白月の君といつまでも   作:はすみく

170 / 265
-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
中森警部の怒号で盗聴器を破壊された快斗。耳鳴りに悶絶する中、青子の提案で女王への挨拶が決まる。花梨は二年前、メイド姿で迷子のフィリップ王子を助けた日を回想する。一方、闇に潜む組織も宝石を狙い動き出していた。

第167話
知らない方がいいってこともあるよね!


167:知らない横顔

「――花梨? サロン車に着いたけど……ぼうっとして、どーした?」

 

「……へ? あっ、ご、ごめんなさい。お腹が空いて、ちょっとぼーっとしちゃったみたい……」

 

 

 快斗の手が顔の目の前で左右に振れて、花梨は目を瞬かせる。

 懐かしい記憶に周りが見えていなかった。

 

 いつの間にかサロン車の前に着いて、青子が開いた自動扉をくぐり、中へ入っていく。

 

 

「はははっ、そっか。じゃあ早いとこ、挨拶を済ませてメシにするか。サロン車なら軽食が食えるらしーしな?」

 

「うん……」

 

 

 笑う快斗を見つめ、花梨は微笑む。

 

 ……セリザベス女王がもし自分を憶えていたら、どうしよう……。

 

 快斗には、“親戚”について知られたくない。

 彼とはそういうしがらみを抜きにして、ただの男と女として接したまま、お別れしたいのだ。

 

 

(イングラム語でお願いしたら……聞いてくれるかな……?)

 

 

 イングラム語は特殊な言語だから、いくら天才の快斗でも、知らないかもしれない。

 もしも女王とフィリップ王子が憶えていたのなら、なんとか誤魔化してみよう。

 快斗が親戚と関わらないでいてくれることが、彼の安全を保証する鍵となるから。

 

 落ち着いた雰囲気のサロン車内を進むと、花梨の前で青子が足を止めた。その先には、気品と威厳を備えた美しい女性がいた。

 女性の隣には見知った顔が赤い顔で酒を煽っている。

 ……青子の父、中森警部だ。

 

 

「ワッハッハ! ヨーロッパの酒は最高ですな陛下!!」

 

「ホホホ……」

 

 

 警備中だというのに、中森警部はすっかり出来上がっている様子。

 

 青子が「お、お父さん!?」と驚くと、快斗も「酒飲んでやがる……」なんて呆れた顔をした。

 花梨はといえば、快斗の後ろにそっと隠れるようにして顔をうつむける。

 

 

「おーーっ、青子と快斗君、それに花梨ちゃんかーー!! 陛下! うちの娘の青子と、友達の快斗君に花梨ちゃんですよ!!」

 

「まあ……」

 

 

 すでに酔っ払いの中森警部が、セリザベス女王に花梨たちを紹介すると、女王はにこにこと笑顔を向けてくれた。

 

 

「は、はじめまして女王陛下!!」

 

 

 青子と快斗が頭を下げる後ろで、花梨も黙って頭を下げる。

 

 

(陛下は憶えてないみたい……? 一度しか会ってないもの。そうだよね)

 

 

 女王はにこにこと優しい笑みを湛えているだけで、花梨に気づいた様子はない。

 ほっとした花梨は頭を下げ終えると、念のため再び快斗の後ろに身を隠した。

 

 

「どうした? みんなそろって……」

 

「か、快斗がどーしても陛下に会いたいって……ね!」

 

 

 中森警部の問いに、青子は照れた様子で快斗の脇腹を肘で突く。

 急に振られた快斗はジト目だ。

 

 

「ウロチョロして警備の邪魔をするんじゃないぞーー!!」

 

「はーい!」

 

 

 ……挨拶を無事済ませ、さあ、次は食事だ――と、元気よく返事した青子に続いて、快斗も花梨もテーブル席に向かおうとしたときだった。

 

 

「――Myra…」

 

「っ!?」

 

 

 背後から、銀鈴を転がすような、けれど逆らいがたい重みを持った声が花梨を繋ぎ止めた。

 

 前を歩く快斗には、それがただの異国の言葉にしか聞こえなかった。

 女王が、気まぐれに誰かを呼び止めただけ――そう思った。

 

 けれど。

 

 花梨の足が、止まった。

 一瞬だけ、呼吸を忘れたように。

 

 

(……? なんだ?)

 

 

 花梨の足音が消えた違和感に、快斗は後ろを振り向く。

 その瞬間、快斗は見てしまった。

 

 ずっと隣に感じていた“いつもの花梨”の気配が、すっと消えていた。彼女の背筋は、驚くほど美しく伸びている。

 それはクラスメイトや恋人としての顔ではなく、どこか気高い、女王と同じ側に立つ者の所作だった。

 

 それから花梨はゆっくりと後ろ――女王に振り返り、黙って深く頭を下げる。

 

 

『……お久しぶりですわね』

 

 

 イングラム語だった。

 

 女王は微笑み、続ける。

 その言葉の中に、二年前の出来事、白の奇跡、“未来を知っている者の名称”が含まれていることを、花梨だけが理解していた。

 

 女王が花梨に二言三言、イングラム語で語りかけると、花梨は唇を震わせながらも、懐かしき我が家への敬意を示すような言葉を紡いだ。

 

 

「Ithre silan dorath, no varel esthia telin…」

(私たちが知り合いだということは、どうか他の人には内緒にしてください)

 

 

 快斗と青子を一瞬見て、たどたどしく語る花梨に、女王は柔らかく微笑み、頷く。

 

 

「Silan dorath ithre… ymm, velar esthia.」

(もちろんです、花梨。あなたの思いは守りましょう)

 

 

 花梨の目の動きに気づいた女王の瞳は優しい。

 

 

「ありがとうございます……」

 

 

 最後には二人で微笑み合い、握手して別れた。

 

 

「花梨ちゃん?」

 

 

 花梨が再び歩き始めると、青子が振り返って小さく首を傾げる。

 花梨は一拍置いてから、いつもの声で笑った。

 

 

「えっと……昔、少しだけお会いしたことがあって」

 

 

 それだけ。

 それ以上は、何も言わなかった。

 

 快斗は彼女の横顔を見つめながら、なぜか胸の奥がざわつくのを感じていた。

 

 ……自分の知らない世界が、彼女の背後にある。

 そんな気がして……。

 

 

 

 

◇

 

 

 

 

 花梨たちは女王とは少し離れた席へと着いた。

 

 

「はー、緊張したぁ……! 緊張したら小腹が減ってきちゃった。なにか食べよー?」

 

「ふふふっ、お疲れさま~」

 

 

 隣同士座った青子と花梨は、テーブル上のメニューを手にする。

 花梨の向かいには、快斗が黙ったまま腕組みをしていた。

 

 視線が……花梨に向けられている。

 

 

「それにしても花梨ちゃん、女王陛下といったいどこで会ってたの~?」

 

「ん~……陛下は何度か来日されているから……イベント会場で少し……?」

 

「なんで疑問形なの……」

 

「あはは……。まさか憶えて下さっているなんて思わなかったから、実は私も驚いてたり……」

 

「そうだったんだ。女王陛下、綺麗な人だもんね~!」

 

「ね~!」

 

 

 引き続き、楽しげに「どれにする~?」などと軽食メニューを眺める二人のうち、一人。快斗はじっと花梨だけを見ていた。

 

 

「……」

 

 

 同じ空間にいるはずなのに、さっきから、花梨が妙に遠い。

 

 

(……なんだよ)

 

 

 快斗は腕を組んだまま、視線を合わせようとしない花梨を見つめ続ける。

 

 女王に呼び止められた時のことが、気になって仕方ない。

 

 言葉の意味は分からなかった。

 ただの外国語だ。

 なのに――。

 

 花梨が、あんなふうに立ち止まったのを、快斗は見逃していなかった。

 

 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ。

 

 花梨は、快斗がまだ一度も見たことのない顔をしていた。

 

 

(……オレの知らない、花梨……)

 

 

 それはきっと、まだ彼女が打ち明けてくれていない秘密に関係すること……。

 

 今なら問いかければ、花梨はきっと話してくれる。

 けれど、快斗の喉まで出かかった言葉は、形にならずに飲み込まれた。

 

 彼女の秘密を知ることは、自分の秘密を話すことと同義。

 それに……なぜか、“聞いたら、何かが終わる”そんな予感がした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。