白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
幸せそうにチョコアイスを頬張る花梨。その無防備な笑顔に、コナンは不審なウェイター(快斗)への警戒を強めるが、花梨の不意打ち「あーん」で思考停止に。間接キスを意識し爆発するコナンを、快斗は遠くから猛烈に嫉妬しながら見つめていた。

第140話
お届け物~。


140:お届け物は罠の香り

 

 

 

 

 ケーキバイキングの賑わいは続き……。

 甘く香ばしい匂いと、人々の楽しげな声が溶け合う空間で、花梨たちもテーブルを囲みながら談笑していた。

 

 そのとき――、館内放送が流れ始める。

 

 

『館内放送にてお呼び出しいたします。葵花梨さま、葵、花梨さま。お手数をおかけいたしますが、一階フロントまでお越しくださいませ。お届け物に関するご確認となっております。繰り返し申し上げます――』

 

 

 突然の放送に、会場のあちこちで視線が一瞬天井に向くが、すぐにまた会話やスイーツの話題へと戻っていく。

 

 

「花梨姉ちゃん……」

 

「うん、私……だよね?」

 

 

 コナンの呟きに花梨の手がピクリと止まった。

 スプーンを持っていた手が揺れ、アイスの上にそっと影が落ちる。

 

 

「どうして呼び出しなんか……?」

 

 

 おかわりを取りに向かおうとしていた蘭が、不思議そうに顔を向けた。

 ……それも無理はないことだ。

 花梨が今日、このホテルに来ることは、雅美、小五郎、蘭、コナン、快斗、そして警護人である権堂しか知らないのだから。

 

 

「あ、蘭ちゃん、おかわり行ってきていいよ」

 

「え? そう? でも……」

 

「私もその間に、ぱーっとフロントにお届け物について聞いてきちゃうから」

 

「そう? じゃあ行ってくる~。私もチョコアイスたーべよっと」

 

「ふふっ、いってらっしゃ~い♡」

 

 

 蘭を見送って、花梨はおしぼりで手を拭き、立ち上がろうとテーブルに軽く手をついた。

 

 

「花梨姉ちゃん」

 

「あ、うん。なに、コナンくん?」

 

 

 花梨が立ち上がろうとすると、コナンが話しかけてくる。

 

 

「今日、ここに来ること、権堂さんの他に誰かに言った?」

 

「え? あ、快斗だけだけど……?」

 

「……ってことは黒羽からのサプライズか? あいつ、フロントに花束預けたりとか、やりそうだし」

 

 

 ……コナンは、現時点で考えられる、ひとつの仮説を口にする。

 

 

(花梨ん家にあった、大量の白薔薇……あれ、黒羽からのだろ――キザなヤツ)

 

 

 この間の火曜日、コナンは久しぶりに訪問した花梨の自宅マンションで、干されっぱなしの白い薔薇のドライフラワーを見かけた。

 花梨に言及はしなかったが、彼女が自分で花を買ったところを見たことがない。

 

 つまり白い薔薇は、誰かからの贈り物――。

 かなりの本数が干されていて、少し引いた。あんな大量の薔薇を寄こす相手は男しかいないだろう。

 

 そろそろ二人が付き合い始めて一か月くらいか……。

 カップルによっては“お付き合い一か月記念”なんて言ってサプライズをするらしい。

 

 そんなことから答えを導き出してみたが、実際はどうなのだろう……。半信半疑だ。

 

 

「ふふっ。そんなことはないと思うけど……(新ちゃん、あいつって……)」

 

 

 給仕中の快斗に目を向けると、彼は軽く首を振って、『行くな』と唇を動かす。その真剣な目が、花梨の胸に刺さった。

 いつもはふざけてばかりの彼が、こんな目をするときは――本当に「行くな」ってこと。

 

 

(……“お届け物に関するご確認”って、タイミングが良すぎる。黒羽のサプライズならいいが、違うなら危険じゃないか? そもそも花梨がここに来てること自体、オレたちくらいしか知らねーのにおかしい。何が目的かはわかんねえけど、オレの勘が行くなって言ってる――)

 

 

 コナンの胸の奥が、かすかにざわつく。

 不穏な気配が、テーブルの甘い空気にそっと影を落とした。

 

 

「コナンくん? どうしたの、顔……ちょっと怖いよ?」

 

「……いや。なんでもないよ」

 

 

 花梨に覗き込まれ慌てて目を細めるが、コナンの指先は無意識のうちに胸元のボタンに触れる。

 ……まるで、すぐにでも探偵のスイッチを入れようとしているかのようだった。

 

 

「一人で行くの?」

 

「ん? すぐ戻って来るよ?」

 

「……ボクも連れて行って」

 

「えー、すぐ戻るのに。権堂さんもいるのよ?」

 

「いいから!」

 

 

 一階のフロントに行くだけ。

 ただそれだけのことなのに、コナンは花梨について来ると言う。

 

 花梨は、ただならぬ雰囲気を纏うコナンに「はいはい、わかりましたよぅ。ケーキ食べてればいいのにさ~」と頬を膨らませた。

 

 

「バーロ、心配してやってんだぞ!?」

 

「……心配って……大袈裟だよぉ……。でも、ありがと」

 

 

 ――今日は快斗が側にいるもの、なにも起こらないよ……たぶん。

 

 

 快斗は花梨にとって平和の象徴……。

 

 彼が側にいる時、危険な目にあったことは、まだ一度もない。

 快斗がちょっと離れた隙に事件が起こることはあっても、本当に何かが起こるのは、彼が自分の側にいないときだけだ。

 

 逆に新一と一緒だと、自分のトラブル引き寄せに拍車がかかり、何かとトラブルに見舞われる気がするから、むしろ離れた方がいいと花梨は思っているのだが……。

 

 

(でも、新ちゃん――小さくなっても、ちゃんと守ってくれるんだよね……)

 

 

 今も昔も、花梨のヒーローである新一。

 小さくなっても頼もしい彼を、遠ざけるなんてことはできない。

 

 

「ほら、行くぞ!」

 

「……もぅ、じゃあ、蘭ちゃんに声掛けてくるね。先に入口で待ってて」

 

「わかった」

 

 

 行く気満々のコナンを置いて行くわけにはいかず、花梨はケーキを選んでいる蘭に、「コナンくんと行って来るね」と伝えてカフェを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルのロビーへと続く階段――。

 二階のカフェのテラスから伸びる、吹き抜けの空間を縫うような大理石の階段は、静かな存在感を放っている。

 

 下を見下ろすと、ロビーの中央にはフロントカウンターが見えた。

 

 

「も~、コナンくんてば、どうしてついて来ようと思ったの~? 権堂さんもいるから大丈夫なのに」

 

「嫌な予感がしたんだよ」

 

「なにそれ~」

 

 

 ロビーへと続く階段を降りると、空気が少しひんやりと変わった気がした。

 

 カフェの華やかな雰囲気とは打って変わって、落ち着いた色調の大理石の床と、クラシックなシャンデリアの光が静かに揺らめいている。

 宿泊客が行き交う一階ロビー。その中央、木目の美しいカウンターの奥で、フロント係が丁寧な所作で誰かのチェックイン対応をしていた。

 

 

「いらっしゃいませ。お呼び出しを受けてお越しくださいましたか?」

 

 

 すぐに気づいた別のスタッフが、微笑みながら花梨とコナンの方へ一歩進み出た。

 

 

「はい。あの……葵花梨と申しますが……」

 

「かしこまりました。ご本人様確認のため、身分証明書のご提示をお願いできますでしょうか?」

 

 

 花梨は少し戸惑いながらも、ポシェットから生徒手帳を取り出し、丁寧にスタッフに差し出した。

 

 スタッフは手帳を確認し、

 

 

「ありがとうございます。ご本人様であることを確認いたしました。少々お待ちくださいませ」

 

 

 そうしてスタッフが奥の引き出しを確認し、やがて、上品な白手袋の手にひとつの封筒を乗せて戻ってきた。

 

 それは名刺が入る程度の、薄く小さな封筒だった。

 ただの私信にしては封が妙に丁寧で、受け取った瞬間、指先に伝わる封筒の感触が、なぜか冷たく、得体の知れないざらりとした違和感を運んでくる。

 さっきまで口の中にあったはずの砂糖の甘さが、一瞬で消えてしまうような感覚だった。

 

 

「こちら、お客様宛に本日の午前中に届いております。差出人の記載はございませんでしたが、『ご本人様に直接お渡しを』とのご依頼を受けております」

 

「ありがとうございます……」

 

 

 花梨は軽く頭を下げ、封筒を受け取った。

 コナンはその隣で、じっと封筒に視線を注いでいる。

 

 

「開けてみるよ……?」

 

「……うん」

 

 

 封を切ると中からころん。小さな金属音がして、手のひらの上にそれは現れた。

 

 古びたコインロッカーの鍵。

 無地の銀色で、小さな番号札がついている。それだけだ。

 

 

「……なに、これ……?」

 

 

 ……誰が、何のために?

 誰も答えを持たないまま、ロビーの空調音だけが、静かに耳を撫でていた。

 

 花梨の隣で、コナンの目が細くなる。

 

 

(……コインロッカー。しかも、差出人不明……。これは“罠”だ。何かの指示、もしくは――)

 

 

 細められたコナンの瞳のその奥に、探偵の鋭さが灯る。

 ……それは、真実を暴く者の目だった。

 

 手のひらの上で、銀色の鍵にぶら下がった番号札が、カタリと揺れる。

 

 《B32》

 

 札には、それしか書かれていない。けれど、その横には、消えかけた駅名のスタンプが、かろうじて読めるかたちで押されていた。

 

 

 “杯戸駅”――。

 

 

「……駅のロッカーの鍵? 番号は、B32」

 

「しかも、杯戸駅……」

 

 

 花梨が困惑したように眉を寄せ、コナンは手元の鍵をじっと見つめた。

 

 

(誰かが、杯戸駅のロッカーに“何か”を入れて、花梨にこれを届けた……?)

 

 

 花梨が杯戸に来ていることを知っている人物……。

 その中で、彼女が今日このホテルに来るタイミングを狙って封筒を届けた者は――。

 

 コナンの頭に快斗がちらりとよぎったが、彼がそんなことをするとは思えない。

 相手が彼ならば、精々フロントにプレゼントを預けるくらいまでだろう。

 わざわざ好きな女に、そんなまどろっこしいことなんてしないはずだ。

 

 つまり、快斗の線は消えた。

 ということは――。

 

 

「コナンくん……」

 

「……ボク、これヤバい気がする」

 

 

 コナンの声は低かった。

 いつもの「子供のフリ」が剥がれ落ち、鋭い探偵の眼差しが銀色の鍵を射抜いている。

 

 

「フロントで荷物の確認って言って、渡されたのが“ロッカーの鍵”……。しかも杯戸駅。わざわざ封筒に入れて、今日届けてきたってことは……中に入ってるものは、あらかじめ準備されてた。つまり――」

 

「なにかの仕掛け……だよね」

 

 

 花梨も、もう笑ってはいなかった。

 封筒を持つ手に力が入り、その指先が小さく震えているのに、コナンはすぐ気づく。

 

 

「どうする?」

 

「う、うん……」

 

「心当たり、ないんだろ?」

 

「うん……ない、けど――」

 

「何が入っているか知りたい?」

 

「ん、それはそうだね、知らないままは気持ち悪いから……」

 

 

 いつもなら、関わりたくないからスルーしよう……なんて思っていたところだが、コナンに誘導されるように花梨は答えて、ロッカーの中身を知らなければと思えてきた。

 ……彼は人をのせるのが上手い。

 きっとコナンも中身が気になって仕方ないのだろう。

 

 

「……わかった。じゃあ、オレも一緒に行く。絶対に、一人じゃ行かせないからな」

 

「コナンくん……、また巻き込んじゃってごめんね」

 

「いいよ。事件なら、いっそ大歓迎だ」

 

 

 不安そうな花梨にコナンはニッと不敵に笑い、サムズアップする。

 「オレに任せておけ」とその表情が語っていた。

 

 張り詰めた空気を破るように、花梨はぷくっと頬を膨らませる。

 

 

「もうっ! 事件、事件って。コナンくんはそんなことばっかり! ……じゃあ、しっかりケーキ食べてから行こっ! まだ時間あるもん。蘭ちゃん待ってるし! さあっ、カフェに戻ろっ♡」

 

 

 ケーキバイキングは90分の時間制だ。

 せっかく来たのだから最後まで味わいたい花梨は、カフェを指差し戻ろうと笑顔を見せる。

 

 

「……はっ! ……オメーって……肝が据わってるっつーかなんつーか。……ははっ、大物だよ」

 

 

 さっきまでの怯えをどこかへ放り投げ、「ケーキの続き」を優先する彼女に、コナンは呆れ果てながらも、その図太いまでの純粋さに救われるような心地がした。

 

 そんな二人は再び階段を上り、カフェに戻る。

 階段途中で権堂とすれ違い、ふと見上げると、快斗と目が合った。

 

 少し強ばった表情が、安堵に変わる。

 けれどその目はコナンを見つけた瞬間、ほんのわずかに鋭く揺れて、彼は何も言わずに背を向けた。

 

 ……まるで、余計な感情が零れ落ちる前に、見せないようにしたみたいに。

 

 

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