▽前回のあらすじ
駅前で老婆を助けた快斗は、悍ましい威圧感と共に深層意識を覗き込まれる。老婆の正体は、変装した花梨の祖母・多紀だった。花梨の言霊の防壁に阻まれキッドの正体までは見抜けぬものの、快斗の名を呼んで美女の姿で去っていく多紀。異界の存在を確信した快斗は、常識の世界を捨てて花梨を奪還する覚悟を決める。
第231話
※原作と時期が異なるので、内容が一部異なります。
「妙だな……」と感じてもそっとしておいてくださいw
◇
六月二十一日。
日中雨が降ったその日、蘭は園子と渋谷まで出かけていた。
「ただいま……」
「おー、おけーり」
探偵事務所に戻って来た蘭に、営業時間を終え、酒をあおってすでに出来上がった小五郎が赤い顔で応える。
……今日は依頼がなかったらしい。営業時間内に飲み始めたらしく、デスクの上の酒の缶は二本目だ。
そんな小五郎の前で、いつもの蘭なら、「お父さん! もうすぐご飯なんだから飲み過ぎないで!」とでも言いそうなものなのに、肩を落とし、黙り込んでいた。
「蘭姉ちゃんどうしたの……?」
蘭に元気がない。
心配になったコナンは、問いかけた。
「実は今日ね、園子と会って、お父さんに怪盗1412号を捕まえて欲しいって話を聞いてたんだけど、その帰りにね……――」
彼女の口から語られた内容の――後半部分に差しかかったところで、コナンの目が大きく見開く。
「ええっ? 新一兄ちゃんと、渋谷ですれ違った!? ウソだ……」
「ホントよ、ホント! なのに声かけてくれないのよ! ひどいと思わない?」
さっきまでしおれていた蘭が、拳を握ってプリプリと怒り出した。
(おいおい、オレは渋谷なんて行ってねーし……だいいち体だってまだ元に……)
コナンにはそんな覚えがない。
今日は阿笠博士のところへ行って、黒の組織を抜け出してきたという『灰原哀』という少女に会っていた。
組織の情報を引き出すついでに、行方不明の花梨の写真を博士のパソコンに表示し、「組織で彼女を見かけなかったか」と詰め寄ったが、彼女の口から出たのは「知らないわ」という冷淡な答えだけ。
手がかりを失い、やりきれない気持ちで探偵事務所に帰ってきた矢先に、身に覚えのない目撃談だ。
(じゃあ、蘭が見たっていう『工藤新一』は……いったい誰なんだ……?)
コナンが考えを巡らせていると、酔った小五郎が口を開いた。
「フン! どーせ愛想つかされたんだよ! ほっとけよ、あんな推理バカ……」
小五郎は再び酒をグビグビとあおる。
工藤新一は、娘にちょっかいをかけてくる生意気な小僧……父親として面白くなかった。
「……そうよね……なんか女の子と歩いてたみたいだし……」
「人ちがいだよ! 人ちがい! 気にすることないよ!」
再び、しゅんと落ち込む蘭に、コナンは慰めの言葉をかけるが――。
蘭の目が半目になった。
「…………」
「え? なに?」
なにか変なことを言っただろうか。
コナンはわからず、ジッと見てくる蘭に愛想笑いを浮かべる。
「それより、さっきの話、本当か? 怪盗なんたらを、オレに捕まえてくれっていうの……」
小五郎は、蘭が最初のほうで語っていた「怪盗」について話題を戻す。
ここ数日、依頼がなかったからか、仕事の話ならありがたい。
「怪盗1412号よ!!」
「なんだよ、その1412号って……?」
「それが出どころがよくわからないらしいのよ……」
蘭は、園子から聞いた「怪盗1412号」についての説明をし始めた。
怪盗1412号……世界を股にかけ、美術品や宝石を荒らし回る大泥棒で、FBIやCIA、インターポールが極秘に彼に付けた
日本では別の愛称が付いているみたいだけど……と。
(ウソくさー……)
あまりのスケールのでかさに、コナンは呆れてしまう。
「フン、どーせ、語呂合わせ……
英語で、
赤い顔で謎解きをする小五郎はドヤ顔だ。
「そんなんじゃなかったと思うけど……」
眉を下げる蘭の後ろで、コナンはまだ呆れ顔だった。
(アホらし……泥棒なんて興味ねーや……。明日も博士んとこに行かねーと……)
こちとら毎日のように遭遇する殺人事件や、花梨の捜索で忙しいんだ。
泥棒の話など興味はない。
「ボクもう寝るー……」
退屈な話に、コナンの口から大きなあくびがこぼれる。
二人の話は続いているが、三階に戻ってもう寝ようと踵を返したそのとき――。
「あ、そうそう、怪盗1412号から園子ん
「変な予告状……?」
「だって意味がよくわからないんだもん……暗号みたいで……」
蘭の声にコナンは足を止めた。
(……暗号……?)
ふとコナンが振り返ると、蘭が小五郎に予告状のコピーを手渡していた。
赤い顔の小五郎はそのコピーを眺め、読み上げる。
「えーなになに……。F……b moon……月が二人を分かつ時、漆黒の星の名の下に波にいざなわれて我は参上する……。――六月……? 『怪盗……』? 破れてて読めねーな……」
予告状のコピーは、冒頭の一部と、肝心の日付、そして「怪盗――」の文字の直後がビリビリに破れていて読めない。
「仕方ないよ、園子のお父さんが、これが届いた時、怒って破っちゃったのを貼り合わせたんだから……ちょうど『六月』のあとの数字のところが切れちゃってて。でも、最初の文字と、背景のこの赤い丸がヒントなんじゃないかって警察の人が……」
「しかし、わけわからん文章だ……。いったいいつ現れるっていうんだ? この背景の赤い丸がヒントねえ……」
貼り合わせられた予告状には、文字の下に背景として、薄い赤の大きな円が描かれていた。
その円には独特の模様があり、どう見ても月に見える。
確かに、冒頭にも『moon』という単語が書かれている。
「あ、うん、なんかね、それお月さまらしいの」
「月だぁ? 月っつーのは白、もしくは黄色いもんだろ?」
「それが、ストロベリームーンなんじゃないかって……」
「すとろべりーむーん?」
コピーを手に話し込む小五郎のもとへ、コナンは気配を消すように近寄り、予告状をじっと覗き込んだ。
(……六月……ストロベリームーン……。たしか、今月三十日の満月がそう言うんじゃなかったか……? 満月、か……)
コナンの脳裏に、ふと、あの純白の髪を持つ少女の顔がよぎる。
どうやら、警察の分析班もこの背景の意味だけは正確に読み取っていたらしい。
「ん? オメー寝るんじゃなかったのか?」
「コナン君?」
予告状を食い入るように見つめるコナンに、小五郎と蘭が不思議そうな視線を投げかけてくる。
(……鈴木家の『
文字が掠れて、一部が隠れてしまっている冒頭の単語。
コナンは眼鏡の奥の目を細め、その
(……ん? なんだ、これ……背景にまだ文字が……『before』……?)
背景の月のイラストをよく見ると、縁には白抜きで『before』と書かれていた。
(『before』……? ストロベリームーンの"前"……? ……いや、満月の前日……? 月が赤く見えやすいのは月の出の頃……そこを指してるのか……?)
「コナン君?」
「ねえ、今月の満月ってストロベリームーンって言うんだって! テレビでやってたよ! ねえねえ、おじさん。この『びふぉあ』ってどういう意味なの?」
まだ泥棒が現れる正確な時間までは分かっていないが、まずは一歩。
コナンはわざと子どものフリをして、背景に書かれている白抜き文字を指差す。
小五郎にヒントを与えてみたが、彼が答える前に蘭が割り込んだ。
「あら、コナン君よく見つけたね! それはね、『前に』って意味よ」
「っ……へえ。そうなんだ……」
蘭は褒めるように、白抜き文字を見つけたコナンの頭を優しく撫でる。
子ども扱いされたコナンは、ちょっぴり気まずい。
「前に……ん? ……んぉおおおおっ!! 泥棒が来る日がわかったぞ!! そいつは六月三十――」
「そうなの! 三十日に現れるって話なんだって!」
「あ、来る日はわかってたのね……」
「うん、その『before』って文字を見つけて、三十日だって分かったみたい。なんでも、月が赤く見える時間帯の前じゃないかって」
小五郎が「名探偵のひらめき!」とばかりに声を張り上げた瞬間、蘭が嬉しそうに大きく頷いた。
実は園子から、その部分についてはすでに説明を受けていたのだ。
「うんー、なんかストロベリームーンだって気づいた人が『予告日はこの日だ!』って。だからその日に警察がたくさん来るみたい」
「そこで、オレの出番ってわけだな!」
「予告日がわかったお父さんなら、きっと捕まえられるよね!」
「ハッハッハッハッ! この名探偵、毛利小五郎にまっかせろいっ!!」
蘭と小五郎、親子ではしゃぐ姿を横目に、コナンはデスクに置かれた予告状をもう一度見下ろし、呆れたような苦笑を漏らした。
「……ははは……無理だろ」
(怪盗1412号……。どんな奴かは知らねぇが、オレがこの暗号、すべて解き明かしてやるよ……)
六月三十日。
警察が怪盗を待ち構える日まで、あと九日――。
そしてコナンと“怪盗1412号”、運命の邂逅まであと九日。