白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
新一から告げられた雅美の死。運命の足音に震える花梨を、新一は彼なりの言葉で必死に繋ぎ止めようとする。「いつでも頼れ」という名探偵の誓い。その温かさに救われながらも、花梨は「次」のない別れを独り静かに受け入れる。五月の夜、二人の心はすれ違ったまま、終焉へと加速していく。

第156話
今回はキャラ視点のオマケ付きです。


156:灯りの下で泣く君へ

 

 

 

 

 花梨はベランダに出て、街の灯りをぼぅっと眺める。

 暗い夜に輝く無数の光が、雅美の魂を(いた)む弔いの明かりに見えた。

 

 ……もし誰かの未来が視えたとしても、その人の命運を左右できるのは本人だけ。

 未来をたまたま垣間見た花梨が、どうこうしたりすることはできない。

 

 生も死も、その人自身のものであり、他人である花梨が、軽々しく口にしていいことではない。

 先を知る、別の運命を生きている赤の他人が下手に介入すれば、事態が悪くなり、別の犠牲者を伴うことがある。

 

 だから花梨はみだりにそれを口にしたりはしないし、たまに他人の死を視ることがあっても、ただ見守ってきた。

 “苦しむことがないように……”と、せめてもの祈りだけを捧げて。

 

 けれど、自分の死期が近いのだから、最期くらい多少好きに振る舞ってもよくないだろうか――。

 

 そう思った花梨は、あの日の雅美の質問に“イエス”と答えた。

 雅美の質問にも驚いたが、これは異例だった。

 

 ……ホテルで雅美と交わした会話。

 

 

『花梨さん、彼を知っていますか?』

 

『はい……知っています』

 

 

 雅美に会いたいと誘われ、会いに行ったホテルの一室――彼女の部屋で、花梨はスマホの画像を見せられた。

 そこに映った男性の姿に、見覚えがあった花梨は頷いた。

 

 意外なところで、意外な人と繋がっているものだな――なんて、縁の妙を感じたものだ。

 そういえば以前、諸伏からきたメッセージは前触れだったのかもしれない。

 あれから返事はないが、彼は元気にしているのだろうか……。

 

 “ヒロお兄ちゃんに限って、無茶はしないとは思うけど……”と考えていると、雅美から次の質問が投げかけられた。

 

 

『彼に――あなたの名前を出しても構いませんか?』

 

『……構いません。雅美さんのお好きなように』

 

『……ありがとうございます』

 

 

 何もできない花梨が答えたのは、彼女の質問を肯定する返事二つだけだ。

 花梨には、それしか言うことができなかった。

 

 彼女の運命にもう少しだけでも触れることができていたら、未来は違ったものになったのかもしれない。

 ……そう思うと未来を知っていた身でも、胸が苦しくなる。

 

 

「ぅ……っ……」

 

 

 ――雅美さ……いえ、明美さん……!

 

 

 一度は止まった涙が頬を伝って流れていく。

 夜風は冷たいが、静かに光る無数の灯りがなんだか優しく思えて、また涙がこぼれた。

 

 ……広田雅美、彼女の本当の名は【宮野明美】――。

 とある組織に属する一員。

 

 彼女は妹と組織を抜けることを夢見て、今月あった十億円の銀行強盗に手を染めた。

 花梨が見た未来は、その事件の先で、黒ずくめの男に彼女が撃たれるというもの……。

 

 そして、その場にはコナン――小さくなった新一の姿があったのだ。

 下手に花梨が介入し、彼がもし、その代償を払うことになったなら――。

 

 未来は、大筋は決まっているとはいえ、不確定だ。

 ……大事な幼なじみを巻き込まないために、花梨は結局なにも言えなかった。

 

 

「っ、ごめんなさい……っ!」

 

 

 ベランダの手すりを掴み、こうべを垂れる。

 

 ……不確定な未来は変えることができる。

 けれど、それは本人が変えるしかない。

 

 心苦しいが、花梨には見守ることしかできなかった。

 いつものように、ただ祈ることしか――。

 

 今回少し違ったのは、“おまじない”を施したことだが――あの場にコナンがいたことを見ていなければ、もっと何か別の方法を提案できたかもしれない。

 

 

「ぅ……っ……」

 

 

 花梨は死も大事なプロセスだと認識しているが、やはり知り合いが亡くなったと思うと、悲しいものである。

 

 ……そうして、花梨は弔いの灯りの前で、すすり泣いていた。

 

 

「……っ……」

 

 

 ――どうしよう、涙が止まらない……もうすぐ快斗が来るのに……。

 

 

 このあと、快斗の訪問が控えている。

 二人きりでいられる最後の夜だというのに、笑顔で迎えて楽しく過ごしたいというのに。

 

 涙に濡れるまぶたを手で拭って、笑顔を作ろうと試みる。

 ……口角を上げようとする唇が、震えてぎこちない。

 

 笑顔はうまく作れなかった。

 

 そんなとき――。

 

 

「……どうして、泣いているんですか?」

 

「っ!? この声……」

 

 

 ふと、頭上から彼の声がして、花梨は上を見上げて息を呑む。

 そこにいたのは、屋上から伸びたロープにぶら下がっている怪盗キッド――。

 彼はロープを何度か揺らして反動を付け、トンッと、軽やかにベランダに降り立った。

 

 

「……オレのお嬢さん――花梨を泣かせたのは誰だ?」

 

「キッドさん……」

 

 

 ベランダに着地したキッドは、すぐに花梨の傍に寄り、腰に手を添え引き寄せる。

 いつもより、少し怖いくらいの真剣なまなざしに覗き込まれた。声も普段より低く、怒っているように聞こえる。

 急に近づいた距離に、花梨の頬は一気に赤く染まった。

 

 

「なにがあった? なんで泣いてる?」

 

「っ……これは……ちがうの」

 

「……身体が冷たい。ずっと外にいたのか? 中に入ろう」

 

 

 キッドの質問に花梨は俯き、首を横に振る。

 そんな花梨の言葉を無視して、彼は快斗の口調で彼女を部屋に連れていった。

 

 窓を開け放ち、二人は部屋の中へ。

 ……部屋の中は暖かかった。

 

 キッドはまず、花梨をソファに座らせ、自身は部屋のカーテンを閉め切る。

 

 俯く花梨に寄り添う前に、シルクハットとモノクル、手袋を外した。

 ついでにジャケットも脱いで、彼女の肩に掛けてやる。

 

 そしてやっと、花梨の隣に腰を下ろした。

 

 

「……花梨ちゃん、なにがあったんだ? 言ってみな?」

 

 

 先ほどより優しい声が耳に届いて、花梨は恐る恐る顔を上げる。

 

 

「……っ、あの、ね」

 

「うん……」

 

 

 顔を上げた花梨の目の前には、青いシャツを着た快斗の泣きそうな顔――。

 ふいに彼が、花梨を包み込むように抱きしめてきた。

 

 

「か、快斗……?」

 

「……無理には聞かない。けど、ハグくらいさせて。でないとオレ、心配でたまんねえの」

 

 

 急に抱きしめられた花梨は、どうしていいかわからず、快斗の動きをそのまま受け止める。

 彼の腕の中は温かくて、ほっとした。

 

 

「……快斗……」

 

「ごめんな、今週、放課後一緒できてなかったもんな。寂しかったよな?」

 

 

 快斗は、花梨が今週一度も一緒に帰れなかったから、寂しくて泣いていたのだと思ったらしい。

 

 

「そんなことはないけど……」

 

「……っ、そ、そっか……! ならよかった……! あー、焦った焦った」

 

 

 ……素っ気ない花梨の返答に、快斗の目に涙がちょっぴり滲んだ。

 

 

(そこは“寂しかった~”って、言って欲しかったな~……まぁ、いいけど……)

 

 

 涙の原因が自分だったらいいのに――と思った快斗だが、違うことはわかっていた。

 ほんの冗談のつもりで、“寂しかった”と言ってくれたらいいな~程度に、ちょっと口走っただけである。

 

 自分ばかりが好き過ぎるような気がして、快斗はそんなつれない彼女を抱きしめる腕に力を込めた。

 すると、花梨もぎゅっと抱きしめ返してくる。

 

 

(おおっ、抱きしめ返してきた……!)

 

 

 ……快斗の頬がぽっと赤く色づいた。

 

 

「……あのね、快斗」

 

 

 肩口に寄せた声は震えていた。

 抱きしめる腕の温かさに、少しだけ心が解けていく。

 

 

「うん」

 

「日曜日にね、雅美さんに会ったじゃない?」

 

「雅美さんて……あー……あの人?」

 

 

 たしか、日曜――花梨を呼び出した黒髪の女性だったか。

 花梨の説明に、快斗は広田雅美を思い出す。

 

 妨害電波が邪魔をして、二人の会話はほとんど聞き取れず、慌てて駆け込んだ客室。

 そこにいたのは黒髪おさげの女性だった。

 一時期、花梨が似たような髪型をしていたから、ちらっとしか見ていないが、印象に残っている。

 

 訳ありそうな感じがしたが、花梨に対して敵意はなさそうで、むしろ好意的だったような……。

 

 

「うん……彼女、亡くなったんだって」

 

「え……、な、亡く……?」

 

 

 肩口で花梨の声を聞き、快斗は動揺した。

 

 

(ど、どういうこと……!?)

 

 

 だって、日曜見た彼女、別に病気を患っているような感じではなかったじゃないか――と、急な訃報に驚きを隠せない。

 詳細を訊きたい快斗の手が、花梨の肩をそっと押して向かい合った。

 

 

「……さっき、コナンくんから連絡もらって……。それで、泣いてたの」

 

「なんで、急に……?」

 

「……わからない。詳しくは教えてもらえなかったの。ただ、亡くなったとだけ」

 

「じゃあ、事故か……? そっか……それで――」

 

 

 花梨から詳細が語られ、快斗は涙の理由を知り納得する。

 

 ……快斗がベランダに降り立ったとき、花梨の足元、手すりの下が濡れていた。

 相当泣いたに違いないが、声は聞こえなかった。

 彼女のことだ、近所迷惑だとかなんだとか考えて、声を押し殺して泣いていたに違いない。

 

 

「わかった花梨、いっぱい泣きな。オレの胸貸してやる」

 

 

 快斗は両腕を広げ、やさしく首を傾げて『おいで』と招く。

 

 

「快斗……。でもシャツ汚れちゃうよ?」

 

「いいよ、鼻水でもなんでもどーんとこい! ほらっ!」

 

 

 花梨が遠慮がちにためらうと、待ちきれなくなった快斗の手は再び花梨を抱き寄せた。

 

 

「っ、ふふっ♡ 快斗って優しいね」

 

「そっかぁ? だとしたら、花梨にだけトクベツだな」

 

「トクベツ……ふふっ、ありがとう快斗。だいすき……♡」

 

 

 快斗を見上げる花梨の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出す。

 

 ……笑顔なのに泣いている花梨が、あまりに綺麗で。

 その顔の美しさといったら――。

 

 一瞬、息を呑んで、快斗は花梨に見惚れた。

 

 

「っ……あーあ、泣いちゃってまー……ほらほら、思いっきり泣きな! たくさん泣いて、雅美さんを送ってやりな」

 

「わっ……! っ……ぅぅ……ああああっ……!」

 

 

 ……今は彼女に見惚れている場合じゃない。

 勝手に熱くなった頬を誤魔化すように、快斗は花梨の頭を寄せ、胸に押し当てる。

 

 

 “さあ、安心して泣けよ”

 

 

 言葉には出さなかったが、花梨の珍しい大きな泣き声に、心を預けてくれているのだと思うと、快斗の心は満たされた。

 

 




オマケ①
※快斗視点


 今夜は、どうしても花梨の顔が見たかった。
 自分でも理由はわかっている――四日間もろくに一緒に帰れていない。

 「忙しい」なんて言ってごまかしているが、本当は胸の奥がずっとざわざわしていた。

 会いたい。
 声を聞きたい。
 ……触れたい。

 そう思いながら、バイトをしていても、怪盗としての仕事の準備をしていても、頭の半分は花梨のことばかりだった。

 十時半を回った頃、ようやくキッドとしての段取りを終えた。
 ロープを握ったとき、ふと――胸がざわつく。


(なんか……嫌な感じがする、胸が重い)


 気のせいならいい。
 でも、こういう“なんとなく”ってのは、たまに当たる。
 特に花梨のこととなると、余計に敏感になる。


(ちょっとだけ……覗いてみるか)


 ロープを伝って花梨の部屋のベランダへ近づく。
 窓の明かりはついている。
 なのに――彼女の姿は中ではなく、ベランダの手すりのところにあった。


(……外で? なんで――)


 もう一歩近づいて、息が止まる。

 花梨が……泣いていた。

 声を押し殺して、肩を震わせて。
 月明かりに濡れた頬がきらきら光って、胸がぎゅっと締めつけられる。

 瞬間、全身の血が逆流したような怒りが湧く。


(誰だ。誰が花梨を泣かせた――オレ以外のなにかが、彼女をこんな顔にしたなんて――耐えられねぇ)


 オレは動揺して震える声で、搾りだすように言った。


「……どうして、泣いているんですか?」

「っ!? この声……」


 花梨の肩がビクリと揺れて、ゆっくり顔を上げた。
 その目が真っ赤で、涙の跡が濃くて――胸が痛む。

 ロープを一気に揺らし、ベランダに飛び移る。
 落ちた衝撃もほとんど感じなかった。
 とにかく早く、彼女に触れたかった。


「……オレのお嬢さん――花梨を泣かせたのは誰だ?」


 声が低くなるのは止められなかった。
 怒りというより、不安のほうが強かった。


「キッドさん……」


 オレを呼ぶ花梨の声はか細い。


(泣かさないって、いつも思ってんのに……!)


 どんな理由であれ、オレの意思で泣かせる以外で、彼女が泣く姿を見るのは耐え難い。

 ……ベランダの風が冷たい。
 花梨の手が少し震えているのに気づいて、思わず腰を抱いて部屋の中へ引き寄せた。


(風邪なんて引いたらどうすんだよ……)


 部屋の明かりの下で、もう一度花梨を見る。
 さっきより泣き顔がはっきり見える。


(ああもう、なんで……なんで泣いてんだよ……! いや、理由はあとでいい。今は――)


 シルクハットを外し、モノクルを外し、手袋も脱いで。
 肩に脱いだジャケットを花梨に掛け、少しでもあったかくしてやる。


「……花梨ちゃん、なにがあったんだ? 言ってみな?」


 言った途端、花梨がこちらを見た。
 泣き止もうと頑張ってる顔。
 泣いちゃだめだと思ってる顔。

 そんなの、逆だ。
 泣きたいときは泣いてほしい。

 だから――


(もういいや)


 理性より先に身体が動いた。
 花梨をぎゅっと抱きしめる。


(守りたいとか、慰めたいとか……そういうのじゃない。今はただ、離したくない)


 その瞬間、彼女の小さな手が、ぎゅっと背中を掴んだ。


(……あ)


 それだけで胸が熱くなる。


(頼られたってだけで、こんなにも胸が熱くなるなんて……オレ、やっぱりこの子のこと、どうしようもなく好きだわ……)


 まだ花梨は泣いている。
 涙がシャツに落ちて、温かい。


(こんくらい、いくらでも濡らしていいんだぞ。泣きたいだけ泣きな。今日は全部受け止めるから)


 声には出さない。
 でも、抱きしめる腕にちゃんと込めた。

 花梨の涙が、ひとつひとつ落ちていくたびに、“好きだ”と心の中で繰り返した。






オマケ②
※花梨視点


 風が少し冷たかった。
 それでも部屋に戻る気になれず、私はベランダの手すりに指をかけ、街の灯りをただ見つめた。


(……明美さん)


 胸の奥にまだ涙の余韻が残っている。
 新ちゃんの声が頭の中で反芻されるたび、胸がきゅっと痛んだ。

 未来が視えても、何もできない。
 見守るしかできなかった。

 その無力感が、涙と一緒に何度もこぼれ落ちていく。


(ごめんなさい……言えばよかったのかな。でも……言ったら、変わってしまう。別の誰かが傷つくかもしれない)


 その考えが、私を縛っていた。
 ずっと、ずっと。

 明美さんの微笑みを思い出し、胸がぎゅっと締め付けられる。
 “見守るだけ”の自分が、急に無性に情けなく思えた。


(……でも。私がいなくなる前に……せめて、少しだけ……何か力になりたかったな……)


 ぽたり、と涙が手の甲に落ちた。

 その時――胸の奥に、別の痛みが生まれる。


(快斗……)


 会いたい。
 声が聞きたい。
 抱きしめてほしい。

 でも――、


(泣いてる顔なんて……見られたくないよ……)


 今夜は、最後の“いつもの夜”になるかもしれないのに。
 笑顔で迎えたいのに――。

 だけど涙が、全然止まらない。

 手のひらで頬を拭き、必死に笑顔を作ろうとする。


「……ん……だめ……」


 唇が震えて、うまく笑えない。
 息を吸っても、胸が苦しい。

 ……背中に冷たい風があたる――。


(こんな顔……見せられないよ……)


 そう思ってベランダに背を向けた瞬間だった。

 上のほうで、空気がずれた気配がした。


「……ん?」


 顔を上げる。
 夜空から、白い影がゆらりと揺れて降りてくる。


「……どうして、泣いているんですか?」

「っ!? この声……」


 その輪郭がはっきりした瞬間、心臓が跳ねた。


(……え……き……キッドさん……?)


 涙で滲んだ視界の向こうで、彼がこちらを見ていた。

 月明かりの下。
 月明かりの下で、まるで――泣いている自分を探し当てたように。

 そして、次の瞬間。


「……オレのお嬢さん――花梨を泣かせたのは誰だ?」


 あまりにも優しくて、あまりにも真剣で、その声を聞いた瞬間――。
 ……少しだけ安心した自分もいて。

 涙が、またひとつ落ちた。


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