白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
サロン車で女王と対面した花梨。そこで交わされたのは、快斗の知らない異国の言葉。イングラム語で「知り合いだと内緒にしてほしい」と密談する花梨。快斗は、自分の知らない気品を纏う彼女の横顔に、得体の知れない遠さを感じて胸をざわつかせる。

第168話
にゃ~ん!


168:猫と王子の密かな遊戯

「――快斗。ね、快斗くん?」

 

「……ん? あ、なに?」

 

 

 気づけば快斗は花梨から話しかけられていた。

 じっと見ていたくせに、気がつかなかった。

 

 花梨はちょこんと首をかしげて、不思議そうな顔をしている。

 白い睫毛がゆっくりと瞬いて、彼女の宝石の瞳(シトリン)が真っ直ぐに快斗を見つめた。

 目が合って、『可愛い……』そう思った快斗だったが、今はそれに惑わされてはいけないような……。

 

 

「快斗はなにか頼む?」

 

「……あ、オレはアイスコーヒーで……」

 

 

 花梨がそっとメニュー表を広げると、快斗は反射的にそう答える。

 これからクリスタル・マザー(本物)を探さなければならないのだから、ゆっくり軽食なんて摂ってる場合じゃない。

 

 ……けれど、花梨のことが気になった。

 

 

「青子はまたリンゴジュース! それとサンドイッチ! 花梨ちゃん、ハムサンドも入ってるって!」

 

 

 青子が注文する料理を決めたようで、急に割り込んでくる。

 そんな青子に花梨の表情が“ぱっ”と明るくなった。

 

 

「ホント!? 私、ハムサンド大好き!」

 

「一緒に食べよ~♪」

 

「うんっ♪」

 

 

 青子とはしゃぐ花梨に変わった様子は見受けられない。

 “学校の延長みたいじゃないか?”なんて、快斗は頬杖をつく。

 

 

(いつも通り……だよ、な……?)

 

 

 向かいの席で花梨は笑っている。

 

 ……今は、クリスタル・マザーに集中しよう。

 本物はいったいどこにあるのだろう……。

 

 快斗は自分の後方、離れた席に座る女王に視線を移す。

 本物はきっと、女王のそばにあるはず。

 

 

(ん……? なんで……)

 

 

 ふと、女王と目が合った。

 女王は中森警部にお酌をしながら、こちらを見て――正確には、快斗の向かいで笑う花梨を見て、慈しむように目を細めている。

 

 その瞳はまるで、『我が国の宝を預けている』とでも言いたげな、重く、静かな光を宿していた。

 隣で中森警部がおどけてみせても、その視線だけは花梨から離れない。

 

 

(……オレを見てるわけじゃねぇのか……あ、目を逸らした)

 

 

 女王は花梨を見るのをやめ、肩に乗っかってきたグレーの猫をあやし始めた。

 やっぱり、花梨と女王は……。

 

 

 ――いや、イベントで会っただけって言ってたもんなっ! オレは花梨を信じるぞ! 今はお仕事に集中集中!!

 

 

 本物のクリスタル・マザーの在りかはどこか――。

 

 先ほど侵入した女王の個室に、本物はなかった。

 部屋に置いて来るとは思えない。

 

 となると、彼女の手近などこか……。

 帽子の中、バッグ、それとも……。

 

 

(ん……? あの猫の目、クリスタル・マザーの色と似てねぇ……?)

 

 

 まさかとは思うが、猫の目の中に……?

 

 女王の肩で、毛繕いをする猫の瞳の色味が、クリスタル・マザーに似ている。

 快斗の頭の中に一つの可能性がよぎった。

 

 

「ま――快斗ったら、さっきから陛下に見惚れちゃってー♡」

 

「バーロォ! 見てたのは猫だよ、陛下の猫を……」

 

 

 青子に茶化され、快斗は猫を見ていたと返す。

 

 

「シーザーの事?」

 

「ん……?」

 

 

 ふと、快斗は下から声が聞こえて視線を落とした。

 そこには、歳は十歳くらいだろうか。綺麗に切りそろえられたボブカットの金髪に、クマのぬいぐるみを抱えた少年が快斗を見上げていた。

 

 

「かわいーでしょ! 今年で二歳になるんだよ!」

 

 

 少年が話し始めると同時に、花梨が急にメニュー表を自分の顔の前に持っていく。

 

 

「――? なんだ、お前」

 

「フィリップ・マクシミリアン・ド・イングラム!!」

 

 

 元気にはきはき答える少年に、快斗の目が見開かれる。

 青子も「王子様?」と、驚いた様子で立ち上がった。

 

 

「ま、まさかオメー……」

 

 

 快斗は席を立ち、彼の目線に合うよう、しゃがみ込む。

 

 

「……」

 

 

 ……花梨は無反応だ。メニュー表で顔を隠し、まるでフィリップ王子を避けるように顔を背けている。

 王子はそんな花梨に気づいていない様子で、『ピーーッ』と口笛を吹いた。

 

 すると、女王の肩に乗っていた猫が、口笛の音に反応して快斗たちの席へやって来る。

 

 

「おいで、おいで……」

 

 

 呼ばれたままに、王子の元へとやって来た猫はニャア……。小さく一鳴きして大人しく抱き上げられた。

 

 

「はい! シーザーだよ! 見たかったんでしょ?」

 

「あ、ああ……」

 

 

 王子が快斗にシーザーを渡そうとする。

 そこに、可愛いもの好きな青子が席を立ち、割って入った。

 

 

「わ~、ちょっと抱かせて~♡」

 

「あ」

 

 

 急に横から手を伸ばされて、驚いたのだろう。シーザーは快斗が受け取る前に、花梨が座る席のテーブルクロスの中へと逃げ込んでしまった。

 

 

「――ったく、しゃーねーな青子は……」

 

 

 苦笑いしながら、快斗はテーブルの下へ潜り込んだグレーの影を追う。

 ……が、その視線の先。

 

 テーブルクロスの中で見たのは、花梨のふくらはぎに顔を擦りつける猫――。

 シーザーが動くたび、花梨のスカートがめくれて、白い太ももがちらちら見えた。

 

 

「っ……(……花梨の……太もも……!! 触りたい……!!)」

 

 

 ゴクリ。

 

 

 ――ってバーロッ! 仕事だ仕事! 宝石だろ!? 集中しろっ!!

 

 

 喉を鳴らして、つい手を伸ばしそうになったが、ぐっと堪える。

 花梨がいると、集中力を乱されてばかりだ。

 

 そのうち白い手が降りてきて、シーザーの頭を撫でた。

 シーザーは嬉しそうに目を細め、喉をゴロゴロ鳴らす。

 

 

「こらこら、オレの彼女にあやしてもらってんじゃねぇよ……ほら、こっち来い」

 

 

(……なんて、今さら猫にまで妬いてどーすんだ、オレは!)

 

 

 小声で悪態をつきながら、快斗はシーザーを確保。宝石に似た瞳をチェックし始めた。

 

 

 “フギャーー!!”“ドンッ!!”

 

 

 シーザーの叫びと快斗がテーブルに頭を打ち付けた音が重なる。

 そのあとすぐに、シーザーはテーブル下から逃げて行った。

 続けて快斗も出てきたが、顔には引っ掻き傷ができていた。

 

 

「いてぇ……(くそー、やっぱタダの猫か……)」

 

「大丈夫? 快斗……」

 

 

 テーブルから出てきた快斗に青子が声を掛けるが、快斗の視線は今度はフィリップ王子に向けられる。

 

 ……フィリップ王子の手にあるクマのぬいぐるみが怪しい……。

 

 ひょっとして、そのぬいぐるみの中にクリスタル・マザーを隠してあるのでは――?

 

 

「オメー、かわいー人形持ってんなー……」

 

「ああ、これ? お父様の贈り物なんだ!!」

 

「あれ? 目玉が取れかかってるぞ……」

 

「え?」

 

「ちょっと貸してみ……」

 

 

 適当なことをほのめかし、快斗はフィリップ王子からぬいぐるみをまんまと奪い、きゅっ、きゅっと押し潰すように触れて、宝石がどこかに埋め込まれていないか確かめていく。

 

 自分のぬいぐるみを熱心に触り続ける快斗に、フィリップ王子は黙り込んだ。

 

 

(ウーン……ここにも入ってなさそーだな……)

 

 

 快斗がぬいぐるみの感触に全神経を集中させていた、その時。

 メニュー表で顔を隠し、沈黙し続ける花梨をチラ見して、フィリップ王子がイングラム語で楽しげに呟いた。

 

 

『……フフ、やっぱりMyraのそばは楽しいね♪』

 

 

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