白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Early Summer, about 17 years old

▽前回のあらすじ
幼児化した花梨を匿うジンだが、彼女が一時的に元の姿へ戻る変生が発生。ベルモットの追及を察したジンは、雨の倉庫街で衝突した記憶喪失の刑事・諸伏景光に花梨を託す。正義の温もりに触れた花梨は、再び降り出す雨の中で大号泣するのだった。

第220話
ヒロのお家へ。


220:ヒロお兄ちゃんの家

 

 

 

 

 降り続いていた雨が止み、重い雲の切れ間から冷ややかな月が顔を出す。

 ジンが夜の闇へと消え去った後、諸伏景光――いや、今はただの“ヒロ”として。

 彼は花梨を背負い、小さな体の重みを感じながら、自身のセーフハウスへと歩みを進めていた。

 

 

『ヒロお兄ちゃんのお家に、連れて行って……』

 

 

 背中で小さく、けれど確かな意志を込めて呟いた花梨の願いを、彼は拒むことができなかった。記憶喪失というハンデがあっても、この少女を放ってはおけないという本能が、彼を突き動かしていた。

 

 静まり返った部屋に、カチリと鍵をかける音が響く。

 一息ついたその時、花梨の小さなお腹が「ぐぅ」と可愛らしい音を立てた。

 

 

「ふふ、相当お腹が空いているみたいだね」

 

 

 ヒロは苦笑しつつ、慣れた手つきでピザトーストを焼いた。香ばしいチーズの匂いが部屋に広がる。花梨はそれを夢中で平らげ、仕上げに出された温かいミルクココアをゆっくりと飲み干した。

 湯気の向こうで一息ついた彼女は、やがて視線を落とし、ぽつり、ぽつりと語り始めた。

 

 

「……つまり、君は誘拐されて、組織にいた――と? あの男も組織の一員ってわけだね」

 

 

 ヒロの問いかけに、花梨は小さく頷く。

 

 

「うん。でも組織の人たち、みんな親切でね。ごはんもおいしかったよ」

 

「……そうか。少なくとも君にはそう見えていたんだね」

 

 

 健気というべきか、世間知らずというべきか。深刻な状況を淡々と語る花梨だったが、その視線は棚の上に置かれたマシュマロの袋へと吸い寄せられていた。

 その様子が微笑ましく、ヒロは思わず吹き出した。

 

 

「……マシュマロ、食べるかい?」

 

「うんっ……!」

 

 

 途端に瞳を輝かせた彼女に、ヒロはさらにサービスを思いつく。

 

 

「フフッ。そうだ、焼きマシュマロ……スモアにしようか」

 

「わぁ~♡」

 

 

 スキレットに真っ白なマシュマロを並べ、オーブントースターへ。

 興味があるのか、小さな花梨が椅子からぴょんと下りて、トースターの前までトコトコと歩いてくる。

 ヒロの腰にも届かない身長で、背伸びをしながら中を覗き込むその姿は、まるで小さな子猫のようだ。

 

 ジリジリと熱せられ、ぷっくりと膨らんでいくマシュマロを、花梨は物珍しそうに、けれど真剣な表情で見つめていた。

 

 やがて、絶妙なきつね色の焼き目がつく。

 ヒロからビスケットを渡されると、彼女はとろりと溶けたスモアを贅沢に掬い取り、口に運んだ。

 

 

「甘くておいしい~~♡♡」

 

「ふふ、よかったね。……ところで、花梨ちゃん」

 

 

 幸せそうに頬張る彼女を見つめながら、ヒロは表情を引き締めた。

 

 

「これからどうするつもりだい? 零たちに連絡を入れようと思うんだけど」

 

「あ、それはやめてください」

 

 

 即座に、けれど静かな拒絶。ヒロが怪訝そうに眉を寄せると、花梨は視線を彷徨わせながら、その理由を絞り出した。

 

 

「……組織に……零お兄ちゃんがいたの。私、フードを深くかぶって下を向いていたから、顔は見られていないけれど……すれ違ったときのあの声、絶対に零お兄ちゃんだったと思うんだ」

 

「…………」

 

「あの場に私がいたって知ったら、零お兄ちゃん、きっと自分を責めて、かなり落ち込むと思うから……。それに、今の私の姿見たら零お兄ちゃん、無茶しそうで……」

 

 

 ヒロは一瞬、言葉を失った。

 幼い姿になってもなお、他人の痛みを真っ先に考える彼女の優しさが、胸に刺さる。

 

 

「……それは……そうだね。零はそういう奴だもんな。俺のことも……赤井さんに対して、今もすごく怒っているみたいだし」

 

「あと、陣平さんと班長は、組織とは接点がないから。これ以上、関わらないほうがいいと思います」

 

「……うん、それもそうだね」

 

 

 周囲への思いやりを優先した、あまりに理性的な判断だった。花梨はスッと目を上げてヒロを見つめ、最後のお願いを口にした。

 

 

「なので、ヒロお兄ちゃん。……しばらく、私の面倒をみてもらえませんか?」

 

「え……あ」

 

「あ、やっぱり迷惑……ですかね……」

 

 

 不安そうに視線を泳がせる彼女に、ヒロは慌てて首を振った。

 

 

「いやっ、全然! そういうことじゃなくて……」

 

「高校生のときのように体力もなくて、家事もうまく回せないけど……私、頑張るから。ここに置いてください、お願いします」

 

「もちろん!」

 

 

 少しの迷いもなく、包み込むような優しい笑顔で即答したヒロに、今度は頭を下げようとした花梨の目が見開いた。

 

 

「へ? そ、そんなにあっさり……?」

 

「君の役に立てるなら喜んで。……ただ、君に見てもらいたいものがあるんだ」

 

 

 ヒロは立ち上がり、タブレット端末を持ってくると最近のニュースを開いた。

 彼が開いたページは、長野の地方新聞の記事だった。

 

 

「……6月11日。一条稀華が、次期当主候補として正式に指名されたよ」

 

 

 『白河家 次期当主候補のお披露目会見』として、一条稀華が白い髪と金色の瞳で写真に写っている。

 花梨とは雰囲気こそ似ているが、顔は似ていない彼女……。

 

 

(あ、稀華ちゃん……? わぁ、目が……金色に……。稀華ちゃんも“白神子”だったのかな……?)

 

 

 花梨はタブレットを覗き込みながら、心の中で呟いた。

 

 稀華は、花梨が家を追い出される頃には髪色が白く変わっていたが、瞳の色は茶色だったはず――彼女も覚醒したのだろうか……。

 

 それならば、安心だ。

 なにせ、自分はもう、この姿では表立って白神子として生きることはできない。

 死亡扱いにもされているし、もう白河の家へ戻るつもりもない。

 

 けれど、今まで自分が肩代わりしてきた神事をこれから彼女が行うと思うと、花梨は少しだけ心配になった。

 

 

「稀華ちゃん……よかった……」

 

 

 安堵の息をつく彼女に、ヒロは思わず声を荒らげた。

 

 

「何がよかったんだ? 元はといえば、彼女のせいで君がこんな姿になってしまったっていうのに!」

 

「あ……あはは。だって、稀華ちゃん、当主になりたいって言ってたし……」

 

「はあ……。まったく、白神子さまは寛大すぎるよ」

 

 

 呆れたような、けれど深い敬愛の籠ったヒロの言葉に、花梨はハッとして息を呑んだ。

 

 

「っ!? ね、ヒロお兄ちゃん。私が白神子だってこと、知ってたの?」

 

 

 花梨の問いかけに、ヒロは小さく息を吐いて苦笑した。

 

 

「知ってた……というより、これはもう、直感だよ。俺は君の力のおかげで、今、こうして生きているんだから」

 

「っ…………?」

 

 

 花梨の思考が止まる。

 ヒロは静かに、けれど熱を帯びた瞳で彼女を見つめ、自らの胸元に手を当てた。あの時、確かに撃ち抜いたはずの、心臓のあたりを。

 

 

「……君は知らないだろうね。俺が、死んだ世界もあったということを。」

 

 

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