▽前回のあらすじ
コナンの追及をかわすように、少年探偵団の子供たちと打ち解ける花梨。元太の空腹に、かつての自分を重ねた彼女はファミレスへと誘う。完璧な笑顔と気遣いで主導権を握る花梨に、コナンは焦燥を募らせていく。
第150話
彼女の笑顔に気を取られて。
◇
公園近くのファミレスは、まだ夕暮れ前とあって、そこまで混雑はしていない。
花梨は子どもたちを席に着かせ、連絡先を教えてもらい、彼らがメニューを見ている間に、それぞれの家へと連絡を入れてくると席を立った。
「うん、そうみたい。なんかみんなで来ちゃってて。うん……」
店の外に出て、歩美、光彦、元太……と連絡が済み、最後はコナン――。
……通話相手は蘭だ。
『昨日帰って来たときも、コナン君、ずっと考え事してたのよ。あれ、花梨ちゃんのこと考えてたんだと思うのよね~。また一緒に、ケーキバイキング行きたいのよきっと。また行こうね!』
優しい蘭の声に、花梨の声も明るくなる。
「ふふっ、そうだね~、また一緒に行けたらいいね。それじゃあ……」
ピッ。と通話終了ボタンをタップし、通話を終えた。
「ふぅ……。これで連絡はオッケーだね」
「花梨」
「ん……? あ、コナンくん」
ふいに背後から声をかけられ、花梨が振り向くとコナンがいる。
抜け出して後を追って来たのだろう。
「あの、さ――」
今なら二人きりだ。昨日の話を聞ける。
そう思ったコナンが口を開いたその時――。
……店の扉が開いた。
「花梨お姉さん! 注文してもいい!? 歩美、いちごのスペシャルパフェがいいなって思って! 元太君はステーキセットだって! あ! コナン君、こんなところにいた! トイレに行ったんじゃなかったの!?」
扉の奥から歩美が呼びに来た様子で、ひょっこり顔を出す。
「早く早く!」と席に戻るよう促してきた。
「あ。うん! もちろん。私も今行くね!」
「早くね……!」
花梨の返事を聞いて、歩美が店に戻って行く。
「コナンくんも、行こ?」
「っ、ああ……(くそっ……タイミングが……!)」
……話をするタイミングが掴めない。
笑顔の花梨に手を差し出され、コナンは眉を寄せながらその手を取った。
花梨とコナンが席に戻ると、メニュー端末を操作する歩美たち。
元太が「これとこれもつけていいか?」なんて、光彦に訊いている。
メニュー端末を覗き込む三人に花梨は声をかけた。
「決まったかな?」
「あ、花梨さん。すみません。元太君がいろいろ注文してしまったみたいで……」
元太の注文の多さに恐縮しているのか、光彦が恥ずかしそうに頭を下げる。
「ふふっ、好きなもの注文していいよ。お腹いっぱい食べて帰ってね」
「天使!! 姉ちゃん天使だな!! エビフライもつけていいか!?」
「ふふふっ♡ いいよ~」
子どもにはお腹いっぱい食べて欲しい――。花梨はそう願って、元太が嬉しそうにトッピング追加ボタンを押すのを見つめた。
「じゃあ、みんなドリンクバーを付けて……。コナンくんはどうする?」
「ボクはドリンクバーだけでいい」
「そ? じゃあ私と一緒にポテトでも食べよっか♪」
「っ……う、うん……」
花梨に笑顔を向けられたコナンの頬が、赤く染まる。
(不意打ちで笑顔向けてくんじゃねーよ……)
眩しいくらいの、ふんわり優しい花梨の笑顔。
彼女の笑顔を見ると、コナンはいつも胸の奥がきゅっと掴まれた気がしてならない。
諦めたいというのに――。
……メニュー端末に全員分のドリンクバーと、皆でシェアできる山盛りポテトを追加し、注文を終えた。
「わーい。楽しみ~♪ 期間限定いちごスペシャルパフェだって~! 花梨お姉さんありがとうっ♡」
「「ありがとうございまーす!」」
歩美がニコニコとお礼を告げると、光彦と元太の明るい声がハモった。
「ふふふっ♡ どういたしまして。みんな、ドリンクバーに行っておいで?」
注文した品がくるまで、ドリンクバーを楽しもう――ということで、花梨は子どもたちに勧める。
「おう、そうだったな! 行って来る! 歩美、光彦、コナン、行くぞ!」
「はーい!」
「あっ、はい。元太君、待って下さーい!」
元太、歩美、光彦の三人は、さっさとドリンクバーに行ってしまった。
「コナンくんは行かなくていいの?」
「……これ、オレの会計……」
「ん? いいよいいよ。ここは私にまかせて! ほら私、お金持ちだし!」
「けどっ、だな……」
席に残ったコナンは、自分の分のドリンクバー代金を花梨に差し出す。
だが、花梨は受け取らなかった。
(好きな女に奢らせるなんて、格好わりぃじゃんか……)
花梨が金持ちなことは承知しているが、奢られるのは気にくわない。
その小さなプライドを、花梨は「お姉さん」の余裕で軽やかにいなしていく。
……小学生という『仮面』を被っている限り、彼女と同じ土俵にすら立てない。そのもどかしさが、新一の胸をチリリと焦がした。
「だいじょぶだいじょぶ♡ 新ちゃんは今、小学生なんだから。泥舟に乗ったつもりで、お姉さんにどーんとまかせなさいっ!」
拳で胸をどんと叩いて、花梨はにっこり微笑む。
そんな花梨に、黙り込んだコナンの目が細くなった。
「……」
「あ、なあに、その目。頼りないな~って思ってるでしょ!?」
「別に……泥舟は沈むなと思ってな?」
「あ」
コナンの指摘に、花梨が“大船か!”と気づくがもう遅い。
「フッ、オメーって、ホント……くくっ……! あはははっ!!」
腹を抱えて笑いながら、コナンは心のどこかで、言い知れぬ愛おしさを感じていた。
(……ったく。自分から『泥舟』なんて……。……でも、もしお前が本当に泥舟に乗っちまったら……。その時は、オレが泥まみれになってでも引きずり出してやるよ)
冗談まじりに浮かんだその誓いが、後にあまりにも残酷な現実となって自分を襲うことなど、この時の新一は知る由もない。
「ちょ、新ちゃん、笑わないでよ~……! 人間、誰しも間違うことってあるよね……!?」
「アハハハハッ!!」
花梨の天然ボケにコナンは盛大に笑い続け、恥ずかしいのか、彼女は顔を真っ赤にして涙目になった。
(駄目だ……花梨がアホ可愛い……!)
花梨から「そんなに笑わなくてもいいのに……」と嘆きの声がして、コナンは腹を抱えながらも、彼女をじっと見る。
……好きだと自覚したからだろうか。こんな彼女を見ると胸が痛んだ。
「もぅ……泥舟でいいじゃん。焼けば沈まないかもしれないじゃない」
「いや、沈むだろ」
「うう……」
(可愛いやつ……)
コナンのツッコミに、ぷうっと頬を膨らまし、人差し指を突き合わせる花梨が可愛く思えて仕方ない。
このままずっと見ていたいが、そんな時間はないだろう。
「……ありがとな」
「ん?」
「あいつらの我儘聞いてやってくれて……」
「あ、ふふっ、みんな素直でいい子だね」
「ああ……いい奴らなんだ」
「新ちゃんが楽しそうでなによりだよ」
二人で話をしていると、歩美たちが戻ってきた。
光彦が、元太の手に持つどどめ色のドリンクを見て「すごい色ですね……」と眉を寄せている。
元太は、「色々ちゃんぽんしたらこうなったんだよ」と笑った。
「コナン君、ドリンク持ってこないの~?」
歩美がオレンジ色のドリンクをテーブルに乗せ、席につく。
「あ、うん。行ってくる」
「じゃあ、私も行ってこよっかな~」
コナンと花梨は一緒にドリンクバーへと向かった。
「……コナン君て、花梨お姉さんが好きなのかな……」
歩美は持ってきたドリンクを飲みつつ、笑顔を交わしながらドリンクバーに向かう花梨とコナンを見つめる。
「え?」
「……花梨お姉さん、天使みたいに可愛いもん……」
「歩美ちゃん……」「歩美……」
しょんぼりとしてしまった歩美に、光彦も元太もどうすればいいのかわからず、それ以上何も言えなかった。
と、そこへ一人の影が……。
「お待たせしました~。期間限定いちごスペシャルパフェでございま~す!」
「わぁああああっ♡ すごーい!!」
注文していた旬のいちごをたっぷり使ったパフェが届き、さっきまでのしょんぼり顔はどこへやら。歩美は一気に破顔した。
「「はは……」」
これには光彦も元太も笑うしかなかった。
花梨とコナンがドリンクを持って席に戻ると、そこには運ばれてきたばかりのパフェが鎮座していた。
届いたパフェの、鮮やかな“赤”。
歩美が歓声を上げる中、花梨の瞳が、一瞬だけその“赤”を凝視し、わずかに震える。
……まるで、その色が「招かれざる誰か」の影を連想させたかのように。
「わぁ……おいしそうだね、歩美ちゃん」
だが、彼女はすぐに、苺よりも甘い微笑みを子供たちに向けていた。