▽前回のあらすじ
五月の終わりを前に、花梨は「最後の料理」を丁寧に作り、独り静かに食卓を囲む。快斗との甘く切ない電話、そして自分に言い聞かせる「もう誰も巻き込まない」という決意。しかし、静寂を破ったのは新一(コナン)からの切迫した着信だった。運命の歯車が、冷酷な音を立てて回り出す。
第155話
花梨が泣いちゃう回
“花梨……落ち着いて聞いてほしいんだ”
コナンのいつもより低く重い
声は出さない。胸の奥で鼓動だけが速く打つ。
(どうしたんだろ……。封筒のことじゃなさそう……?)
コナンはすぐに続けなかった。
電話の向こうから、何かを躊躇うような小さな息遣いだけが聞こえる。
「新ちゃん……?」
『……っ、雅美さんが』
「え……雅美さん?」
『――雅美さんが、亡くなった』
その言葉は、静かに落ちる水のように、胸の奥に沈み込んだ。
思わず掠れた声で「……うそ……」と漏らし、手で顔を覆う。
(ああ……そうなったのね……)
涙が頬をぽたり、ぽたり。温かく頬を伝っていく。
『花梨? 大丈夫か……?』
「っ……ぅ……くっ……」
コナンの気遣う声が膜を隔てたように遠のいて、花梨はすぐに言葉を返せなかった。
『……お前、倒れるかもしれねーから、詳しい死因は言わない。けど、雅美さん、花梨のこと気に入ってたし、お前も彼女のこと知りたいだろうと思って教えた』
「ふっ……ふぅぅううう……――!!」
『泣くなよ花梨……』
花梨は唇を噛みしめ、息を震わせた。
泣くなと言われても、涙は簡単には止まらない。
「ぅぅーー……!!」
――泣くなよ、と言われても無理だよ、新ちゃん……!
花梨はぐすぐすと鼻を啜りながら、しばらく泣いた。
(……私も、もうすぐ……)
ふと頭をよぎるのは、自分の未来。
金曜の夜には、もうここにはいない――。
雅美の死と重なり、胸の奥に不安と孤独がグッと押し寄せる。
涙と嗚咽が止まらず、スマホを握る手も小刻みに震える。
(雅美さんっ……!)
啜り泣きとともに声を震わせ、花梨はその場に小さく身体を丸めた。
心の奥で、未来に向けたささやかな希望が、あまりに脆く崩れていくのを感じて――。
『花梨……』
……コナンは花梨が落ち着くまで、黙って待ってくれていた。
「っ……っ……ふ……し、新ちゃん……」
コナンが屋上か、トイレで話しているのなら、あまり長電話をしていては蘭に怪しまれるだろう。
花梨はまぶたを拭い“すん”と鼻をすすった。
『うん……大丈夫か……?』
「……大、丈夫……じゃない、けど、大丈夫……」
喉からようやく絞りだした花梨の声はかすれている。
『はは、なんだよそれ……』
……ぎこちなくも、少し照れたような苦笑いが聞こえた。
電話越しでも、花梨を慰めたい気持ちがにじんでいるのがわかる。
彼の声は温かく、押しつけがましくなく、そっと花梨の心に触れるようだった。
「いっぱい泣いたら、なんか、頭痛くなってきちゃった……ガンガンってする」
花梨は額を片手で覆い、眉をしかめた。涙で濡れた頬はまだ温かく、嗚咽の余韻が小さく震えている。
『そうか……本当は別件を訊く予定だったけど、それどころじゃなさそうだな。今日はそれだけにしとくよ』
電話の向こうで、新一の声はいつもより少し落ち着いて、優しさが滲んでいた。
「ん……ごめんね」
『頭痛薬、ちゃんと飲むんだぞ? 息苦しくなったら、ちゃんとゆっくり深呼吸しろな?』
花梨は小さく頷き、鼻をすすりながら返事をする。
「うん、わかった。ありがと」
『……花梨』
「う、ん?」
『何か困ったことがあるなら、いつでも頼っていいんだからな? 名探偵のこのオレが、絶対に、まるっと解決してやるから。オメーの彼氏なんかよりも、よっぽど役に立てる自信あるからさ。……それにオレ、お前が何か隠してる時の顔、知ってるからな。さっきの声……無理してるだろ』
コナンの言葉に花梨は思わず笑みをこぼした。涙でぐちゃぐちゃになった顔に、少し赤みが差す。
「……ふ、ふふっ♡ ありがとう、新ちゃん。新ちゃんは頼りになるもんね!」
――新ちゃん、快斗と似たようなこと言ってる……! 変なの……!
彼にきっと他意はないのだろう。
ただ、幼なじみとして放っておけないから……という一念でしかない。
たとえそうであっても、花梨は嬉しかった。
昔からいつでも味方になってくれる、頼もしい人――新一。
『……だろ?』
「うんうん、いつも頼りにしてるよ♪」
花梨の声はまだ少し震えていたが、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じる。
『オレさ……オメーからの連絡、待ってっから』
「新ちゃん……」
『じゃ、またな』
……コナンの声のあと、花梨が返事をしないまま、少し間をおいてスマホが切れた。
花梨はスマホを耳から離し、通話終了ボタンをタップする。
そうして静かにスマホを抱きしめ、深呼吸をひとつした。
また勝手に溢れ出る涙を手でそっと拭う。
「ごめんね、新ちゃん……ありがとう……」
――もう、
胸に抱くスマホに想いを込めて、花梨は、またひと筋、涙をこぼした。