▽前回のあらすじ
ファミレスでの賑やかなひと時。花梨の言い間違いに、コナンは探偵の仮面を忘れて心から笑い合う。しかし、その眩しい笑顔こそが、核心への追及を阻む最大の障壁だった。束の間の平穏の裏で、運命の歯車は静かに、狂い始めていく。
第151話
果たしてコナンは真相を知ることができるのでしょうか。
◇
それぞれ注文した料理が出揃い、花梨たちはしばし他愛の話をしながら食べ進める。
席は花梨の隣にコナン、向かい側に光彦、歩美、元太の三人という並びだ。
「……」
(どうやって花梨に話を切り出そう……)
コナンは、アイスコーヒーをストローで吸いながら、昨日の件をどう切り出すか考えていた。
……事件性があるため、歩美たちがいる前では話せない。
そんな時――。
「はい、コナンくん、あーん」
「……あー……っ!」
毎度のことながら、花梨がフライドポテトを口に持ってくる。
コナンの口は自然と開いて、ぱくっと塩辛いポテトが口に入った。
「おいしい?」
「っ……うん」
――ああ、もうやけくそだ……!
昨日もそうだったが、コナンに花梨の給餌行動を避ける術はない。
こうなったら、ありのままに受け入れた方が楽――。何かを悟ったように、コナンは熱い頬に両手を添え、花梨から目を逸らした。
「ふふっ♡ ポテトおいしいよね~♡ もっと食べる?」
「……うん」
「じゃあ、今度はケチャップ付きねっ♡」
無邪気な花梨にコナンは大人しく従う。
(花梨のやつ、またオレを鳥のヒナかなにかと思ってやがる……)
花梨の給餌行動に他意なんてない。
ただ、人の口に物を運んで楽しんでいるだけだ。
――そっちがその気なら、付き合ってやろーじゃん。
コナンはやけを起こしているらしい。
……今は子どもの姿なのだから――甘えてもいいと思ったのだ。
そんな花梨とコナンのやり取りに、歩美、光彦、元太の三人がぽっと頬を赤くする。
「……コ、コナン君……?」
「ハッ!? あ、花梨姉ちゃん! ボク自分で食べれるよ!?」
――そうだ! 歩美ちゃんたちの前だった……!
はっと我に返り、コナンは慌てて花梨からポテトを奪った。
「あっ」
すると、ベチャッ。
ポテトの先についたケチャップが飛び跳ね、花梨の制服に付着する。
「あ、ご、ごめん……!」
――ったく、オレは何やってんだよ……!!
彼女の制服、胸辺りに飛んでしまったケチャップ。
コナンは慌てておしぼりを手にして拭き取る。
「ちょっ、待っ」
花梨の制止する声が聞こえたが、挽回しようとするコナンの耳には入らない。
「「コナン君……!」」
「え?」
歩美と光彦の声で、コナンの動きは止まる。
それと同時に、ふにっと柔らかい何かが触れる感触がした。
……ふとコナンの頭上に影が差す。
「ちょっと新ちゃん?」
向かいの三人に聞こえない小さな声で、花梨が囁いた。
「あ……」
――この感触って……。
ちょっと押してみると、ふにふにと柔らかく跳ね返ってくる。
それがいったい何なのか――。
気づく前に花梨からボソッと……。
「新ちゃんの、えっち……」
「へっ!?!? ち、ちがっ……! オレッ、そ、そんなつもり……」
ズザザザザッ――!
瞬時に顔を茹で蛸のように赤くなったコナンは、慌てて花梨から距離を取る。
白いおしぼりには、赤いケチャップ汚れが付き、また、コナンの鼻からも赤い血がツーッと垂れた。
「ふふっ、コナンくんにはまだ早いかなー」
花梨は落ち着いた様子で、鞄からポケットティッシュを取り出し、コナンの鼻に当てる。
そして、無邪気に笑った。
◇
「あーくそ……。なんてことを……」
あれから逃げるように「おかわりしてくる!」と言ってドリンクバーにやって来たコナン。
氷をたっぷりグラスに突っ込み、迷いなくボタンを押し込んで、アイスコーヒーを作る。
(柔らかかった……って、そんなこと考えてる場合かっ!!)
脳裏に焼き付いた感触を、上から下に落ちるコーヒーを眺めながら流していく。
グラスにたっぷり詰めた氷が、カランと小さく音を立て崩れた。
(……あいつ、無防備すぎるんだよ。……もしオレがガキじゃなかったら、今ごろどうなってたと思ってんだ……。
……それとも、あいつにとっては、オレはずっと『守るべきヒナ』のままなのか……? けど、柔らか――って、バーロッ!!)
ふわふわと先ほどの感触を思い出しつつも、慌ててそれを掻き消す。
今日は花梨を問い詰めるために来たというのに、いったい何をしているんだ。
……自問自答をし、注がれていくコーヒーを見つめる。
と、そこへ――。
「新ちゃん」
空になったグラスを手に、花梨がやって来た。
「花梨……。オメー、オレの口に物入れんの、いい加減やめろよ……」
「あはは……ごめんごめん。おいしいもの食べると、ついシェアしたくなっちゃって、無意識なんだよね~」
「無意識って……そんなわけ――(いや、オレも無意識で口開けてるな……?)」
気まずそうに後れ毛を耳にかける花梨に、コナンは言い掛けて止めた。
……人のことを言えたもんじゃない。
条件反射が身に付くほど、慣らされているのは自分である。
花梨が口元に何か持って来ると、反射的に受け入れてしまうのは、今に始まったことじゃない。
……思えば、昔からだ。
昔――、男同士だと思って一緒に暮らしていた間、推理小説を読む自分に花梨が、手が汚れるからと、菓子を口に入れてくれたのが始まりだったと思う。
その頃は本に集中できて、菓子も同時に食べることができ、便利だなと思って、「次」などと口を開けて催促したこともあったくらいだ。
当時の花梨は、次から次へと口に菓子を運んでくれたり、ジュースを飲ませてくれたりと、楽しそうに給餌行動をとっていた。
(……あの頃、花梨は『誰かに必要とされること』に、病的なまでに飢えてたのかもしれねぇ。……無心に本を読むオレの口に菓子を運んでいる間だけ、あいつは自分が『誰かの役に立っている』って、安心できてたんじゃねーのかな……)
今さら気づいた彼女の「献身」の正体に、コナンの胸の奥がチリリと痛んだ。
だが、同時にふと気づく。
今はそうじゃない……。
癖になっているとしか思えない――と。
(ってことは、これはつまり……オレのせい……自業自得なんじゃ……)
……確かに、弟として接してたけども――。
思い当たったコナンは半目になる。
「歩美ちゃんたちにもしてあげたら、喜んでたよ?」
コナンが黙っていると、花梨は、子どもたちにもしてきたことを教えてくれた。
歩美はともかく、光彦と元太が喜んでいる姿が想像できて、なんとなく、コナンの口がへの字に曲がる。
「……オレだけにしとけよ」
誰にも聞こえないほど小さな呟き。
……その独占欲は、探偵としての冷静さを遥かに凌駕していた。
(……こいつの『優しさ』は、底なしの沼だ。一度浸かったら、子供だろうが大人だろうが、二度と出られなくなる……。……現に、オレがそうだ……)
ボソッと呟いたが、花梨は氷をグラスに入れていて、聞こえなかったようだ。
「ん? なんか言った?」
「っ、なんでもねー……!」
コナンはハッと我に返って、出来上がったアイスコーヒーを手にする。
「ふぅん?」
「なあ、花梨。オレ、今日は昨日のこと訊きに来たんだけど」
「あ~……かなと思った。でも、今日は難しいんじゃないかな~?」
花梨もコーヒーマシンにグラスをセットし、アイスコーヒーを選択。
コーヒーの抽出が始まった。
……花梨の目線がコナンの背後に向けられている。
「え?」
「コナンく~ん! 花梨お姉さ~ん! 歩美も同じの飲みた~い!」
コナンが振り返ると、歩美がグラスを持ってやって来ていた。
「いいよー。でも歩美ちゃんには苦いから、シロップ入れて甘いのにしようね」
「うんっ♡」
……コナンと花梨のアイスコーヒーはブラックだ。
歩美にはアイスカフェラテのシロップ入りを勧める。
「こっちは苦いの?」
「ちょっと飲んでみる?」
「うんっ! ……うわっ、苦っ!」
出来上がったばかりの、花梨のアイスコーヒーを一口飲んだ歩美は眉を顰めた。
「ふふふっ。ちょっと大人の味だね?」
「コナン君と花梨お姉さんは飲んでるのに……」
……コナン君と同じのがいいのに――と、歩美が頬を膨らませる。
そんな歩美に花梨は優しく目を細めた。
「私、甘いのもたまには飲むよ~」
「そうなの!?」
「うん、ミルクたっぷりのカフェラテもおいしいよ?」
「そっか、そうなんだ~。花梨お姉さんも甘いの飲むんだ~」
花梨が甘いコーヒーも飲むことを知り、歩美は笑顔を取り戻す。
“花梨お姉さんと一緒”ということが嬉しいのか、自分もコーヒーを――とコーヒーマシンにグラスをセットした。
「ふふっ、甘いのもおいしいよね♡」
「うんっ♡ 歩美、甘いの好き! ねえ、花梨お姉さん……ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど……」
「ん? うん、いいよー?」
「ここじゃちょっと……」
にこにこと優しく応対する花梨に、歩美がもじもじと身体を揺らす。
そして、コナンを横目でちらり。
「……っ」
(これ――ひょっとして、話す隙が……ない……!?)
歩美と耳打ちし合う花梨の横顔。
……彼女は確信犯なのか、それとも天性の「人誑し」なのか。
核心に近づこうとするたびに、彼女の周囲に広がる『平穏』という名の壁に跳ね返される。
(花梨……お前、わざとやってんのか? ……それとも、本当に、オレに何も言わせたくねーのかよ……)
終わらない女子二人の会話に、花梨が言っていることが遅れて理解できたコナンは頭を抱えた。