白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
花梨に王子を託し、快斗はクリスタル・マザー奪取に動く。女王が氷の中に隠した宝石を鮮やかに盗み出したキッドは、「母親の心を忘れるな」と言い残し逃走。花梨との記念すべき夜を夢見て屋根の上でほくそ笑む快斗だったが、その背後に不気味な影が忍び寄り……。

第171話
緊迫回。


171:背中越しの運命

 

 

 

 

 ……時間は少しだけ遡る。

 

 

「フィリップさま……! ってあれ……? フィリップさま……?」

 

 

(女王陛下があんなに冷たく接したのは、きっと彼を守るため……)

 

 

 追い出されたフィリップ王子を追って、サロン車の扉を開け、連結デッキへ飛び出した花梨は、思わず足を止めた。

 そこにいるはずの、小さな背中がない。

 

 

「フィリップさま……?」

 

 

 焦燥感に駆られ、次の車両へ視線を向けたときだった。

 客車の通路の先で、トレンチコートを着た大柄な男の隣を、ちょこちょこと歩く金髪の少年(フィリップ)を見つける。

 

 

(……その人と、どこへ?)

 

 

 二人は談笑しているように見えた。男は優しく王子の肩を抱き、王子はそれに応えるように見上げて笑っている。

 けれど、花梨の胸をざわつかせる“不吉な予感”は、消えるどころか、冷たく膨れ上がっていく。

 

 二人の後を追って数車両。たどり着いたのは、屋根の上へと続く梯子があるデッキだった。

 

 フィリップを先に登らせ、男がそれに続く。

 お尻を支えられ、持ち上げられた小さな彼は、あっという間に姿が見えなくなった。

 続けて男もゆっくりと梯子を登っていく。

 

 男の一歩一歩に不安を覚えながら、二人の姿が見えなくなるのを見送った花梨は、梯子の前で立ち尽くし、冷え切った鉄の棒を見つめた。

 

 

「……」

 

 

(フィリップさまとあの男の人は、笑顔だった。……でも、どうしよう……イヤな予感がする。……放っておいたらいけない……)

 

 

 水曜日に、身辺警護契約は解除してきた。

 権堂も、降谷もここにはいない。

 

 今、ここで動けるのは自分だけだ。

 

 

「……まだ五月だもの……きっと大丈夫」

 

 

 花梨は意を決して、小さく震える細い指先で梯子を掴み、夜風の吹き荒れる屋根の上へと這い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、列車の屋根の上。

 白銀の衣をはためかせた怪盗キッドは、手の中の“クリスタル・マザー”を見つめていた。

 

 

「返してよ宝石……! それがないと、ボクの国の人が困っちゃうんだ!! だから返して!!」

 

 

 必死に叫ぶフィリップの声に、横目でちらり。

 キッドは背を向けたまま、内心で呆れながらも感心する。

 

 

「しかしオメー、よくここまで一人で登ってこれたなぁ……」

 

 

(……ったく、こんなとこに来ちまったら、花梨がオメーを見つけられねぇだろうが……まあ、ここは危ないから、来なくて正解だけどな)

 

 

 愛しい彼女の心配を横に追いやり、キッドは宝石を月にかざす。

 この中に、不老不死の石“パンドラ”が隠されているのかどうかを見極めるために。

 

 

「一人じゃないよ……おじさんに手伝ってもらったんだよ……! キッドはきっとここに来るって言ったら、協力してくれたんだ……」

 

「おじさん?」

 

「ホラ、ボクの後ろにいるやさしい――」

 

 

 “――ドカッ!!!”

 

 

 何かがぶつかったような音とともに、王子の言葉が途切れた。

 背後から放たれた無慈悲な蹴りが、小さな身体を屋根の上に叩きつけたのだ。

 

 

「う、うあぁっ……!」

 

 

 這いつくばる小さな少年の背を、大きな靴が無造作に踏みつける。

 

 

「フフフ……また会えたな、怪盗キッド……」

 

 

 低い、砂利を噛むような声。

 闇の中から現れたトレンチコートの男が、手慣れた動作で銃に弾を詰め、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

(っ、お、お前は……!)

 

 

 キッドの顔から余裕が消えた。

 反射的にトランプ銃を構えようとした瞬間――。

 

 

 “パシュッ!!”

 

 

 乾いた発砲音が響き、手元でトランプ銃が火花を散らして砕け散った。

 

 

「くっ……!」

 

 

 唯一の武器を奪われ、キッドは凍りつく。

 月光の下、冷酷な銃口が、今度はキッドを正確に捉えていた。

 

 パシュッ、パシュッ、パシュッ。

 間髪入れずにキッドの足元を狙って、男が発砲する。

 

 キッドは俊敏な動きで後退しながら躱していくが、男の背後にゆらりと白い影が見え、目を見開いた。

 

 

「っ……はっ!?(嘘だろ……やめろって……)」

 

 

 次の瞬間――

 

 

「ダ、ダメぇっ!!」

 

「なにィっ!?」

 

 

 白い手が、屋根の上に立つ男の、風に揺れるコートに伸び、掴んで思い切り後ろへと引っ張る。

 男はバランスを崩し、尻餅をついた。

 

 その拍子に男の手から銃は離れ、屋根の上でくるくると踊る。慌てて這いつくばる形で追ったが、銃はあともう少しというところで屋根から落ち、闇の彼方へと消えていった。

 

 

「ば、バカッ!! オメッなにやって――!!(花梨っ!!!)」

 

 

 キッドの顔が一気に青褪める。

 それはそうだ、男のコートを引っ張ったのは……最愛の人、花梨だったのだから。

 

 

「カリンっ!! どうしてっ!? 危ないよ!」

 

「大丈夫ですかフィリップさま!! お怪我は!? 立てますか!?」

 

「っ、そ、そりゃ、ちょっとは痛いけど……」

 

「ここは、キッドさんに任せて逃げましょう!」

 

「でも――」

 

 

 駆け寄った花梨はうつ伏せの王子を起こすが、王子の視線は花梨の頭上を見上げた。

 すぐに黒い影が花梨に覆いかぶさる。

 

 キッドの視界の端で、花梨の髪が風に揺れ、月光にきらめく瞬間――その美しさに、思わず息を呑む自分がいた。

 こんな状況だというのに、見惚れてしまう自分に戦慄する。

 

 

「ぁっ、ぐっ……」

 

「どこのノラ猫が迷い込んだのやら……」

 

「ぐっ……あ、……っ!」

 

 

 背後から太い腕が伸び、花梨の細い首を無慈悲に締め上げた。

 男は立ったまま、逃れようのない力で花梨を自身の胸へぐっと引き寄せる。

 

 

(やめろ、やめろ、やめろ――やめろ!!)

 

 

 キッドは一瞬、足を踏み出しかけ――歯を食いしばる。

 

 花梨の細い喉が締め上げられている。

 頸動脈を圧迫され、いわゆる“裸締め”の状態――火花が散るように視界が揺れ、意識がかすむ。

 

 

「……小癪な真似を。おかげで余計な手間が増えた」

 

 

 男の低い声が、直接脳を揺らす。

 花梨の足先が屋根から浮き、酸素を求めて、その指先が男の腕を必死に掻くが、鍛え上げられた筋肉は岩のように微動だにしない。

 喉を締めつける苦しさに、白く霞んだ視界の中、金の瞳から涙が勝手にこぼれ落ちていく。

 

 その光景に、キッドの胸が締めつけられ、苦々しく息を詰める。

 仮面の下の目は必死に花梨を追い、唇がわずかに震えた。

 

 

「――やめろっ!! 彼女から手を離せ!!!」

 

 

 キッドの、悲鳴にも似た怒号。

 いつも不敵に笑っている彼の仮面が、今、完全に剥がれ落ちていた。

 

 

「フン……この女の命が惜しければ、宝石をこちらに渡せ。さもなくば、このままこの細い首を絞め落としてやるぞ」

 

 

 男は冷酷に告げ、わずかに腕を動かす。

 花梨は言葉を発することができず、苦しそうに眉をしかめた。

 

 

「っ、これはお前たちが探していたパンドラじゃなかった……!」

 

「なに?」

 

「……っ、本当だ。さっき月にかざして調べたんだ……」

 

 

(頼む、花梨……! オレの、オレの宝石(ジュエル)に触れるな……!!)

 

 

 喉の奥で、快斗が叫ぶ。宝石など、あの子の命に比べればただの石ころに過ぎない。

 必死に表情を押し殺しながら、キッドは続けたのだが――。

 

 

「黙れ!! それはオレが調べる!! さあ、さっさと宝石をよこせ!! この女が死んでもいいのか?」

 

 

 キッドの言葉に苛立った男が、さらに腕に力を込める。

 月光に照らされた花梨の顔が白く透け、意識の混濁を物語るように、その瞳の焦点がゆっくりと合わなくなっていく――。

 

 

「か……ぃ……」

 

 

 それは、か細い声が途切れる寸前に起きた。

 

 

 “パシュンッ!”

 

 

 小さな発砲音。

 そして、次に“ドシンッ!!”という男の身体が崩れ落ち、花梨とともに屋根に沈む音。

 倒れた男は沈黙している。

 男の巨体の下に隠れてしまった花梨は、ピクリとも動かない――。

 

 ……その少し後方。

 月光を背に、小さな銃を手にしたフィリップが立っていた。

 

 

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