▽前回のあらすじ
事件後の打ち上げで、達也は仲間への本当の想いを口にする。平穏が戻ったかに見えたが、花梨の迎えに現れたのは激怒した快斗だった。首の傷を見た快斗はコナンを「死神」と一蹴し、花梨を強引に連れ帰る。シャツを剥いだ一件まで把握していた快斗の嫉妬は収まらず、花梨は「お仕置き」を覚悟して――。
第127話
今回は快斗サイドのお話です。
◇
事件は幕を閉じ、花梨を抱えたままでカラオケ店を後にした快斗は、バイクまで戻る間に、これまでの出来事を伝える。
「――で、来てみたら警察車両に救急車だろ? 怪我人が出たって言うし、何事かと思ったぜ」
「ん……ごめん」
「軽傷だって警官たちが話してるのが聞こえたから、潜入はやめたけどさ」
「そういえばお店、封鎖されてたのに……よく入れたね?」
「“花梨の迎えです”って言ったら、通してくれた」
「そっか……迎えに来てくれて、ありがとう」
「彼氏が彼女を迎えに行くのは当然だろ?」
快斗は、抱きかかえた花梨の額に唇をそっと押し当てた。
花梨の頬が、ぽっと赤く染まる。
……花梨にそんな風に伝えた話は、実は嘘である。
本当は――。
時は少々遡り、花梨が事件に巻き込まれていたその頃――快斗はというと。
「や~、今日は楽しかったねー! じゃあバ快斗。また明日!」
「……」
ゲームセンターからの帰り道。
快斗と青子は並んで歩き、青子の家の前までやってきていた。
しかし快斗は、さっきからずっと心ここにあらず。
手元のスマホに視線を落とし、ひたすら何かを気にしている。
「ちょっと快斗ー? なんで帰り道ずーっとスマホばっか見てんのよ! お別れの挨拶くらいちゃんとしなさいよ!」
「……ねーんだ……」
「は? なにが?」
「……花梨から連絡が、ねーんだよ……。何かあったんじゃ……」
「それは……カラオケ楽しんでて忘れてるんじゃないの~?」
不安そうな顔でスマホを見つめ続ける快斗に、青子は苦笑をこぼした。
……まったく。
この幼なじみは、彼女ができてからというもの完全に盲目だ。
学校でもべったり。ゲームセンターでもべったり。
恐らく、プライベートでもベッタベタに花梨に付きまとっているのだろう。
“花梨ちゃんだって、たまには快斗から解放されたいでしょ……”
心の中でそうツッコミつつ、青子はちょっとため息をついた。
快斗は、重すぎるほど一途だ。
その愛情を花梨がどこまで受け止めきれるのか、青子はそこが心配だった。
快斗――大切な幼なじみには幸せになってほしいし、
花梨――大切な友達にも、やっぱり幸せでいてほしい。
ふたりのイチャイチャを見るのは正直、気恥ずかしい。
けれどその一方で、見ているとほんわかした気持ちにもなるのだ。
“……このままずっと、仲良くいてくれたらいいな。”
そんな願いから、青子は快斗に「束縛しすぎはよくないよ」とやんわりアドバイスしている。
……が、どうやら当の本人にはあまり伝わっていないようで、いつも軽く空回りしてしまう。
「――は、平日だから大丈夫なはず……だよな?」
「は?」
快斗がボソボソと、スマホの画面――待ち受けに設定された花梨の写真に向かって語りかける。
……うわ。この人、待ち受けの彼女に話しかけてるんですけど。
これはちょっとヤバい。
青子の眉が自然と寄ってしまう。
「……青子。また明日な」
「ん? あ、うん。バイバイ」
快斗は唐突に顔を上げてそう言うと、すぐさま身を転じて自宅へと入っていった。
その表情は、何かを思い詰めているようで――、家に戻ってすぐ花梨を迎えに行きそうな勢いだ。
「……ダメだこりゃ」
隣家へと入っていく快斗の背中を見送りながら、青子は肩をすくめ、苦笑する。
“ほどほどにね”――そんな心のツッコミを添えて。
◇
制服を脱ぎ捨てると、快斗はすぐに私服へと着替えた。
手には、花梨用のアウター。
それを片手に玄関を飛び出し、ガレージの愛車へと跨る。
「――よし、出発!」
バイクのエンジン音が夜の街に響いた。
行き先は、花梨が行くと言っていた米花町のカラオケ店。
……嫌な予感がする――。
こういう予感は不思議とよく当たる。
なら、迷ってる場合じゃない。
現地に到着すると、店の前はすでに警察車両でごった返していた。
黄色の規制線が張られ、店舗の出入口には制服警官が立っている。
「……やっぱり、何かあったな」
快斗がそう呟いた、その時だった。
「や~~、バイト遅れちゃったなぁ……! 店長、怒るかな……」
呑気な声とともに、鞄からカラオケ店の吊り下げ名札を取り出し、首にかけながら、青年がトコトコとやってくる。
どうやら遅れて出勤してきたバイト君らしい。
ところが、目の前の騒ぎに気づくと、彼は思わず立ち止まり、しばし唖然とする。
「……って、なにこの状況!? え? 営業停止……? あっ、じゃあ今日はもう休もっ♪ ラッキー!」
そう言い残し、あっさりと踵を返して帰っていった。
(ふっ……運がいいのはお前だけじゃないぜ)
快斗はスッと物陰に隠れると、迷うことなく彼に変装する。
変装はもはや日常茶飯事。バイト服とキャップ姿に切り替え、すぐに現場へと潜入した。
一方その頃、花梨は別室で静かに休んでいた。
応急処置を終えたあと、「しばらく安静に」とのことで――。
そんなこととは露知らず、快斗は“新米バイト”を演じながら、スタッフ用のトレイにドリンクを並べて皆のいる部屋へ向かう。
「失礼しま~~す、ドリンクお持ちしました~!」
そう言って部屋に入ると、中では花梨以外のメンバーたちが集まっていた。
コナン、蘭、園子、レックスのメンバー、カラオケ店長の隅井、そして数名の刑事。
「新人君! 来たのか。今日はもう休んでいいって言ったのに」
「いや~、けど、今月ピンチなんで」
「そうか、なら働いてけ」
「あざ~す!」
隅井に声を掛けられ一瞬驚いたが、問題ない。
(……花梨の姿がねーな。トイレかな?)
ドリンクを各自に配りながら、耳をそばだてる快斗。
刑事たちの会話、メンバーの反応――事件の全貌を少しずつ把握していく。
(殺人未遂……しかも花梨がいた現場で……!)
眉間にシワを寄せながら給仕していた、そのときだった。
「そこでね、花梨が達也さんのシャツを脱がせたの!! ボタンをパパパパーって取って~~……」
園子の甲高い声が部屋に響く。
……ビクッ。
「……(な、なにぃぃぃいいい!?!?!?)」
快斗の肩が小さく跳ねた。
(は……は……!? シャツ!? 花梨が!? 誰の!? なんで!?)
トレイの上でグラスがカタカタと揺れる。
手が震えているのだ――明らかに、ショックのあまりに。
(……おいおいおい、オレ以外の男のシャツなんて脱がせてんじゃねえよ!? 花梨、おまっ……マジで何やってんの!?)
給仕役を演じる顔は引きつり、笑顔がひきつった営業スマイルと化す。
「……はい、アイスコーヒーです(無心)」
声が若干裏返ったのは、きっと誰にも気づかれていない――、はず。
給仕する快斗をコナンが不思議そうに見ていた。
会話を聞く限り、花梨は事件に巻き込まれ、しかも男のシャツを脱がせたらしい。
その話題が出た瞬間、手が震え、トレイの上のアイスティーを少しこぼしたのは秘密だ。
給仕を終えると、快斗はふらふらと部屋を出て行く。
そんな快斗の後ろ姿を、コナンがじっと見つめた。
(なんだあの人……)
眉をひそめながら、コナンは心の中で呟いた。
◇
快斗はひとまず、花梨がトイレにいるものと思い込み、女子トイレの前でじっと待った。
……だが、5分、10分……一向に出てくる気配がない。
「……まさか」
女子トイレに入るのはさすがにためらわれたが、今はそんなことを言っていられない。
こっそり中を覗いてみると、そこには誰の姿もなかった。
慌てて店内を走り回る。
廊下を駆け抜けながら、空き部屋を一つひとつ確認し、調理場、スタッフルームも覗いて回る。
……それでも、花梨の姿はどこにもない。
「どこにいるんだよ……花梨!」
焦りと苛立ちが入り混じった声が、思わず口をついて出た。
快斗が店内を駆け回っていたその頃――。
花梨は、事件後の打ち上げに戻り、蘭やコナンと談笑していた。
しばらく楽しい時間を過ごし、園子の迎えが来た頃――ロビーに移動し、蘭が席を外すと、花梨とコナンのふたりきりになった。
「ん~ん、……タクシーで帰ろうかな」
「そっか。じゃあ、タクシー呼んで――」
その時だった。
「その必要はねーよ?」
快斗は花梨の背後、頭上から声をかける。
「ん……? あ、快斗!」
目が合った瞬間、花梨の顔がパッと明るくなった。
その笑顔に、快斗の胸がズキュンと撃ち抜かれる。
(うっ、可愛いぃ……♡)
思わずニヤけそうになったが、必死に堪えた。
いまは怒っている……というか、怒らなきゃいけない立場だ。たぶん。
平静を装いながら、快斗は花梨をじっと見下ろした。
隣に座っていたコナンも顔を上げ、「っ、黒羽……オメー……」と声を漏らす。
“いつの間に店内に入ったんだ?”と、怪訝そうに眉をひそめていた。
……関係者以外は立ち入り禁止のはずなのだから、当然の反応だろう。
「ちょ、怪我したのって花梨かよっ!? なんでっ!?」
「あ……これは、ちょーっとトラブルに巻き込まれただけっていうか……。見た目ほど深い傷じゃないんだっ。ちょっとアイスピックの先が掠っただけっていうか……」
花梨の首には、血が滲んだ包帯。手首にも包帯が巻かれている。
その姿を目にした瞬間、快斗の目が大きく見開かれ、血の気がサッと引いた。
対照的に、“あはは……”と苦笑いする花梨の無防備な笑顔――。
「ひぃっ、アイスピックだあ……!? 米花町嫌い。今すぐ帰ろう」
「え? わっ!? ちょ、ちょっと快斗!? 蘭ちゃんにまだ挨拶してな――」
快斗は青ざめた顔のまま、突然花梨を横抱きに抱え上げると、そのままくるりと踵を返した。
数歩歩いて、ふいに首だけを振り返る。そして――コナンを睨みつけた。
「……おい、ボウズ。オメー、死神でも憑いてんじゃねーの!? 花梨に近づくの、やめてくんない?」
「なんだと!?」
バチッと、火花が散るような視線の交錯。
――だが、その睨み合いは一瞬だった。
快斗はすぐに視線を戻し、抱き上げたままの花梨を見つめる。
今度は、さっきとは違う――柔らかい笑顔を見せた。
(ああ、やっと花梨が戻ってきた……。けどオレ、怒ってるんだからな。)
「……帰るぞ」
腕の中に彼女がいることで、ようやく安堵した快斗だったが――。
怒っている気持ちは、ちゃんと伝えておく必要がある。
彼は睨み顔をつくり、花梨をじっと見つめた。
……今夜は、離してやれそうにない。
花梨がいくら泣いて謝っても、快斗の怒りはすぐには収まりそうになかった。
……そんなわけで、花梨がシャツを剥いだところまでしか詳細までは聞けなかったが、それで十分だ。
快斗は、花梨に何があったのか、ほとんど把握しているのである。
青子には「花梨に構いすぎ」と小言を言われていることもあり、表向きには、ただ彼女を心配する“優しい彼氏”として振る舞っておかなければならない。
だが本音は、ただ心配しているだけではない。
快斗の中には確かに、花梨に対する強い――異常なまでの執着が根を張っていた。
……自分の異常な執着心など、彼女に悟られてはいけない。
このまま、花梨が安心して、自分のもとに居続けてくれるのなら――、快斗は、嘘なんていくらでもつけるのだ。