白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Early Summer, about 17 years old

▽前回のあらすじ
骨折した花梨のため、ヒロは目隠しをしながら入浴を介助する不器用な同居生活を送る。エアコン業者に「父親」と勘違いされ、快斗への対抗心を燃やすヒロだったが、キッチンで多紀から貰った信州そばの箱を開けると、中から大量の札束と不気味なメッセージが現れた。

第228話
久しぶりの快斗パートです!


228:光を取り戻すための予告状

 

 

 

 

 時は遡り、六月半ば――。

 花梨が姿を消し、二週間以上経った。

 

 快斗は花梨ロスのため呆然自失のまま、自宅で鬱々とした日々を過ごしていたが、教室に花梨が現れたことを知るや否や家を飛び出し学校へ。

 ところが、花梨の机には黒いチューリップと、一枚のメモ。

 心は完膚なきまでに打ち砕かれた。

 

 ……メモの内容は、こうだった。

 

 

 “What is the language of flowers?”

 

 “I’m afraid I might have fallen for someone else…”

 

 

『花言葉はなに?』

 

『もしかしたら、私は他の人に恋をしてしまったのかもしれません』

 

 

 二行目以降は、快斗にとってはただの背景となり頭に入らず、文字は認識できないまま、ぐしゃりと握り潰した。

 黒いチューリップの花言葉は「私を忘れて」。

 

 現実を受け入れられないまま、快斗は学校をあとにした。

 自宅までの帰り道、謎の集団に囲まれた快斗は逃走。

 

 敵はしつこく、目的がわからない。

 なんとか寺井のもとへ辿り着き、そこで出会ったのは、花梨が寺井に贈った“勿忘草”……花言葉は「私を忘れないで」。

 

 快斗には、花梨が何を考えていたのかわからない。

 

 警察を騙る、謎の集団を得意の変装でかわしながら、数日後の朝――快斗はどうにか自宅に戻ってきた。

 登校時間はとっくに過ぎている。隣家の青子はもう学校に行ったあとだ。

 

 

「はあ……花梨……オメーはよー、なんでオレを頼らねぇんだよ……バーロ」

 

 

 寺井から預かった勿忘草に向けて、目を細めムッとする。

 勿忘草から返事なんてあるわけない。快斗の腕の中で小さく揺れるだけ。

 

 けれど、花梨が「私を忘れないで」と訴えているようで、快斗の唇は弧を描いた。

 

 

「ぜってぇ、忘れてなんてやらねえから。たとえ、本当に留学してたとしても、見つけたら連れ戻してやる」

 

 

 快斗は明かりのない薄暗い部屋に戻り、まだ追っ手がうろついているかもしれないため、こっそりとカーテンの外に勿忘草の鉢を置く。

 

 その小さな花が咲いているうちに、彼女を連れ戻す。

 寺井から託された花梨そのもののように思えた。

 

 

「……花梨。オレ、シャワー浴びてくっから。ここで待ってろよ」

 

 

 快斗は、充電器に繋いだスマホの待ち受けの花梨に語りかけ、浴室へと向かう。

 寺井のところで数日間世話になって、身綺麗に一度はなったが、そのあとまた追いかけられて、髪も服もボロボロになっていた。

 

 

「……あ、覗くなよ? まあ、覗いてもいいけど」

 

 

 いや、どっちなんだよ、オレ……。

 そう思いながら、快斗は服を脱いでいく。

 

 花梨がここにいたら、「やだっ、覗かないもん」と顔を真っ赤にして恥ずかしがるに決まっている。

 まだまだ容易に想像できるほど、花梨という少女は、快斗の中で過去にはなっていない。

 

 

「……あいつら、本当に警官だったのか……? でも怪しかったんだよな……。花梨のことで聞きたいことがあるって……なんなんだ……」

 

 

 警察手帳を見せてきた、男たち。

 気がついたら、どんどん人数が増えていた。

 

 十人以上はいた気がする。高校生一人を捕まえるためだけに?

 

 キッド関連ではなく、花梨絡みだと途中で理解した快斗だが、彼女が何者であるか――までは、まだ知らなかった。

 

 浴室の扉を開け、シャワーのレバーを上げる。

 ザァーと頭から熱い湯を浴び、浴室が蒸気で満たされる。

 

 自宅でも花梨と一緒に風呂へ入ったことがある快斗は、湯の張られていない空になった浴槽をちらりと見た。頭を洗っていると、彼女は自分をじっと見てたっけ、花梨って、結構……――なんて思い出してしまう。

 

 

「……花梨、コンディショナー取って――って、あ」

 

 

 つい、口に出してはっとする。

 そのあとは黙々と身体を洗ってシャワーを浴び終えた。

 

 脱衣所に出れば、花梨といちゃついた場面が浮かぶ。

 キッチンに行けば、一緒に料理した記憶を思い出す。

 リビングのソファに座れば、一緒にテレビを見て笑った。

 

 ミネラルウォーターのペットボトルを傾け、喉を潤す。

 ……久しぶりに、さっぱりした。

 

 自室に戻れば、一緒に過ごしたベッド……。

 “秘密の部屋”にも入れたことだってある。

 

 花梨は「すごいね~♡」なんて瞳をキラキラと輝かせていた。

 

 

「……はー……忘れられるわけねえだろ……家ん中、どこに行っても、オメーとの思い出だらけだわ」

 

 

 快斗の口から「ははっ」と、乾いた笑いが漏れた。

 

 

「……勿忘草が花梨の本音だとすると、このメモ……」

 

 

 くしゃくしゃになったメモを開き、快斗は見下ろす。

 ようやく意味を理解した、“I’m afraid I might have fallen for someone else…”の文字……。

 

 

「他の人に恋をしてしまったのかもしれない……だと? ありえねえ……あいつ、あんなにオレに惚れてたじゃねーか」

 

 

 身を投げ出してまで自分を守ろうとした女が、他の男に現を抜かすとは思えない。もしそれが本当なら、花梨は大した女優だ。

 

 

「……まぁ、あいつ、誰にでも優しいとこあるからな……オレ以外でも庇いそうではある……認めたくねーけど……」

 

 

(けど、絶対花梨はオレしか愛してねぇ!!)

 

 

 快斗は自分に言い聞かせるようにスマホを手に取り、画像フォルダを開いた。

 

 

「なあ、花梨。お前、今どこにいるんだ? オレから離れて、平気なのかよ……オレは、平気じゃない。けど……」

 

 

 ただ待っているだけじゃ、きっと花梨は戻ってこない。

 ……なら自分が迎えに行くしかない。

 

 そのためにもまずは、日常を取り戻さなければならない。

 快斗の日常……それは。

 

 

「……工藤新一は役に立たなかった。なら、あのボウズ……なんか知らねーかな……」

 

 

 花梨と仲が良い、生意気な小学生――江戸川コナン。

 あんな小さな少年に、花梨が何か言い残しているとは思えないが、その後、何か連絡があったかもしれない。

 

 あいつは、毛利探偵事務所で居候していると聞いている。

 会うためには……。

 

 服を着替えたあと、快斗は“秘密の部屋”へと向かう。

 

 

「――しばらく大人しくしてたからなぁ……世間様は忘れちゃってっかな? まあ、元々狙ってたヤマだったし、肩慣らしがてら、まずは自己紹介といくか……」

 

 

 快斗の脳裏に、以前見た、花梨の幼なじみである鈴木園子の顔が浮かぶ。

 

 

(……あの鈴木財閥の令嬢なら、キッドが動けば必ずあの『眠りの小五郎』に泣きつくだろう。……そうなれば、妙に勘の鋭いボウズもセットでついてくる……)

 

 

 花梨の周囲を嗅ぎ回っている“警察を騙る集団”の目を盗み、なおかつ自分に敵対心のない(と快斗は思っている)コナンに接触するには、これが一番確実で安全な方法だ。

 

 カタカタと、運命を動かすタイピング音が秘密の部屋に響く。

 

 

「月が二人を分かつ時――……と、うん。いい出来だ」

 

 

 最後に署名として「怪盗キッド」と入力し、印刷する。

 手袋をはめて、プリンターから出てきた予告状を手にして眺め、快斗はニヤリと笑った。

 

 

「……ボウズ、オメーには聞きたいことが色々あるけどよ……黒羽快斗としては接触したくねーんだわ、悪ぃな」

 

 

 黒羽快斗として、花梨抜きで会おうとは思わない。

 あの鋭い観察眼は、花梨がいれば彼女に向くけれど、黒羽快斗個人で会ったとき、キッドとしての自分に向くのは、遠ざけたい。

 

 

(あの目がな……『男の子』っつーより、『男』だったんだよな……オレと同じ目、してたよな)

 

 

 あの小さな少年の、花梨を見る目は自分と同じ。

 ただの直感だが、侮れない。

 いつか、彼が真実に辿り着いてしまいそうで……。

 

 彼女と付き合っているのが犯罪者だと思われては困るのだ。

 

 花梨は快斗の光。

 本当は、明るい光の中で輝いていて欲しいけれど、彼女はきっと、暗闇の中でも輝き続けることのできる“光”そのもの。

 

 ……いまさら手放すことなどできるものか。

 

 快斗は、気休めかもしれないが、せめて、自分の存在がばれないように注意を払っておきたかった。

 

 そうして後日、予告状は無事、鈴木財閥へ届けられた。

 

 

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