白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
ロイヤル・エクスプレスに乗車する花梨たちは、ホームで中森警部と再会。花梨の父・朔太郎と旧知の仲であった警部は、彼女との縁に涙を滲ませる。発車直前、青子の「偽キッド」に連れられ列車に乗り込む花梨。快斗は今夜のミッション「クリスタル・マザー」奪取、そして花梨への誓いを胸に、豪華列車の旅をスタートさせる。

第162話
乗車しましたっ!


162:月下のランデブーは風の中に

 

 

 

 

「なーんで、オレが一人席なんだよー!」

 

 

 席に着いた快斗は、ぶーたれる。

 

 

「三人がけの席がないんだから、しょうがないでしょ!」

 

「納得いかねぇ……」

 

 

 ロイヤル・エクスプレスの座席は、二列シートと通路を挟んで、一人席の三つ。

 豪華列車だけあって、ゆったりした造りで三列シートなんてものはない。

 三人で乗るのだから、どうしても一人は離れてしまう。

 

 青子が二列シートの窓側から身を乗り出し、一人席の快斗を睨みつけた。

 “切符を取ってやったんだから文句を言うな”と顔に書いてある。

 

 

「――快斗。一人が嫌なら、私が一人席に座ろうか? 替わる?」

 

 

 ……通路を挟んで、隣は花梨だ。

 彼女は「嫌なら替わるよ」と笑顔を見せた。

 

 

「それじゃ意味ねぇんだよ……!」

 

「ん?」

 

 

 快斗は口を尖らせるが、花梨には伝わらない。

 

 

「花梨ちゃんは、鈍感だからな~。あ」

 

「失礼致します。本日のご乗車、心より歓迎いたします。ウェルカムドリンクをご用意しております。何になさいますか?」

 

 

 青子が少し呆れたように笑うと、各席を回っていた乗務スタッフが、ドリンクメニューを手に花梨たちの元へとやってきた。

 

 

「花梨ちゃん、何にする? 青子はリンゴジュース」

 

「えーっと……じゃあ、私はアイスコーヒーをお願いします」

 

 

 青子は笑顔で答え、花梨も続けて注文する。

 

 

「あ、僕もアイスコーヒーで」

 

 

 快斗が最後にそう伝えると、乗務スタッフはドリンクの準備を始めた。

 

 

「ね、ね、花梨ちゃん。ウェルカムドリンクが付くなんて、すごいよね~!」

 

「ふふふ♡ そうだね。中森警部に感謝だよ」

 

 

 いつもよりテンション高めの青子に、花梨もにこにこ。

 乗務スタッフがグラスにそれぞれのドリンクを注ぎ、座席テーブルに置いてくれる。

 

 

「快適な旅をお楽しみください」

 

「ありがとうございます」

 

 

 丁寧にお辞儀をする乗務スタッフは、花梨が頭を下げると、次の席へと移っていった。

 

 

「ふふふっ。花梨ちゃんは礼儀正しいなぁ。あ、このリンゴジュースおいし~♡ これ、絶対いいやつだよ。リンゴそのまま搾ったみたいな味」

 

「そうなんだ? ん……言われてみれば、このアイスコーヒーもおいしいかも。香りと、コクが違う……?」

 

 

 ウェルカムドリンクを一口。感動した青子が感想を漏らすと、花梨もどれどれとアイスコーヒーを飲んでみる。

 普段、家で飲むインスタントコーヒーとは違う味がした。

 

 

「花梨ちゃん、リンゴジュース飲んでみる?」

 

「いいの?」

 

「どーぞどーぞ♡」

 

「じゃあ、ひとくちだけもらうね」

 

 

 ちゅぅっと一口、ストローからリンゴジュースを吸うと、リンゴの香りが鼻から抜けて、口の中に甘さと酸味が絶妙なバランスで広がる。

 青子の言った通り、リンゴを丸搾りしたような味わいだった。

 

 

「ね、おいしいでしょ?」

 

「うん、とってもおいしい♡ ありがとう。青子ちゃんもアイスコーヒー飲んでみる? あ、ブラックだし、もう口をつけちゃってて悪いけど……」

 

「いいの!? むしろそれがいい! じゃあ青子もひとくちだけ♪」

 

「へ?(……むしろそれがいい、ってどういうことかな?)」

 

 

 青子が嬉々として、花梨のアイスコーヒーを口にする。

 一口飲んで「にが……」と顔を顰めたが、それはほんの一瞬だけで、あとは嬉しそうに微笑んだ。

 

 そんなやりとりを見ていた快斗は、なんだか二人がイチャイチャしているように見えて――。

 

 

(オレも花梨と飲み比べしたかった……!!)

 

 

 ……シロップとミルク入りのアイスコーヒーを、ストローでブクブクした。

 

 青子と他愛もない話をしながら、ウェルカムドリンクを飲み終えた花梨は、少しして席を立つ。

 快斗はというと、最初こそ花梨と青子の会話を聞いていたものの、途中から飽きたのか、眠ってしまっていた。

 

 

「……私、ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 

「はーい♡」

 

 

 青子に断りを入れ、花梨はトイレのある隣の車両へと向かう。

 

 アイスコーヒーなんて飲んだから、お腹が冷えたみたいだ。

 おいしかったから、まぁ仕方ないか――そう思いながら通路を抜け、隣の車両へ移った。

 

 すると、隣で寝ていた快斗が目を開ける。

 

 

「……」

 

 

 快斗は黙ったまま立ち上がった。

 

 

「あれ、快斗。起きた?」

 

「ん……トイレ……花梨は?」

 

 

 急に立ち上がった快斗に、車内誌を読んでいた青子は声を掛けた。

 しかし快斗は尋ねておいて、そのまま無言で通路を歩き出す。

 

 

「今、花梨ちゃんも行ったとこ……って、ちょっと快斗!? ――ったく、あれは絶対寝たふりしてたなぁ……?」

 

 

 青子の視線の先では、「俺、さっきの子に声かけてくるわ」と花梨の後を追おうとした男の肩を、快斗が“バシンッ”と肩を叩いて止めていた。

 

 

「悪いけど、あの子――オレの女だから」

 

 

 顎で花梨を示し、にっこり笑う快斗の目は笑っておらず、その圧に男は怯んで席へ戻っていく。

 

 

「……ったく、一人じゃ放っておけねぇんだから困るよな~」

 

 

 そうして、自称・花梨の専属ボディーガード(実際は公認ストーカー)である快斗は、今日も当然のように彼女を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 花梨がデッキに出ると、周囲に人の気配はなく、列車の静かな走行音だけが響いていた。

 

 

「かーりん♡」

 

「きゃっ! ……あれ? 快斗もお手洗い?」

 

 

 デッキまでやって来た快斗は、追いついた花梨を引き寄せるように抱きしめる。

 突然後ろから抱きしめられた花梨の心臓は、驚きと急な抱擁に胸が高鳴った。

 

 

「ンフフ、ま、そんなとこ♡」

 

 

 機嫌良さそうに微笑みながら快斗は、花梨の頭に頬ずりをしてさっと離れる。

 花梨がトイレの扉に手をかけると、快斗も反対側の扉を開け、静かに入っていった。

 

 用を足し終えた花梨は、扉を開けてビクッとして肩を揺らす。

 扉を開けた先には、不敵に笑う怪盗キッドの姿があった。

 

 

「っ! キッドさん……!?」

 

 

 まるで待っていたかのように口角を上げている怪盗キッドに、花梨はなんて早い着替えなんだろうと驚き、目を見開く。

 

 

「こんばんは、私の花梨嬢……。ロイヤル・エクスプレスに、月の女神(セレーネ)が乗車されているとは思いませんでした」

 

「っ、びっくりした……っ、もうお仕事に行くの?」

 

「ん、いってきます♡」

 

 

 ぽっと頬を赤く染める花梨のこめかみに、キッドは軽やかに“ちゅっ”と口づけをして離れた。

 

 そして乗降口へ近づくと、扉に手をかける。

 花梨は慌てて駆け寄った。

 

 

「こ、ここから行くの!? 危ないよ?」

 

 

 扉を開けようとするキッドに、花梨の声が少し震える。

 

 

「ええ、私のお嬢さん。問題ありませんよ、ご心配なく。ここは寒いので、席に戻っておられたほうがよろしいかと」

 

 

 にやりと余裕の笑みで応え、キッドは扉を開け放った。

 開いた扉から大きな走行音が響き、夜風が一気に流れ込み、キッドのマントを揺らした。

 

 

「っ……すごい風……」

 

 

 花梨はトイレ近くの洗面所付近で息を呑む。

 近くの手すりに掴まっていないと、身体がふらついてまっすぐ立てない。

 

 白い髪もスカートも、吹き込んだ風で揺れていた。

 

 

「花梨! ここにいたら風邪引くから、席で待ってなー!」

 

 

 いくらキッドに扮したところで、花梨を前にするとつい、素の口調が出てしまう。

 快斗は、にこっといつもの爽やかな笑顔で、彼女に席へ戻るよう促した。

 

 

「っ……キッドさん、ご安全に……!」

 

「フフ♡ お任せ下さい、私のお嬢さん」

 

 

 花梨が頷くのを見届け、キッドは軽やかに外へと踏み出す。

 夜風が列車の側面を猛烈に駆け抜け、スリルが肌を刺した。

 

 

「キッドさんっ……!」

 

 

 扉からキッドが姿を消し、花梨は思わず乗車口まで走り、手を伸ばす。

 だが、追いかけることはできず、ただ見守るしかなかった。

 

 

「く~! 花梨のやつ、オレがキッドのときにさん(・・)付けすんの可愛すぎんだろ……♡」

 

 

 キッドは列車の屋根の上で軽やかに走り出した。

 マントが風に翻り、夜の暗闇に溶け込む姿は、まさに月光に照らされた影のようだ。

 この日の為に準備した小道具を器用に使い、音もなく次の車両へと移動していく。

 

 花梨はデッキの扉からその背を見送りながら、胸の鼓動が早まるのを感じた。

 

 

「……危ないのに……でも、すごいな……もうあんなところに……」

 

 

 屋根を見上げると、マントの一部がわずかに見えて、彼の軽やかさと大胆さに、目が釘付けになる。

 同時に、ほんの少し胸が痛くなるような、ドキドキした感情が混ざった。

 

 列車の走行音と風の音だけが響く中、花梨は手を伸ばしたくなる衝動を抑え、ただじっと待つ。

 屋根を伝っていたキッドの姿は、そのうち側面に下りて、車両の影に隠れてしまったが、その背中には確かな余裕と狡猾さが感じられた。

 

 花梨の心は一瞬で複雑な想いに包まれた。

 恐怖と心配、そしてほんの少しの期待に似た胸の高鳴り――。

 

 それでも彼女は、自分にできるのは、ただ待つことだけだと悟った。

 

 

「……心配だから、ここで待っててもいいかな……」

 

 

 席に戻ろうかとも思ったが、戻っても快斗が心配でそわそわしそうだ。

 青子に「どうしたの?」なんて訊かれたら、なんて答えればいいのか。顔が強張って、うまく口が回りそうにない。

 

 ……ふと、洗面台の鏡に映る自分と目が合う。

 夜風に乱された白髪を整えるついでに、花梨は鞄の奥へと指先を潜らせた。

 

 そこにある、少し角の丸くなった硬いプラスチックの感触――中学時代、快斗が使っていた彼自身の名札。

 “心臓に一番近い場所”の代わりにと、照れながら渡してくれたもの。

 

 

「……大丈夫。快斗だもんね」

 

 

 “Close to my heart.”

 

 

 ……彼を感じるその場所をなぞれば、不思議と胸のざわつきが凪いでいく。

 

 

「私が……戻っていたほうが快斗は安心かな……? ――あ」

 

 

 快斗は自分を心配し過ぎるきらいがある。

 夜風が入り込むデッキは寒いし、言われた通り、やはりここは席に戻ったほうが……と、花梨は一度は戻ろうとしたのだが――。

 

 行きに通った車内に続く扉を見たら、【保守点検中】の札が掲げられていて、このデッキが封鎖されていることがわかった。

 恐らく快斗が仕込んでいったものだろう。

 

 

「ふふ、快斗……さすが」

 

 

 このデッキはしばらく誰も来ないらしい。

 それなら、ここで待っていよう。

 

 花梨は、なるべく風の当たらない場所に身を隠し、快斗が戻って来るのを待つことにした。

 

 

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