白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
事件後の個室で、快斗は花梨の首の痕を魔法(メイク)で消し、一か月記念のシトリンのネックレスを贈る。「絶対守る、なんでも解決してやる」と震えながら誓う快斗。その熱い言葉と献身的な愛に、花梨は救われながらも、彼を守るために独り去る決意を深めていく。交わらない二人の祈りが、夜の静寂に溶けていく。

第175話
ニンニン。


175:奇術師(マジシャン)と王子と、秘密の暗号(コード)

 

 

 

 

「はぁ……ン、も、もう、サロン車に戻らなきゃ……」

 

 

 身体の痛みも、涙も凪いで、花梨は快斗の腕から逃れるように胸を押す。

 いつの間にか、ちゅ、ちゅっ、と小さな水音を立て、互いの唇が触れていた。

 

 想いは交わらなかったが、触れ合う唇だけは磁石のように自然と重なって……。

 

 

「ん……もう少し……♡」

 

「もぅ……快斗ってば……ンン……」

 

 

 快斗とのキスは心地いい。

 この瞬間だけは、なにもかも忘れられて、幸せな気分に浸っていられるから。

 

 花梨は未だ別れを言い出せず、快斗にされるがままだ。

 ……そんなとき。

 

 “ドンドン!!”

 

 誰かが部屋の扉をノックした。

 「チッ」と、快斗が舌打ちをする。

 

 扉の向こうで「カーリーン!!」と、花梨を呼ぶフィリップの声が聞こえた。

 

 

「あーあ……。王子が来ちまったかぁ~」

 

「フィリップさま?」

 

「そ。ここ、王子の個室だからな」

 

 

 快斗はつまらなそうに、下ろしかけた花梨の背中のファスナーを元に戻した。

 

 

「あ。そういえばそうだったね」

 

「歩けそうか? キスして腰、砕けてない?」

 

「へ……? んもぅ! えっち!」

 

「へへへっ♡ だぁ~って、花梨ちゃん、キスしてるとすぐ力抜けちゃうじゃん?」

 

 

 花梨がぷくっと頬を膨らませるのを、快斗は嬉しそうにからかう。

 けれど、ふと指先が彼女の首元で跳ねる小さな光――自身が贈ったシトリンに触れたとき、快斗の瞳から茶化すような色が消えた。

 

 

(……似合ってる。世界中のどんなビッグジュエルより、今の花梨にはそれが一番だよ)

 

 

 その目といったら優しげで、うっとりしているようで……。

 まるで、世界でたった一つの宝物を見つめるコレクターのような、それでいて、ただ一人の少女を愛おしむ少年のようだった。

 

 

「そういうこと言わないの~っ! フィリップさまに聞こえたらどうするの……!?」

 

「聞かせといたほうがいいだろ?」

 

「えぇ~?? ダメだよ。そういうの、情操教育によくないよ?」

 

「情操教育って……真面目か! あいつ、お前のこと妃にするって言ってんだぞ? 子どもは何人がいいかって言ってたの、花梨も聞いただろ? 最近のガキは、はえーんだよ……」

 

「そんなこと言ってたかなぁ……? って、未成年に変なこと教えちゃダメ」

 

「オレらも一応、まだ未成年だけどな……」

 

「そうだけどっっ!!」

 

 

 快斗と言い合っていると、再び“ドンドン、ドンドン!!”と扉を叩く音――。

 

 

『ちょっと兄ちゃん! ボクのカリンに変なことしないでよ!?』

 

 

 こもった声が扉の向こうで聞こえた。

 

 

「ほらな? ってか、オレの花梨だっつーの!!」

 

 

 快斗は立ち上がり、扉へ。

 扉を開けると不機嫌なフィリップが入ってくる。

 

 二人はそのまま言い合いを始めてしまった。

 

 

「……二人ともなに言い争って……あ! フィ、フィリップ様!!」

 

「だーかーら! 兄ちゃんはカリンのことなにもシラ……ん? なにカリン?」

 

 

 快斗と言い争うフィリップに花梨は慌てて声をかける。

 ……親戚のことは、快斗には秘密だ。

 

 フィリップも女王のように、頼めばきっと、黙っておいてくれるはず。

 けれど、快斗の目の前で説明するのは難しい。

 

 それでもどうにか伝えてみよう。

 花梨は自分を見る快斗を横目に、フィリップに続けた。

 

 

「あの……私……」

 

「……Nos prob ayokays(問題ないよ、大丈夫)! お母様に聞いたからね! 兄ちゃんに物申したいだけ!」

 

 

 花梨は、快斗に悟られないよう、安堵のため息を喉の奥で飲み込んだ。

 

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 

 ありがたいことに、フィリップは女王から花梨の事情を聞いて、黙っていてくれるらしい。

 花梨は頭を深々と下げた。

 

 

「なぁ、花梨ちゃん。今、王子、なんて言ったの?」

 

 

 にこにこと、快斗は不機嫌な笑みで尋ねる。

 ……目が笑っていない。怪盗としての「目利き」が、二人の間の隠し事に敏感に反応していた。

 

 

「え? あ、んと……」

 

「喧嘩してるわけじゃないから大丈夫だよっ、て言ったの!」

 

 

 気まずさに、ぱっと目を逸らす花梨。

 そんな彼女に助け船を出すように、フィリップがズイッと花梨と快斗の間に身体を滑り込ませた。

 

 

「は? 日本語で言えるなら、はじめから言えよ。ってかお母さんに、なに聞いたんだよ? ぜってえ違うだろ」

 

「っ、お国言葉はとっさに出ちゃうものじゃん! それより、青子さんだっけ? 彼女のグラスに宝石返しとくなら言っといてよね! 彼女、起きて宝石があったらびっくりするよ!?」

 

 

 フィリップは、ここに戻るとき、眠る青子の横を通り、グラスに不自然に大きな氷が入っているのを見て、おかしいと思っていた。

 違和感を覚えつつ、自分の個室の前まできてやっと、“あれはクリスタル・マザーだ!!”と気がついたのだ。

 

 

「しゃーねーだろ。オレが女王に近づいたらおかしいだろうが」

 

「他にもっとスマートな返却方法とかないの!?」

 

 

 再び始まる言い争い。

 なんだか仲がよさそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

 花梨は目をぱちぱちと瞬かせ、様子を見守る。

 

 

「るせーなぁー! 返してやったんだから文句言うな」

 

「泥棒のくせに、生意気だよ! ボクが兄ちゃんの命綱、握ってるってわかってんの?」

 

「へーへー。そいつはすんませんでしたー! 言いたきゃ言えばいーだろ?」

 

 

 快斗は頭の後ろで手を組みながらベッドに戻ってきて、どっかりと腰を下ろすと、足を組む。

 すぐにフィリップも駆け寄り、ぴょんと跳ねて、隣に腰かけた。快斗と同じように頭の後ろに手を組み、足も組む。

 そして、にこっと快斗を見上げた。

 

 

「言わないよ……!」

 

「な、なんでだよ」

 

「兄ちゃんは、お母様とボクを繋いでくれたし、カリンの大事な人だから……」

 

 

 “癪だけどね……!”そう付け加えて、フィリップは花梨をチラリ。

 花梨は一人、まだ立ったまま、ただ目を瞬かせている。

 

 

「お前……わかってんじゃん……」

 

「ところで、キッド! キッドはニンジャみたいな動きをするよね! 手裏剣とか持ってたりするの?」

 

 

 王子の無邪気な問いかけに、快斗の顔が引きつった。

 すでにモノクルもシルクハットも脱ぎ捨て、黒羽快斗としての姿に戻っているというのに、この王子は火に油を注ぐようなことばかり言う。

 

 

「……持ってねーよ。っつーか、その名前で呼ぶんじゃねえっ!! いいか、オメー。外でそんなこと一言でも言ってみろ! 煙に巻いて即刻“どろん”すっからな!?」

 

「えーっ! やっぱりニンジャじゃん! 忍術で消えるんでしょ!?」

 

「ちげえっっつーの!! オレはマジシャンだっ!!」

 

 

 必死に否定すればするほど、フィリップは目を輝かせて快斗の袖を引っ張っている。

 さっきまでの緊迫感はどこへやら。

 まるで懐いている弟をあしらう兄のような快斗の姿に、花梨は思わず「ふふっ」と声を漏らして笑った。

 

 

「あはは……。仲良しだね、二人とも」

 

「どこがだよっ! 花梨、お前からも言ってやってくれ。こいつ、マジで外でバラしそうなんだよ……」

 

 

 快斗が助けを求めるように視線を送るが、花梨は優しく首を振った。

 心身ともにボロボロだったはずなのに、この賑やかな喧騒が、今は何よりも心地いい。

 

 

「ううん、大丈夫だよ。フィリップさまは言わないよ。……それじゃ、私は一足先にサロン車に戻ってるね。青子ちゃんも心配してるだろうし」

 

「……ああ。気をつけてな。もうなんもないと思うけど、変な奴がいたらすぐ叫べよ?」

 

 

 快斗はフィリップに袖を引かれながらも、花梨に向かってだけは、もう一度あの真っ直ぐで優しい瞳を向けた。

 

 

「うん。……また後でね、快斗。フィリップさまも、また後で!」

 

 

 花梨はネックレスにそっと触れ、二人に手を振って個室を後にする。

 扉が閉まる直前まで、『ニンジャ! ニンニン!』『マジシャンだっつーの!』という賑やかな言い争いが聞こえていた。

 

 

(……よかった。快斗も、笑ってる)

 

 

 一人になった通路で、花梨は深く息を吐いた。

 首元の痕は、快斗の魔法できれいに隠されている。

 

 けれど、彼が贈ってくれたシトリンの温もりだけは、隠しようもなく花梨の胸を温め続けていた。

 

 

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