▽前回のあらすじ
バイキング中、花梨にフロントからの呼び出しが入る。快斗の制止をよそにコナンと向かった先で渡されたのは、差出人不明の「杯戸駅ロッカーの鍵」だった。不穏な罠の香りにコナンが警戒を強める中、花梨は「ケーキを食べてから行こう」とマイペースを貫き、再びカフェへ戻る。
第141話
ケーキバイキングは最後まで楽しむぞ…!
◇
「ふむ……(杯戸駅のロッカーB32か? 先に見に行くか……)」
カトラリーの補充をしながら快斗は思考の整理をする。
花梨がフロントで受け取ったのは、杯戸駅のロッカーの鍵――。
権堂がすぐ後ろについて行ったから、快斗は何かあってもすぐに飛び降りて駆けつけられるように、カフェからフロントを見下ろしつつ、花梨とコナンの会話をイヤホン越しに聞いていた。
(差出人は不明って……なあ……)
コナンが「……ボク、これヤバい気がする」と言っていたが、快斗も同意見である。
……あの子は幼いながら、勘が鋭く冴えていた。
頭の回転も速いし、まるで身体だけ小さくなった大人みたいな話し方をする。
しかも花梨に対する感情は、大人顔負けときた。
口調も生意気だし――と。
……ほんの数メートル先で花梨がコナンを伴い、元の席に着く。
蘭と楽しそうに話し始めた。
快斗の声は、彼がスイッチを押さない限り花梨に聞こえないが、彼女の会話はすべて筒抜けだ。
今の内容は、主にケーキのこと――。
「おかえり~。お届け物、どうだった? あ、そうそう、ねぇ花梨ちゃん、さっき新しいケーキが補充されたよ~♡」
「わぁ~、取りに行かなきゃ! なんていうケーキ?」
「サヴァランだって!」
「サヴァラン? サヴァランってなあに?」
「さ~? でもとってもおいしかったよ~♡ 私、三つも食べちゃった~♡」
「そんなにおいしいの!? 食べる食べる!」
「うんうん、取っておいで~♡ 食べるとふわふわ~ってなって~……」
そう話す蘭の顔は赤い。
コナンが「蘭姉ちゃん……酔ってない?」と水を蘭に渡しているが、蘭は「酔ってない酔ってない♡ ぜ~んぜん酔ってないっ♡」なんて渡された水をがぶ飲みしている。
……花梨は酔っ払った蘭の介抱に追われるコナンの隙を見て、一人でサヴァランを取りに行った。
(あの子、サヴァラン三つも食ったんか……そりゃ酔うだろ……)
サヴァランは洋酒を使ったケーキだ。
主にラム酒かブランデーをたっぷり染み込ませたもの……。
未成年の蘭が食べれば酔うのは当たり前である。
「……花梨、そのケーキはあんまりおすすめしないな」
快斗はテーブルの汚れを拭き取るフリをしながら、ポーカーフェイスのまま喉のインカムに声を乗せた。
『え? そうなの?』
「酒がたっぷり入ってるから、酔うぞ。食べてもいいけど、一個までな?」
『そうなんだ? え~、じゃあいっぱい食べようかな~♡』
「ちょっ!? なんでだよっ!? 酔ったらどうすんの!? 説明書きに書いてあるだろっ!」
天邪鬼な返答がイヤホンから聞こえて、ガクッと快斗の肩が落ちる。
『え? ホントだ~。倒れてて気づかなかった。お酒飲んだことないから、合法的に飲める? かな~って』
「なにそれ……あ~、もう、酔っても知らねーぞ?」
――酔ったら酔ったで、連れて帰ってやるからまあいいか……。
花梨の軽やかな声に快斗から“ふっ”と思わず笑いが漏れる。
さっきはロッカーの鍵を前に、不安そうな声を出していたというのに、今は楽しそうだ。
彼女が憂いを感じていないのなら、快斗はそれだけでいい。
……注意はした。
それ以上は自分が責任をもってやる。
そんなことを考えていると――。
『わかった。快斗の言う通り、一個にしとくね~』
「フッ……いい子だ」
花梨から色よい返事がして快斗は口角を上げた。
(花梨はホント、いい子だよなあ……♡ と、さて――)
得体の知れない相手から受け取った鍵……。
もし、そのロッカーに爆弾でも入っていようものなら――。
嫌な予感がした快斗は周囲を気にしつつ、静かに口を開いた。
「花梨、黙ったまま聞いてくれ。もしロッカーに爆弾が入っていたらどうする?」
『ばっ、ばくだ……っ』
……言いかけて、花梨は口を閉じる。
少し大きくなったその声に、コナンが蘭を介抱しながらチラッと花梨に目を向けたが、花梨はにこっとはにかみ、軽く手を振って誤魔化す。
コナンの頬はぽっと赤く色づいて、遠慮がちに手を振り返した。
「だって、おかしいだろ? 花梨は宿泊客じゃないんだぜ? しかも滞在時間は一時間もなかった。なのに名指しで呼び出しって、いったい誰が?」
広田雅美の線もあるが、彼女とはもう既に会っている。
花梨に何か渡したいのなら、直接渡しただろう。
彼女から花梨へは、敵意というより、好意に近いものを感じた。
だから彼女は違う気がする。
……快斗は話を続けつつ、花梨に背を向けながら、客が先ほど退席した近くのテーブルを片づけ始めた。
『……爆弾か……どうしよう?』
「中身が何かはわかんねーけど、オレ、先に見てくるから鍵くれ、鍵」
……先に確認が取れたら、安心して花梨に中身を渡してやれる。
快斗はそう思い花梨をチラ見したのだが――。
『――ダメ』
花梨は首を横に振っていた。
「なんで!?」
彼女の答えに快斗の語気が強くなる。
……急な大声に近くを通った客が驚き、「きゃっ」とケーキを落としそうになった。
『……私宛に渡されたものだもの、私が確認しなきゃ。ちょっと怖いけど……“私へのメッセージ”だから……』
「けど、お前になにかあったらオレ……。それだけは、絶対に嫌だ」
……花梨の言いたいことはわかる。
だが、今日は日曜――。
昨日、何も無かったのだから、今日、何か起こる確率は高い。
もし昨日、諸伏の方で阻止してくれているのであれば、問題ないのだが……生憎そこまで頻繁に連絡を取り合う仲じゃないし、彼は彼で忙しいのか、既読にはなるものの、返信はいつも遅れがちだ。
危機感がなさ過ぎる彼女に、どう言えば納得してもらえるのだろうか……。
快斗はテーブルを拭く手を止めて、なんて説得しようか考える。
しかし、その前に――。
『……じゃあ、一緒に行く? 駅で待ち合わせしようよ。もし心配なら、来てくれるかはわかんないけど……陣平さん呼ぶ?』
「げ。松田……?」
花梨から出た名前に、快斗は露骨に顔を歪めた。
あの“大人の余裕”を振りかざして花梨を撫でまわす男の顔が浮かび、胃のあたりがチリリと焼けるような感覚に襲われる。
『ふふふっ、快斗って陣平さん苦手よね』
「あいつ、説教が長くて……」
快斗の背中側で、ケーキを取る花梨の、くすくすという可愛い笑い声が聞こえた。
『ふふふ♡ 陣平さんなら、もし爆弾だったとしても無効化してくれると思うよ。あ、来てくれたらの話だけどね』
「いや、秒で来るだろ、あの人……」
『まっさか~』
“まっさか~”なんて花梨は笑っているが、快斗にはわかる。
……松田は花梨を猫可愛がりしているのだ。
それこそ、花梨を“白猫”などと称し、愛情のこもったまなざしで見ている。
(呼べば「はい! 喜んで~!」なんて言って、きっとすぐ来るに決まってるじゃねーか)
「……んー……どうすっかな。けど……そうするしかねーか」
確かに松田が来てくれれば、対爆弾もそこまで怖くはない。
快斗は花梨同様、松田が少々苦手だが、爆弾処理において彼ほど頼もしい男はいないことはわかっている。
……米花公園での一件で花梨と警察署に行った際、松田が家まで送ってくれたが、彼と駐車場に向かう途中、署内で聞いた話だ――。
『松田さん! この間の爆弾処理、お見事でしたね! すごい複雑な配線だったらしいじゃないですか!』
『爆処の皆さん、戻って来てくれないかーって泣いてましたよ』
『松田さんの手に掛かると、時限式爆弾も秒で解除ですもんね!』
……なんて声が聞こえた。
爆弾における、松田の処理技術はかなりのものらしい。
本人は「あー、どーも」なんて素っ気ない返事をしていたが、花梨が「陣平さんてすごい人なんだ~」と言えば、「お前のおかげだよ」などと言って、なぜか優しく笑って花梨の頭を撫でていた。
『オレの彼女の頭、気安く“ぽんぽん”す・ん・なっ!』
『ほいほい、黒羽くんも撫でてあげような~~?』
快斗が松田に突っかかると、松田は快斗の頭を撫でてきて余裕の笑み――。
花梨にも「快斗ってば、陣平さんに頭撫でて欲しかったの~?」とくすくす笑われて。
そのあとまた、松田は花梨の頭を撫で過ぎて、結局嫌がられていたわけだが……。
(ああいう“大人の余裕”ってやつ……正直、苦手だ)
花梨のことを狙っている奴を、呼び出すのは気が進まない。
(もし、あいつが来たら……花梨のやつ、もしかして……)
『わぁ~すごーい♡ 陣平さんて頼りになる~!』
『ハハハ! だろっ? お前の彼氏よりは頼りになるぞ!』
『そうだね~♡』
『黒羽なんてやめて、俺にしねえ?』
『そうだね~♡』
ロッカーに入っていた爆弾をあっという間に処理し、花梨が喜び、松田が花梨の頭をナデナデ――。
なんてことを思い浮かべた快斗の胸中はモヤモヤ。
(ちょっと想像しただけでイラつくって、オレどうかしてる……)
……それでも、この場は松田が頼りになりそうだ。
「はぁ……呼んでみるかぁ~」
『それで快斗が安心できるなら、呼ぶよ?』
「……う~ん、でも、ふくざつ~!!」
「あ~~!!」と快斗は頭をかきむしる。
周りの人々が快斗を奇異な目で見ていた。
『ん? なにがフクザツ? あ、メッセージ送ってみるね。ただのロッカーの確認だし、お仕事中だと思うし――来てくれないかもだけど』
そんな花梨の言葉を聞き、快斗は「はは……」と鼻を鳴らした。
「いや、あいつはぜってー来るって」
(非番だろうが何だろうが、花梨の頼みならあの爆弾バカ、二つ返事で飛んでくるに決まってんだろ……)
確信めいた快斗の言葉に花梨は首をかしげ、甘いものに飽きたのか、サンドイッチを皿にのせている。
……幸いにも、快斗の複雑な想いはまだ、花梨には気づかれていないようだ。