白月の君といつまでも   作:はすみく

224 / 224
-- Early Summer, about 17 years old

▽前回のあらすじ
ヒロの隠れ家に保護された幼児化花梨。零たちを巻き込むまいと潜伏を望む彼女の優しさに触れ、ヒロは同居を快諾する。白河家の次期当主ニュースに安堵する花梨だったが、ヒロは自分が「死んだはずの世界」から彼女の神秘によって救われた直感を静かに告げる。

第221話
おでこ。


221:額に残る約束

「死んだ世界……?」

 

「四年前――君が俺の額にキスしてから、俺は何度も同じ夢を見るようになったんだよ。……自分で自分の心臓を、打ち抜く夢さ」

 

 

 花梨の顔から、すっと血の気が引いた。ビスケットを持つ手が微かに震える。

 

 

「組織に俺も潜入していたことは、零から聞いている。俺の記憶は、組織にいた頃の記憶だけが、綺麗に抜け落ちているんだ。でもね、零には言っていないけど、覚えていることが一つだけある」

 

「え……?」

 

「自分の死の瞬間だけは、覚えている。俺は何らかの理由で、FBIの赤井……赤井秀一に止められたのに、引き金を引いた」

 

 

 こくり。花梨はヒロの話に小さく喉を鳴らした。

 

 

「音のない、古い映画のような光景さ。赤井さんが何を言っていたのかはわからない。たぶん、重要な情報が漏れるのを防ぐためだったんだろう」

 

 

 ヒロは、窓の外の、輪郭がはっきりし出した月を見上げる。

 

 

「……今でもたまに見るよ。それに去年、入院中に赤井さんが見舞いに来てくれてね。それが過去に実際に起きた出来事だって、教えてもらったんだ」

 

「…………」

 

「あれは、花梨ちゃん。君にキスされたからなんだ」

 

 

 黙り込む花梨の様子に、少しだけ言葉を切るヒロ。

 

 

「……今、俺がここで呼吸をして、スモアを焼いていられるのは、君が俺の死を書き換えてくれたおかげなんだよ」

 

 

 ヒロは、そっと自分の額に触れて微笑む。

 

 

「額への……キス……あれ、お別れのときにしたおまじない……?」

 

「……ああ」

 

 

 ヒロの告白は、夜の闇よりも深く、けれど月光よりも優しく花梨を包み込んだ。

 金色の瞳に、静かに涙がにじむ。

 

 祖母から教わった“おまじない”が、本当に幸運を引き寄せていたのだろうか――?

 そんな実感はないのに、胸の奥だけがじわりと温かくなる。

 

 花梨は涙を拭いながらも、四年前のお兄ちゃんたちへ贈ったおまじないのキスを思い出し、どこか誇らしげに小さく胸を張った。

 

 体が小さくなったことへの不安よりも、“大好きなヒロお兄ちゃんが生きていてくれた”という事実が、彼女に勇気を与えた。

 

 

「……じゃあ、ヒロお兄ちゃん。私、これから一生懸命、ヒロお兄ちゃんのこと守るね!」

 

 

 幼い体でギュッと拳を握る花梨に、ヒロは思わず吹き出し、その柔らかな髪を優しく撫でた。

 

 

「はは、頼もしいな。でも、守るのは俺の役目だよ。まずは……明日、君にぴったりのサイズの服を買いに行かないとね。いつまでもそのぶかぶかのTシャツじゃ、歩きにくいだろう?」

 

「あ、そうだね! でも、あんまり派手なのは目立っちゃうから……白とか、猫さんの絵がついたのがいいなぁ」

 

「わかった、探してみよう。……じゃあ、花梨ちゃん」

 

「ん?」

 

 

 ヒロがスッと小指を立て、花梨の前に差し出す。

 

 

「四年前の額の約束は、俺の命を救ってくれた。だから今度は、この指で新しい約束をしよう。俺が必ず、君を元の姿に戻して、今度こそ本当の光の中に連れて行く。誰からも、もう逃げなくていいように」

 

「……ありがとう、ヒロお兄ちゃん」

 

 

 花梨はにこっと愛らしい笑顔を見せ、白く小さな小指を立てて、差し出されたヒロの小指に近づけた。

 二人の小指が絡み合う。

 

 

「君がここにいることは、本当に『二人だけの秘密』だよ。零にも、誰にも。……いいかい?」

 

「うん、約束する」

 

 

 二人は笑顔で指切りをし、ここに奇妙な共犯関係が結ばれた。

 休職中で人目を避けて暮らすヒロからすれば、かなりの負担である。だが、花梨のためならいくらでも背負ってやりたい。

 

 

「……ところで、本題に戻すけど……」

 

「う、ん?」

 

「一条稀華は、次期当主“候補”だよ」

 

「え、あ、こ、候補?」

 

 

 『候補』ということは、確定ではない。

 花梨は小さく目を瞬かせた。

 

 

「ああ。この記事の下にも候補が載っていてね」

 

 

 ヒロが記事をスクロールしていくと、次期当主候補があと二人。

 二人は男性だ。

 

 女しか当主にしてこなかった白河家が、男性を候補に上げるとは……。

 

 しかもうち一人は、【一条崇徳(たかのり)】。稀華の父親で、元は白河の人間である。

 花梨とは、一度親戚の集まりで顔を合わせた程度で、どういう人物なのかはよく知らない。

 

 もう一人は【白河陽翔(はると)】。

 

 

「陽翔おじさま……」

 

 

 白河の家で、唯一、花梨によくしてくれた人物。

 自分が母・雪音に似ているからとマンションをぽんと買ってくれた叔父だ。

 

 あまり話をしたことはないが、彼から嫌がらせを受けたこともない。さりとて、辛いとき、味方になってもらった記憶も特にない。

 だが、花梨の持つクレジットカードの支払いは彼がしており、花梨はそのことを知らない。

 

 

「……多紀さんは何を考えているんだろうね」

 

「お婆さまは、古い因習を変えたいって常々仰ってましたから……」

 

 

 記事を見下ろし、花梨は写真の陽翔をじっと見つめる。

 自宅の後始末をお願いしてしまったが、今ごろどうなっているのだろう。

 

 もう、綺麗さっぱりしていたりするのだろうか……。

 

 

「因習ね……」

 

 

 ヒロはそう言って一息つく。

 

 

(そうかな……あの感じはどうみても、因習をどうこうしようって感じじゃなかったと思うけどね……)

 

 

 実は、つい三日前、街を歩いていたら突然後を付けられ、拉致されたヒロ。

 抵抗しようとしたが、相手のほうが上手で、手も足も出なかった。

 

 まるで特殊部隊か軍隊のように連携が取れ、寸分の隙もない動き。目隠しをされ、猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、麻酔まで。

 まさか「組織の――」と思ったところで意識は途切れ、気づいたら、四年前にも訪れたことがある場所。

 

 広い、板張りの部屋だった。

 

 

「――優男。元気かい?」

 

「……っ!(この声――!)」

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、目隠しを剥ぎ取られ、猿轡も外された。

 

 

「た、多紀さんっ……!?」

 

 

 目の前の人物に、ヒロは目を大きく見開いた。

 紫袴に、手には大幣(おおぬさ)、頭には烏帽子のその姿。白河の現当主、多紀だった。

 

 

「やあ、久しぶりだね。手荒な真似して悪かったよ。打撲はこっちで治療しといた。許しておくれ。ちょいとすばしっこくて小賢しい小僧がいてね。あんたも抵抗するかと思って、始めから全力を出させてもらったよ」

 

「っ、小僧って……普通に声をかけてくれれば……応じましたのに……」

 

 

(すばしっこくて小賢しい小僧って……ひょっとして、彼か……?)

 

 

 誰のことだろうかと一瞬思い、ヒロはなんとなく、一人だけ思い当たって苦笑する。

 

 

「んーー、まあ、丁度いい訓練にもなったんでね。こっちも怪我した奴には注意しといた。一発食らわされて、驚いてたよ?」

 

 

 全く歯が立たなかったわけではなかったらしい。

 ヒロの感覚としては手応えがなかったが、一矢だけ報いていたようだ。

 

 白河の“影衆”――世が世なら、隠密と呼ばれたであろう、謎の武装集団。

 影を守る、闇の者たち……。

 

 

「いや……全然歯が立たなくて……」

 

「そりゃあ、こっちは連携してるんだ。あんたが四人分もいれば、あんたが勝つんじゃないのかい?」

 

「ははは……お褒めいただき恐縮です……」

 

 

 零たちと連携したらあるいは――なんて、ヒロは同期たちを思い出す。

 

 

「なあ、優男」

 

「あ、はい」

 

 

 優男。四年前から謎の愛称で呼ばれている。

 多紀に抗議する勇気はないので、そのままだ。

 

 

「……明後日だけどね、雨上がりに思いがけない出会いがあるよ。場所はそうだね……東京湾埠頭、倉庫街。あんたはあの子を捜しに行くんだろうね」

 

「あ……はい。明日か、明後日かに埠頭を捜しに行こうと思ってました」

 

 

(多紀さん……俺の意識がないときに視たんだな……)

 

 

 白河の当主は過去と未来が視えるという。

 ヒロにも、自分の死のみだが、視た過去があるから、彼女の能力が本物であることは疑いようがなかった。

 その彼女は今、花梨の行方を自分が捜していることを知っている。

 

 少し不気味だが、素直に受け入れ、返答した。

 

 

「へえ……。じゃあ、頼んだよ。他は任せておきな」

 

「他……?」

 

 

 多紀の言葉には必要最小限の単語しか含まれていない。

 その意味がわかるのは、そのときになってからだ。

 

 ヒロは首をかしげる。

 だが。

 

 

「悪いね、これから仕事なんだ。土産を貰って帰るといいよ」

 

 

 多紀が顎をくいっと動かすと、近くにいた従者がヒロに榊を渡し、頭を下げるよう促した。

 シャッシャッと大幣の紙垂(しで)が擦れ合う音が、ヒロの頭上に響く。

 穢れを祓われて、ヒロは高級車に乗せられ、東京へ戻った。

 土産は信州そば――。

 

 

(多紀さんはなにもかも知ってる感じだったな……だから、今回の次期当主候補は何か考えあってのことだと思うんだけど……。俺に花梨を託すために、あのタイミングで俺を呼んで、(はら)い、土産を持たせた、か……)

 

 

 再びスモアをおいしそうに頬張る小さな少女に、ヒロは、“しばらくはゆっくりさせてあげて欲しいな”と、願わずにはいられなかった。

 

 

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