白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 17 years old

▽前回のあらすじ
平次と別れ、約束の地で竜哉の黒塗りの車に乗り込んだ花梨。だが、遠くから響く快斗の叫びに「彼を信じて頼りたい」と一度は決意し、脱出を試みる。しかし無慈悲な暴力に阻まれ、一メートルの至近距離で愛しい人の声を遮断されたまま、絶望の闇へと連れ去られていく。

第183話
真実とは……。


183:置き去りの真実

 

 

 

 

「花梨っ!! 花梨!!」

 

 

 どれほど探し回っても、あの白い髪は見当たらない。

 人混みの中、快斗は今にも叫び出しそうな衝動を抑え、スーツケースを握る手に血が滲むほど力を込めていた。

 

 

「快斗ー! ……あ、やっと見つけた~!」

 

 

 背後からかけられたのは、中森警部たちと合流していたはずの青子の声だった。

 快斗は弾かれたように振り返る。

 

 

「青子っ! 花梨は!? 花梨、そっちに行かなかったか!?」

 

「え……? あ、そっか。やっぱり、さっき聞いたんだね……」

 

 

 青子の瞳には、憐れみにも似た、どこか切ない色が浮かんでいた。

 快斗はその表情に、心臓を直接掴まれたような不快な予感を覚える。

 

 

「……何をだよ。……花梨が、どうかしたのか」

 

「花梨ちゃんさ……六月から留学……するんだって。イギリスの、全寮制の学校に。これからコーディネーターさんと会うからって聞いたでしょ?」

 

 

 ――ドクン、と。

 快斗の耳の奥で、嫌な音がした。

 

 

「…………は? 留学? 何言ってんだ、そんな話……」

 

「二年生になるときには、もう決まってたって。だから、快斗と付き合うのも、本当はしたくなかったんだって言ってた。……別れがつらくなるからって」

 

 

 青子の言葉が、一言ごとに快斗の胸を抉っていく。

 

 

「でも、遠距離になっても、長期のお休みのときは会えるからって、青子と約束したんだよ? だから快斗、そんなに怒らないであげてね……?」

 

「………………オレ、何も聞いてねえよ」

 

 

 掠れた声が、自分の喉から出たものだとは思えなかった。

 

 

(さっきまで呼び出し音が鳴っていたはずなのに、今はもう、何度かけても無機質なガイダンスが流れるだけだ。拒絶されたのか、それとも……)

 

 

 握りしめたスマホの画面には、自分の焦燥しきった顔が反射している。

 快斗は今すぐその画面を叩き割りたかった。

 電波さえ繋がれば、今すぐこの場で「行くな」と叫べるのに。

 

 ……自分だけが。

 記念日を一緒に過ごせると浮かれていた、自分だけが。

 

 彼女の“さよなら”の準備の中に、一ミリも入れてもらえていなかった。

 

 

「……あいつ、トイレに行くって……『ちょっと行ってくるね』って、いつもみたいに軽く言って、笑ったんだぞ? 最後に『ありがと』……って」

 

 

 手の中にあるスーツケースが、急に鉛のように重くなる。

 嘘だ。あいつがそんな嘘をつくはずがない。

 

 けれど、青子の語る“理由”は、あまりにも具体的で、あまりにも“葵花梨”らしい残酷な優しさに満ちていて。

 快斗の誇り高きポーカーフェイスは、人知れず、音を立てて崩れ去っていった。

 

 

「……嘘だ」

 

 

 快斗はしゃがみ、花梨のスーツケースに手を掛ける。

 青子の目の前だが、彼女にわからないよう、自分の身体を壁にすれば、開錠するくらい簡単にできる。

 

 

「うん……嘘だって思いたいよね……って、あっ、ちょっと、その鞄……! 花梨ちゃんの……!?」

 

「……なにか――。何かヒントは……」

 

 

 ロックを解除し、乱暴にこじ開けた花梨のスーツケース。その一番上にあったのは、隅が折れ、何枚もの付箋が貼られた大阪のガイドブックだった。

 

 行きたい場所に印をつけ、付箋のいくつかには“快斗におすすめ!”“快斗が好きそうなお店!”と書かれている。それに、明日の着替えを丁寧に畳んで。

 

 留学する人間が、こんな“明日への希望”を詰め込むはずがない。

 

 

「……クソッ! 気づいてたのに……オレ、何やってんだよ……!」

 

 

 列車の中で、彼女の首の痕を消しながら「なんでも解決してやる」と大口を叩いた自分を殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

 

 彼女は、独りで何かと戦おうとしている。

 時折寂しそうに微笑んでいたのは、それが理由だった――?

 

 

「あっ、快斗!?」

 

 

 青子の声を背に、弾かれたように走り出した快斗。

 花梨を見失った改札付近まで戻ると、視界に、先ほどコンコースで見かけた少年――帽子をかぶった服部平次の姿が映った。

 

 ふと、平次が快斗を見て目を瞬かせる。

 

 

「あ、さっきの……! あのっ! さっき言ってた子、こっちに来ませんでしたか!?」

 

 

 快斗は、もう一度――と、平次に声をかけた。

 

 急に声をかけられて驚いたのだろうか。

 平次の肩が、わずかに揺れた気がした。

 

 

「っ、さっきの兄ちゃんやんか。いや~、知らへんなぁ~」

 

「見てないですか!? その子、めちゃくちゃ目立つんです! ここを歩いてたなら気づかないはずがない……! あ、これっ!!」

 

 

 さっきは写真を一瞬しか見せなかったし、ツーショット写真だったから、わかりにくかったかもしれない。

 快斗の指が、スマホをスライドする。ツーショット写真だけでなく、花梨単体の写真を数枚、スワイプしながら見てもらった。

 

 

「そう言われても……やなぁ……」

 

 

 画面を切り替える際、スマホのサムネがちらっと見えたが、花梨の写真だらけだった。

 カメラ目線のものもあれば、そうでないものもある。どう見てもこっそり撮ったとしか思えない寝顔から、歩いている後ろ姿、ふとした瞬間の横顔まで。

 フォルダを埋め尽くす白い髪の残像は、もはや思い出というよりは、執念に近い密度を放って――ざっと見た限り、100枚以上はありそうだ。

 

 

(いったい、何枚撮っとんねんこいつ……。花梨……お前の元カレ、やばいやっちゃで……)

 

 

 快斗がストーカーではないことは、花梨に聞いてすでに把握済みだ。

 けれど、“ストーカー”と言っても差し支えないほどに写真の種類が豊富すぎて、平次は引いた。

 

 

「……花梨、月曜からずっと様子がおかしくて。オレ……わかってたけど、聞いたらいけない気がして聞けなかった。こんなことになるなら、問いただしておけばよかった……」

 

 

 うわごとのように独りごちる快斗の指先が、液晶の上の花梨を、壊れ物を扱うように撫でている。

 平次には、ずっと必死で捜していたのだろうと、すぐに察することができた。

 

 

(花梨……この兄ちゃん、お前がおらんかったら病むんとちゃうか……? “恨む”とか、“嫌う”とかそういうレベルじゃなさそうやで……)

 

 

 疲れ切った顔の快斗が憐れに思えてくる。

 平次は花梨の味方だが、今回のことは、花梨の言葉足らずが原因で起こったこと――。

 

 

「…………。あ、えーっと、お、思い出したわ! そういや、白い髪の……女の子やったかはわからへんけど、白の……長い髪の人が桜橋口のほうへ向かってくの見たような……あ! けど一人やったで?」

 

 

 堪忍やで、花梨――と、平次は憔悴した快斗に、それとなく、ヒントを教えてやった。

 

 やっぱり、はっきりさせたほうがいい。

 

 自分が同じ立場なら、納得がいかないと思ったのだ。

 

 

「本当ですか!?」

 

「いや、女の子やったかは知らんで?」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 平次から、白い髪の人物の情報を得られた快斗は、さっきまでの暗い顔から一転、死にかけていた魚が水を得たかのように、その瞳にギラリとした、危ういほどの光を取り戻した。

 

 “桜橋口”それだけ聞ければ充分だ。

 さっき一度回った場所。迷わず向かえる。

 

 

「花梨……! すぐ行くから待ってろよ……!」

 

 

 すぐさま(きびす)を返し、快斗は走り出す。

 

 

「……花梨、自分でケリつけるんやで……」

 

 

 礼もそこそこに走り出す快斗の背中を、平次が苦い顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……花梨ーーーーっっ!!」

 

 

 桜橋口に着き、快斗はあたりを見回す。

 暗くてよく見えないが、花梨の白い髪は暗くても見つけやすい。

 

 だから……すぐに見つかると思った。

 

 

(花梨お前、何を抱えてんだよ……。言ってくれなきゃわかんねえよ……。オレが……オレが、なんでも解決してやるって言っただろ……!?)

 

 

「花梨ーーっ!! 花梨ーーっ!!」

 

 

 ひょっとしたらタクシーに乗ろうとしているかもしれない。

 快斗はタクシー乗り場に向かい、花梨が変装しているかもしれないことを鑑み、待ち行列の人々を一人一人見て回る。

 

 

「きゃあっ!? ちょ、なんなん!?」

 

「すいませんっ! っ、いねぇ……!」

 

 

 背格好が似た女性の肩を掴んで振り向かせてみたが、違った。

 ……結局、タクシー待ちの行列に、花梨はいなかった。

 

 

「花梨ーーっ!!」

 

 

 快斗は彼女の名を、喉が痛くなるほどの声量で叫ぶ。

 タクシー乗り場から離れ、歩道に出て、反対側――高架下を捜すことにした。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ。花梨ーーっ!!」

 

 

(どこにいるんだ!? なんで黙って消えたんだよ……!!)

 

 

 バスや桜橋口のガード下の道――歩道は、店々の窓から明かりが差して、タクシー乗り場より、比較的明るい。

 歩道側に車が数台停車していて、奥に二人ほど歩いているのが見えたが、背の高さから花梨ではないとわかった。

 

 信号機に近い、停車中の車の一台が動き出す。

 黒塗りの車は信号で再び停車した。

 

 ふと、快斗は反対車線の遠くに長い髪の女性が見えて、歩行者信号がちょうど青に変わり走り出す。

 

 

「花梨ーーっ!!」

 

 

 ……そうして、歩道を駆けていく快斗を、花梨は涙で滲み歪んだ視界の中、見送ったのだ。

 彼を呼ぶ声は、厚い硝子と竜哉の手によって無残に掻き消され、ただ熱い涙となって彼女の頬を伝い落ちるしかなかった。

 

 




▽おまけ
【青子視点】


「………………オレ、何も聞いてねえよ」


 快斗の絶望した顔――。
 青子の話を聞いたあいつは、声も掠れて、身体まで震えてた。


(え……?)


 快斗のやつ、花梨ちゃんから何も聞かされてなかったみたい。

 いつもの生意気で、余裕たっぷりな顔じゃなくて、絶望したような顔。
 そんな顔、見たことない。

 花梨ちゃん……なんで快斗に言ってないの……。
 「自分で言う」って言ってたじゃない。

 『留学するから、明日、日本を離れる』って、言うんじゃなかったの?

 でも……うん。
 花梨ちゃん、言えなかったんだね。

 青子には想像するしかできないけど――快斗が花梨ちゃん命だから、言い出せなかったの?
 花梨ちゃんも――快斗が大切すぎて言えなかった?

 スーツケースを置いていくくらいだもん、そうだよね。

 海外に行っちゃっても、帰ってきたときは会えるのにね……。
 ……その辺、恋をしたことがない青子には、難しくてよくわからない。

 このままだと快斗、病んじゃいそうなんだけど……。

 いつも自信満々な快斗が、まるで世界の終わりを見たみたいな顔をしてる。
 花梨ちゃん、これ……本当にただの留学で済む話なの?

 うん……花梨ちゃんの頼みだ。
 快斗をどうにか病ませないようにフォローしてみるね。

 だから、早く戻ってきてよね。
 青子、待ってるからね。

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