白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
楽しいひと時の終わりに、駅のホームで交わされる別れ。花梨は祈りを込めるように、コナンの額へ震える唇を寄せた。「元気でね」――その言葉に宿る、二度と会えぬかのような響き。走り去る電車の中で、コナンは彼女の瞳に滲んだ光の正体を必死に追い求めた。

第153話
今回はコナン視点です!


153:既読スルーの謎

 

 

 

 

(なんで、あいつ、あんなこと……)

 

 

 花梨という女は距離感が時々バグるが、せいぜい給餌行動程度で、キスなんて大胆なこと、積極的にしてきたことはない。

 むしろ彼女に対してこっそり触れたことがあるのはコナン、自分のほうである。

 

 ……額から与えられた熱が、顔全体に伝わり、身体までもが熱くなるようだ。

 

 花梨との別れのあと、コナンは熱を持つ額に手を触れながら、歩美たちのもとへ戻った。

 ちょうど他の乗客たちの死角になっていたらしく、歩美たちが花梨の行動に気づいた様子はない。

 戻ってきたコナンに「コナン、お前の席ないぞ!」と元太が声をかけてきた。

 

 ……帰宅ラッシュが始まろうという時間だ。車内は混雑している。

 コナンは三人が座るそばの手すりに掴まった。

 

 

「コナン君、どこ行ってたの? 花梨お姉さんは?」

 

「……花梨姉ちゃんは家に帰ってもらった。オレたちだけでも帰れるだろ?」

 

 

 歩美に尋ねられ、コナンは少し赤くなった顔で答える。

 

 

「そうなんですか……少し残念です。あれ? コナン君、顔が赤いですよ? どうかしたんですか?」

 

「別に? お前らをさがして走ってたからじゃねーの? 隣の車両までさがしに行ったんだぞ」

 

 

 光彦が不思議そうな顔で、尋ねてくる。

 我ながら苦しい言い訳だと思いつつ、“歩美たちを見失ったから”とコナンは言い訳をした。

 

 

「はあ? なんでオメーはすぐ一人でどっか行くんだよ! 追いかけるの大変なんだぞ!」

 

「ははは……(オレのことは放っておいてくれよ……)」

 

 

 元太にもツッコまれ、コナンは乾いた笑いを浮かべた。

 

 ……そうして電車を一度乗り継ぎ、コナンたちは米花駅に戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こら~! コナンくん、また勝手に花梨ちゃんのとこ行って~! 連絡もらったわよ~?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 改札を出ると蘭が腰に手を当て、出迎える。

 どうやらコナンたちが電車に乗った後、もう一度花梨から連絡を受けたようだ。

 コナンが素直に謝るも、蘭は少々お怒りの様子。

 

 

「みんなも! 花梨ちゃんに我儘言ってないでしょうね~?」

 

 

 ひとりひとりの顔を順に見ていく蘭。

 花梨に関することは、どうも敏感に反応するらしい。

 

 

「蘭お姉さん! 花梨お姉さんね、とっても素敵な人だったよ~♡ 歩美、花梨お姉さん大好きになっちゃった! ね、光彦君?」

 

「はい! 花梨さんは、とてもお美しくて、陽だまりのような温かさで……!」

 

 

 歩美と光彦が力説するように拳を握る。

 二人の言葉に蘭は腕組みし、「でしょうでしょう」と頷き、なぜか満足げだ。

 

 その一方で、元太はというと――。

 

 

「優しくて、気前のいい姉ちゃんだったな~。今度うな重ごちそうしてくれねーかな。一緒に食べたらうまいんだろうな~」

 

 

 うな重を持ってくる花梨を思い浮かべたらしく、元太の顔はうっとり。口の端からよだれを垂らした。

 

 

「こらこらっ! “今度は”なんて言わないのっ」

 

 

 ……これには蘭も苦笑いだ。

 

 

(元太……オメー……花梨にすっかり餌付けされやがって……)

 

 

 自分だけが知っているはずの、あの“指先の震え”や“額の熱”。

 それなのに、あいつらはただの『優しいお姉さん』として彼女を消費している。

 その無邪気な残酷さに、コナンは言いようのない苛立ちを覚えた。

 

 

(……あいつの『特別』は、オレだけで十分なんだよ……)

 

 

 黙っていたコナンは目を細めて元太を見つめた。

 

 それから駅を出た一行は、それぞれ帰宅の途につく。

 蘭がコナンとともに、皆を家まで送り届けてようやく、探偵事務所に帰ってきた。

 

 

「晩ごはんまだでしょ? 今温めるから、手を洗っておいで」

 

「うん」

 

 

 事務所ビル三階のドアを開け、一足先に蘭が入っていく。

 

 帰宅したコナンは、玄関で靴を脱ぎながらため息をついた。

 ランドセルを小五郎の部屋に置き、取り出したスマホの電源を入れる。

 

 

(……電話は無理だな。蘭がいるし、今話したら全部筒抜けだ)

 

 

 迷いながらも、メッセージアプリを開き、昨日のことを簡単に打ち込んだ。

 

 

 “昨日の件、詳しく教えて欲しい”。

 

 

 送信ボタンを押す。すぐに既読はついた。

 しかし、花梨から返事がこない。

 

 

(……おい、既読スルーかよ。……あんな、今生の別れみたいなキスしといて、黙り込みか……?)

 

 

 画面を見つめるコナンの指先が、微かに震える。

 探偵の鋭すぎる直感が、この「既読」という無言の記号に、得体の知れない拒絶の匂いを感じ取っていた。

 

 いつもならすぐに何かしらの返信がくるのに――。

 ……再度、別の文章を打つ。

 

 

 “大丈夫か? 急に変なこと言ってたらごめんな”

 

 

 また既読になる。

 それでも返事はない。

 

 スマホを手にしたまま、コナンは目を瞬かせた。

 

 

(……どういうことだ。やっぱり昨日の封筒が原因か……?)

 

 

 画面を見つめながら、ふと昨日の花梨の不自然な笑顔や、給餌してくれた時の感触を思い出す。

 別れ際、額にされたキスのことも……。

 

 その柔らかい感触や温もりを思い出すと、心臓の奥がじんわりと熱くなる。

 それと同時に、苛立ちと焦れったさが胸に押し寄せた。

 

 

「花梨……」

 

 

 暗くてよく見えなかったが、あの時、花梨は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 昨日感じたあの違和感は、きっと気のせいなんかじゃなかった。

 ……あの封筒の中身のせいに違いない。

 

 

 ――そんなこと、わかっていたのに。

 

 

「……オレは、なんでちゃんと聞けなかったんだ……」

 

 

 花梨から話を聞けなかったことが、コナンの胸を締め付ける。

 探偵の勘というやつなのかはさておき、今日、どうしても彼女に話を訊いておかなければいけなかった気がしてならない。

 

 

「……花梨」

 

 

 ――なんだろうな、すごく……嫌な予感がする。

 

 

 コナンは返事のこないスマホを握りしめる。

 

 

(あいつのことだ、既読スルーもたまにはあるか……)

 

 

 以前、花梨にしつこくメッセージを送ったことがあるコナンは、たまにある既読スルーなのだと思いたい。

 だが、なぜか重たい感覚が胸に重くのしかかる。

 

 なぜそんなに気になるのか、コナンにはわからない。

 ただ、あの一瞬見せた悲しげな瞳と、優しい笑顔の謎が解けなくて――。

 

 

『コナンくーん! 手、洗った~~? 早くおいで~!』

 

「あっ、はーい!」

 

 

 考え込むコナンに、ふとリビングダイニングから蘭の声がかかる。

 コナンは即返事をして、スマホをランドセルにしまった。

 

 

(明日、電話してみるか……)

 

 

 時間帯によるが、トイレか屋上でこっそり話せないこともない。

 問題は明日に持ち越すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝――。

 

 コナンは学校へ向かう準備をしながら、再びスマホに手を伸ばす。

 昨日送ったメッセージにはまだ返事がなかった。

 

 

(花梨……いったいどうしちまったんだよ……)

 

 

 キスされた額に手を当てて、一向に通知のこないスマホをしばし見下ろし、ため息をつく。

 ……いつも通り支度し、蘭の家を出た。

 

 授業中、学校帰りに電話すればいいじゃないか――と思いつき、早速放課後。

 

 

「よお、コナン! 今日も姉ちゃんとこ行くのか?」

 

「っ!? い、行かねーよ……」

 

 

 スマホを取り出したところで、後ろから元太に声をかけられた。

 振り返ると、元太の後ろには歩美と光彦の姿もある。

 

 ……さっき、さよならしたはずだというのに――またついて来たらしい。

 

 

(昨日の二の舞じゃねーか)

 

 

 コナンは「はは」と苦笑し、スマホをしまった。

 

 今日、花梨の元へ行く気はそもそもない。

 アポもなしに二日連続で訪ねて行くのは、さすがにまずいと思ったのだ。

 

 昨夜コナンは、「遠いんだから、子どもたちだけで行くのはダメよ! 行くなら私も一緒に行くからね!」と蘭に口酸っぱく怒られている。

 

 その後で蘭が……。

 

 

「花梨ちゃん家ってどんなとこなんだろ……♡ きっと花梨ちゃんみたく綺麗なお部屋なんだろうなぁ♡♡ 花梨ちゃんと同じマグカップとか欲しいな……明日行っちゃう?」

 

 

 などと、うっとりした顔で話してたから、ちょっと私情も入っていた気がする。

 きっと蘭も花梨の家に行きたいのだろう。

 少々蘭の目付きがおかしい気がして、察したコナンは、今日花梨の家には行かないことにしたのだ。

 

 だからこそ電話を――と思っていたのに、それすら邪魔されるとは……。

 

 

(せめてスタンプ一つくらいでもしてくれればな……)

 

 

 その晩も、コナンは鳴らないスマホをしばらく見つめ、夜遅くなってから眠りに就いた。

 

 ……そしてその翌日も、コナンは花梨のことが頭から離れなかった。

 授業中も、休み時間も、脳裏には彼女の笑顔や無邪気な仕草が浮かぶ。

 

 

(――オレ、あのときちゃんと聞いとけば……)

 

 

 心の奥底で、一昨日の自分のもどかしい行動を悔やむ。

 

 なぜ話せなかったんだ……。

 聞くチャンスはいくらでもあったのに、もっと強く出ていれば……。

 

 スマホの画面を見ても、花梨からいまだ返信はない。

 蘭や歩美たちがそばにいる今、電話で直接訊くこともできない。

 メッセージをもう一度送っても、返事はまだない。

 

 

(……オレ、本当に後悔することになるかもしれないな……)

 

 

 コナンは、どこか不安な予感を抱えつつ、探偵事務所に足を向ける。

 元太たちもコナンがまっすぐ家の方向へ向かうのがわかったのだろう、ついてくる様子はない。

 

 ……そんな時だった。

 

 “ピコン!”

 

 メッセージの通知音が聞こえて、コナンは往来だというのに、ランドセルを慌てて下ろし、スマホを取り出す。

 教科書とノートが散らばったが構わなかった。

 

 メッセージ通知には“花梨”の文字。

 メッセージを開こうとして、コナンの指が、ほんの一瞬だけ止まる。

 

 

(――来た……)

 

 

 心臓がどくん、と強く跳ねた。

 

 期待と不安が同時に押し寄せる。

 もし――あの封筒のことだったら。

 もし――もう会えない、なんて言葉だったら。

 

 そんな最悪の想像が、頭をよぎる。

 

 一瞬の逡巡のあと、コナンは息を詰めて画面を開いた。

 

 

『ごめんごめん、スマホの調子悪かったみたい。通知欄で既読にはできたんだけど、アプリが上手く開けなくって~』

 

 

 いつもの花梨の調子で、“ごめんにゃ~”と白猫のスタンプも送られて、拍子抜けした。

 

 

「なんだよ……それだけだったのかよ……」

 

 

 ――心配して損した。

 

 

 コナンはすぐさま「今、話せるか?」とメッセージを送信する。

 今なら元太たちもいないし、チャンスだ。

 

 すると、花梨から『これから快斗とデートだからむりだよ』と返ってきた。

 

 

「……」

 

 

 その文字を見た瞬間、コナンの頭が真っ白になった。

 

 

(……は? デート……?)

 

 

 人に突然キスをして、あんな泣きそうな顔で「元気でね」なんて言っておいて。

 自分の中にだけ消えない『熱』を残して、あいつは今、別の男の隣で笑っているのか。

 

 無意識でギリッと歯噛みした音が鳴った。

 

 

(……ふざけんな。……お前、マジでとんだ悪女だよ……!)

 

 

 彼女の返信を見たコナンは眉をしかめる。

 無意識でギリッと歯噛みした音が鳴った。

 

 

(人に突然キスしといて、なんだこの女は……!)

 

 

 苛ついてしまうのは仕方ない。

 彼氏がいるくせに、別の男にキスするなんて――天使の見た目でとんだ悪女だ。

 

 

「……」

 

 

 コナンは口を引き結び無言のまま、「じゃあ、明日電話する」と返信する。

 

 “ピコン”

 

 ……返事はすぐにきた。

 

 

『OK! 明日の夜待ってるね~』

 

 

 返信とともに、可愛らしい白猫の“待ってますスタンプ”まで送られてきた。

 

 

「……っ、なんだよ、この猫のスタンプ。ピッタリじゃねーか……」

 

 

 たかだか、キャラクタースタンプごときに花梨を思い出し、コナンの頬は熱くなる。

 

 

(あれ? そういや、このスタンプ教えたのってオレ――だったような……?)

 

 

 以前、花梨がスマホの使い方がわからないというから、教えてやった。

 ついでにメッセージアプリのスタンプの使い方も教えて、花梨っぽいからと選んでやったふわふわした白猫のスタンプ。

 

 ……思えば、彼女はいつもそのスタンプで返信してくれる。

 

 

「こういうとこがなっ……!」

 

 

 ――可愛いすぎんだよ……。

 

 

 彼氏の存在は、胸を焼かれて痛い。けれどコナンは、彼女が自分の『色』を使い続けているという事実に、歪な勝利感と、それ以上の深い愛しさが込み上げてくるのを止められなかった。

 

 ……ひとまず花梨と連絡が取れたことで、収穫はあった。

 明日の夜、どうにか蘭の隙を見て電話しよう――。

 

 コナンはそう誓い、少しだけ不安を手放した。

 

 

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