▽前回のあらすじ
広田雅美を訪ねた花梨は、蘭から熱烈なデートの誘いを受ける。しかし「来月」の不在を予感する花梨は胸を痛め、返事を保留。護衛として潜入したホテルマン姿の快斗に励まされつつ、一人、雅美の待つ密室へ向かった。
第134話
蘭と快斗に見守られ、花梨は雅美のもとへ再び足を運ぶ――。
蘭ちゃん探偵になるの回。
◇
一方で部屋の中を確認する蘭たちは――。
「見ていただいても構いませんが、わ、私以外、誰もいませんよ?」
おどおどした様子で、雅美は蘭たちを部屋の奥へと案内する。
「そうみたいですね~。わ~、いい眺め~! このお部屋、周りを一望できるって評判の絶景ルームですよねっ!」
蘭は窓から見える景色に瞳を輝かせた。
……部屋は10階のツインルーム。
12階のスイートルーム階の二つ下だが、手頃な料金で絶景が楽しめると評判で、カップルに人気なのだと、先日テレビの特集で取り上げられている。
“ちょっと興味あったんだよね……”と、目の前の眺めに蘭はしばし見惚れた。
「蘭姉ちゃん!」
「あ、えへへ。そうだったね」
怒ったようなコナンの声。
ベッドの下を覗いて、誰かがいないか確認していたコナンが蘭を呼び戻す。
注意された蘭も目的を思い出し、部屋の確認を再開した。
「誰もいませんね……」
「だ、だからいないって……言いました……」
「ふむ……、ちょっと失礼しますね」
「あっ、そっちは……!」
今日の蘭は、まるで探偵気取りだ。
そんな彼女は部屋を一通り見終えて、“失礼しますね”と言いながら、バスルームへと入って行く。
「あら」
ガチャッとバスルームのドアを開けると、よくある三点式ユニットバス。
ただし中は使用直後なのか、鏡は曇り、空気も湿っている。
シャワーカーテンが広げられていて、浴槽内が見えなかった。
「すみません……。さっきまでシャワーを浴びていたので……」
「そ、そうだったんですか。すみません、プライベートを覗き見しちゃって」
「いえ……」
そういえば、雅美からシャンプーの香りがしていたな……と、コナンはそのときになってようやく気づき、蘭が頭を下げる横で一人、赤面した。
「でも一応」
「あっ」
花梨の心配しかしてないのだろう、今日の蘭はいつもよりも強引だ。
シャッ! とシャワーカーテンを勢いよく開いて中もしっかり確認。
……やはり誰もいなかった。
「よかった~」
「……」
雅美は恥ずかしいのか顔を手で覆ってしまう。
「誰もいないって言ったのに……」とぽつり。小さな呟きが聞こえた。
「部屋の中を見せてくださって、ありがとうございました」
「いえ……」
部屋の確認が済み、蘭は深々と頭を下げる。
「そういえば、あの後、お父さんとはどうでしたか?」
頭を上げた蘭が、昨日の雅美の父親について尋ねた。
小五郎が依頼を受けて捜索した、雅美の父・【広田健三】。
余程気になるのか、雅美はその後も何度も探偵事務所に電話をかけ、進捗を確認していた。
小五郎はあちこちで聞き込みを行ったが、なかなか彼の行方は掴めなかった。
ところが昨日、事態は一変する。
『広田さんは、競馬好きだったのよ!! だから、自分の猫に馬の名前をつけたのよ!!』
探偵事務所で、テレビの競馬中継を目にした蘭が言った。
……健三は猫好きで、飼っている四匹の猫の名前は【カイ】【テイ】【ゴウ】【オウ】。
彼は猫と暮らしていたらしい。
コナンがノートに猫の名前を書き出し、並び替えると、競走馬【ゴウカイテイオウ】の名前が現れたのだ。
「まさかな……」とコナンは思ったわけだが、それを見た蘭のひらめきにより競馬場へ捜しに行ったところ、彼を発見。
尾行して住所を突き止め、すぐさま雅美を呼び出し、父娘の再会を叶えた。
「あっ、はい。部屋がちょっと汚かったので、片付けてお茶をしました」
「ふふっ、せっかく会えたのに、親子水入らずの時間が短くてよかったんですか?」
――雅美さんのお父さんも、私のお父さんみたく、だらしないのかしら?
積もる話がたくさんあるはずなのに、父親と再会したわずか二時間後に、また探偵事務所を訪れた雅美を思い出し――蘭は首をかしげた。
「はい、花梨さんとお会いしたくて……」
「……わかります。その気持ち……花梨ちゃんと会うと気分が良くなりますよね」
頬をぽっと染める雅美に、蘭も胸に手を当て、口角をそっと上げて目を閉じる。
昨日――。
探偵事務所を訪れた雅美は、必死な様子だった。
「どうか! どうか、あの時のお嬢さんに会わせて下さい!! お願いします!!」
小五郎が留守のため蘭が対応したわけだが、ドアを開けた瞬間、雅美は膝を床につけて土下座をした。
「え……あ、あの時のってもしかして、花梨ちゃんのこと……? 髪が白くて瞳が綺麗な……? あっ、立って下さい。どうして土下座なんか……」
雅美のあまりの様子に、蘭はやや引き気味になりながらも、彼女の土下座を慌てて止める。
「花梨さんて仰るんですね! はい! 彼女です! 明日、二人きりで会わせて頂けませんか!?」
「えっ、明日って、急過ぎません……?」
花梨の名前が出ると、蘭に支えられ立ち上がった雅美の瞳が、光を宿すように輝いた。
だが、いくらなんでも“明日会いたい”は急すぎる。
花梨にも都合があるはずだ。
――私だって会いたいけど、木曜にも会ったばっかで、頻繁過ぎて引かれないかな……。
本当は、毎日でも会えたら嬉しい。
学校が同じだったら。クラスが同じだったら。
毎日でも会えるのに――。
けれど、蘭は帝丹高校。
花梨は江古田高校。
今では住む場所も違い、距離もある。
だからこそ、誘うタイミングを見計らっているわけで……しつこいと思われたくない。
花梨に嫌われたくない――それが蘭の本音だった。
そんな蘭の躊躇いをよそに、雅美は深く頭を下げる。
「お願いします!」
「っ、困ったな……。じゃ、じゃあ連絡取るだけ取ってみますね。花梨ちゃんの都合が合わなかったら、諦めて下さいね?」
「……はいっ! どうしてもお会いしたいので、なにとぞよろしくお願いします!」
「えぇ……? でも、花梨ちゃんの都合が……」
“無理だったら諦めて”と念を押したというのに、雅美は蘭の手を振り解き、またしても土下座。
事務所では、ソファに座っていたコナンが、何事かと目を丸くして二人を見つめていた。
……そうして蘭は花梨にメッセージを送り、花梨が了承。
(やった~♡ 明日も花梨ちゃんに会える~~♡♡)
連絡には“雅美”を強調しておいたから、きっと引かれることはない。
毎日でも会いたい彼女に、すぐまた会えるなんて――夢みたい!
「明日、なに着て行こう……♡ 花梨ちゃんと写真撮らなきゃ♡」
……と、そんなことがあり、今日の再会の運びとなったわけで。
内心ウキウキだった蘭の今日の服装は、実はかなり気合が入っていたりする。
(うわぁ~~……♡ 花梨ちゃん、今日もめちゃくちゃカワイイ~~♡♡)
花梨がロビーに現れた時、蘭はすぐに気がついた。
確かに彼女は、見た目が一般人とは少し異なる。けれど、人混みの中でもすぐに見つけられる――蘭には、そんな自信があった。
『花梨ちゃん! ここ、ここ!』
『蘭ちゃん!』
蘭が手を振ると、気づいた花梨が弾けるような笑みを向けてくれて――。
『に、日曜なのに呼び出しちゃって……ごめんね~! 雅美さん、花梨ちゃんにどうしても会いたいって言ってて~……』
その時、声が多少上擦ったのは花梨に見惚れていたからだ。
……その瞬間を思い出した蘭の頬が、雅美と同じようにぽっと赤く染まった。
「蘭姉ちゃん。……なんか浸ってるところ悪いけど、花梨姉ちゃんずっと待たせてるけど、いいの?」
ジトーッと、コナンの視線が下から突き刺さる。
その痛さに蘭はハッと目を開けた。
「ハッ!? そうだった! 雅美さん! 確認が終わりましたので、花梨ちゃんを呼んできますね!」
「はい! お願いします!」
雅美も、ぼんやりと立ち尽くす蘭の姿に戸惑っていたようだが、“花梨”の名が出た瞬間、ぱっと目を輝かせた。