▽前回のあらすじ
サロン車で女王と対面した花梨。そこで交わされたのは、快斗の知らない異国の言葉。イングラム語で「知り合いだと内緒にしてほしい」と密談する花梨。快斗は、自分の知らない気品を纏う彼女の横顔に、得体の知れない遠さを感じて胸をざわつかせる。
第168話
にゃ~ん!
「――快斗。ね、快斗くん?」
「……ん? あ、なに?」
気づけば快斗は花梨から話しかけられていた。
じっと見ていたくせに、気がつかなかった。
花梨はちょこんと首をかしげて、不思議そうな顔をしている。
白い睫毛がゆっくりと瞬いて、彼女の
目が合って、『可愛い……』そう思った快斗だったが、今はそれに惑わされてはいけないような……。
「快斗はなにか頼む?」
「……あ、オレはアイスコーヒーで……」
花梨がそっとメニュー表を広げると、快斗は反射的にそう答える。
これからクリスタル・マザー(本物)を探さなければならないのだから、ゆっくり軽食なんて摂ってる場合じゃない。
……けれど、花梨のことが気になった。
「青子はまたリンゴジュース! それとサンドイッチ! 花梨ちゃん、ハムサンドも入ってるって!」
青子が注文する料理を決めたようで、急に割り込んでくる。
そんな青子に花梨の表情が“ぱっ”と明るくなった。
「ホント!? 私、ハムサンド大好き!」
「一緒に食べよ~♪」
「うんっ♪」
青子とはしゃぐ花梨に変わった様子は見受けられない。
“学校の延長みたいじゃないか?”なんて、快斗は頬杖をつく。
(いつも通り……だよ、な……?)
向かいの席で花梨は笑っている。
……今は、クリスタル・マザーに集中しよう。
本物はいったいどこにあるのだろう……。
快斗は自分の後方、離れた席に座る女王に視線を移す。
本物はきっと、女王のそばにあるはず。
(ん……? なんで……)
ふと、女王と目が合った。
女王は中森警部にお酌をしながら、こちらを見て――正確には、快斗の向かいで笑う花梨を見て、慈しむように目を細めている。
その瞳はまるで、『我が国の宝を預けている』とでも言いたげな、重く、静かな光を宿していた。
隣で中森警部がおどけてみせても、その視線だけは花梨から離れない。
(……オレを見てるわけじゃねぇのか……あ、目を逸らした)
女王は花梨を見るのをやめ、肩に乗っかってきたグレーの猫をあやし始めた。
やっぱり、花梨と女王は……。
――いや、イベントで会っただけって言ってたもんなっ! オレは花梨を信じるぞ! 今はお仕事に集中集中!!
本物のクリスタル・マザーの在りかはどこか――。
先ほど侵入した女王の個室に、本物はなかった。
部屋に置いて来るとは思えない。
となると、彼女の手近などこか……。
帽子の中、バッグ、それとも……。
(ん……? あの猫の目、クリスタル・マザーの色と似てねぇ……?)
まさかとは思うが、猫の目の中に……?
女王の肩で、毛繕いをする猫の瞳の色味が、クリスタル・マザーに似ている。
快斗の頭の中に一つの可能性がよぎった。
「ま――快斗ったら、さっきから陛下に見惚れちゃってー♡」
「バーロォ! 見てたのは猫だよ、陛下の猫を……」
青子に茶化され、快斗は猫を見ていたと返す。
「シーザーの事?」
「ん……?」
ふと、快斗は下から声が聞こえて視線を落とした。
そこには、歳は十歳くらいだろうか。綺麗に切りそろえられたボブカットの金髪に、クマのぬいぐるみを抱えた少年が快斗を見上げていた。
「かわいーでしょ! 今年で二歳になるんだよ!」
少年が話し始めると同時に、花梨が急にメニュー表を自分の顔の前に持っていく。
「――? なんだ、お前」
「フィリップ・マクシミリアン・ド・イングラム!!」
元気にはきはき答える少年に、快斗の目が見開かれる。
青子も「王子様?」と、驚いた様子で立ち上がった。
「ま、まさかオメー……」
快斗は席を立ち、彼の目線に合うよう、しゃがみ込む。
「……」
……花梨は無反応だ。メニュー表で顔を隠し、まるでフィリップ王子を避けるように顔を背けている。
王子はそんな花梨に気づいていない様子で、『ピーーッ』と口笛を吹いた。
すると、女王の肩に乗っていた猫が、口笛の音に反応して快斗たちの席へやって来る。
「おいで、おいで……」
呼ばれたままに、王子の元へとやって来た猫はニャア……。小さく一鳴きして大人しく抱き上げられた。
「はい! シーザーだよ! 見たかったんでしょ?」
「あ、ああ……」
王子が快斗にシーザーを渡そうとする。
そこに、可愛いもの好きな青子が席を立ち、割って入った。
「わ~、ちょっと抱かせて~♡」
「あ」
急に横から手を伸ばされて、驚いたのだろう。シーザーは快斗が受け取る前に、花梨が座る席のテーブルクロスの中へと逃げ込んでしまった。
「――ったく、しゃーねーな青子は……」
苦笑いしながら、快斗はテーブルの下へ潜り込んだグレーの影を追う。
……が、その視線の先。
テーブルクロスの中で見たのは、花梨のふくらはぎに顔を擦りつける猫――。
シーザーが動くたび、花梨のスカートがめくれて、白い太ももがちらちら見えた。
「っ……(……花梨の……太もも……!! 触りたい……!!)」
ゴクリ。
――ってバーロッ! 仕事だ仕事! 宝石だろ!? 集中しろっ!!
喉を鳴らして、つい手を伸ばしそうになったが、ぐっと堪える。
花梨がいると、集中力を乱されてばかりだ。
そのうち白い手が降りてきて、シーザーの頭を撫でた。
シーザーは嬉しそうに目を細め、喉をゴロゴロ鳴らす。
「こらこら、オレの彼女にあやしてもらってんじゃねぇよ……ほら、こっち来い」
(……なんて、今さら猫にまで妬いてどーすんだ、オレは!)
小声で悪態をつきながら、快斗はシーザーを確保。宝石に似た瞳をチェックし始めた。
“フギャーー!!”“ドンッ!!”
シーザーの叫びと快斗がテーブルに頭を打ち付けた音が重なる。
そのあとすぐに、シーザーはテーブル下から逃げて行った。
続けて快斗も出てきたが、顔には引っ掻き傷ができていた。
「いてぇ……(くそー、やっぱタダの猫か……)」
「大丈夫? 快斗……」
テーブルから出てきた快斗に青子が声を掛けるが、快斗の視線は今度はフィリップ王子に向けられる。
……フィリップ王子の手にあるクマのぬいぐるみが怪しい……。
ひょっとして、そのぬいぐるみの中にクリスタル・マザーを隠してあるのでは――?
「オメー、かわいー人形持ってんなー……」
「ああ、これ? お父様の贈り物なんだ!!」
「あれ? 目玉が取れかかってるぞ……」
「え?」
「ちょっと貸してみ……」
適当なことをほのめかし、快斗はフィリップ王子からぬいぐるみをまんまと奪い、きゅっ、きゅっと押し潰すように触れて、宝石がどこかに埋め込まれていないか確かめていく。
自分のぬいぐるみを熱心に触り続ける快斗に、フィリップ王子は黙り込んだ。
(ウーン……ここにも入ってなさそーだな……)
快斗がぬいぐるみの感触に全神経を集中させていた、その時。
メニュー表で顔を隠し、沈黙し続ける花梨をチラ見して、フィリップ王子がイングラム語で楽しげに呟いた。
『……フフ、やっぱりMyraのそばは楽しいね♪』