白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
蘭が急用で席を外す中、花梨に甘え「あーん」されるコナン。そんな甘いひと時も束の間、駅では松田に尾行を看破された快斗が「公認ストーカー」と開き直り、男たちの奇妙な連帯感が生まれる。だが、無邪気に笑う花梨の背後には、彼女を「泥のような執着」で見つめる不穏な影が忍び寄っていた。

第144話
なにか起きそうで起き…!?


144:風の止んだ駅で

 

 

 

 

 ロッカー前には、電車の遅延で足止めされた人々が溢れ、ざわざわとした人混みができていた。肩がぶつかり、子どもが泣く――、イライラとした空気の中で、皆、少しでもスペースを確保しようと身を寄せ合っている。

 

 コナンと快斗はそんな雑踏の中、もし爆弾が仕掛けられていたら――という最悪の事態を想像し、自然と息を詰めた。

 

 

「ほら、花梨。鍵貸しな」

 

 

 一方で松田は、動じることもなく、いつも通りの落ち着いた様子でロッカーの前に立ち、手を差し出した。

 

 

「待ってよ、松田さん! ここは慎重にいかないと……!」

 

「そうだぜ、ボウズの言う通りだ。なにが入ってるか分かんねーし!」

 

 

 花梨が返事をする前に、コナンと快斗は彼女の前に出て、制止の声を上げた。

 二人は互いが気に入らないが、ここは同意見だ。

 

 松田の服装も、いつものスーツ姿にサングラス――爆発物処理班の防護服に比べれば、あまりに軽装すぎるじゃないか。

 そんな格好で、もし中に爆弾が仕掛けられていたとしたら……と考えると、二人の背中に冷たい汗が流れる。

 

 

「フッ。なぁに、大丈夫だって。駅に来るまでにイメトレしてきたからな。ほら、花梨」

 

 

 心配する二人をよそに、松田はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 彼は、指先をくいっくいっと動かし、鍵を寄越すようにと催促する。

 

 

「「はあっ?」」

 

 

 ……コナンと快斗の声は同時だった。

 なにをわけのわからないことを――と、二人の目が懐疑的だ。

 

 反射的に互いの顔を見合わせ、一瞬の間をおいてから、同時に「チッ」と舌打ちをして顔を背ける。

 

 

「花梨、貸してみな。絶対大丈夫だから」

 

「……は、い……」

 

 

 松田はサングラスを外して、優しい瞳で花梨を見つめる。

 その落ち着き払った様子に、花梨の緊張も少し和らぎ、ポシェットからロッカーの鍵を取り出した。その手は、少し震えている。

 

 

「あ、おい、花梨。危ないからオメーは下がってろって」

 

 

 ……快斗は花梨の左側から、腰に手を引き寄せるように添え、松田の側に近づけたくないらしい。

 さっきから松田と花梨の間に必ず、自分の身体を割り込ませるよう位置取って立っていた。

 

 

「そーだぞ、その鍵はオレが渡すから貸せよ」

 

 

 コナンも似たようなもので、花梨の右隣にぴったりくっついていたが、今は花梨の前に立ちはだかり、守りの姿勢――。振り向いて花梨の手から鍵を奪った。

 

 

「あっ(快斗……新ちゃん……)」

 

 

 コナンと快斗、男二人に守られ、花梨は申し訳なさに顔を俯ける。

 

 

 ――ごめんね、二人とも……陣平さんまで巻き込んじゃって……。

 

 

 自分でも何が起こっているのか把握しきれていないが、関係のない三人を巻き込んでしまったことに、花梨の胸はチクチクと痛んだ。

 

 ……ちょうどその時、構内アナウンスが流れた。

 

 

『先ほどまで強風の影響により、運転を見合わせておりました東都環状線は、ただいま運行を再開いたしました。各列車には順次ご乗車いただけます。ご利用のお客様にはご迷惑をおかけいたしました。』

 

 

 どうやら止まっていた電車が動き出したらしい。

 駅に集まっていた人々が、一斉に改札へと向かい出した。

 

 

「はい、松田さん。気をつけてね」

 

「お、おう?(気をつけてね?)」

 

 

 人の流れが激しくなった構内で、コナンはロッカーの鍵を松田に渡すと、花梨のそばに戻って、彼女の右手を引く。

 

 

「ちょ、ちょっと、コナンくんどうしたの?」

 

 

 急にロッカーから離れるよう促され、花梨は困惑した。

 

 

「ほら、花梨姉ちゃん向こう行こう! 犠牲は少ない方がいいよ!」

 

「ぉ……だな! よし、花梨。向こうの角まで下がろうぜ」

 

 

 手を引くコナンに加え、快斗が左から花梨の腰に手を添え、守るように自分の方へぐいと引き寄せ、爆風の届かない安全圏へと彼女を誘導する。

 

 

「あぁぁぁ……二人ともなに言って……。もし爆弾だったらロッカーの側にいる人たちが危ないよ……?」

 

「念のためだよ! 今、大声で言ったらパニックになる! 群衆雪崩でも起こしたらどうすんだ!?」

 

 

 ただでさえ電車が止まり、通常よりも多くの人間が駅に集まっているのだから、下手に“爆弾だ!”なんて騒いだら、人々がパニックになりかねない。

 一瞬の混乱で、周りの安全も危うくなる。

 

 コナンは移動しながら一喝し、花梨の手を強く引っ張った。

 

 

「で、でも、陣平さんが……!」

 

「松田さんなら開けたらすぐわかるだろうし! もし爆弾が入っていたとしてもすぐには爆発しないと思うよ!」

 

 

 快斗が人を避けるようにガードしながら、寄り添ってくれているのもあるが、グイグイと花梨を引っ張っていくコナンの小さな手は力強い。

 

 

「そ、そうなの?」

 

「人通りの多い駅のロッカーに、開けただけで爆発するような仕掛け、設置するのは難しいんじゃないかなー!?」

 

 

 コナンは周囲を見回し、監視カメラの位置を指差した。

 

 

「ほら、あそこに監視カメラあるし!!」

 

「な、なるほど……さすが、し――コナンくん!」

 

 

 “新ちゃん”と言いかけて、花梨は言葉を呑み込み、言い直す。

 

 

「だから念のために、ボクたちは下がろうよ!」

 

「……だな(ボウズの言う通りだぜ)」

 

 

 コナンの言葉と同時に、花梨の腰に添えられた快斗の手にぐっと力が込められた。

 

 

「っ、わかった」

 

 

 花梨は頷いて、二人の言う通りに安全な場所まで大人しく連れられて行った。

 

 

「……あいつら過保護だな~……まあ、俺も人のこと言えねえけど。ってーか、大丈夫だっつってんのに。信用しろよ……」

 

 

 ぽつん、と一人ロッカーの前に残された松田は受け取った鍵を見下ろし、番号を一つずつ照らし合わせていく。

 

 

「B32、B32……と」

 

 

(俺の予知は反応しなかった……だから中身は爆弾じゃない)

 

 

 ロッカーナンバーB32……。

 松田は鍵を手に取り、軽く指先で回す角度を確かめた。

 その間にも、背後から人々のざわめきが耳に入り、心拍が少し速くなる。

 

 離れた場所で、花梨は手をぎゅっと握り、息を呑む。

 

 コナンと快斗はロッカー前にぴったりと張り付き、松田の一挙手一投足を見守った。

 

 松田が鍵を差し込み、回す。

 

 時間が、まるで一瞬だけ止まったかのように感じられた。

 

 カチリ――。

 

 静まり返った空気の中で、錠前が外れる金属音がやけに鮮明に響く。

 松田は迷いなく扉を引き開けた。

 喧噪の静寂の中、全員の視線が一点に集中する。

 

 その刹那、少し離れた場所にいたはずのコナンと快斗が、弾かれたように駆け寄って中身を凝視する。

 

 

「……封筒?」

 

 

 ロッカーを開けるとA5サイズの茶封筒が入っている。

 厚みは殆どなく、取り出してみると、中に書類か何かが数枚入っているだけの様子……。

 

 

「……中、見てもいいんかな? いや、駄目だな」

 

 

 ……表には“葵 花梨様”とだけ書かれていた。これなら、本人が開けても問題はなさそうだ。

 

 そう思った松田は花梨を呼ぶことにして「か」と発声した直後――。

 

 

「なんの封筒? なにが入ってるの?」

 

「開けよーぜ!」

 

 

 松田の真後ろからひょっこり。コナンと快斗が封筒を覗き込んでいた。

 

 

「おわっ!? お前らいつの間に……!?」

 

 

 “さっきまで結構離れた場所にいたよな……?”と、驚いた松田は一歩後ずさる。

 イリュージョンか……。

 

 コナンもいたので、驚きは倍増しだ。

 

 

「ちょ、ちょっと二人とも~! それ、私宛てでしょ~……!」

 

 

 出遅れて、花梨が走って来た。

 

 

「ンもう、二人とも、私を権堂さんに任せて、すぐ戻っちゃうんだから……心配したよ」

 

 

 花梨の後ろから権堂もやって来て、松田に頭を下げる。

 

 どうやらコナンも快斗も、花梨が気付かないうちに、近くに控えていた権堂とアイコンタクトを取っていたらしく、彼女の側に連れてくるよう頼まれていたようだ。

 権堂に花梨を預け、二人はすぐ松田のもとへもどって来た……ということだった。

 

 

「ははは……けど、松田だけに任せるってのも悪いじゃん?」

 

「松田さん(・・)な!?」

 

 

 快斗の軽口に、松田は敬称を付けるようにと注意する。

 

 

「松田さん、その茶封筒、中はなんだったの?」

 

 

 コナンは早速封筒に食いつき、中身を知りたい様子で見上げた。

 

 

「花梨宛てで間違いないらしい。書類かなんかが入ってるみたいだぞ。危険はないな」

 

「はあ……そっか」

 

 

 憶測ではあるが、松田は自身の見解を交え、花梨に封筒を手渡す。

 それを聞いたコナンは深い安堵のため息をついた。

 

 

「葵 花梨様……ホントだ……。なんだろう……」

 

 

 花梨がピラッと裏を見ると、差し出し人名のイニシャルだろう。

 【H.R.】とだけ書かれていた。

 

 その文字を目にした瞬間、花梨の心臓が冷たい指でなぞられたような、得体の知れない悪寒が全身を駆け抜ける。

 

 

「……っ」

 

「花梨さん。封を切るなら、これ使って下さい」

 

 

 権堂が「事務作業でよく使うんです」と小さなペーパーナイフを貸してくれる。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 花梨は息を呑み、手渡されたペーパーナイフを持つ手をわずかに震わせた。

 コナンが鋭く目を細め、快斗もまた、彼女を守るように拳を固く握りしめる。

 

 ……ゴクリ。

 誰かの喉元で小さく音がした。

 

 ズッ、ズッ、ズ――とペーパーナイフを滑らせ、慎重に封を切っていく。

 一瞬、時間が止まったかのような緊張が、その場を支配した。

 

 開封された封筒を覗き込む。

 そこには、たった一枚のメモと数枚の写真が収められていた。

 

 

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