白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Spring, about 16 years old

▽前回のあらすじ
降谷・松田との食事で束の間の温かさを味わう花梨。しかし彼らの言葉の端々に隠された“警戒”が不安を呼ぶ。
安全と日常、その裏にある真意とは――。

第19話
ノートを買いに出たわけです。


019:逃げ出した先

 

「あ~~! ノート買うの忘れてた~!」

 

 

 眠りから覚め、窓を見やれば外は帳が下りて真っ暗だ。

 降谷たちが帰ったのは確か……十七時前だったか。

 

 二人が帰るまでの間、降谷には食事の作り置きをしてもらったり、マンション周りの見回りや、暗くなったら一人で出歩かないようにとご指導をいただいた。

 一方で松田はゲームに飽きて、出来立てのトレーニングルームで汗を流し、風呂場直行、シャワーを浴びる。

 なんと、タオルに着替えまで持ってきていた。

 

 

「陣平さんて、図々しいって言われませんか?」

 

「はーさっぱりした! ここでビールでもあればなあ。ゼロ、これから飲みに行こうぜ」

 

 

 花梨の言葉を無視して松田はミネラルウォーターを飲み飲み、目を細め頭を撫でてくる。

 そのミネラルウォーター、冷蔵庫にあったものなのだが……。

 

 

「……花梨ちゃん、松田がごめんね」

 

「いえいえっ! 零お兄ちゃんも次来る時は着替え持って来て下さい!」

 

「ははは……、ありがとう」

 

 

 松田の代わりに降谷が謝罪し、二人は帰って行った。

 

 ……スマホの時計を見れば、時刻は二十時を過ぎている。

 あっという間に休日は終わった……では済まされない。

 

 明日授業で使うノートを今日買おうと思っていたのに、降谷たちに付き合い買い忘れてしまった。

 今からコンビニに行けば間に合うだろうか。

 すっかり暗くなってしまったが、近くのコンビニぐらいなら降谷もしょうがないと思ってくれるだろう。

 

 花梨は慌てて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~、ノートがあってよかった~」

 

 

 三軒目のコンビニでノートを無事手に入れ、花梨は帰路につく。

 学校に友達がいない花梨にとって忘れ物は致命的。誰にも迷惑を掛けないようにしなければ。

 

 一軒目のコンビニにはノートがなかった。

 降谷からの注意はしっかり頭に残っているが、背に腹は代えられない。

 東都には近隣に複数のコンビニがあるため、二軒目は別の屋号のコンビニに入る。

 だが残念ながら二軒目にも目当てのノートはなし。

 

 ……高校生のバイトだろうか。男性店員が「何かお困りですか?」と親切に話し掛けてきてくれたため、ノートの仕様を説明すると少し離れた別のコンビニなら置いているかもしれないと教えてくれた。

 ご丁寧に地図まで書いてくれ、花梨はお礼を言って二軒目を後にしようとした。

 

 

「あのっ、連絡先教えてくれませんか?」

 

 

 不意に呼び止められ男性店員を見ると、自身のスマホを手に期待の目を向けている。

 

 

「えと……、すみません。スマホ家に置いてきちゃって……」

 

 

 男性店員の意図がわからず、花梨は咄嗟に嘘をついた。

 これがナンパだと気付くまで時間が掛かったが、基本的に初対面の人間に心を開くことはない花梨の断り癖は、こういう時役に立つものだ。

 

 

「もうすぐバイト終わるから、一緒に行ってあげるよ。待ってて」

 

「え、あ、いえっ……! あのっ、ありがとうございました!」

 

 

 じりじりと男性店員が近寄って来る。

 初対面の人にこんなに距離を詰められたのは初めてではないが、ぞわぞわした悪寒を感じるのは初めてだ。

 

 

 ――これは、危ないやつ……!

 

 

 直感が働き、花梨は頭を深々と下げて二軒目のコンビニから急いで逃げ出した。

 

 

「あっ! キミ! 待ってろって……!」

 

 

 “……ざけんなよ! 人が親切にしてやったのにバカにしやがって……!”

 

 

 男性店員の話は途中で遮られ、花梨は三軒目のコンビニへと走る。

 

 

「はあ、はあ、びっくりした……。今のひょっとしてナンパ……?」

 

 

 走って逃げて、コンビニが見えなくなると立ち止まる。

 

 まさか買い物に来ていて、店員からナンパされるとは思わなかった。

 親切で良い人だなと思っていたからなおさら驚く。

 親戚の子には、「白髪婆」「不細工」と罵られ続けていたから余計に感じる。

 

 その割に虐めが始まる前までは、クラスメイトの男子によく声を掛けられていた。

 あれは何だったのだろう……。

 世の中には物好きが多いということなのか。

 

 ……花梨は今日丸一日、鬘を着けていないことをすっかり忘れている。

 

 

「ここから自宅までは……と」

 

 

 下心のあった男性店員だったが、三軒目に目当てのノートはあった。

 心の底から悪い人ではなかったのだろう――と、いつか二軒目のあのコンビニに行くことがあったら改めて礼を言うべきか……。

 

 自宅マンションからずいぶん離れた場所にあるコンビニ。初めて来た。

 時刻はもう二十一時を過ぎている。

 

 降谷どころか、新一との約束も守れそうにない。

 そもそも自宅を出たとき既に二十時を過ぎていたから、バレたら新一のデコピンと長いお説教が待っている。

 

 

「えっと……、んー……地図アプリに住所を入力して……」

 

 

 ……いまさら家を出てしまったあとだ。新一のことは考えないようにして指先を動かす。

 

 

『……なあアンタっ! ちょっと待ってよ!』

 

「へ?」

 

『スマホ持ってるじゃねーか! バカにしやがって!!』

 

「わっ……!?」

 

 

 スマホに住所を入力途中で声を掛けられ、振り向けば、さっきの男性店員の姿。追いかけて来たというのか、まだ五十メートルは離れているが、駆け寄って来る。

 語気を強めた声の調子からして怒っているようで、花梨は住所入力を止め走り出した。

 

 

「待てよっ!」

 

「待ちませんっ!(これは関わっちゃいけない人……!)」

 

 

 逃げることは慣れているため、結構得意だったりする。

 花梨は一心不乱に駆け路地を何度か曲がり、やがて広い幹線道路に出た。

 

 

「はあ、はあ……ふう……ここまでくれば……」

 

 

 十分は走り続けただろうか。

 まったく知らない場所に出たが、さっきの男は無事に撒けた……と思いきや。

 

 

『見つけたー! そこで待ってろよ!!』

 

「ひえぇぇ……!」

 

 

 大通りを挟んだ向こう側――。

 そこにさっきの男が肩で息をしながら立っている。

 現在通りは車が行き交っているが、そこまで多くはない。車の流れがなくなったら飛び出して来そうだ。

 

 

「待ってるわけないでしょ……!」

 

 

 ――もう足が痛いのに~!

 

 

 一応中学時代に弓道はやっていたが、花梨はプロスポーツ選手ではない。

 長時間の全力疾走など向いていない。

 だが鬼の形相で睨んで来る相手だ、捕まったら何をされるか――。

 

 ……自身の先を想像して、すぐさまその場から逃げ出した。

 

 

「はあ、はあ、はあ……。あぁ……雨降って来ちゃった……」

 

 

 どこをどう走って来たか憶えていないが、目蓋に雨粒が触れる。空からぽつぽつと雨が降ってきた。

 来た道を振り返っても男の姿は今のところ見えないが、執拗な奴だった。今も追いかけているのかもしれないと思うと、足は痛いが……止まるに止まれない。

 雨に濡れた頬が冷たい。

 

 

「はあ……でも少しだけ……」

 

 

 花梨は通り掛かった建物の壁に背を預け、僅かばかり(ひさし)の下で雨宿りをすることにした。

 今日の天気予報はなんだったかな、そういや見てなかったな……と、スマホを操作する。

 天気予報は雨。土砂降りにはならないようだがあと二時間は降り続くらしい。

 

 

「はあ……参ったな……っくしゅ!」

 

 

 雨が降り出し気温が下がり、花梨はくしゃみをした。

 近所のコンビニに行くだけと思って出たから、上着なんて着てこず、さっきまで走っていたから身体も温かくて。

 

 ……急に冷えてきた。

 

 

「ぅぅ、寒っ」

 

「あの~……」

 

「っ!?」

 

 

 不意に背後から声を掛けられ、花梨は身を竦める。

 落ち着いた優しい声にさっきの男ではないことがわかり、恐る恐る振り返った。

 

 

「私そこの店の者でして。よかったら雨宿りしていきませんか?」

 

「お、店……?」

 

「今夜はもうお客様が来ないようなので、閉めようかと」

 

 

 声を掛けてきたのは、頭のてっぺんがつるっとした白髪の老紳士。

 黒縁の眼鏡に口髭をたくわえ、バーテンダーのような服装で、穏やかな笑みを浮かべていた。

 彼は【ブルーパロット】と書かれた光る店看板の灯りを落し、カバーを掛けて雨の当たらない場所へとしまった。

 

 雨が降り始め、行き交う人々の数が格段に減っている。

 これから二時間は降る予報だから、来店客もないだろう……とのこと。

 

 

「お世話になっても……いいですか?」

 

「ええ、もちろん。温かい飲み物をお出ししましょう」

 

 

 老紳士の温かい笑顔にこれ以上走る気にはなれず、花梨は親切を受け取ることにした。

 

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