▽前回のあらすじ
女王セリザベスの個室に潜入したキッドは、宝石が偽物であることを見抜き、密かに盗聴器を仕掛ける。直後女王本人と対峙し、国の名誉を賭けた真剣勝負を挑まれることに。SPの追撃をかわし、彼は癒やしを求め花梨のもとへと急ぐ。
第164話
ぶっぶー!
「ふぅ……さぁて、席に戻――」
扉を閉めると、大きく響いていた走行音が少し小さくなる。
快斗が振り返ると、洗面所に白い影がふわりと揺れた気がした。
その影に快斗の心臓がどきりと跳ねる。
「っ……まさか」
――なんで……? オレ、戻れって言ったよな……?
客車は温かいから、花梨はコートを脱いでいた。
快斗がセリザベス女王の個室まで行って戻って来た時間は十五分足らずで、その間、開けっ放しのデッキで、冷たい夜風に吹かれていたというのか。
白のワンピース姿では寒いじゃないか。
強い風と、うるさい走行音の中、花梨はここで自分を待っていた……?
「……花梨ちゃん!」
慌てて洗面所に向かう快斗。
そこには肩を震わせ、座り込む花梨がいた。
「……ぁ、快斗、おかえりなさい」
待っていた花梨は、ほっとした笑顔で洗面所を覗いた快斗を見上げる。
列車の揺れに合わせて、彼女の髪がふわりと揺れた。
快斗は駆け寄り、少し息を整え、彼女を立たせて抱き寄せる。
白い髪に頬を寄せると、ひんやりした感触。花梨の身体は風で冷えて、冷たかった。
それに、少し震えているような……。
「身体が冷たい……」
「快斗、温かいね……」
「バーロ……だから、席に戻れって言っただろ」
「ん……なんか、心配で戻れなくて……」
腕の中の小さな彼女を、快斗がぎゅうっときつく抱きしめると、花梨も抱き返してくる。
花梨が自分を心配して待っていたことに、快斗は喜びで心が震えた。
「……戻ったよ。心配かけたな」
こういうときは、安心させてあげるのが一番だ。
快斗は髪をそっと撫でながら、優しい声を花梨の頭上に降らせた。
そんな彼に、花梨は小さく笑い、安心したように快斗の胸に頬擦りをした。
その仕草が、まるで子猫のように見えて――。
「ん……無事でよかった……」
「花梨……」
――ああ~~っ! 子猫モードの花梨ちゃん、いただきましたっ♡♡
快斗の胸がキュウゥゥッと甘く締め付けられる。
どうしてこうも、自分の彼女は甘え上手なのだろう。
もっと甘えてよし……!
愛おしさが込み上げて溢れ出しそうな快斗は、花梨の頭を優しく撫で続けた。
「……もう少し、このままでいてもいい?」
「ん? いいけど……ここ寒いし、席に戻ったほうが――」
「快斗、温かくて、すき……」
「っっ――!! はいっ、オレも好きっ!!」
――はい、喜んで! お嬢さまの仰せのままに……!
ぎゅっと花梨の腕に力が込められ、快斗は悶絶。
すぐに好意を返して、二人の間に緊張が解けた柔らかな空気が流れる。
「……な、花梨」
しばらく抱きしめ合っていた二人だが、ふと快斗が口を開いた。
「ん……?」
「花梨の身体冷たいからさ、素早く温める方法があるんだけど、試していい?」
「そんな方法があるの? 快斗ってすごいね♡」
とある方法で、瞬時に温められることを思いついた快斗が提案すると、花梨は瞳をキラキラとさせて見上げる。
彼女の純真無垢な瞳に見つめられた快斗は――。
「……う、うーん……」
――あう、花梨ちゃん、そんな無垢な瞳で見たら駄目だろ……。
困ったような顔で苦笑した。
これから何をされるかわかっていない無邪気な花梨を前に、罪悪感がふつふつと湧いてくる。
快斗は、もう少し濃いめのスキンシップで、彼女の体温を上げてやろうとしているのだ。
「……花梨、こっち」
(……でもさすがにトイレはどうなんだよオレ。いや、けど寒いし……)
「え」
花梨の手を引き、トイレの扉を開く。
豪華列車のため、内部は広く、鏡付きのフィッティングボードも備え付けられている。
「ちょっ、ここトイレ――」
「いいから。寒いだろ?」
快斗は扉を閉めて鍵をかけ、壁を背に花梨を再び抱き寄せた。
トイレの中はデッキより暖かい。
だがそれ以上に――花梨の身体は、快斗の胸の熱に包まれていく。
「……あっためるから、じっとして」
囁きは低く、優しくて、わざと少し甘く……。
花梨の耳が真っ赤になる。
「っ……」
「……はぁ……あったけぇ……最高……♡」
――よし、ちょっと体温上がったな。
さっきより、花梨の体温が少し上がった気がする。
けれど、ここは密室。
しかも、豪華列車のトイレは清潔で臭いもなくて、かなり快適な空間。
距離が近づけば、自然と空気が甘くなるもので――。
「……か、快斗……?」
「……うん」
――おいオレ、“うん”てなんだよ……。
花梨が不思議そうな顔で見上げてくる。
“素早くあっためる方法”がさっきと同じハグで不思議に思っているらしい。
確かに、ハグで体温が爆上がりしたのは快斗――自分である。
「? ね、早くしてみてくれる?」
「っっ!?!?」
――「ねぇ、早くぅ♡」だと……!?
“ねぇ、早くぅ♡”――もちろん、彼女はそんなことを言っていない……。
だが、快斗の目にはそう映ったのだ。
誘われているように見えて、快斗の胸は高鳴った。
(――じゃあ、ご期待に沿って、実行しちゃうからな!)
快斗はそっと花梨の耳へと唇を近づける。
「――ンッ!」
快斗が花梨の耳を甘噛みすると、彼女の肩がピクンと揺れて、口から甘い声がこぼれた。
「花梨は……オレが触れると、すぐ熱くなるって知ってる……?」
「んん……っ、し、知らない……ふ……ぁぅっ、くすぐったぃ……!」
耳を食み食み、そのうち快斗の唇は花梨の首筋にキスを落とす。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっと快斗の唇が触れるたび、彼女の身体は震え、体温が上がっていった。
「はぅ……か、かぃ……も、もぅやだ……熱い……」
「はぁ、はぁ……オレも、熱くなってきた……♡」
気づけば息が上がっていた二人は、自然と唇を重ねる。
触れ合った息が混ざり、甘い熱が狭い空間に満ちていく。
……走行音がガタンガタンと鳴り続ける中、二人の口づけの音は聞こえない。
「ンン……」
「はぁ……ここでしちゃう?」
「ン……それはちょっと……。トイレは嫌だよ。それに、そろそろ戻らないと青子ちゃん、心配してるんじゃないかな?」
一頻りキスを交わし、いつの間にかフィッティングボードの上に乗せられていた花梨は、快斗に腰を撫でられながら、上目遣いで顔の前に両手の人差し指をクロスさせ、“ぶっぶー”と×印を作った。
そんな彼女の身体は、ほんのり赤みを帯びて、体温が上がっているのがわかる。
「う……だ、だよな……!」
――あぁ~! お預けされちまったぁああああっ!! 断り方まで可愛いとかっ♡ もう好きっ♡♡
断られた快斗は気まずさに苦笑した。
だが、花梨の首や鎖骨に自分の痕跡が淡く残っているのを見て、快斗は胸の奥に甘い満足感を抱く。
(……ったく。こんな痕つけといて、青子の前に戻すのかよオレは)
独占欲と後ろめたさが混ざり合ったため息をつき、快斗は花梨の乱れた髪を優しく整え直した。