▽前回のあらすじ
快斗が用意したバスタイムで寝落ちした花梨は、彼に口移しで水を飲まされ、肌ケアまでされていた。彼氏の優しさに心を揺さぶられるが、花梨の心は複雑。明日の大阪行きに際し、彼女は快斗には内緒である決意を固めていた。
第159話
白馬くんも乗ればよかったのに!
◇
……金曜日がやってきた。
快斗は一度家に帰ると言って、朝早くに花梨の部屋を出て行った。
登校時間にはまたマンションに迎えに来て二人で登校したが、登校中、快斗はきょろきょろと辺りを見回し、何度も首を傾げていた。
「や~、終わった終わった! 黒ちゃん、話
「あっ、うん。じゃあ、白馬くん」
つつがなく終えた金曜の放課後。
快斗が黒瀬の呼び出しに応対する間、教室で待っていた花梨は、白馬に声をかけられ話をしていた。
白馬にも挨拶をと、花梨がふわりと微笑む。
すると、白馬はいつもとは違う反応を見せた。
「花梨さん……今日、ちょっと元気がなさそうでしたが、大丈夫ですか?」
「えっ? そ、そうかな……別にいつもと同じだと思うけど……」
――白馬くん……鋭い。
図星を突かれて気まずい花梨は、ぎこちない手つきで後れ毛を耳にかける。
白馬は探偵だからだろうか。
新一並みに鋭いと花梨は思った。
「そーだぜ! 昨日、寝るの遅かったから眠いだけだよ。な?」
「っ、う、うん……」
背後から快斗の腕が花梨の腹に回って、さっと後ろに抱き寄せられる。
……白馬と距離を取らされた。
「はっ……相変わらず、すごい独占欲ですね」
花梨の肩に顎をのせ、威嚇するように、ジッと鋭い視線を浴びせてくる快斗に、白馬は呆れて苦笑する。
「花梨はオレの彼女だからな」
「知っていますよ。今は……ですよね?」
花梨を間に挟み、白馬と快斗が睨み合ってしまった。
睨み合いは続かず、すぐに快斗がくるっと身体を反転させる。
「今はじゃねーよ。ずっとだよ! ほら花梨、帰ろう?」
身体に腕を巻き付けられた花梨は、一緒に反転させられ、白馬の視線から隠された。
肩越しに白馬に文句を告げる快斗は、花梨に向けて話す言葉だけは優しい。
「っ、うん……」
――なんか私……子猫みたいね……。
軽々と持ち上げられて、花梨は――まるで子猫の気分だ。
「いつも思うのですが、花梨さん。黒羽君に囚われて、窮屈ではありませんか? ボクならあなたの自由を尊重して差し上げられるのですが……」
「あ、あははは……」
確かに少しだけ……と思った花梨だが、それも今日までである。
ここは笑って誤魔化しておく。
「白馬っ! オメー、余計なこと言うんじゃねえよ! 花梨はオレのそばが一番安全なんだぞ!?」
「へ~、怪盗キッドのそばが安全だなんて、妙ですねえ?」
「ばっ、オレはキッドじゃねえって、言ってんだろーが……ったく。お前、最近しつこいぞ! ……花梨、帰り支度まだだよな? 待ってるから行っておいで」
快斗は白馬の相手をしつつ、花梨の背をそっと押した。
花梨は黙ったまま頷き、自分の席へ戻って帰り支度を始めた。
……快斗を待っている間に準備しておこうと思ったのに、呼び止められてできなかったのだ。
「フフフ。いえね、今夜キッドが現れるらしいじゃないですか」
「なんだよ?」
「どこに現れるか知っていらっしゃいますか?」
「知らねーよ。なんでオレが知ってるんだよ……」
不敵に微笑みながら見下ろしてくる白馬に、快斗は耳を小指でほじほじ。
知らぬ存ぜぬで躱していく。
「なんと! 今夜出発の大阪行きのロイヤル・エクスプレスなんだそうです。大胆不敵ですよね。警察も乗り込んで警備にあたるというのに……」
「へ~。ま、オレには関係ねーけどな」
(こいつ、どこまで知ってんだよ……)
白馬はずいぶんと詳細な情報を掴んでいる様子。
さすがは警視総監の息子――大方そっち方面から情報を得たのだろう。
だが、警察の情報を私的に利用するなんて、とんでもない奴だ。
快斗は白馬の挑発には乗らずに、鞄に教科書を詰める花梨を見つめる。
すると開いた窓から風が吹き込んで、彼女の髪が揺れてキラキラと輝く。
“ああ、綺麗だな……”と、つい見惚れた。
そんな快斗に、白馬が距離を詰める。
「黒羽君」
「な、なんだよ……」
急に近くなった距離に、快斗は警戒心をあらわにして身構えた。
「くれぐれも、花梨さんを巻き込んで、怪我をさせないよう頼みますよ?」
「っ、だからっ! オレはキッドじゃねーってのっ!!」
「フフフ。でも、列車に乗るんでしょう?」
「な、なぜそのことを……!? 花梨から聞いたのか!?」
……まさか花梨が話すわけない。
彼女はいつでも自分の味方なのだから――と、快斗が不敵に笑う白馬を鋭い目つきで見上げれば。
「いえ、青子くんから。『今夜のロイヤル・エクスプレスで、セリザベス女王と会うんだー。花梨ちゃんと快斗も一緒に♪』と、楽しみにしている様子でしたよ」
「青子ーーっ!!!」
白馬の話に、快斗の怒りの声が教室に響いた。
なんでも、さっきまで青子も教室にいたのだとか。
青子はロイヤル・エクスプレスに乗る話を、事細かに白馬に教えたのだそうだ。
「セリザベス女王……?」
ふと、帰り支度を終えた花梨がやって来る。
快斗たちの会話が聞こえていたらしい彼女は尋ねた。
「ああ、花梨さんは知りませんか? この女性ですよ。イングラム公国の女王です」
白馬が何日か前の新聞を花梨に見せる。
そこにはイングラム公国の女王、セリザベスの写真が一面を飾っていた。
「あ……この人……」
「おや? さすがに知っていらっしゃいましたか」
「……」
白馬に「どうぞ」と新聞を手渡され、写真を見下ろす。
イングラム公国の名に聞き覚えがあるような気がしていたが、女王の写真を見て、確信した。
……花梨は二年前、親戚の家を飛び出す前に、女王と会ったことがある。
「花梨……?」
「あ、ううん。なんでもない」
快斗に不思議そうな顔を向けられ、花梨は首を横に振った。
――同じ列車に乗るだけだし……大丈夫だよね……?
一緒の時間を共有したのは僅かの間。
セリザベス女王も、覚えていないかもしれない。
……彼女は親戚の家に招かれたお客様で、花梨はその時、家の手伝いとして使用人の格好で給仕をしていた。
屋敷内で、迷子になっていた女王の息子を案内しただけで、他にはこれといって特別な交流はなかったはず――。
不思議な再会もあるものだな……と花梨が考えていると、快斗は視線を白馬に移した。
「白馬も乗るのかよ?」
「いえ……残念ながら、今夜は別件で埋まっていまして」
“今夜は知人がイギリスからわざわざ来るんですよ”――そう言う白馬は、花梨を心配そうな瞳で見下ろす。
白馬の視線に、花梨はぱちぱちと目を瞬かせた。
「そ、そっか。それは残念だったな! じゃあ、花梨、帰ろう」
「あっ、快斗……! ちょ……」
快斗は花梨の手を取って走り出す。
花梨が連れられながら振り返ると、白馬が優しい瞳で手を振っていた。
「黒羽君! くれぐれも、頼みましたからね!」
「るせー!!」
(言われんでも、花梨を危険な目に遭わせるわけねーだろ!!)
白馬に手を振り返す花梨だったが、快斗が白馬を振り返ることはない。
不機嫌な様子で教室を後にした。