白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
サロン車で青子と合流した花梨。グラスに返却された宝石と女王の感謝に包まれ、平穏が戻ったかに見えたが、青子の目は花梨の首元の贈り物を見逃さなかった。親友の温かさに触れた花梨は、快斗には言えなかった「ある決意」を打ち明けようと静かに口を開く。

第177話
※快斗が非常に不憫です。


177:流れゆく情景

「何かあったの?」

 

「実はね……――」

 

 

 花梨は青子に事情を打ち明ける。

 嘘まみれの、作り話。

 

 

「――私、明日から留学するの」

 

「えっ……留学!? うそ……そんな、急すぎるよぉ……!」

 

 

 花梨の告白に青子の瞳が揺れた。

 

 留学――。

 その響きは、本来なら希望に満ちているはずだった。

 けれど今の花梨にとっては、愛する人を地獄から遠ざけるための、世界で一番優しい絶縁状だ。

 

 嘘をつくのは心苦しくて嫌いだが、その嘘で誰かを守れるとしたら。

 ……嘘を使わない手はない。

 

 ときに嘘は、誰かを守る武器になる。

 

 花梨は青子にゆっくりと説明していく。

 話が進むうち、青子の眉間に深い皺が寄っていった。

 

 最後に青子が泣き出してしまったが、快斗には自分から説明すると伝えて納得してもらった。

 

 

「うっ、うっ……花梨ちゃん、青子やだよぉ……」

 

「ごめんね。でも、もう決まってたことだから……泣かないで……?」

 

 

 大粒の涙を零す青子の頬に、花梨はハンカチをそっと当てる。

 

 

「連絡……くれるよね?」

 

「…………うん」

 

「きっとよね!?」

 

「…………うん」

 

 

 連絡を――することができるだろうか。

 できない約束をするのは人としてどうなのだろう。

 

 それでも、この場だけでも彼女が安心してくれるのならば……。

 青子の涙を拭いながら、頷くたび、花梨の胸はズキズキと痛んだ。

 

 

「快斗には……大阪に着いたら言うの?」

 

「うん……」

 

 

 花梨がそっとハンカチを差し出すと、それを受け取り、青子は涙を拭う。

 ……ハンカチはそのまま青子にあげることにした。

 

 

「そっか。あいつが納得してくれるとは思わないけど……こればっかりは、しょうがないもんね」

 

「うん……快斗のこと、お願いします」

 

「お願いされても困るんだけど……わかった。何とか宥めてみる」

 

 

 頭を下げる花梨に、青子は一息ついて了承する。

 花梨が手を差し出すと、青子も手を出し、二人は握手を交わした。

 

 そんな二人の会話が終わる頃、車内放送が流れた。

 

 

『お待たせいたしました。これより速度を上げ、遅れを取り戻すべく大阪へと急ぎます。車内、大きく揺れることがございますのでご注意ください。次の停車駅は、終着、大阪です』

 

 

 ゆっくりと、列車が動き出す。

 大阪までは残りわずか。

 

 花梨と青子は、最後に何とか出発に間に合った中森警部と女王に会釈して、サロン車をあとにする。

 快斗には、「席に戻ってるね」とメッセージを送り、自分たちの席へと戻った。

 

 

「え? 花梨ちゃん、窓側に座りたいの?」

 

「うん、ダメ……かな?」

 

「ううん、いいよ。もう数分しかないけど、夜景綺麗だし、楽しんでね!」

 

「ありがとう」

 

 

 席へと戻った花梨は、青子と席を替わってもらい、窓側へと移る。

 

 窓から見る大阪の夜景――。

 大阪には住んでいたが、こんな風に夜景を見たことはない。

 

 

「キレイ……」

 

 

(夜って、なんか落ち着くんだよね……色んなものを、隠してくれるから……かな? それに……素敵な出逢いも与えてくれるし……)

 

 

 ……怪盗キッドと出会ったのは、月のない夜。

 新月はつい数日前。空に目を移せば、遠くで細い月が輝いている。

 

 ふと、窓に反射する自分の顔……いや、首元のネックレストップが目に入り、花梨はぎゅっと握りしめた。

 

 

「花梨」

 

 

 やがて、快斗の声がした。

 戻ってきたらしい。

 

 けれど、花梨には届かず、彼女は窓の外を見ていた。

 

 

「しー……! 花梨ちゃん、夜景を堪能中なんだから邪魔しちゃだめ!」

 

「……青子、席替われ」

 

「えー……しょうがないなぁ~(どうせあと数分だもん、替わってやるか……)」

 

 

 青子に席を替わってもらい、快斗は花梨の隣へ。

 

 窓を流れる街の灯りが、花梨の金色の瞳に吸い込まれては消えていく。

 その横顔があまりに綺麗で、快斗は一瞬、彼女が夜の闇に溶けてしまうのではないかという錯覚に陥った。

 

 

「花梨」

 

 

 堪らずまた名前を呼ぶ。

 

 

「……ん? あ、快斗。おかえりなさい、お腹大丈夫?」

 

「お腹……? おう、ただいま。もうすぐ大阪だな♪ 着いたら飯食いに行こうぜ」

 

 

 フィリップとのことは、青子の前で話せない。

 特に言及はせず、快斗は親指と人差し指で丸を作って笑顔を見せた。

 

 

「あ……うん。でも、その前に話したいことがあるんだけど……」

 

「話したいこと?」

 

 

 首をかしげる快斗の後ろで、青子が痛みを堪えるように眉をしかめる。

 

 

「うん……今日は、記念日でしょ?」

 

「ん? お、おう……」

 

「私、今は何も持ってないけど……快斗になにかあげたいなって思って」

 

 

 花梨はネックレストップを握りしめながら、快斗を真っ直ぐ見つめた。その瞳の奥には、消えない決意と、ちぎれそうなほどの愛しさが渦巻いている。

 間近で満月のようなシトリンの瞳に見つめられると、つい見入ってしまう。快斗の頬がぽっと赤く色づいた。

 

 

「あげたいもの……それって、わた……っっ!! それっ、青子の前で言っても大丈夫なのかっ!?」

 

 

(……おいおい、今ここでかよ!? あげるのは『わ・た・し♡』……とか言う気じゃねーだろうな!? 心の準備が……っ! いや、それでももらうけどな!?)

 

 

 何を想像したのか、快斗はあたふた。

 顔を近づけこそこそと囁く。

 

 

「へ? 大丈夫だよ……?」

 

「っはー……! 花梨はときどき大胆で困る……♡ そんなところも好きなんだけどなっ♡」

 

「……っ?」

 

 

 青子から見えないように、快斗は花梨の頬に口づけすると身体を離し、背もたれに身体を預けた。

 

 

(そういや、権堂さん見当たらなかったな……。まあ、今回はそれで助かった部分もあったけど……)

 

 

 怪盗キッドとして、花梨の警護人に正体がばれなかったのはよかったが、権堂はどこにいるのだろうか。

 今日は一度も見ていないし、気配もない。

 

 ちらっと花梨の首元を見ると、見た目にはわからないが、メイクの下の痕に罪悪感が募る。

 

 

(平日はいないとか……? もしくは、別の誰かがついている? あるいは大阪までは暗殺者が現れないからとか……。降りたら訊いてみるか)

 

 

 じっと花梨を見ていたら目が合い、彼女が微笑む。

 

 ……この笑顔をずっと守ってやりたい。

 そう思いながら快斗も目を細める。

 

 

 列車は間もなく大阪へと到着した――。

 

 

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