白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Early Summer, about 17 years old

▽前回のあらすじ
山頂での野宿の夜、花梨は最初の社に隠された500年前の悲恋の真実をジンに語る。静寂の山に響き渡る、遠い「月光」のピアノの調べ。花梨が「白神子」であることを確信していくジンだったが、その懐には、彼女が“資産”になれなかった場合の、不気味な注射器が握られていた。

第214話
残りの社へ…。


214:月光に還る

 

 

 

 

 明け方。山の冷気がアイマスクの隙間から入り込み、花梨はゆっくりと意識を浮上させた。

 焚き火はいつの間にか消えていたが、代わりにジンの煙草の匂いが漂っている。

 

 

(……昨日の夢、誰だったんだろう。すごく優しい顔をしてた……)

 

 

 不思議と体は軽い。組織の寝袋が高性能なのもあるが、昨日の社で一つの“想い”を解き放ったことが、花梨自身の精神的な(よどみ)も少しだけ晴らしてくれたのかもしれない。

 

 

「……起きたか。さっさと準備しろ」

 

「おはようございます、ジンさん。……あの、鼻がちょっと痛いんですけど……」

 

「……夢でも見てたんじゃねえのか」

 

 

 しらばっくれるジンの横顔は相変わらず鉄面皮だが、彼はすでに荷物をまとめ、次へのルートを見据えていた。

 

 朝霧の中、二人は昨日選んだ“左”の道、下り坂の先を目指す。

 道中、花梨はふと、昨夜聞こえた『月光』の旋律を思い出していた。

 

 

(昨日のピアノ……なんだか、誰かが泣き叫んでいるみたいだった。……あの先生は、大丈夫かな)

 

 

 成実先生が一瞬見せた寂しげな表情が脳裏をよぎる。

 だが、今の花梨にできるのは、この山に眠る“真実”を見つけ出し、神子としての役目を果たすことだけ。

 

 

「……見えてきたぞ、下だ」

 

 

 霧の向こう側、二つ目の社。

 そこは一つ目の社とは対照的に、切り立った崖の縁に、海を見下ろすように建っていた。

 

 

「……あそこには、月影さまが……?」

 

 

 足を踏み出した瞬間、昨日よりもずっと強烈な“拒絶”の波動が、潮風と共に花梨を襲う。

 

 

「っ……」

 

「おい、花梨。行けるか?」

 

「はいっ! 行きます!!」

 

 

 崩れかけた崖の中腹に、ひっそりと佇む小さな社。

 目の前は海――本土に向けられている。

 昔は足場があったと思われるが、島を拒絶するような作りだ。

 

 花梨はジンと命綱を結び、一人、崖をゆっくり降下して社に近づいた。

 

 

「……月影様。あなたの旦那さまは解放されました」

 

 

 崖から二度、足を滑らせた。そのたびにジンが崖上で踏ん張り、花梨を支えた。

 

 花梨は崩れかけの社の扉を開け、中から風化した白く小さな欠片を取り出す。

 

 

「……お可哀想に。……バラバラにされてしまったのですね」

 

 

 またしても花梨の瞳から涙が溢れ、彼女は白い欠片をポシェットに収めた。

 

 

「ジンさん! 上げてください! ――わっ!?」

 

 

 花梨の声を聞き、ジンがゆっくりと引き上げる。

 途中で手元が滑り、花梨の身体が落下する。

 その瞬間、ジンの眉間に深い皺が刻まれた。

 

 

(――チッ、勝手に死なせてたまるか!)

 

 

 ジンは即座に命綱を引き絞り、肉が軋むほどの力で彼女を崖上へ引き上げた。

 ……崖の上に戻った彼女は、微笑んでいた。

 

 

「なに笑ってやがる」

 

「えへへ。ちょっとびっくりしたけど、スリル満点でした!」

 

「……チッ。行くぞ、次だ」

 

「はい!」

 

 

 三叉路に戻り、残るは右の道。

 ポシェットに入れた“白い欠片”が、時折花梨の腰のあたりで温かく脈打っている。

 

 

「……最後は右、ですね」

 

「……あぁ。あの山の、一番高い場所だ」

 

 

 ジンは花梨が崖を登りきったことへの安堵を一切見せず、再び歩き出す。

 だが、その歩みは先ほどよりも少しだけ、花梨の体力に合わせるように慎重になっている気がした。

 

 右の道へ入り、山頂を目指す。

 標高が上がるにつれ、周囲の霧がサーッと引いていき、代わりに頭上の空が異常なまでの明るさを帯び始めた。

 

 

「……おい。月の出にはまだ早すぎるだろ」

 

 

 ジンが足を止め、夜空を見上げる。

 雲一つない空の高みには、不自然なほど巨大な黄金色の“満月”が鎮座していた。

 

 

「……あ。……呼んでる」

 

 

 花梨は吸い寄せられるように、最後の社へと続く石段を見上げた。

 ポシェットの中の“白い欠片”が、月の光を浴びて、花梨の鼓動と同じリズムで脈動していた。

 

 山頂にある三つ目の社。

 そこは、二つの魂が寄り添うための“契りの場所”だったのかもしれない。

 

 

「……行くぞ、白猫。……これが最後だ」

 

 

 ジンは懐の注射器に触れ、冷徹な瞳で満月を睨む。

 彼の“検証”もまた、この狂おしいほどの月光の下で、決着の時を迎えようとしていた。

 

 三つ目の社に辿り着いたとき、花梨の脳裏に電流が走った。

 

 

(あ、ここだ……。“私”の、いた場所……)

 

 

 山頂は視界が開け、清浄な風が吹き抜ける原っぱだった。

 くたびれた白い社がぽつんと佇み、月明かりを反射するように淡く輝く。それを認めた瞬間、社から吹き下ろしてきた風が、花梨の白い髪を大きく巻き上げた。

 

 

「私の……?」

 

 

 直感的に口にした言葉が自分の心の中にストンと落ちてくる。

 

 

(ううん、違う。でも、“私”は……前にもここにいたのね……)

 

 

 それは、前の代の“白神子”の記憶。

 

 室町時代、戦の混乱に乗じて本土から略奪された、不思議な力を持った貴族の娘。結婚し、子が生まれてすぐに攫われ、この島へ連れてこられた。

 始めは帰りたくて泣き暮れた。けれど、島の人は優しく、親切だった。

 だから私は、本土に帰ることを諦め、この島の人々のために祈ることにした。

 

 言葉は、すべてを生み出す神威(かむい)

 幼い頃から、純粋な祈りだけを紡ぐようにと躾けられてきた。でなければ、(ことわり)が覆り、世界のどこかに修復不能な(ひず)みが生まれてしまうから。

 

 

「……月影様。今代の白神子、承ります。どうぞ、お降りください。その御身を、()の方とともに……。どうぞ、安らかに」

 

 

 花梨はポシェットから白い欠片を取り出し、社にそっと捧げた。

 

 

「っ……!」

 

 

 背後でジンが息を呑む音が聞こえた。

 月光を吸い込んだ花梨の身体が、内側から淡い白光を放ち、夜の山頂を白く塗りつぶしていく。

 その圧倒的な光の前では、ジンの身にまとう“黒”さえも一時的に掻き消え、彼が懐に忍ばせた不穏な注射器の影を無慈悲に暴き出していた。

 

 

「……ジンさん。私、やっぱり白神子みたいです」

 

 

 光が収まり、花梨が静かに振り返る。金色に輝くその瞳には、先ほどまでの迷いはなかった。

 

 

「……そのようだな」

 

 

 内心で畏怖を感じながら、冷や汗を垂らしたジンは短く答えた。伝説の存在を、今、目の前で確定させたのだ。

 

 

「……次の実験はなんですか?」

 

「…………次は――」

 

 

 ジンが続けようとしたそのときだった。

 

 

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