白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
甘い余韻を破り、フィリップ王子が個室へ乱入!快斗の正体を知る王子と「マジシャン対ニンジャ」の賑やかな言い争いが始まる。一方、花梨は王子が自分の事情を察してくれたことに安堵し、快斗の魔法に守られたまま、一人サロン車へと戻るのだった。

第176話
魔法はいつか解けるもの。


176:怪盗の魔法が解けるその前に

 

 

 

 

 王子の個室から漏れる賑やかな言い争いを背に、花梨は一人、サロン車へと続く重厚な扉を開けた。

 先ほどまでの喧騒が嘘のように、そこにはしんと静まり返った空気が漂っている。

 

 

「……あ、花梨ちゃん!?」

 

 

 テーブルに突っ伏していたはずの青子が、顔を真っ赤にして立ち上がった。その手には、空になったはずのグラスが握られている。

 

 

「青子ちゃん、おはよう。……具合、どう?」

 

「具合なんて言ってる場合じゃないよ! 見てこれ、青子のグラスの中に……宝石が! 本物のクリスタル・マザーが入ってたの!!」

 

 

 青子が差し出したグラスの底で、イングラム公国の至宝・クリスタル・マザーが鈍い光を放っている。

 少し離れた場所では、女王が事務官に支えられながら、信じられないものを見るような目で青子の手元を凝視していた。

 

 

「……中森警部は?」

 

「お父さんなら、キッドを捕まえるって言って、列車が止まった途端に外へ飛び出していったらしいの。……もう、こんな時にどこ行ってるんだか! 一応、今連絡が取れて、こっちに向かってるって」

 

 

 青子はぷんぷんと怒りながらも、戻ってきた親友の姿にホッとしたのか、花梨の顔をじっと覗き込む。

 

 

「花梨ちゃんこそ、顔色悪いよ? ずっとトイレにいたの?」

 

「ん……ちょっと酔っちゃったみたいで。でも、もう大丈夫」

 

「よかったぁ……。……え? 花梨ちゃん、そのネックレス……」

 

 

 青子の鋭い視線が、花梨の首元で揺れるシトリンに止まった。

 サギソウの彫刻が施されたシルバープレート。先ほどまでは、花梨は何も着けていなかったはずだ。

 

 

「あ……。これ、は……」

 

 

 嘘を吐くのが苦手な花梨の鼓動が速まる。

 けれど、快斗の魔法のおかげで、その下にある痛々しい痕は、青子の目からも完璧に隠されていた。

 

 

「……すごく、綺麗。花梨ちゃんの瞳の色にぴったりだね」

 

「……ありがとう。……大切な人から、もらったんだ……」

 

 

 花梨は、嘘ではない言葉を選んで、そっと小さな宝石を指先でなぞった。

 頬に赤みが差し、恥ずかしそうに柔らかい笑みを浮かべる。

 

 

「大切な人……。……は、は~ん。へ~! ほ~♡」

 

 

(きゃわわっ♡ きゃわわでしょ、これ!! モジモジ花梨ちゃんとかレア!! あのバ快斗、いつの間にこんなキザな真似……! でかした……!!)

 

 

 花梨が開花したばかりの花のように見え、青子は“シャッターチャーンス!!”とばかりにスマホを取り出そうとしたが、そこをぐっとこらえた。

 

 

「な、なに……?」

 

「フフフ……あやつ、やりおるな。でもトイレの前で渡すってどうなのよ……」

 

「ん?」

 

 

 不敵に笑い、「にしてもサギソウの花言葉って、あれよね、夢の中でも――愛が重っ!!」とぶつぶつ呟く青子に、花梨は意味がわからず愛想笑いを返す。

 

 

「でも……大事にしてやってね!」

 

「えっ?」

 

「あいつ……口は悪いしさ、ちょーっとしつこいところもあるけど、いいやつだからさ♡」

 

 

 宝石の入ったグラスをテーブルに置いた青子は、花梨の両手をぎゅっと掴み、“幼なじみをよろしく頼む……”とでも言うように頭を下げた。

 その様子に花梨は目を丸くする。

 

 

「……あ……」

 

「ねっ?♡」

 

「……えっと、青子ちゃん。あのね……実は私――」

 

 

 花梨が目を伏せ、話そうとしたその時――。

 二人の間を割って入るように、フラフラとした足取りの女王が、事務官に支えられながらやって来て声を上げた。

 

 

「っ、花梨! ひょっとして、それはクリスタル・マザーではないですか!?」

 

「あ、陛下……?」

 

 

 女王は、青子の置いたグラスを掲げ、見上げる。照明に照らされたクリスタル・マザーがきらりと光った。

 グラスの中の宝石がクリスタル・マザーだと認めると、女王の瞳が潤み始める。

 

 

「これはまさしく、クリスタル・マザーですわ……!! キッドが返してきたということですか!?」

 

「は、はい、たぶん……」

 

 

 キッドがなぜ、グラスの中にクリスタル・マザーを入れたのか――理由を知らない花梨は、グラスを手にしながら距離を詰めてくる女王の圧に負け、頷く。

 花梨の反応を受けて、女王はクリスタル・マザーを取り出し、大事そうに胸に抱きしめた。

 

 

「ああ……! よかった……!! 確かに彼は、気に入らない宝石は返却すると噂で聞いてはいましたが……本当に返ってくるなんて。花梨、ありがとう! そちらのお嬢さんも」

 

「い、いえ、青子――あ、私はなにも……♡♡」

 

 

 花梨と青子にお礼を告げるちょっぴり涙混じりの女王の笑顔に、青子の頬がぽっと赤く染まる。

 美人の涙というのは“てえてえ♡”……青子は近距離で見る、女王の美しさに釘付けになった。

 

 女王は花梨に視線を向けて続ける。

 

 

「やはり、あなたは幸運のMyraだわ」

 

「へ、陛下……!」

 

 

 女王の言い方――これはもはや、知り合いだとばらしているようなものだ。

 はっきり日本語で言われたら、青子に怪しまれるに違いない。

 花梨は『終わった……』と遠い目をし、引きつった口角を上げた。

 

 

『――花梨、もし何か困りごとがあったら、いつでも連絡なさい。イングラム公国は、いつでもあなたを喜んで保護しますわ(・・・・・・・・・)

 

 

 そっと花梨の髪を撫で、最後にイングラム語で告げた女王は、美しい笑みを浮かべてからSPたちの元へと戻っていった。そのまま「取り返しましたわ~~!!」とクリスタル・マザーを手に明るく叫ぶ。

 その瞬間、拍手とともに、「オオオオオ~~!!」という勝利の雄たけびにも似た歓声が上がった。

 

 女王を見送った花梨と青子はというと……。

 花梨は、青子に女王のことを訊かれたらどうしようかと答えを考えていたのだが――。

 

 

「……花梨ちゃん」

 

 

 突然、深刻な顔の青子に名を呼ばれ、花梨の心臓が跳ねる。

 

 やはり、ばれてしまった。

 なんて答えればいいのだろうか。

 

 “ただの知り合い”――本当に、あの一度しか会っていないというのに。

 

 とりあえず、返事をしよう。

 花梨はドキドキしながら、首をかしげた。

 

 

「……ん?」

 

「女王陛下って、めちゃくちゃいい匂いするねぇ……♡」

 

「……へ? あっ、ふふっ、そうだね♡」

 

 

 青子はうっとりした様子で、遠く離れた女王を見つめている。

 女王から香った上品な香りにすっかり夢見心地の様子。

 

 

(よかった……青子ちゃん、女王陛下にメロメロになってて、さっきの聞いてなかったみたい)

 

 

 この様子なら、さきほどの会話を突っ込まれることはなさそうだ。

 フィリップといい、女王といい、秘密にしてくれると言っていたのに、大胆だから困ったものである。

 

 

「はぁ~♡ ……って、列車まだ動かないのかな~? 快斗も全然戻って来ないし……」

 

 

 未だ戻って来ない快斗に、青子はサロン車の扉を見つめた。

 

 

「あ、ふふ。またお腹痛いみたいだね?」

 

 

 ここは、トイレに行ってる……ということにしておいていいだろうか。

 さっきのあの様子からすると、快斗がフィリップから解放されるのはもう少しかかりそうだ。

 

 

「戻ってきたら、胃腸薬飲みなさいって言っとかないと!」

 

「ふふふ♡ あ、青子ちゃん。まだ時間かかりそうだし、快斗を待ってる間、もう一杯何か飲まない?」

 

「いいね! あと、サンドイッチ食べたいな。青子、急に眠くなっていつの間にか寝ちゃってて……注文するの忘れてたの! 一緒に食べよ♡」

 

「うん!」

 

 

 花梨と青子は再び席に着き、やってきたウェイターにサンドイッチとドリンクを注文する。

 「お代はあちらから頂戴しておりますので、お好きなものをどうぞ」とのことで、花梨が振り返ると、離れた席の女王と目が合った。

 

 どうやら女王は、今回の騒ぎを申し訳なく思っているようで、サロン車に居合わせた乗客全員に、ご馳走してくれるのだとか。

 

 

「女王陛下ってステキ……♡♡」

 

 

 青子はすっかり女王のファンになったらしい。

 手を組み合わせ、うっとりした瞳でそのまま頭を下げた。

 

 花梨も軽く会釈すると、女王の瞳は細くなり、小さく手を振る。

 

 

「あ、花梨ちゃん、手を振ってくれたよ! はわわ♡」

 

「……」

 

 

 いつばれるか気が気じゃない花梨は目を細め、無言で青子に向き直った。

 そのうち注文したミックスサンドとドリンクが届き、二人は食べ始める。

 

 

「おいし~♪ ね、この、たまご濃厚! すっごくおいしい♡」

 

「ふふっ♡ ハムサンドもおいしいよ♡」

 

「ね、ね。快斗の分、別に残さなくていいよね?」

 

「ふふふっ、いいと思うよ?」

 

 

 ここにいない快斗の分など残しておかない。

 ミックスサンドは、次から次へと青子の胃の中へと収まっていった。

 

 

「ふ~……ごちそうさまでした! おいしかった~♡」

 

「ごちそうさまでした……」

 

 

 あっという間にミックスサンドを平らげた青子は、追加のリンゴジュースも空にして、手を合わせる。花梨も彼女に倣うように手を合わせた。

 

 

「そろそろ、席に戻る? 快斗のやつ、全然戻って来ないし」

 

 

 女王陛下に挨拶もしたし、腹ごしらえもしたし、サロン車に居続ける意味も特にない。

 青子はテーブルに手をついて立ち上がろうとする。

 だが、花梨の手が青子の手首に伸びて、それを引き留めた。

 

 

「あ、青子ちゃん……!」

 

「ん?」

 

「あの、ね……実は、話したいことがあって」

 

 

 花梨の声は微かに震えていたが、その瞳には、もう逃げないという強い決意が宿っていた。

 

 

「話したいこと……?」

 

 

 さっきまで朗らかでふわふわしていた花梨の表情が、急になんだか思いつめているようで、青子は首を捻る。

 ……花梨のこんな顔、今まで見たことがない。

 

 これは、何かあったに違いない。

 席を立ちかけた青子は再び腰を下ろした。

 

 

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