▽前回のあらすじ
部屋の安全を確認するため、探偵さながらに踏み込む蘭とコナン。実はこの再会、雅美(明美)が土下座してまで蘭に頼み込んだものだった。急に始まった「お部屋確認」に戸惑っていた雅美だが、「花梨」の名が出ると瞳を輝かせた。
第135話
蘭によるお部屋チェックが終わり…。
単独で乗り込む花梨さん。
◇
「お待たせ♡ 花梨ちゃん、雅美さんの部屋にどうぞ」
「あ、うん」
部屋のチェックを終えた蘭とコナンが出てきて、入れ替わりに花梨が部屋に入る。
事前の説明では、面会は三十分もかからない。
お茶を飲みながら、少し付き合う程度でいいという話だった。
「お邪魔します……」
パタンとドアが閉まると同時に、イヤホンからザザッと雑音が走る。
「花梨さん……!」
「あ、どうも、雅美……さん?」
奥へ進むと、コーヒーテーブルでお茶の準備をしていた雅美が破顔して駆け寄ってきた。
花梨は嬉しそうに近づいてくる彼女に小さく首を傾げ、にこっと微笑む。
「……やっぱり……」
「……へ?」
「花梨さんは――」
花梨の顔を見つめながら、雅美が目を細める。
そうして彼女が再び言葉を発しようとしたその時――。
『――、――りん!? 聞こ――!? ――が――くて――――えねえ……! ――か!?』
快斗の声がイヤホン越しに微かに聞こえたが、電波が悪いのか音が途切れてしまっていた。
不思議に思いつつも、話し始めた雅美からは敵意も警戒も感じられない。
花梨は、彼女の話を真摯に聞き続けた。
……話は、十分もしないうちに終わりを迎える。
ドンッ! ドンッ! ドンッドンッ!!
不意に部屋のドアを激しく叩く音が響いた。
「誰か来たみたいですね」
「心配されてるんでしょうか……。大丈夫だと言ったんですけどね……」
花梨は、雅美の淹れてくれたお茶を飲みながら、ドアの方に目を向ける。
雅美も同じように視線をやった。
「ですよね。……ふふっ、過保護な人が多いみたい。ちょっと失礼しますね」
――ドアを叩いているのは、たぶん……。
思い当たる人物がいた花梨は、雅美に一声かけてドアを開く。
「っ、お客様っ! お寛ぎのところ失礼いたします! 先ほど機械室で、この部屋のスプリンクラーに異常が確認されまして、点検させていただきたいのですが!」
(あ、やっぱり快斗!)
(あ……無事?)
ドアの外には、脚立を肩に担いだホテルマン姿の快斗。
その顔には、明らかな焦りが浮かんでいた。
花梨の姿を見た瞬間、その張り詰めた表情がふっと緩み、笑顔になる。
「ふふっ、点検ですか? 私はこの部屋の人じゃないので、聞いてみますね」
「あ、はい……」
――無事で、よかったぁああああ……!!
花梨はくるりと踵を返し、右手をそっと後ろに回して快斗の手を引いた。
それに気づいた快斗も、そっと彼女の手を握り返す。
そのぬくもりに、張り詰めていた心がほぐれていくような気がした。
自然と快斗の口元にも、安堵の笑みがこぼれる。
だがその瞬間、イヤホン越しに聞こえた『あの声』が頭をよぎり、快斗の思考がざわつき始める――。
……それは、花梨が雅美の部屋に入った直後のことだった。
ザザッ。
「ん……? ノイズ……?」
それまでクリアに聞こえていたイヤホンから、急にノイズが混じり始めた。
リネン室で控えていた快斗は、眉をひそめる。
……このノイズ音――聞き覚えがある。
「はは……まさか、な……?」
“ザザッ、ザザッ、ザザッ”と、定期的に繰り返される雑音。
これは
キッドとして電波傍受をしていた時、同じようなノイズに妨害されたことがあった。
ツーッと、冷や汗が頬を伝う。
さっきチラッと見えた女性――広田雅美。
おとなしく控えめな印象の彼女が、こんな妨害を仕掛けてくるなんて?
――ありえない。でも、偶然にしてはタイミングが良すぎる……。
「花梨!? おい、聞こえるか!?」
花梨の動きでマイクにノイズが走っただけ……。
そうであってほしいと願いながら、快斗はマイクに呼びかける。
……ノイズに混じってかすかに声が聞こえてくる。
『私も詳しいことは知らないのですが……ピッ、ザー――しが、――きる、――家の、――と言われて――い、ではない――か? ザザッ……』
花梨の声は聞こえない。
どうやら、黙って雅美の話を聞いているようだ。
だが――本当に“話をしているだけ”なのか……?
快斗は不安に駆られ、イヤホンを押さえる。
『――ろみ――ザァァ――ぇっ、――んな……ザザッ……』
やがて、ノイズは一層強まり――。
ザザッ、ザザッ、ザザッ、ザァーー……!
完全に、音声が遮断された。
「花梨っ! おいっ、花梨っ!? 無事か!? 無事なのか!? ……って、こうしちゃいられねえっ!!」
血の気が一気に引いた快斗は、すぐさま近くの脚立を抱え、リネン室を飛び出す。
そして、花梨がいる部屋のドアを――勢いよく叩いた。
◇
「スプリンクラーの異常みたいです」
「まあ、そうですか」
花梨が快斗を伴って戻ると、雅美は少し驚いた様子で目を見開いた。
「……点検してもよろしいでしょうか? お邪魔にはなりませんので、そのままお話を続けてください」
部屋のコーヒーテーブルには、紅茶の入ったカップが二つ。
どちらも、少し飲まれた形跡がある。
(出されたものを普通に飲むなんて、軽率だぞ、花梨……)
そう思いながらも、彼女の様子に異常は見られない。
落ち着いた様子で話をしていたみたいだ――と、快斗はひとまず安心する。
快斗はスプリンクラーの真下に脚立を設置し、点検作業のフリを始めた。
「……では、花梨さん。そんな感じで進めます」
「はい、がんばってくださいね」
「はい……」
雅美の声に、花梨が胸の前で両手を小さく握って応える。
その顔は真剣で、どこか優しげだった。
(……なんの話をしてたんだ……?)
快斗には内容こそ分からなかったが、花梨が雅美を励ましていたことだけは伝わってくる。
「では、私はこれで」
どうやら、話はすでに終わっていたようだった。
花梨は立ち上がり、席を離れる。
「花梨さん! 今日はありがとうございました。またいつかお会いできたら、その時はきっと――」
「……ふふ、私も……」
雅美の言葉に、花梨がそっと手を差し出す。
二人はしっかりと握手を交わし、花梨は静かに部屋を後にした。
「……確認できました。問題ないようです」
快斗も脚立から降りると、雅美に一礼して部屋を出る。
――花梨が無事で、本当によかった。
だが、雅美の言葉の真意も、電波妨害の目的も、いまだに掴めないままだった。