白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
ロッカーの一件から一夜明け、快斗は花梨の瞳の僅かな腫れを見逃さない。映画で感動したと笑う彼女の嘘に違和感を抱きつつも、快斗はその笑顔を失うことを恐れ、深くは追求できずにいた。金曜の大阪旅行を控え、弾む会話の裏側で、花梨は「最期の思い出」を見据えるような静かな覚悟を固めていく。

第147話
いちゃらぶ回。個人的にはずっとこのままいちゃいちゃしてて欲しい。


147:ふんわり、ひだまりの午後

 

 

 

 

 昼休みになり、進入禁止の屋上にて――。

 

 

「はぐはぐっ! うっめえ~っ! やっぱこの玉子焼き絶品だわ。花梨天才♡」

 

「ありがとう♡ いっぱい食べてね。私、もうお腹いっぱいだから、よかったらこれも食べてくれる?」

 

「食べる食べる♡」

 

 

 ……快斗が花梨の作った弁当にがっついている。

 

 今朝、朝早く目覚めた花梨は、快斗に弁当を作っていた。

 

 前回よりも手の込んだ、今日の弁当は唐揚げ弁当――。

 しっかり味がなじんでいるか心配だったが、唐揚げを口にするたび、快斗の表情が幸せそうに緩むから大丈夫そうだ。

 

 花梨は食欲がなくてほとんど残してしまったが、彼が消費してくれるようで安心した。

 

 

「……ふふっ♡」

 

 

 ――可愛いなぁ。

 

 

(ふぅ……快斗って無邪気で可愛い……)

 

 

 誰も取りやしないのに、慌てたように食べる快斗を彼女は見つめる。

 

 

「なに? オレの顔になんかついてる?」

 

「ン~、目と鼻と口?」

 

 

 快斗の問いに、花梨が小首をかしげてから少し間を置いて、可愛く微笑んだ。

 

 

「ハハ……なーんだ。オレに見惚れてんのかと思ったわ」

 

 

 頬に米粒がついたままの快斗が、ふと、箸を止めて笑った。

 

 

(花梨って、オレの顔、好きなんか……?)

 

 

 いつもは自分が見つめるばかりで、こんなに見つめられたこと、ないんだが――と、内心はドキドキと胸が高鳴る。

 

 

「……うん。実は格好いいな~って、見惚れてたんだ~♡」

 

 

 ふわりと花梨は陽だまりのような微笑みを浮かべる。

 

 

(……でも、やっぱり新ちゃんに似てるから、ちょっとフクザツかな……? この顔を、もうすぐ見られなくなると思ったら――)

 

 

 柔らかく目を細める花梨の、思いも寄らないその一言に、またドキッ。

 快斗の心臓が跳ねた。

 

 

(お、おかしい……。なんだ? 今日の花梨、オレのこと好きすぎじゃない? いや、うれしいけどもっ!!)

 

 

 喜びが胸を満たす一方で、なぜだろう、喉の奥に小さな棘が刺さったような違和感を覚えた。

 

 可愛い彼女から褒められれば、嬉しい。

 ……けれど、今まで花梨に顔を褒められたことなど、一度もなかったような――。

 

 思い返しつつ、快斗は箸を置くと、花梨の額に手を当てた。

 

 

「……な、なに?」

 

 

 困惑するように、白い睫毛が上下する。

 

 

「いや……花梨、熱でもあるんかと……。オメー、今までオレの顔、褒めたことなくない?」

 

 

 “これでもイケメンで通ってるんだけどな?”と思いながらも、快斗は花梨から顔を褒められた記憶がない。

 花梨は人の見た目など気にしないタイプで、自分に惚れてくれたのは、中身に惚れてくれたのだと思っていた。

 

 

「ふふっ、そうだっけ? うん、快斗の顔ってイケメンだよね。好きだなぁ~♡」

 

「……そ、そっか。面と向かってんなこと言われっと、て、照れるな……」

 

「ふふふ……♡」

 

 

 ――快斗の顔って、やっぱ新ちゃんに似てるんだよね……新ちゃん……。

 

 

 照れる快斗を見ながら新一を思い出し、花梨は微笑む。

 

 昨日は曖昧に誤魔化したから、新一はきっと怒っているだろう。

 ……今日か明日にでも、電話がくるような気がしてならない。

 

 

「なぁ、花梨」

 

「ん?」

 

「なにか困ったことがあったら、真っ先にオレに相談するんだぞ?」

 

「……うん。一番に相談するね」

 

 

 快斗の手が花梨の頭を優しく撫でる。

 ……大きくて温かい、いつでも守ってくれるこの手が、花梨は大好きだ。

 

 

「おう。なんでも解決してやっから! 松田も、あのガキも頼らなくていいからな! ……あと、あいつも!」

 

「あいつ……って?」

 

 

 いったい誰のことを言っているのだろう……。

 快斗の口元が少し引きつり、目が鋭くなる。

 

 

「降谷のおっさん!」

 

「おっさんって……零お兄ちゃんはおじさんじゃないよ?」

 

 

 ――零お兄ちゃん!?

 

 

 急に降谷の名が出て、花梨は目を瞬かせる。

 

 ……そういえば、彼とは身辺警護契約を交わした日以来、会っていない。

 降谷は潜入捜査があって、しばらく連絡が取れないから、身の回りには気をつけるようにと言っていた。

 

 

「あいつ、29だろ!? 充分おっさんだわ!! そろそろ加齢臭とかしてくんじゃねーの!?」

 

「もぅ。悪口はよくないよ~、快斗くん?」

 

「悪口じゃなくて、事実だろ」

 

「零お兄ちゃん、まだまだ若いと思うんだけど……」

 

 

 何が気に入らないのだろうか。

 快斗はぷぅっと頬を膨らませている。

 

 降谷は高身長で、人目を惹くかなりの美形。

 確かに一回り年齢が離れてはいるが、まだ皺もないし、快斗が言うような“おっさん”には当てはまらないと、花梨は思うのだが。

 

 

 ――零お兄ちゃん、格好いいよね……? いつも、いい匂い……するし。

 

 

 これまで何度か家に来てくれた時、いつも彼からいい匂いがした。

 恐らく香水なのだとは思うが、大人の男の人という感じで、花梨は素敵だなと思っている。

 降谷の髪がハニーブロンドなこともあり、プラチナブロンドに近い白髪の花梨は、親近感が湧き、自慢の兄だと思っているのだ。

 

 ……降谷を思い出した花梨の瞳が優しく細くなった。

 

 花梨が“いい匂い”と笑ったその瞬間、快斗の笑みが僅かに凍る。

 彼の知らない花梨の世界が、また一つ増えた気がした。

 

 

「あ~あ、その目だよ。その目。花梨~……?」

 

「へ? な、なに?」

 

 

 ふと気づくと、快斗が半目で花梨を睨んでいる……。

 何か気に障ることをしてしまったのだろうか――と、花梨は瞳をぱちくり。

 

 

「花梨てさ~、オニーサンたちの中で、降谷零に一番懐いてるよな?」

 

「え、そうかなぁ……? ン~。でも確かに、零お兄ちゃんは、髪色が近いから親近感が湧いて安心できる、かも……?」

 

 

 ――降谷零って……なんでフルネーム呼びなの、快斗……。

 

 

 快斗が食事を再開しながら花梨をうかがうが、これも焼きもちの一種なのだろうか。不機嫌オーラがにじみ出ていた。

 降谷と快斗は一度しか会っていないはずだというのに、なぜこんなにも敵意むき出しなのだろう……花梨は理解に苦しむ。

 

 

「え、それだけ?」

 

 

 花梨の言葉に、快斗は箸を止めた。

 

 

「え? うん、それだけだよ? お兄ちゃんたち、みんな優しいし。頼りになるし。……陣平さんは、ほんのちょっとだけ――すこしだけ、苦手だったりするけどね」

 

「プハッ! 花梨も松田が苦手なんか!!」

 

 

 快斗が吹き出し、慌てて口元に手を当てる。

 花梨も釣られてくすくすと笑った。

 

 

(いい気味~! 松田、花梨になんとも思われてねーじゃん……!!)

 

 

 こんな愉快なことがあるか。飯がうまい。

 ……そんな快斗は、弁当の九割を平らげていた。

 

 

「ん? ちょっとだけね。陣平さん、すぐからかってくるから」

 

「それは、あれなんだろうな……」

 

「あれって?」

 

「あれだよ、アレ! 花梨は気づかなくていいやつ!」

 

 

 最後の唐揚げをぱくりと一口に放り込み、快斗はにこにこと咀嚼する。

 

 

(可愛くてつい、構っちゃうってやつ……花梨には教えてやんねーからな、松田!)

 

 

 大人のくせに、不器用な松田に同情などするものか。

 快斗の愛し方は直球――花梨をデロデロに甘やかし、褒め尽くして微温湯(ぬるまゆ)に浸らせる。

 一度そこに浸かったら最後、心地好くて出られなくなるはずなのだ。

 

 

「ふぅん、アレか~……」

 

「は~、ごちそうさまでした! うまかった~♡ 花梨ありがとう!」

 

 

 花梨は特に詮索せず、話を流す。

 その間に弁当を完食した快斗は、空になった弁当箱を片づけると、自分の荷物と一緒に元の場所に戻した。

 

 

「わぁ、いつの間に完食!? すご~い! あ、別に洗わなくてもいいよ?」

 

「いや、弁当作ってもらったし、洗うくらいさせて。今日、帰りにジイちゃんとこ行くから一緒に帰れねーけど、夜、持ってっから」

 

「別にいいのに……でも、夜、会えるのはうれしいな♡」

 

「オレも♡ ……ふあぁああああ……。腹いっぱいになったら、眠くなってきたな……昨日、よく眠れなかったし」

 

 

 “オレも♡”という言葉とともに、快斗が花梨の唇にちゅっとキスを落とす。

 唐揚げを食べたあとだからか、互いの唇はテカテカと輝いた。

 

 

「そうだったんだ?」

 

「オメーのことが心配でな?」

 

「う……そ、そっかごめんね。そうだよね、気になっちゃうよね」

 

 

 チラッと快斗に目を向けられ、花梨は眉を下げる。

 

 ……昨日の写真は、知り合いに頼んだもの――。

 

 花梨は強引にそうしてしまった。

 快斗は恐らく納得してくれていない。

 

 だが彼は、それ以上踏み込まないようにしてくれている。

 

 

「けど本当、大したことじゃなくてよかったよな?」

 

「ぁ……うん。本当に……。心配かけてごめんね?」

 

 

 ……優しい快斗の声に、昨日見た写真を思い出す。

 彼に心配をかけてしまっていることが、心苦しくて仕方ない。

 

 様子をうかがうように覗き込まれて、花梨は申し訳なさに頭を下げた。

 

 

「……いいよ。オレが勝手に心配してるだけだから」

 

 

 俯く花梨の頭に、快斗の手がぽんぽんと置かれる。

 彼の優しいその声に、花梨は胸がぎゅっと締め付けられた。

 

 

「快斗……」

 

 

 ――ごめんね、快斗……。

 

 

 昨日のことは――どうしても言えないの。

 あなたを巻き込みたくないから。

 

 ……さて、どうやって笑顔を作ろう……?

 

 花梨は目の奥が痛むのを感じたが、キュッと口角を上げる。

 そんなとき、快斗から声がかかった。

 

 

「なあ、花梨」

 

「はい……?」

 

「膝枕して♡」

 

 

 花梨が顔を上げると、快斗はいつもの明朗な笑みを浮かべて、上体を倒してくる。太ももに頭をのせた。

 そうして快斗は腹の前で手を組み、すぐに目を閉じ安らいだ顔――。

 

 

「……お昼寝、するの?」

 

「うん♡ 10分経ったら起こして」

 

 

(は~♡ やわらけ~最高~♡ けど、あんま体重かけないようにしねーとな……)

 

 

 目を閉じながら、花梨に重さを感じさせないよう、持ち前の身体能力で少し首を浮かせておく。

 

 

「ん、わかった。おやすみなさい……?」

 

「おやすみ♡」

 

 

 花梨は、“全然重くないんだけど……”と不思議に思いながら、眠り始めた快斗の目蓋に陽が当たらないよう、手で影を作った。

 ……その影の形が、まるで彼を守るための翼のようだった。

 

 

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