白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
フィリップ王子から婚約を迫られ、思わず「大事な女だ」と宣言してしまう快斗。一方、花梨は王子との密談で「シラカワ」の後継者を巡る不穏な動きを知らされる。女王の厳しい態度に親子愛の縺れを感じた花梨が和解を祈る中、デッキに放り出された王子に怪しい男の影が迫り……。

第170話
盗みは鮮やかに。


170:女王の氷と怪盗の警告

「――快斗(私、行かなくちゃ……)」

 

 

 扉の向こうで泣いているフィリップ王子の声に、花梨は思わず駆け出そうとした。

 隣に立つ快斗の袖を、無意識にぎゅっと握る。

 

 

「……」

 

 

 快斗は花梨の意図を察したように、一瞬だけ、いつもの彼ではない――鋭く、けれど深い愛を湛えた“泥棒”の瞳で花梨を見つめ、静かに頷く。

 

 

(……行ってくるね、快斗。あなたは、あなたの仕事を。私は、私の守りたいものを――)

 

 

 頷きを返し、花梨は彼に背を向けて走り出した。

 

 

「あっ、花梨ちゃんっ!?」

 

 

 青子も走り出そうとしたが、快斗がそれを止める。

 

 

「あの二人、知り合いみたいだし、この先は花梨に任せておけばいい」

 

「う、うん……」

 

 

 止められた青子は、「花梨ちゃん、大丈夫かな……」ぽつりと漏らし、席に戻った。

 

 王子は婚約がどうのと言っていたが、ここは花梨が宥めてやったほうがいいだろう。

 彼女には不思議と人を癒す力があるから……。

 自分はその間にクリスタル・マザー探しを再開しなければ。

 

 花梨のことは心配だが、大勢の警察官とSPが乗り込んでいる列車だ。きっとどこかに権堂もいるだろうし、大丈夫。

 

 快斗は花梨を信じてクリスタル・マザー探しに集中することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから列車は順調に走行し、終着駅である大阪まで残り十分となった。

 

 花梨はまだ戻ってきていない。きっとフィリップ王子に付き添って個室にいるのだろう。

 優しい彼女のことだ、親身になって話を聞いてやっているに違いない。

 

 快斗は、花梨に関してフィリップ王子に多少思うところはあるが、母親からあんな仕打ちを受けた少年に同情心もある。

 天使な彼女を、わずかの間貸してやるくらいは許容してやる――と、自身は引き続きクリスタル・マザーの在りかを探していた。

 

 ……先ほどフィリップ王子を追い出した女王はすでに席に戻り、再び中森警部と酒を嗜んでいる。

 赤い顔でちびちびと酒を飲む中森警部が、腕時計を確認し口を開いた。

 

 

「大阪到着まであと十分……」

 

「どうやら私の勝ちのようですわね、警部さん……」

 

「で? どこなんですか、宝石の隠し場所は……」

 

「フフフ……大阪に到着したらお教えしますわ……。きっと警部さんはびっくりされるでしょうけど……」

 

 

 勝ち誇ったように、女王は笑う。

 キッドは未だ姿を現していない。勝負はセリザベス女王の勝利となるのか――。

 

 

(どこだ!? いったいどこなんだ……!?)

 

 

 快斗は二人の会話に聞き耳を立てながら、中森警部にお酌する女王を注意深く見つめた。

 

 

(くそぉ……。早くしねーと……。時間が……)

 

 

 女王の周りに何かヒントはないだろうか。

 注意深く、一つ一つ確認していく。

 

 そばに立つSPたちの装備に変わった様子はない。

 女王の衣服にも特に変化はなし。

 

 テーブルに置かれたアイスペール、軽食、酒のビン……ワイングラス……ロックグラス……。

 そのうち、たった一つだけ、見た目に違和感を覚えた。

 

 

(あれ……。おかしいな……。さっきから全然変わってねー……普通、もっと形が……)

 

 

 ――そうかわかったぞ!! 宝石のありかが……!!!

 

 

 注視していた快斗の目に飛び込んできた違和感。

 それは――。

 

 

 “ガタッ”

 

 

 音を立て、快斗は急に立ち上がる。

 

 

「花梨ちゃんとフィリップ王子、大丈夫かな……。あれ? どこ行くの快斗……」

 

 

 さっきからずっと花梨と王子を心配し、落ち着かない様子で雑誌を読んでいた青子が、快斗を見上げた。

 

 

「トイレだよ……」

 

「行ってらっしゃーい……(あ、やっぱり快斗、花梨ちゃんのことが心配で行くんだ……自分で“花梨に任せておけ”って言ったくせに~)」

 

 

 快斗が隙を見て、青子の飲み物に睡眠薬を仕込むと、そのまま席を立つ。

 それに気づかない青子は、快斗の“花梨好き”には困ったもんだ、と苦笑いして見送った。

 

 

(悪いな青子……少しだけ眠っててくれ……おまえの前で怪盗キッドになるわけにはいかねーんだ!!)

 

 

 サロン車から快斗が出て行き、残った青子は飲み物を口にする。

 飲んで一分もしないうちに、青子の口から大きなあくびが出た。

 

 

「ふぁぁ……(今日が楽しみすぎて夜更かししたせいかな……なんか眠くなってきちゃった……花梨ちゃんを待っていたいのにぃぃ……)」

 

 

 ……青子の瞼が重くなる。

 数度、まつ毛がゆっくり上下したかと思うと、青子はテーブルに倒れこむように夢の中へ……。

 

 その直後――車内の灯りが一斉に落ちた。

 

 

『て、停電だ~~!!』

 

『おのれキッドめ! ついに現れおったな!!』

 

 

 事務官の震える声と、中森警部の怒号が闇の中で響く。

 同時に女王の怯えたような叫び声が聞こえた。

 

 

『キャァアア!!』

 

『へ、陛下!!』

 

 

 SPたちも女王の姿が見えず、慌てているようで、衣擦れの音と乾いた靴音、それに、カチャカチャと銃を構えるような金属音が一斉に響く。

 

 ……次の瞬間。

 “パッ”と車内の灯りが点いた。

 

 明るくなった車内で、中森警部がセリザベス女王に抱きついていた。

 「この不埒者……!」と、SP全員の銃口が、警部を狙う。

 一瞬頭が真っ白になったのか、中森警部から「え?」と、声が漏れた。

 

 

「か、勘違いするな……ワシは、ただ陛下をお守りしようと……」

 

 

 決してやましい気持ちで抱きついたりなんかは……。

 中森警部は赤ら顔で弁明する。

 

 その赤い顔は酒のせいか、女王のせいか――。

 対照的に、女王の顔は青かった。

 

 

「そ、それより警部、あなたのグラスは!?」

 

「グラス? ワシのグラスならそこに……」

 

 

 女王に問われ、中森警部は自分のグラスを置いたテーブルを見る。

 テーブルに置いたグラスはたしか、女王のワイングラスと、自分のロックグラスのみ――。

 

 

「なっ、にぃーー!?」

 

 

 中森警部はテーブルを前に目を見開き、大きな声を上げた。

 テーブルの上には、いくつものロックグラスが置かれていたのだ。

 

 ロックグラスの中には、氷と、酒が注がれている……。

 

 

「ど、どれがあなたのグラスですの?」

 

 

 女王の声は震えていた。

 

 

「さ、さぁ……」

 

 

 どれも同じようなグラスで、自分が飲んでいたグラスがどれかなんて、見分けがつかない。

 中森警部は女王の質問の意図がわからないまま、首をかしげた。

 

 

「皆の者!! 手分けして捜すのです!!!」

 

「「「ハッ!!」」」

 

 

 青い顔をした女王の掛け声一つで、SPたちが一斉にグラスを確認し始める。

 

 

「チガウ、コレジャナイ」

 

「コレチガウ」

 

「Nos anclee」

 

 

 SPと一緒に中森警部のグラスを捜す女王の表情は真剣そのもの。

 その必死な様子を見て、中森警部は悟った。

 

 

「ま、まさかワシが飲んでたグラスの中に……氷と一緒に宝石を……。……なんて大胆な方だ……」

 

 

 まさか、クリスタル・マザーが自分が飲んでいたグラスに入っているとは――。

 中森警部は女王の大胆さに驚きすぎて目を瞬かせた。

 

 

「あ、あった……」

 

 

 多くのグラスの中の一つ。ようやく中森警部のグラスを見つけた女王は、グラスを見下ろし、ほっとした顔を見せる。

 

 

「“クリスタル・マザー”は無事ですわーー!!!」

 

 

 ……クリスタル・マザーは盗まれてなどいなかった。キッドの手から守り切ったのだ。

 それを証明するために女王は、グラスからクリスタル・マザーを取り出し、両手で頭上に掲げた。

 

 だが、それが仇となる。

 

 “ポンッ”と、どこかから何かが飛び出した音がした。

 その音が聞こえて一秒と経たないうちに、女王の手にあったクリスタル・マザーが彼女から離れ、宙を舞う。

 

 

「え?」

 

 

 その場にいた全員があっけにとられた。

 

 

 “ヒュルル……”、中空を舞い、放物線を描くクリスタル・マザーをキャッチしたのは――。

 

 

「か、怪盗キッド!!」

 

 

 白いスーツに身を包み、マントを靡かせる怪盗キッドが、いつの間にか開け放った窓枠に足をかけ、不敵な笑みを浮かべていた。

 その手にはクリスタル・マザーがしっかりと握られている。

 

 “ゴォオオオオッッ!!”と、外から吹き込む冷たい風に、温かな車内の温度が一気に冷えた。

 

 

「再びお目にかかれて光栄ですよ、女王陛下……」

 

「お、愚かな……ここは列車の中! あなたの逃げ場はもうありませんよ!!」

 

「フフフ……陛下、覚えておいてください……。怪盗キッドは神出鬼没……そしてあなたは……」

 

 

 動揺を隠せずに発せられる女王の言葉に、キッドはサッと、一瞬でクリスタル・マザーを消し、一枚のトランプカードを取り出す。

 

 

「クイーンである前に、ハートを持った母親であることを……お忘れなく……」

 

「な!?」

 

「では……」

 

 

 目を見開く女王にキッドは『ハートのクイーン』のカードを残し、“ポン”。

 ……その姿を消した。

 

 

「ま、まて! まて! キッドォオオ!!」

 

 

 中森警部がキッドが消えた窓へ駆け寄った。

 その視線の先、夜空にはすでに白いバルーンに掴まったキッドの姿が。風に煽られながらも、悠々と闇夜へと遠ざかっていく。

 

 

『よーし電話でこの辺一帯に非常線を張らせろ!! 奴を逃がしてはならんぞ!!』

 

『ハッ!!』

 

 

 ……足下で中森警部と警官たちの声が聞こえる。

 

 

「ケケケ……。相変わらずあめーな警部……。毎度毎度あんなダミーにひっかかって……」

 

 

 快斗は列車の屋根の上からその様子を見下ろし、笑った。

 先ほど逃げたキッドは、ダミー人形……警察は、居もしない“逃げたキッド”に非常線を張ったというわけだ。

 

 

(さぁ、さっさとパンドラかどうか確認して、花梨を迎えに行くか……! 今夜は甘い、あま~い夜にしような~花梨っ♡)

 

 

 今回はちょっとばかし手ごわかったが、何の問題もなく盗み出すことができた。

 あとは、クリスタル・マザーがビッグジュエルかどうかの確認を終えたら、残るミッションは、花梨との一か月記念の夜だけ――。

 

 大阪にはもうすぐ到着する。

 中森警部の見通しは甘いが、同じ甘いなら、花梨と過ごす甘い時間のほうがいい。

 

 これから花梨との熱い夜を迎えられると思うと、快斗の鼓動は高鳴った。

 ……ところが、そんな甘い夜の予感を打ち消すように、背後から声がする。

 

 

「あまいのは兄ちゃんのほうだよ……」

 

 

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