▽前回のあらすじ
昼休み、屋上で手作り弁当を囲む快斗と花梨。穏やかな陽だまりの中、花梨は笑顔の裏に昨日の影を残しつつ、快斗に不器用な愛を注ぐ。違和感を抱きつつも膝枕で眠る快斗に、花梨は日よけとなるよう、翼のような影を落とした。
第148話
新ちゃん……。
◇
「じゃあ明日ね~、花梨ちゃ~ん♡」
「またね~!」
放課後になり、今日快斗は寺井の元へ行くため、花梨は青子たちと帰ることにした。
……青子と恵子が、手を振りながら去っていく。
「うん、また明日……」
花梨が笑顔で手を振ると、青子は名残惜しそうに後ろ向きのまま歩いていた。
そんな青子に、恵子が「青子、前見なさい、前っ!!」と注意すると、「うわぁっ!?」小石につまずき転びそうになる。
「あぁっ……! 青子ちゃん!?」
「だいじょぶだいじょぶ♡ ばいばーい!」
驚いて駆けつけそうになった花梨だったが、青子は恵子に支えられ、転ばずに済んだ。
そうして二人は「なにやってんのよ」「ごめんごめん。ギリギリまで花梨ちゃんを見ていたくて♡」なんて言い合いながら、そのうち角を曲がり、見えなくなった。
「……」
花梨は二人の姿が見えなくなると、辺りを見回す。
……権堂の姿は少し離れたところにあるが、それ以外に人影はなかった。
「帰ろ……」
青子たちと別れた場所から、自宅マンションまではそう遠くない。
少し歩けば、近所の公園が見えてくる。
「はぁ……」
――考えてもしょうがない……よね。
昨日のことを思い出すたび、胸の奥が重くなり、深いため息がこぼれた。
とぼとぼと歩き、公園に差し掛かると、子どもたちの騒ぐ声が聞こえる。
「だーかーらー、なんでオメーらまでついてくんだよ。オレの友達に会いに行くだけだって、言ったじゃねーか!」
小学生一年生くらいの、小さな黒髪の男の子の声――聞いたことのある声だ。
花梨は公園に目を向けた。
すると公園では、四人の子どもたちが学校帰りの寄り道か、ランドセルを背負ったまま何やら話をしている。
(あれ? この声……?)
その声を聞いた瞬間、胸の奥がひゅっと掴まれた。
……十二年前と変わらない、懐かしい声。
声の主は、公園の入口に背を向けていて、誰かはわからない。
でも、よく知っている気がする。
「そんなこと言ったって。この間も一人で行ってしまって、事件に遭遇したじゃありませんか!」
黒髪の男の子の向かい側で、そばかすの利発そうな男の子が、キラキラと瞳を輝かせた。
「そうだよ、みんなで行った方が安心だよ!」
そばかすの男の子の隣で、カチューシャをしたボブカットの可愛い女の子が同意する。
「そーだぞ。昨日ケーキ食べ放題に行ったんだろ? 今日は菓子食べ放題で事件に遭うかもしれねーじゃねーか」
三角おにぎりを連想させる特徴的な頭の、ぽっちゃり体型の少年は「菓~子、菓~子」とワクワクしている様子。
その少年たちに、なんとなくだが、花梨は見覚えがある気がした。
「ったく、菓子食べ放題ってなんだよ……って、あ」
ふいに黒髪の少年が振り返り、花梨と目が合った。
「っ……やっぱり新ちゃん……」
ぼそっと小さく呟くと、少年――コナンが駆け寄ってくる。
「花梨姉ちゃん……!」
「コナンくん……昨日ぶり」
声をかけられた花梨は、すぐに笑顔を取り繕い、手を軽く振った。
「いま帰り? ボク、いま花梨姉ちゃん家に行こうとしてたんだ」
「……」
――うん、来るかな~と思ってたよ……。
ジッと見上げてくるコナンを、花梨は見つめ返す。
花梨が黙っていると、コナンも黙り込み、互いの腹を探るように見つめ合った。
……そんな二人の元へ、コナンの友達と思しき少年たち三人が駆けてくる。
「コナンくん待ってよ~……! あ~~! あの時のお姫さまだ~!」
やって来た三人のうち、カチューシャの女の子が花梨を指差し、ぽっと頬を赤くして瞳を輝かせた。
「え? あ。本当だ! お化け屋敷の綺麗なお姉さん……!」
追いついたそばかすの少年も、花梨をまじまじと見る。
思い出したのか、彼もまた、ほんのり頬を赤く染めた。
「おー……! トロピカルランドの怖がり姉ちゃん……!」
三角頭の少年が最後にやって来て、花梨を前に頬を赤くする。
……三人はもじもじと身体を揺らした。
「オ、オメーら、花梨――姉ちゃんを、知ってるのか……?」
(なんで三人とも顔赤くしてんだ? 照れてんのか? 緊張してんのか? ……どっちだ!?)
確かに花梨は可愛いけれど――と、彼女を見慣れているコナンは、花梨が微笑まなければ緊張したりしない。
初めて花梨と対面した人間は、大抵こういう反応をするのだと思い出した。
「えと……お姉さん、アイドルでしょ? 歩美、こんな綺麗な人、テレビでしか見たことないもん。ね、光彦君もそう思うでしょ?」
「え、ええ。前回はすれ違っただけだったので、お話はできませんでしたが、サインいただいてもいいですか? ……元太君は、どうされますか?」
「もっち、オレもオレも!!」
……コナンの問いには誰も答えなかった。
カチューシャの女の子は、【歩美】という名前らしい。
【光彦】と呼ばれたのは、そばかすの男の子。
三角頭の子は【元太】。
三人に囲まれ、花梨は目を瞬かせた。
「えと……あのね。私、アイドルじゃないんだ~。だからサインはごめんね」
「そうなの!? じゃあやっぱりお姫さま!? お姫さまでもいいよ! いまノート出すから、お姉さんのサインほしい!」
「お姫さまって……」
歩美がランドセルから、自由帳と筆箱を取り出すものだから、花梨は困って頬を掻く。
「歩美ちゃん、花梨姉ちゃんとどっかで会ったことがあったの?」
ひとり置いてけぼりのコナンは、再度歩美に尋ねた。
「うん。歩美ね、前にトロピカルランドに行ったとき、お化け屋敷の前で、このお姉さんとすれ違ったの。そういえば、王子さま、今日はいないんだね?」
「王子さまって……あ、(快斗のことかな……?)」
――そっか、この子たち……トロピカルランドで会った……。
花梨は思い出して、自然に笑みを浮かべた。
快斗と行った遊園地。
トロピカルランドのお化け屋敷前で、この三人に会った気がする。
あの時花梨は、腰を抜かして歩けず、快斗に抱きかかえられてお化け屋敷を出た。
出た先で、通り掛かったこの三人に笑われたような……。
思い出した花梨は、柔らかい笑みを浮かべた。