白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
放課後、花梨は公園でコナンと少年探偵団に遭遇する。無邪気に「お姫さま」と慕う子供たちを前に笑顔を作る花梨だが、コナンの瞳だけは、彼女が隠す「嘘」を冷徹に、けれど案じるように見抜こうとしていた。

第149話
ファミレスへごー。


149:笑顔に惑う追跡者

「あ……♡ きれい……天使みたい」

 

「ん?」

 

 

 花梨の優しい笑みに、歩美がポ~っと赤い顔をしたまま、ノートと名前ペンを差し出してくる。「お願い」と可愛く手を組んで、ねだられてしまった。

 

 

「……サインなんか、書いたことないんだけどな……」

 

 

 小さな子の願いを無下にはできず、仕方なく花梨は、歩美のノートとペンを受け取る。

 

 ……サインの書き方など、知らない。

 とりあえず草書体で書いておけばいいだろうか。

 

 さらさらと自分の名前を記し、歩美に手渡した。

 

 

「わぁ、きれいな字! なんて書いてあるの?」

 

 

 花梨の書いた見事な草書体の文字を前に、コナン、光彦、元太の三人が「すげえ……」と声を漏らす。

 コナンと光彦は漢字が読めたようだが、元太は「なんて書いてあるかわからん……」と首を捻った。

 

 

「漢字で“かりん”って書いたのよ。私の名前なんだ。サインって書いたことなくて……こんなのでよかったかな?」

 

 

 歩美の身長に合わせ、花梨はしゃがむ。

 

 

(……おいおい。ただの女子高生が、そんな流れるような草書体、書けるかよ。……筆致に迷いがねぇ。幼い頃から、よっぽど厳格な場所で『文字』を叩き込まれてねーと、こうはならねえぞ)

 

 

 コナンの眼鏡の奥で、鋭い疑念が火花を散らす。花梨の指先に宿る“育ち”が、彼女の隠したい背景を雄弁に物語っていた。

 

 

「ありがとう、花梨お姉さん! わたしは吉田歩美っていうの! よろしくね!」

 

「そう、歩美ちゃんていうの。素敵なお名前ね。ふふっ、カチューシャがとってもチャーミングだね。可愛いお嬢さん」

 

 

 ――あれ? なんかキッドさんみたいなこと言っちゃった……?

 

 

 自分で言っておいてなんだが、花梨は目をぱちくりさせる。

 知らない間に()の口調が移ってしまったみたいだ。

 

 

「そ、そう……? 歩美、花梨お姉さんにそう言われると照れちゃう……」

 

 

 にこにこと応対する花梨に、歩美はノートとペンを抱きしめ、てれてれと身体を揺らした。

 歩美の瞳にはハートが浮かんでいる……。

 

 

「っ、花梨姉ちゃん! ボク、ちょっと話がしたいんだけど!?」

 

 

(こらこら、この人(たら)し……! 女子児童まで魅了してんじゃねぇぞ……!)

 

 

 コナンは慌てて声を張り上げた。

 

 学校帰りに、こっそり駅に向かうところを見つかり、光彦、歩美、元太までついて来てしまったのは、自分の落ち度だ。

 

 ……今日、ここに来たのは、昨日の件を問いただすため――。

 昨日、封筒の中身を確認した花梨の反応はどう見ても不自然。

 

 見せてくれた写真もどこか違和感を感じたが、すぐに松田に取り上げられてしまい、何か引っ掛かったのに確かめられなかった。

 帰りの電車内で、松田にもう一度写真を見せてと頼んだが見せてもらえず――。

 

 だから、詳細を聞くために日を改めたというのに……。

 

 ……そんなコナンを無視し、光彦と元太が花梨に自己紹介を始めた。

 

 

「ボクは円谷光彦と申します。花梨さん、よろしくお願いします」

 

「オレは小嶋元太! ねえちゃんよろしくな!」

 

 

 二人が手を花梨に差し出してくる。

 

 

「……。……ふふっ。二人ともよろしくね?」

 

 

 花梨は目をぱちぱち瞬かせてから、また優しく微笑んだ。

 その微笑みに少年二人も釣られて笑顔になる。

 

 

「花梨さんは、コナン君とお知り合いなんですか?」

 

「うん、仲の良いお友達だよ?」

 

 

 光彦と片手で握手をしながら、花梨が素直に頷くと、空いた片手も握られた。

 ……元太だ。

 

 

「あ! ひょっとして、昨日ケーキ食い放題に行ったっていう、ねえちゃんてあんたか?」

 

「ん? そうだね、昨日はケーキいっぱい食べたかな?」

 

 

 恐らく元太は、昨日の杯戸シティホテルのケーキバイキングのことを言っているのだろう。ぎゅっと手を強く握られ、何かを期待するような眼差しを向けられた。

 

 

「オレも食いたーい! 菓子を食わせてくれ……!! いや、この際メシでもいい!」

 

「元太君! 図々しいですよ!!」

 

「腹減ったー! なあ、ねえちゃん、たのむよ!」

 

 

 夕暮れまではまだ時間があるが、少し日が傾きかけている。

 腹が空く時間なのか、元太の腹が“ぐうぅぅ……”と鳴り、駄々をこね始めた。

 

 光彦の諌めも聞かずに、花梨に懇願するように頭を下げる。

 

 

「……」

 

 

 花梨はなにも言えず、ただ瞬きを繰り返すだけ。

 ……こんな風に真正面から“食べさせて欲しい”などと言われたのは初めてだ。

 

 

 ――私も、よくお腹空かせてたっけ……お腹空くと、辛いんだよね……。

 

 

 お腹が空くと、心まで削れていく。

 独りぼっちで、冷たい部屋で、誰かがドアを開けてくれるのを待つだけの、あの時間……。

 

 ふいに花梨の瞳のハイライトが、一瞬だけ霧がかったように消える。だが、0.1秒後には、また眩しいほどの「お姉さん」の笑顔に戻っていた。

 

 花梨は、元太のように赤の他人に助けを求めたことはないが、彼にふと、ひもじい思いをしていた頃の自分が重なって見えた。

 

 

「もう、元太君てばっ! 花梨お姉さんが困ってるよ!?」

 

 

 歩美が元太と花梨の間に割り込んで、手を離させる。

 ところが花梨はにっこり元太に微笑みかけた。

 

 

「……ごはん、食べに行く?」

 

「えっ!? いいのか!? 行く!!」

 

 

 花梨の誘いに元太の顔が綻ぶ。

 

 

「近くのファミレスでいいなら、ご馳走するよ? どうかな?」

 

 

 この公園の近くにファミレスが一軒あるんだ……と、花梨はファミレスの方向を指差す。

 

 

「え、でも歩美、今日の晩ごはんハンバーグで……」

 

「うれしいお誘いですが、家の人がなんて言うか……」

 

 

 元太は乗り気だが、歩美と光彦は行きたそうにしながらも迷っている様子……。

 

 

「ふふ、それならスイーツならどうかな? ちょっと遅くなるかもしれないから、親御さんに心配かけそうならお家に電話するし」

 

「いいの!?」「いいんですか!?」

 

「うん、もちろんだよ」

 

「「行く!」」

 

 

 親に連絡しておいて、帰りは送ってあげれば問題ないだろう。

 花梨の言葉に、歩美と光彦の声が重なった。

 

 

「そうと決まったら、早速行こーぜ!!」

 

「「レッツ、スイーツ!!」」

 

 

 多数決でファミレスに行くことが決定し、コナンは顔を顰める。

 

 

(……やってくれたな。歩美たちを盾にして、オレの追及を完全にシャットアウトしやがった……!)

 

 

 親への連絡、帰りの送迎……。その淀みのない手際は、まるで熟練の交渉人のようだ。

 子供たちの純粋な好意を利用し、自分のペースに引きずり込む。その「優しすぎる拒絶」に、コナンは得体の知れない寒気を覚えた。

 

 

(花梨……お前、今どんな顔して笑ってんだよ。……その笑顔のメッキを剥がした後に残るのが、ただの絶望じゃないことを祈るぜ……!)

 

 

 元太、歩美、光彦の三人が早速ファミレスへと足を向ける。

 元太に至っては「さっさと行こうぜ!」と、花梨の背を押し、急かしていた。

 

 

「わっ、わっ……ちょ、元太くん、力持ちだねえ……!! ふふふっ♡」

 

 

 ……公園にコナン一人を残し、花梨たちはファミレスに向かう。

 公園を出た花梨が、「車道に出ちゃダメだよ、ちゃんと歩道を歩きましょう!」と注意し、三人の『はーい!』という元気な返事が響いた。

 

 

「お、おい、オメーら……!」

 

 

(これじゃ、全然花梨に話が聞けねえじゃねーか……!)

 

 

 慌ててコナンも走り出し、四人を追いかける。

 

 前を歩く三人が、矢継ぎ早に花梨に話しかけ、彼女も笑顔で応じ、楽しそうだ。

 ……昨日の話をしたいコナンだったが、歩美たちが次から次へと話し始めて、できそうになかった。

 

 

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