▽前回のあらすじ
雅美との面会を終えた花梨は、蘭の誘いでケーキバイキングへ。潜入中の快斗は七変化で彼女を見守りつつ、その愛らしさに悶絶する。一方、蘭と花梨に両手を引かれ赤面するコナン。幸せな「両手に花」のひとときが、束の間の平穏を彩った。
第137話
快斗はたまにバイトしてるとかゆー設定にしようかな…。
「ね、花梨ちゃんのハンドクリームって、どんな匂い? 嗅いでもいい?」
エレベーターが来るのを待つ間、蘭もハンドクリームが気になったのか、匂いを嗅がせて欲しいと頼んでくる。
「あ、“月果”っていうハンドクリームなんだけど……」
「つきか? ふんふん……あ、いい匂い~♪ なんか好い匂いするな~って思ってたら、花梨ちゃんのハンドクリームだったのね。って、あれ? 月果って……ひょっとして“tsukikage”の?」
花梨が蘭に手を差し向けると、蘭は匂いを嗅いだ。
付けたのはホテルに入る前だが、香りはまだしっとりと続いていた。
使用中のハンドクリームは、【月果 -つきか- Jasmine & Apricot】。
銀座の小さな路地裏にひっそりある、知る人ぞ知る名店【tsukikage / 月影】のもの。
【tsukikage / 月影】は、国産のナチュラル志向ブランドで、成分も椿油や米ぬかエキスなど和素材をベースにしたものが多く、肌に優しく品があるとのことで人気がある。
つい最近まで同じブランドの【白果 -はっか- Jasmine & 杏】を使っていたのだが、そちらはアプリコットが強めだ。
「あ、そうみたい。蘭ちゃん知ってるの?」
「こないだ雑誌で見たよ。“tsukikage”って、銀座の路地裏にある名店でしょ?」
「そうなんだ~」
「そうなんだ……って、やっぱり贈り物?」
「へ? あ……うん、彼にもらって……」
これだよ、と花梨はポシェットの中から
……月果はつい先日快斗がくれたもの。
食器を洗い終えた花梨に「はい、これ使って」と軽い口調でハンドクリームを渡してきた。
いつも使っている
「え~♡ いいな~! あ、ちょっと使ってもいい?」
「どうぞどうぞ!」
「わ、いい匂い~♪ なんでくれたの~? 誕生日まだだよね?」
……蘭はコナンから手を放し、月果を塗り塗り。気分が良さそうだ。
「ん~? ……手荒れしてたから……使ってって」
――誕生日ってどういうことだろう……?
快斗が軽い感じで渡してきたハンドクリーム。確かにいい香りがするし、肌に馴染んで良いものだと思うが、ただの手荒れの心配でくれたのではなかったのか――。
花梨には蘭の質問の意味がよくわからない。
(実は白果も二本持ってるんだけど、あの時は引き出しにしまってあったからな~……つい、取りに行くのが面倒で、快斗から貰ったのを開けちゃったんだよね……)
……なんて、ハンドクリームの認識については、ただの保湿剤程度にしか花梨は思っていなかった。
白果は降谷と諸伏から贈られたもので、二人が同時にハンドクリームを出してきた時は驚いたものだ。
花梨はどっちの香りも気に入っている。
「えー!? それで高級ブランドのハンドクリーム!? 花梨ちゃんの彼って優しい~!」
「こ、高級ブランドだったの……?」
「うん? 確か、一本、五千円近くしたはず」
「えっ!? 本当!?」
――快斗……!? お金、大丈夫なの!?
一本、五千円のハンドクリームは高校生にとって、いや、社会人であっても高級品だ。
あんな簡単に渡してくるものじゃない。
……快斗は花梨といる時、いつもお金を出そうとする。
だが、花梨は経済的には全く困っていないために毎回断っているわけだが、断る度に彼が悲しそうな顔をするので、たまにだけ受け取ることにしていた。
けど塵も積もれば――という言葉もある。
かなり貢がれているのではなかろうか……。
花梨は快斗の懐事情が気になってしまう。
「花梨ちゃんてそういうとこ疎いんだ~? 花梨ちゃんらしいっ! ふふっ♡ でも、彼氏さんにちゃんとお礼言っておいた方が良いよ?」
「だ、だよね……!? 私、失礼過ぎだよね!? “ありがとう”ってサラッと言っただけで済ませちゃってた……!」
――快斗もだけど、零お兄ちゃんもヒロお兄ちゃんも……! うわぁああああ……!
自分が世間知らずということは薄々感じてはいたが、さすがに失礼だ。
お礼を都度伝えてはいるものの、いつも与えてもらうばかりでお返しができていない気がする。
早速お返しになにか贈らなくては……。
花梨が(お返しに……帝国ホテルのカタログギフトとか贈ったら、快斗、喜んでくれるかな?)なんて、斜め上のお返しを考えていると、蘭が首をかしげた。
「ん? 失礼過ぎることはないと思うけど……使った時の彼氏さんの反応はどうだったの?」
「え? あ、嬉しそうだった……かも。使い終わったらまたあげるって言われた」
「えー、羨ましい……そっか。ならいいんじゃない?」
……「はい、返すね」と蘭から月果が花梨の手に戻ってくる。
「え……?」
――どうしていいの?
五千円もするハンドクリームなんて、高校生が気軽に使っていいものじゃない。
けれど、快斗は花梨が月果を付ける度、嬉しそうにしており、手に頬をすり寄せたりと機嫌が良さそうに振舞う。
たっぷり使ったとしても快斗に怒る様子はない。
むしろ「もっと保湿しとこ」なんて言って、快斗自ら花梨に塗ってあげたりもするくらいだ。
花梨はその行為の意味が、親愛の情だと理解できてはいるが、言葉しかお返しできていないのに、どうしていいのか――そこまでは理解できなかった。
「たぶん、花梨ちゃんが喜んでくれたらそれだけでいいんだよ」
「え、どうして……? 私、貰ってばかりでなにもお返しできてないよ?」
「どうしてって……ははは……。じゃあ、花梨ちゃんは誰かに何かあげる時、見返りを期待する?」
蘭から乾いた笑いがこぼれる。
……コナンはさっきから無言だが、女子二人の会話を黙って聞いて、眉を寄せたり、呆れたりと表情だけ豊か。
「ん? ううん、全然。喜んでくれたらそれでいいよ?」
「でしょ! それと一緒なんだよ。彼氏さん、花梨ちゃんの喜ぶ笑顔を見たいだけなんだと思うな~」
「……笑顔……」
――確かに、快斗は私が笑ってると嬉しそうだけど……。
そういえば、自分も快斗が嬉しそうにしてくれていたらそれだけでいいと思っている。
相手もそう思っているなんて――。
降谷と諸伏については大人だから「気にせず受け取っておきなさい」と言われてそのままだ。
だが、快斗は同い年。
……どう考えても無理をしている。
もし、それが自分を喜ばせるためだけに贈られたものだとしたら、少し重い気もするけれど……それでも愛おしくて仕方ない。
(快斗……大好き……)
快斗の笑顔を思い浮かべた花梨の頬が、ぽっと赤く色づいた。
「花梨ちゃんて、鈍感だよね」
「鈍、感……かなぁ? 心の機微には敏感なほうなんだけどな~」
蘭に言われたが、花梨には今ひとつピンとこない。
これまで人の機嫌を窺って生きてきた花梨にとって、心の機微を読むのは得意中の得意だったはずなのだが――。
「……ハッ、どこが」
ぼそっと、花梨たちに聞こえないよう、面白くなさそうにコナンが呟いたと同時にチン――エレベーターが到着し、花梨たちはカフェに向かった。