白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
クリスタル・マザーを狙い、特急列車内で女王を監視する快斗。なぜか女王は向かいで笑う花梨を注視していた。捜索中、フィリップ王子と猫のシーザーが現れるが、花梨はメニューで顔を隠し、必死に王子を避ける。だが王子の口からは、花梨を「Myra」と呼ぶ親しげな言葉が漏れ……。

第169話
シラナイ。


169:知らない、シラない、シラカワ

 王子の声に花梨の肩がビクリと揺れた。

 

 

「ねえねえ、お兄さん!」

 

「あん?」

 

「お兄さん、もしかして……」

 

 

 フィリップ王子は快斗の腕を引いて、メニュー表で顔を隠す花梨と、シーザーと戯れる青子に聞こえないように、こっそり耳打ちする。

 

 

「怪盗キッドでしょ?」

 

「へ?」

 

 

 快斗の身体が一瞬硬直した。

 

 

「じょ、冗談はやめてくださいよ、王子!!」

 

「なーんだ、ちがうの? ボク、宝石の隠し場所知ってるのに……」

 

「え?」

 

「でも、教えてあげなーい♡」

 

 

 慌てる快斗に王子は満面の笑みを向け、すうっと鼻から大きく息を吸い込む。

 

 

『――Myraが笑ってくれたら教えてあげるけど、どうする?』

 

「は?」

 

 

 ――なんだって……?

 

 

 目を細めて告げるフィリップ王子の言葉はイングラム語だ。

 真正面で言われたが、快斗には理解できない。

 

 だから、今の言葉は自分に向けて言ったのではない。

 それはおそらく、彼女に向けたものだ。

 

 快斗はテーブル席に目をやる。王子もそれに倣った。

 二人の視線が花梨に注がれる。

 

 

「……」

 

 

 それでも花梨は無言で、未だにメニュー表で顔を隠している。

 ……そのメニュー表、上下が逆さまだ。

 

 

「ふふふっ! カリン! メニューが上下逆さまだよ?」

 

「っ……うそっ……! あっ、ホント……!」

 

 

 指摘を受けた花梨は目を見開き、メニュー表をテーブルに下ろした。

 王子はくすくすと楽しそうに笑う。

 

 そして、彼は花梨の隣の席に座ったかと思うと、次の瞬間――

 

 

「カリン! ボク、日本語上手になったでしょ!? カリンのために覚えたんだよ!! だから婚約しよう……!?」

 

 

 ……いつの間にか彼女の手を取り、握りしめた。

 

 王子の急な告白に、「まあ♡」と、シーザーを抱えた青子の瞳がキラキラと輝く。

 

 

「あ?」

 

 

 ……快斗の眉間には深い皺が寄せられた。

 

 

「っ、フィ、フィリップさま……」

 

 

(女王陛下は黙っててくれたけど、フィリップさまは黙っててくれなかったか~……そうだよね)

 

 

 花梨は泣きたい気持ちを抑えて、なんとか笑顔でごまかそうとした。

 

 女王と王子、二人と知り合いだということは、きっと秘密にしておいたほうがいいだろう。

 そうでなければ、快斗と青子に迷惑をかけてしまう。

 実際、親しいと呼べるほどの関係でもないのだから……。

 

 どうにか王子に黙っててもらえないかと、花梨は説得材料を探した。

 けれど一歩遅かった。その前に王子が話し始めてしまったのだ。

 

 

『カリンはシラカワからどうして出たの?』

 

『っ……追い出されたんです』

 

『どうして? カリンはシラカワの後継者でしょ?』

 

『いえ、違います。後継者は稀華ちゃんで……』

 

『マレカ? ああ、MyraYa! そういやいたね。なるほど! ……でもカリン、気をつけて。彼女、君を消すために執拗に動いてるって噂だよ?』

 

 

 王子の小さな囁きに、花梨の指先がかすかに震える。

 

 二人の間で交わされる、早口な異国の言葉。

 快斗にはその内容までは理解できなかったが、いくつか耳に残る単語があった。

 

 

(……シラ……? それに、マレ、カ……?)

 

 

 ――「(まれ)」か……? 何が稀なんだ?

 

 

 かろうじて聞き取れた日本語らしき響きが、どうにも引っかかる。

 快斗が眉を寄せて思考を巡らせようとした矢先、それよりも先に、フィリップ王子の行動が彼の理性をぶち切った。

 

 

「だからカリン! 一人ぼっちなら、やっぱりボクと一緒にイングラムへ行こうよ!」

 

 

 王子は再び花梨の手をぎゅっと握り、今度は快斗を勝ち誇ったような目で見つめる。

 

 

「お兄さん、カリンの“シラ”ないこと、ボクはたくさん知ってるんだよ?」

 

「…………あぁ!?」

 

 

 王子の子供っぽい挑発――『知らない』と『シラカワ』をかけた皮肉な言葉遊びに、快斗の額に青筋が浮かんだ。

 ……今の快斗にとって『シラ』という音は、花梨が自分に隠している『白じらしい嘘』の象徴のように聞こえていた。

 

 

「カーリン♡ ね、婚約しよ?」

 

 

 王子が今度は花梨の腕に抱きつき、頬擦りをする。

 快斗はすぐに反応した。

 

 

「ちょっ!? おいこらこのガ――いえ、王子! その子はオレの大事な女なんですよ! 婚約なんかさせてたまるかよっ……!!」

 

 

 抗議する快斗の大きな声がサロン車に響き渡る。

 それと同時に、『ピュ~♪』と青子が口笛を吹き、「よく言った、バ快斗!」なんて、快斗を応援する声が聞こえた。

 

 

「あの、フィリップさま……。私、フィリップさまとだいぶ歳が離れてますけど……」

 

「そんなの、Lovs elRe(愛があれば)……」

 

 

 困ったように花梨が苦笑いを浮かべる。

 王子は切なそうに彼女を見上げ、さらにイングラム語で続けようとした。

 

 だがそのとき――「お話し中、失礼します」と、女王付きの事務官が現れた。

 

 

「フィリップ王子……ここは危険でございます。早くお部屋にお戻りを……」

 

「え?」

 

「先程から、陛下がお怒りですよ……」

 

「お母様が……?」

 

 

 王子がちらっと視線を向けると、女王が鋭い目で睨んでいた。

 

 

「ホラ、早く帰れってよ……(あの目、怖えぇ……)」

 

 

 女王の一睨みを目撃した快斗は、未だ花梨の腕から離れようとしない王子の肩をぽんと叩く。

 ところが、王子は頑なだった。

 花梨の腕にしっかりしがみつき、首を左右に大きく振る。

 

 

「ボク、帰らないよ! ここにいて、キッドからお母様と宝石と花梨を守るんだ!!」

 

「フィリップさま……」

 

 

 必死な王子に花梨は無理やり腕を解こうとはしない。

 ただ、弱った顔で微笑み、王子を見守っていた。

 

 

「花梨は余計だっての!」

 

 

 ――オレが花梨に危害を加えるわきゃねーだろ……ほらほら、さっさと花梨から離れろっつーの……! ってか、花梨ちゃんも嫌がるとかしよ? な?

 

 

 花梨にくっつき続ける王子が面白くない。

 無理やり剥がすのは不敬だから、快斗は花梨に目配せした。

 

 すぐに視線が合い、了承したように花梨が一度ゆっくり瞬きすると、小さな口を開く。

 

 

「――フィリップさまは、お母さま思いなのですね」

 

 

 花梨は王子の頭をそっと撫でた。

 王子はそんな花梨の手を払い除け、椅子から降りる。

 その小さな拳が、ぎゅっと握られた。

 

 

「……。お母様なんて大嫌いだよ!!」

 

「え?」

 

「お母様……お父様の病気が悪化してから変わっちゃったんだ……。前はあんなにやさしかったのに……。今は、ボクを見るたびにどなったり、怒ったり、口を利いてくれないことだって……。きっと、ボクのことが嫌いになっちゃったんだよ!!」

 

 

 “ボクのことが嫌いになっちゃったんだよ!!”

 

 

 言い切った王子は眉をしかめていた。

 うっすらと、涙を溜めているような気もする。

 

 

「フィリップさま……そんなことは……」

 

 

 花梨が知るセリザベス女王は、愛の溢れる素敵な母親だった。

 

 迷子だったフィリップ王子を連れて行ったとき、一瞬見せた安堵の顔。彼を抱きしめた彼女は、心底ほっとした、優しいお母さんの顔をしていた。

 

 そんな女王が王子を嫌いになるとは思えない。

 きっと、何か理由があって、厳しく接しているのだろうと思う。

 

 

(大人の人たちは、本心を隠すのが上手だから……わからないよね……)

 

 

 快斗と付き合って、人の優しさの形は様々だと気づいた花梨には、なんとなく女王の気持ちがわかるような気がした。

 

 それは……もしかしたら、自分の両親にも当てはまるものなのかもしれない。

 今となっては、直接話す機会がないから、どうだったのかはわからないけれど――と。

 花梨も席を立ち、フィリップ王子のそばに寄り添うようにしゃがんだ。

 

 

(フィリップさまと、女王陛下のお心が結ばれますように……)

 

 

 王子を見上げ、花梨は手を組み、そっと祈る。

 

 

「でも……お父様と約束したんだ……。これからはボクがお母様と国を守るって……。だから……だから……あっ!!」

 

 

 最後まで言い終える前に、王子の背後に影が忍び寄り、首根っこを掴んで持ち上げる。

 王子は驚きの表情でその影――いや、女王を見上げた。

 

 

「どうやらあなたは、口で言ってもわからないようですね……」

 

「お、お母様……」

 

「『お母様』ではなく、『女王陛下』でしょ?」

 

 

 女王は不機嫌な顔で、子猫のように持ち上げたフィリップ王子を掴んだまま、サロン車の出入口まで連れて行くと立ち止まった。

 扉が開き、何をするかと思ったら、彼女はフィリップ王子を冷たいデッキへと放り出す。

 

 

「二度とここに来ることは許しませんよ!!」

 

「なにもそこまでしなくても……」

 

「放っておきなさい!! この子はこれくらいしないとわからないんですわ!!」

 

 

 事務官がやんわりと助け舟を出そうとしたが、女王は激昂。

 女王がその場から離れると、ピシャリとサロン車の扉は閉まってしまった。

 

 

『お、お母様……。お母様ーー!!』

 

 

 フィリップ王子はサロン車に向かって、女王に呼び掛けるが、女王は戻らない。

 ……その様子を怪しい男が、物陰から見ていた――。

 

 

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