白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Early Summer, about 17 years old

▽前回のあらすじ
月影島から戻ったコナンは、蘭の通話履歴から花梨が日本国内にいると確信する。学校さえ巻き込んだ留学の偽装に白河家や組織の影を感じ、手がかりの少なさに焦燥しながらも、花梨を必ず光へ連れ戻すと強く誓う。

第219話
一方で花梨は。


219:揺らぐ境界

 小さくなった花梨を、ジンはなぜか捨て置くことが出来なかった。

 人智を超えた不気味な化物。そう認識しているにもかかわらず。

 

 ……シャルトルーズは使えない。

 

 そう判断し、処分した。

 

 “奴は死んだ――。”

 

 APTX4869リストには、『白河花梨・死亡』と記されている。

 

 

「…………起きてたのか」

 

「あ、おかえりなさい。ごはん、できてますよ」

 

「フン……」

 

 

 袖をまくり上げ、ぶかぶかの服を着た小さな花梨は、割り箸を手に、帰宅してきたジンを出迎えた。

 

 時刻は二十三時――。

 彼女は眠たげに目をこすりながら、インスタントのみそ汁にお湯を注いでいる。

 

 ……あれから、数日後。

 花梨の姿は、まだジンの隠れ家にあった。

 

 幼児化した彼女が再び目覚めたとき、ジンは最初こそ身構えた。

 あの、背筋を凍らせ、戦慄させる瞳を向けられたらと思うと、どうしていいかわからなかったからだ。

 

 だが、目覚めた花梨は、拍子抜けするくらい、無垢だった。

 

 

『あれ……? ここは……天国……? 意外と普通……』

 

 

 上体を起こし、周りをきょろきょろ見回した花梨は「生きてる……なんで?」と、ただ呆然と瞬きを繰り返していた。

 しばらくぼうっとして、目の前のジンに気づくのに、五分はかかった。

 

 

『……おい、チビ』

 

 

 堪らずジンは声をかけた。

 

 

『チビ……? あ、ジンさん……おはようございます』

 

『何がおはようございますだ。お前、自分の身に何が起こったか、わかってるのか?』

 

『えと……なにが起こったんですか?』

 

 

 組織に連れて来られた日のように、少し怯えて、不安そうな彼女の態度。

 ……悪くない。

 

 ようやく、いつものペースを取り戻せた気がしてジンは、花梨のポシェットからコンパクトミラーを取り出し、短く「ほらよ」と投げた。

 自分の姿を認めた数秒後、花梨の絶叫が静かな部屋に響き渡り、ジンは「神子でも絶叫するんだな……」と耳を塞いだ。

 

 しばらくして、花梨が口にした言葉に、ジンは絶句した。

 

 

『……ま、いっか』

 

『…………』

 

 

 どうしてそうなる!?

 ジンは訊ねたかったが、またあの恐ろしい瞳に変わってしまうと思うと、喉から出かかった言葉を飲み込んだ。

 

 そうして、数日が経ち――現在。

 

 

「ガキは寝る時間だ」

 

「身体は子ども! 頭脳は大人! でもやっぱり眠い! 寝ます……おやすみなさい」

 

 

 花梨は、ジンの夜食を準備し終えると、目を擦る。寝床となったソファへと小さな身体を沈めた。

 

 

「フン……(俺も焼きが回ったか……)」

 

 

 席に着くことなく、ジンはみそ汁を啜りながら、スゥスゥと寝息を立てる花梨を見下ろす。

 

 この幼い神子の扱いをどうしたものか……。

 

 殺すに殺せない。毒薬をもってしても。

 しかもなぜか、こうして保護している。

 

 自分でもわけがわからない。

 “そう、させられている(・・・・・・・)”が一番しっくりくる。

 

 

(能力が使えなくなっちまった役立たずのくせに……)

 

 

 昨日、ジンが異能は健在か、花梨に訊ねてみれば――。

 

 

『それが……なんか使えなくなってしまったみたいで……過去視と未来視がさっぱり……あははは……』

 

 

 そう言って、彼女は首の後ろをかいていた。

 

 

『……言霊はどうした』

 

『そ、それも試してみたんですけど、全然です』

 

『……フン』

 

 

 力を失った神子……。

 

 だが、ジンには、一時的な力の消失なのか、それが彼女の嘘か、はたまた本当に能力を失ったのか、判断がつかない。

 

 答えが出ないまま、(いびつ)な生活は淡々と続いた。

 

 ジンとの生活は、不気味なほど静かで、奇妙に平穏だった。

 幼児化した花梨は、今日もブカブカのTシャツの裾を引きずりながら、踏み台に乗ってジンの食事を作った。

 

 ジンは無言でそれを食し、好みの味なら完食し、気に食わなければ無造作に残す。会話はない。だが、そこには確かに、言葉を超えた共犯関係のような空気が流れていた。

 

 ――そんなある夜のことだった。

 

 窓から迫る、刺すような静寂に満ちた新月の闇。

 ソファで丸まって寝ていたはずの“チビ”の身体が、突如として激しく発熱し、骨の軋む音と共に湯気を上げた。

 

 

「……っ!? 貴様、また……!」

 

 

 ジンがベレッタを手に身構える中、霧の向こうから現れたのは、毒を打ち込んで葬り去ったはずの“高校生の花梨”の姿だった。

 なぜ、突然身体が元に戻ったのか、ジンにはわからないが、目の前の出来事はどうやら現実らしい。

 

 

「……あ……つ、い……。ジン、さん……私……」

 

 

 大人の姿に戻った花梨は、苦しげに己の胸を押さえ、わずか数時間、闇の中を彷徨っただけで、また力尽きたように小さな身体へと萎んでしまった。

 

 

(……フン。コレが“神秘の力”だとでも言うのか……? 簡単に科学を超えてきやがって……。研究者たちも真っ青だな……だが、なぜ急に……? 一過性か? それとも……)

 

 

 気づけばジンの額にはびっしりと汗粒が浮いていた。

 この“不完全で予測不能な変生”を目の当たりにしたからこそ、彼の焦りは頂点に達した。

 

 もしベルモットが来ている最中に、この子どもがいきなり死んだはずの“シャルトルーズ”に戻ってしまえば、私的に“組織の兵器”を匿い、隠蔽していたとして、粛清は免れない。

 花梨を匿うことは、組織存続のためだというのに、忌々(いまいま)しい。

 

 

「チッ……あの女(ベルモット)、鼻が利きやがるからな。知られるのはマズイ。この異常事態(バグ)を見られれば、俺までただでは済まねえ……」

 

 

 今見たことは、誰にも言えない。

 ジンは自分の胸のうちに留めることにした。

 

 またいつ彼女の肉体が元に戻るのか、あるいはそのまま消えてしまうのか。一抹の不安を抱えながら、表向きは平穏(?)な生活を続けた。

 

 けれど、その平穏はあるとき、ベルモットの冷ややかな一言によって粉砕される。

 

 

『ねぇジン。例の“シャルトルーズ”……。あの方が直接、彼女の“検分”をしたいと仰っているわ。……死体で構わないから、報告に書いてあった“白い欠片”と共に、確認させなさい』

 

 

 いつもの、妖艶な魔女の微笑み。

 

 

「チッ……、あの女、やっぱり鼻が利きやがる」

 

 

 ベルモットの追及は、単なる好奇心を超えていた。

 もし花梨をこのまま隠れ家に置いておけば、いつ大人の姿に戻って、正体が露呈するか分からない。そうなれば、ジンの立場も、そしてこの呪いを孕んだ少女の命も危うい。

 

 

「……ウォッカ、移動するぞ。こいつを連れてな」

 

 

 そうしてジンは、呑気に昼寝している花梨を毛布ごと抱え上げ、雨の降る倉庫街へと車を走らせた。

 

 

「……そのガキ、アニキとどういう関係で?」

 

「……詮索するな。処理の都合だ。いずれ元の場所に戻す」

 

「…………(アニキも人間らしいところがあるんでやすね……)」

 

 

 ウォッカになにやら誤解をされつつ、ジンは一人、花梨を抱えると車を降りて走り出す。

 数分前に雨は一時上がり、曇天模様だ。

 パシャパシャと、靴が雨を弾く音だけがやけに耳に障る。

 

 だが、これならこの女も濡れずに済む――と、ジンが曲がり角に差し掛かったところだった。

 

 “ドンッ!”

 

 強い衝撃。誰かと正面衝突した。

 ジンは咄嗟に花梨を強く抱きしめ、その場に踏み止まる。

 

 

「っと、すまない」

 

 

 相手からの謝罪。

 いったい誰だ――ジンがそう思った瞬間。彼は目を見開いた。

 

 

「っ……! ス、スコッチ……!?」

 

 

 ジンは反射的に花梨を小脇に抱え直し、懐のベレッタへ手を伸ばした。

 目の前に立つのは、自決したはずの男、スコッチ。

 

 ジンが自ら遺体確認をしているため、スコッチが死んでいることは間違いないはずだというのに。

 

 

「……スコッチ? ――酒のことか? あんた、昼間から酔ってるのかい」

 

 

 彼は怪訝そうに眉を寄せた。記憶を失っている状態の今の彼は、ただ“行方不明の少女(花梨)”を探し、現場をしらみ潰しに捜査している私服の刑事だった。

 彼の名は諸伏景光――その眼光の鋭さと佇まいは、かつての潜入捜査官そのものだ。

 

 

(……他人の空似か。いや、それどころじゃねえな)

 

 

 背後からはベルモットの追っ手の気配が迫っている。

 ジンは瞬時に判断した。

 

 このガキを連れたままでは、ベルモットの鋭い観察眼は誤魔化せない。なら、いっそ――。

 

 

「……おい、お前。このガキを預かれ」

 

「え……? 何を言って――」

 

 

 ジンは有無を言わせぬ殺気を放ちながら、小脇に抱えていた花梨を諸伏の腕の中に押し付けた。

 

 

「追われてんだ。……不運にも、今、組がちょっと荒れててな。ガキを連れて逃げる余裕がねえ。そのうち迎えに行くまで面倒を見てろ」

 

「……組? ……ヤクザの抗争か。君、まさかその髪……」

 

 

 諸伏は、彼の銀髪と花梨の白髪を見比べ、納得したように頷いた。

 

 

(……似てるな。親子か。こんな幼い子まで巻き込むなんて)

 

 

 正義感の強い諸伏にとって、悪党(に見えるジン)はどうあれ、その腕の中にいる無垢な子どもを放ってはおけなかった。ジンの放つ凄まじい殺気から、これが冗談ではないことも直感する。

 

 

「……わかった。理由はどうあれ、この子には罪はない。俺が預かろう」

 

 

(……ヤクザの身内だろうと、こんな小さな子を夜の倉庫街に放り出すわけにはいかない。刑事として、いや、俺の魂がそうしろと言っている)

 

 

 諸伏は、ジンの銀髪と花梨の白髪を血縁の証だと信じて疑わなかった。

 

 

「フン……。せいぜい死なせないようにしておくんだな」

 

 

 ジンは短く告げると、一度も振り返らずに闇の中へ消えた。

 

 残されたのは、目覚めたばかりのぼうっとした顔の幼い花梨と、それを見下ろす記憶喪失の刑事。

 

 

「……さて。お嬢ちゃん、お父さんは大変な仕事をしてるみたいだけど……君、お腹は空いてないかい?」

 

 

 花梨は、自分を抱き上げる諸伏の腕の温もりに、月影島で感じたものとは違う、懐かしい正義の匂いを感じた。

 

 

「……ヒロお兄ちゃん」

 

「ん……? なんだい花梨ちゃん……って、え?」

 

 

 自分を「ヒロお兄ちゃん」と呼ぶのは花梨だけ――。

 思わず反射的に名前を呼んで、諸伏は腕の中の幼子を両手で抱えあげ、目線を合わせる。

 

 

「うん、私、花梨だよ」

 

「か、花梨、ちゃん……!? な、何が……いったい何があったんだ……!?」

 

 

 諸伏の脳内はパニックに陥った。

 探していた少女は高校生。だが、目の前にいるのは、かつての彼女の面影をそのまま縮小したような幼い子どもだ。

 

 科学では説明できない事態。けれど、その震える指先、自分を呼ぶ声、そして吸い込まれそうな金の瞳――。

 

 魂が『これは彼女だ』と叫んでいた。

 

 

「えへへ……ヒロお兄ちゃん。ぎゅって、して……?」

 

 

 その儚い微笑みが、諸伏の胸を貫いた。

 つい先ほどまで彼女を小脇に抱えていた銀髪の男……あの凄まじい殺気を放つ男の手元で、この子はどれほどの恐怖に耐えてきたのか。

 

 花梨の身体は震えていた。

 大きな金の瞳には涙がにじみ、今にも零れ落ちそうだ。

 

 

「あ、っ……!!(花梨っ……!!)」

 

 

 諸伏は請われるまま、壊れ物を扱うように、けれど力強く彼女を胸に抱き寄せた。

 初めて出逢った時よりもずっと小さくなってしまった背中。

 あまりにか弱く、儚い。

 その震えが、肌を通じてダイレクトに伝わってくる。

 

 組織の冷たい銃口。

 死を覚悟したあの夜。

 そして、暗闇の中で自分を見下ろすジンの冷徹な瞳。

 

 張り詰めていた緊張の糸が、諸伏という“正義の匂い”に触れて一気に千切れた。

 幼児化した身体に引きずられ、大人としての理性で必死に抑え込んでいた恐怖が、涙となって一気に決壊する。

 

 

「うぇええええんっ!! ヒロお兄ちゃぁああああん!! 怖かったよぉおおおおお!!」

 

 

 堰を切ったように溢れ出したのは、冷酷な死神(ジン)の前では出すことができなかった、ただの少女としての安堵からの叫びだった。

 

 そんな彼女の涙に呼応したのか、雨が再び降り出した。

 

 

「……よしよし、もう大丈夫だよ。花梨ちゃん。俺がここにいる。もう誰にも、君を傷つけさせない……!」

 

 

 諸伏は周囲を警戒しながら、泣きじゃくる花梨の頭を、何度も優しく撫でた。

 

 彼女がなぜ小さくなったのか。あの銀髪の男は何者なのか。

 疑問は山ほどあったが、今はただ、この小さな命を守り抜くことだけが、彼にとっての唯一の正解だった。

 

 

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