光の射す方へ歩き出す。その背中には、深い謎が隠されていて――。
第126話
そろそろお家に帰らせてw
◇
あれから店長の隅井の協力で、事件後のカラオケボックスは花梨たちを残し、他の客は全員退店。事実上の貸し切り状態となった。
寺原が逮捕されたことによりトークショーは延期になってしまったが、せっかく集まったのだからと、打ち上げは部屋を移して続行することに。
コナンと蘭、園子、そして花梨――未成年の保護者が到着するまで、皆でソフトドリンクを手に乾杯し直し、語らいの時間が始まった。
「隅井さん、嬢ちゃんたちが帰ったら、また酒でも飲もーぜ」
「そうだな。今日はもう閉店だし、付き合ってやるか。高い酒の注文、頼むぞ」
「カラオケ店に高い酒なんてあるかよっ! わっはっはっは!」
「
……会話の中心は、達也と隅井だ。
二人のやりとりを、花梨たちは黙って聞いている。
蘭と園子も「達也のプライベートが聞けるなんて!」とばかりに、興味津々で瞳を輝かせていた。
話によれば達也と寺原、そして隅井は、レックスが結成される前に同じバンドを組んでいたという。
リーダーは隅井で、達也と寺原はツインボーカルを務めていたそうだ。
寺原の歌が上手かった理由に、知らなかった面々も納得の表情を見せる。
その頃の寺原は、今とはまるで違う見た目だったようで――隅井が言葉を濁すと、達也が笑いながら言った。
「アイツ、オレのために整形したんだよ。……バカな奴」
隅井が「達也、そういうこと言うなよ」とたしなめる前に、達也は続ける。
「昔のまんまの方が可愛いのによ……」
「そういうことは本人に直接言ってやれ」
そう言って隅井が肘で突くと、達也は――。
「ばっ、んな恥ずかしいこと言えっかよっ!! ……って、なんてこと口に出しちまってんだよ、オレは!!」
顔を真っ赤にして頭を抱え、うなだれる達也。
まさかそれを声に出していたとは、自分でも思っていなかったらしい。
「……そっか、そういうことだったんだ……」
「ん……? 美江子、どうした?」
「ううん。なんでもない」
「そうか……」
照れくさそうに「あー、もー、今のナシナシ!」と頭を抱える達也の前で、話を聞いていた芝崎が微笑んだ。
その笑顔を見て、山田は不思議そうに首を傾げる。
芝崎の笑みは、どこか少し寂しそうにも見えた。
「なあ達也、お前、今度ソロデビューするんだろ?」
「ん? ああ」
「せっかくだ。レックスに残るメンバーに、一言くらい贈ってやれよ」
「あ? “せっかく”ってなんだよ。あんなヘタクソなドラマーと、ガキっぽいギタリストに贈る言葉なんてねーよ?」
「おまえは素直じゃないからな~」
「は? ちょ、なんだよ隅井さんっ!? “素直じゃない”って何が言いたいんだよ!?」
話題は自然と達也のソロデビューへと移っていく。
隅井はニヤニヤと目を細めながら、横目で達也を見てほくそ笑んだ。
達也は嫌な予感を覚えながらも、隅井の真意が読めず、眉をひそめる。
「あー……、山田さんと芝崎さん」
「「へ?」」
不意に、隅井の身体が二人の方へと向き、穏やかな声で呼びかける。
山田と芝崎は、突然のことに目を丸くした。
「こいつ、素直じゃねーんだよ。自分が抜けたあとも、あんたらに頑張ってほしいと思ってああ言っただけだ。発破かけたつもりなんだってさ。達也が抜けてもあんたらは大丈夫だよな?」
「「え……」」
にこにこと笑いながら語る隅井の言葉が、本当かどうかはわからない。
だが山田と芝崎は、ゆっくりと頷いた。
「ちょっ、隅井さんっ! オレは別にっ……っ!」
「……」
慌てて口を挟もうとした達也だったが、ふと――。
花梨がじっと自分を見ていることに気づき、息を呑む。
「あーもうっ!! っ……つ、つまり、そういうことだっ! 頑張れよなっ!! オレが抜けても、お前らなら大丈夫だ。自信持って、しっかりやってけよ!?」
「「達也……!」」
やけくそ気味に怒鳴った達也の言葉に、山田と芝崎の口元がほころぶ。
(――ツンデレなんだなぁ)
……その場にいた誰もがそう思ったに違いない。
「……で、いいんだろ! 嬢ちゃん?」
「……うふふふ♡ 素直が一番ですよね!」
「あーくそっ、今日のオレはどうかしてるぜ……」
花梨が嬉しそうに微笑むと、達也はまた顔を真っ赤にして、頭を抱えたのだった――。
しばらくして、園子の迎えが先に到着し、名残惜しそうに彼女は帰宅した。
残ったのは、花梨と蘭、そしてコナン――。
花梨には迎えがないため、蘭とコナンを見送ったあと、タクシーを拾って一人で帰るつもりだ。
ちょうどその頃、小五郎から蘭に連絡が入り、「そろそろかな……」というタイミングで花梨たちは達也たちと別れ、ロビーへ移動する。
迎えが来るまでの間、ロビーの椅子に座り、蘭と話をしていたのだが――。
どうやらドリンクを飲みすぎたらしく、蘭は席を立って化粧室へ行ってしまった。
残されたのは花梨とコナン。
なんとなく会話が途切れ、そのまま無言の時間が流れる。
「…………っ、そ、そろそろおっちゃんが来るみてーなんだけど、一緒に帰るか……?」
打ち上げの再開前、花梨にはっきり拒絶されたコナン。彼の物言いはいつになく
花梨が笑って誤魔化すのはよくあるが、目が笑っていない“張り付いた笑顔”で拒絶されたのは初めてで、どうしていいのかわからない様子――。
……詳しく訊きたい気持ちはある。だが、今さらその話題を出せる雰囲気でもない。
「ん~ん、……タクシーで帰ろうかな」
「そっか。じゃあ、タクシー呼んで――」
今日は無理だ。訊き出せそうにない。
コナンはそう判断し、「タクシーを……」とスマホを取り出しかけた、その時。
二人の頭上に、ふっと影が差す。
「その必要はねーよ?」
聞き覚えのある声が、頭上から降ってきた。
「ん……? あ、快斗!」
「っ、黒羽……オメー……」
花梨が見上げると、そこには快斗が立っていた。
彼の姿を認めた花梨は、嬉しそうに表情を綻ばせる。
隣に座っていたコナンも顔を上げたが、瞬間、“いつの間に?”と怪訝そうに眉を寄せた。
「ちょ、怪我したのって花梨かよっ!? なんでっ!?」
「あ……これは、ちょーっとトラブルに巻き込まれただけっていうか……。見た目ほど深い傷じゃないんだっ。ちょっとアイスピックの先が掠っただけっていうか……」
首に巻かれた包帯には、うっすらと血が滲んでいる。
さらに手首にも包帯が巻かれているのを見て、快斗の目が大きく見開かれた。
花梨は“あはは……”と苦笑するしかない。
「ひぃっ、アイスピックだあ……!? 米花町嫌い。今すぐ帰ろう」
「え? わっ!? ちょ、ちょっと快斗!? 蘭ちゃんにまだ挨拶してな――」
快斗は青ざめた顔のまま、突然花梨を横抱きに抱え上げると、そのままくるりと踵を返した。
数歩進んだところで、首だけを振り返り、コナンを一睨みする。
「……おい、ボウズ。オメー、死神でも憑いてんじゃねーの!? 花梨に近づくの、やめてくんない?」
「なんだと!?」
快斗の険しい瞳がコナンを射抜く。
コナンも負けじと鋭い目で睨み返した。
……その睨み合いは一瞬だけ。
すぐに快斗は視線を戻し、腕の中の花梨へと顔を向ける。
今度は穏やかな笑顔を見せて――。
「可及的速やかに帰宅します! 裏にバイク停めてあるんだ♪ ……帰るぞ」
「快斗……」
笑顔だった快斗だが、最後にはムスッとした顔で花梨を睨んできた。
そのまま彼に抱えられながら、コナンの視線を背中に感じつつ、花梨はカラオケ店を後にする。
現場検証が続いているため、店の外にはまだ数台の警察車両が停まっていた。
それに釣られてか、野次馬もちらほら。
快斗が駆けつけた時には救急車もいて、「何事だ!?」と心底焦ったらしい。
気が気じゃなく、店内に潜入して様子を見に行こうかとも思った――とのこと。
警察官たちが話しているのをこっそり聞いたら、「怪我人は出たが軽傷」だというので、なんとか我慢して待っていたそうだ。
「花梨の迎えです」と言ったら通してもらえたが、来てみれば――花梨が怪我をしている。
肝が冷えたどころの騒ぎじゃなかったらしい。
……小学生を睨みつけてしまったことに関しては、後悔はしていないそうだ。
コナンに対して当たりが強い気がするのは、気のせいなのだろうか……。
「……オレ、怒ってるんだからな?」
「っ、ごめんなさい。連絡しなくて……」
「許さん。バンドマンと浮気なんてしてんじゃねーよ! 花梨のこと“可愛い”って褒めてたの聞いたぞ!」
「……浮気してないよぉ~~……!」
カラオケ店の裏手に停めてあったバイクの前で、快斗は花梨を後部座席に下ろし、ヘルメットをかぶせてくれる。
さらに上着まで羽織らせてくれた。……用意がいいというか、抜かりがない。
……それにしても、快斗はどこまで知っているのだろう。
あの口ぶりからすると、全部知っているような気がしてならない。
“黒羽に教えたら、何て言うんだろうな?”
コナンに言われた、そのひと言を思い出して、花梨はうっすら涙目になる。
「浮気はぜってぇ許さねーかんなっ! 帰ったらお仕置きすっから、覚えてろよっ!」
「ひーんっ……! 浮気なんてしてないってばぁっ!」
「男のシャツ剥いどいて、なに言ってやがる、バッ
「っ、ごめんなさぁぁああ~~い!!」
“パンッ!”
ヘルメットのシールドが勢いよく閉じられる音が、静かな夜に響いた。
……今夜の快斗は、ずっと不機嫌である。
バイクに乗って向かった先は、花梨のマンションではなく快斗の自宅――。
家に着いても、快斗の機嫌はまったく直らず。
許してもらえるまで、花梨はひたすら謝り続けたのだった。