白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
杯戸駅で待っていたのは、非番の松田陣平だった。松田の過保護な説教を受けつつ、合流した快斗も加えて一行はロッカーへ。快斗の苦しい嘘をコナンが見破り、男たちが密かに火花を散らす中、ついに「謎の鍵」が運命の扉を開こうとしていた。

第143話
花梨は能天気だよね!


143:甘い午後と鋭い視線

 

 

 

 

 ブー、ブー……。

 ケーキバイキングの終了時間15分前――テーブルの上に置かれた蘭のスマホが振動した。

 

 

「あ、私だ。も~、誰よ……、お父さん? ……ちょっと席外すね」

 

 

 蘭が断りを入れて、カフェを出て行く。

 花梨とコナンはそれを見送った。

 

 

「おじさまからの電話みたいだね」

 

「……なあ、花梨。そのおじさまってー呼び方、いつまで続けんだ?」

 

「へ? だって“おいちゃん”とは呼べないでしょ?」

 

「まあ、そうだけど。オメーって言葉遣いが時々上品すぎだよなー」

 

 

 ――姿勢も良いし……。

 

 

 チラッと隣の花梨を見ると、中学で弓道をやっていたおかげか、凛とした女らしい曲線と居住まいが美しく、魅せられたコナンの頬がぽっと赤くなる。

 外出したときの彼女はこんな感じだ。

 

 ……(かつら)を着けていた頃から比べると大分違うし、ついこの間、自宅のソファで液体のようにだらけていた姿とは、とても同じには思えなかった。

 

 

「ふふっ、そう? あ、コレ食べる? はい、あーん」

 

 

 花梨がミニサイズのサンドイッチを手で掴み、コナンの口元に持ってくる。

 

 

「あーん……って、くっそまたっ……!! オレってやつは……!!」

 

 

 次の瞬間、コナンは反射的に口を開け、差し出されたそれにかぶりついていた。

 

 ……してやられた!!

 すぐに気付いて、耳まで赤く染まった顔を両手で覆う。

 

 

 ――ダメだ、避けられる気がしねえ……。

 

 

 不服そうな顔をしながらサンドイッチを咀嚼するコナン。

 

 

(……味なんてしねーよ、心臓がうるさすぎて!)

 

 

 内心で毒づきながらも、差し出された幸福を必死に飲み込む。

 

 

「あはははっ! おいしい?」

 

「――っ、おいしいっ!!」

 

「ふふふ♡ よかったね♡」

 

 

 穏やかに微笑む花梨に揶揄われていることに気づきながら、コナンは素直に応え、せめてもの抵抗で顔を背けた。

 

 ……と、そこへ電話を終えた蘭が戻って来る。

 

 

「ごめん、花梨ちゃん。お父さん、今すぐ帰って来いって言ってて」

 

「なにかあったの?」

 

「うん……お父さん、急に知り合いのお通夜に行くって言うから、急いでクリーニング屋さんに礼服取りに行かなきゃいけなくなって……」

 

「大変。それは急がなきゃだね!」

 

「会計はもう済ませたから、花梨ちゃんはゆっくりしてってね。本当は一緒に帰りたかったんだけど……」

 

 

 小五郎に用事を頼まれた蘭は、手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「ううん、大丈夫だよ。蘭ちゃん、ごちそうさま♡ おじさまにもよろしくね」

 

「うん、どういたしまして♡ ほら、コナン君、帰るよ」

 

 

 蘭は親指と人差し指で丸を形作って、ウインクをする。

 自分の荷物を手に、コナンに帰宅を促した。

 

 

「ボク、ここに残る!」

 

「え、でも一人じゃ帰って来れないでしょう?」

 

「残るっ!!」

 

「……も~、私だって一緒にいたいのにずるい。まだ花梨ちゃんといたいのはわかるけど……」

 

 

 保護者として、小学一年生を一人にするわけにはいかない。

 居残りを宣言するコナンに蘭は眉をひそめる。

 

 

「コナンくん、帰っても大丈夫だよ?」

 

 

 ――ロッカーは、快斗と確認すればいいし……。

 

 

 新一の手を煩わせるのは悪いし、快斗と新一をあまり接触させたくもない。

 花梨は、にこっとコナンに向かって優しく微笑んだ。

 

 だが、コナンはムッとした顔を見せ、椅子から下りて花梨の腕に縋りついてくる。

 

 

「やだー! ボク、残る~!! まだ花梨姉ちゃんといる~!!」

 

「……っ(新ちゃん――駄々っ子になってるよ……可愛いけど)」

 

 

 ――ああもう、ちびっこ新ちゃん、可愛いなあっ!! でも……ふふっ♡

 

 

 日を追うごとに演技が上手くなっているのがおかしくて、花梨は噴き出しそうになるのをどうにか堪えた。

 

 ……ジロっと一瞬睨まれたので、無言+満面の笑みでお返ししておく。

 すると、コナンは恥ずかしかったのかちょっぴり頬を赤く染めた。

 

 

「もう、花梨ちゃんがいるとすぐ甘えるんだから……」

 

 

 蘭は腕組みしながら困ったような顔……。

 

 本当は帰って欲しかったけれど――と、花梨の思惑などコナンにわかるはずもない。

 一度こうだと決めたらきかない彼に、花梨はしかたないかと折れることにした。

 

 

「……じゃあ、帰りは私が送って行くから、残る?」

 

「残る!」

 

 

 ……そう答えたコナンの顔は晴れやかだ。

 

 

「もぅ! ……それじゃ申し訳ないけど、花梨ちゃん、コナン君のことお願い」

 

「うん、任せて!」

 

「じゃあ花梨ちゃん。また、ね?」

 

「うん、また……」

 

 

 蘭は花梨との別れを名残惜しそうに、一人カフェを出て行った。

 

 

「ん……? あ……コナンくん。これ、蘭ちゃんのじゃない?」

 

 

 ふと、蘭が座っていた座席を見ると、交通系ICカードが残されている。

 花梨はそれを拾ってコナンに見せた。

 

 

「っ、あいつ……! 渡してくる!(花梨といて浮かれ過ぎだろ……!)」

 

 

 これから電車に乗って帰るというのに、ICカードを忘れたら乗れないじゃないか。

 コナンは花梨からカードを奪って、走り出す。

 

 

「蘭姉ちゃん! カード忘れてるよ!」

 

「へ……? あ! 本当。ありがとう、コナン君! あ、でも今、電車止まってるんだって。タクシーで帰らなきゃ……」

 

 

 カフェを出たところで、追いついたコナンからICカードを受け取ると、蘭はスマホを取り出し、タクシー会社の検索を始めた。

 

 

「そうなんだ?」

 

「うん、お父さんが言ってたの。強風でパンタグラフが折れてなんとかって。しばらく動かないみたい。コナン君が帰る時、運転再開してるといいんだけど……」

 

 

 ……と、そんなことがあり――。

 実際駅に来て裏も取れた。

 

 

「……(このガキ……)」

 

 

 快斗はコナンを見下ろし訝しく目を細め、口元だけ笑みを浮かべる。

 コナンもじっと観察するように快斗を見上げていた。

 

 

「はっはっはっ! コナン。こいつ多分、花梨の側にずっといたよ」

 

 

 ……険悪な空気の中、突然松田が笑い出す。

 

 

「へ?」

 

「こいつ、花梨の番犬だからな。女友達とホテルのケーキバイキングに行ったんだろ? 大方、ロビーにでも潜んで、茶ぁすすりながら監視してたんじゃねーの? な?」

 

 

 コナンが呆気にとられると、松田は快斗の頭を乱暴に撫でてニヤニヤ。

 “どうだ? 図星だろ?”なんて声が聞こえてきそうだ……。

 

 快斗は一瞬、背筋に冷たいものが走った。

 

 

(……こいつ、適当言ってるようで核心突いてきやがる。流石は本職かよ……!)

 

 

「……じ、実はそーなんすよ! オレ、花梨の公認ストーカーなんで!(……って、自分で言ってて虚しくなってきたけどな!)」

 

 

 ――ここは、ストーカーってことにしておくか……。

 

 

 変装してずっと側にいました――とは言えない。

 近くにいたのは確かだから、そうしておくことにした。

 

 

「ぷっ。快斗ってば、公認ストーカーってなに~? ストーカーって犯罪じゃなかったっけ……?」

 

「へへっ、花梨が嫌がってないから合法だろ?」

 

「ふふふっ、合法ストーカー? なにそれ~ふふふっ、おっかし~♡」

 

 

 快斗が笑顔で明るく話すと、花梨は愉快そうに両手を口元に添えてくすくす笑っている。

 彼女が何をしても愛らしく見える快斗だが、控えめに笑う仕草にキュン死しそうだ。

 

 

「……うぐっ!(ああ、もう可愛い……♡♡)」

 

 

(ねえ、花梨ちゃん、あなたなんでそんな可愛いの……!? 今すぐ拐ってしまいたい!!)

 

 

 快斗は胸元をぎゅっと握りしめ、花梨に抱きつきそうになる衝動をどうにか抑え込んだ。

 

 

「「……」」

 

 

 快斗の横で、松田とコナンも、花梨の無邪気な笑顔にしばし目を奪われる。

 頬がほんのりと赤らんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれが、葵花梨」

 

 

 駅構内の柱の陰で、低くひそやかな声が呟かれる。

 

 花梨は無邪気に笑い、陽光を浴びながら軽やかに周囲を見渡す。

 その背後、柱の陰で人影の輪郭がわずかに揺れた。

 

 視線は花梨に向けられている。呼吸の音は聞こえないが、空気が微かに震え、周囲の喧騒とは違う、冷たい静寂が一瞬漂う。

 

 その主は、まだ姿を現さない。

 しかし、確実にそこにいて――何かを狙っている。

 

 花梨の笑顔と、その背後に潜む黒い気配。この甘く穏やかな午後の空気に、突如として潜む危険の匂い。

 

 ……誰も、この黄金色の瞳の少女に伸びようとする、泥のような執着を、まだ知らない。

 

 

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