▽前回のあらすじ
渋谷で新一そっくりの少年を見かけたと怒る蘭。そんな中、鈴木財閥の元に届いた「怪盗1412号」からの予告状のコピーが探偵事務所に持ち込まれる。破られた暗号から、コナンは犯行日が六月三十日の満月だと見抜く。花梨の捜索が難航する中、新たなライバルとの運命の邂逅が幕を開ける。
第232話
※原作の推理部分を一部カットしています。
◇
六月二十九日、午後十一時四分。
昼間、米花博物館で鈴木家の守り神、世界最大の黒真珠『
博物館では予告日前日だというのに、多くの警察官が配備され、物々しい雰囲気だった。
小五郎に付き添って博物館へ行くまでは、暗号を完全に解くことはできなかったが、現場での警察の何気ない一言にヒントを得て、怪盗1412号が、ストロベリームーンを迎える前に現れる場所を、確実に突き止めたのだ。
(『漆黒の星』の展示期間は三十日まで……けど、ストロベリームーンを迎えるのは夜だ。その時間には、当然もう閉館している。それじゃ予告と噛み合わねえ……)
(捜査本部は三十日の夜を警戒してる……。けど違う。『before』は日付じゃねえ……。ストロベリームーンを迎える“前”を指してるんだ……)
(……ただ問題はそこじゃない。“どこに現れるか”だ……!)
(まだ『F□b moon』の謎だけは解けてねえけど……それは現場で解き明かせばいい)
そうと決まれば、
『ねえ、もう帰ろーよ――……こんなトコいてもつまんないよ――……』
そう言って、蘭と園子が「いつも現場にいたがるくせに、変ねー」と首をかしげるなか、コナンは早々と博物館から帰宅した。
(泥棒が現れるとしたら、あそこしかない――)
……そうして、現在。
「寝てる寝てる……」
蘭の部屋のドアをわずかに開き、中を覗き込む。蘭はベッドの中でスゥスゥと心地よさそうな寝息を立てて熟睡していた。
その確認が取れると、コナンは足音ひとつ立てず、静かに探偵事務所の玄関を抜け出した。
(そうだ……行く前に博士に電話しとくか……)
夜の静寂に包まれた街へ飛び出す途中、二階の事務所に一度寄り、阿笠博士の自宅へ電話を入れる。
『なに? 怪盗1412号のことを調べてほしいじゃと? 花梨くんのこともまだ調べ終わっとらんというのに……』
「頼むよ博士、父さんの犯罪ファイルにあるはずだから……」
阿笠には、以前から行方不明である花梨の捜索を最優先で頼み込んでいる。
十一日、地方紙に小さく載っていた、白河の次期当主候補者として急浮上した女の名――花梨の天敵である、一条稀華。
彼女は花梨が姿を消してからというもの、まるで好機を得たかのように、メディアや社交界への露出を増やしていた。
おそらく、あの女がきっかけで花梨は誘拐された。
その後、何らかの理由で黒の組織へと連れ去られ……だが、つい最近、蘭の電話に出たのだ。つまり、花梨はまだどこかで、懸命に生きているはず。
……稀華は、花梨がもうこの世にいないと高を括っているのだろう。
一方で、肝心の花梨に関する情報は、相変わらず闇に葬られたように何も出てこない。
組織の脱走者である灰原哀に花梨の写真を見せて問い詰めた際も、一瞬、目を見開くほどの明らかな動揺が見られただけで、結局は「知らない」の一点張りだった。
けれど、灰原は灰原で、新一には隠れて独自に“花梨”に関する何かを調べている様子だった――と、博士がこっそり教えてくれた。
やはり、灰原と花梨は、組織のどこかで会ったことがあると見て間違いない。
(博士、悪い。両方とも、オレには絶対に外せねーんだ。頼むよ)
博士に負担をかけて悪いなと思いつつも、コナンの声には一歩も引けない探偵の覚悟が滲んでいた。
『そんなもんどーするんじゃ?』
「今からそいつに会いに行くから、知っておきたいんだ……」
『会いにって……彼の居場所を知ってるのか?』
「ああ……奴の通り道の見当ならついてるよ……」
『だったら、なんで警察にそれを……?』
「オレも直接見たくなっちまったんだよ……今時、予告状を送りつける、レトロな泥棒さんの
カチャリ、と受話器を置き、コナンはしばし黙り込む。
(F□b moon……fab? feb? fib……?)
(fib……嘘。moon……月。“嘘の月”……? じゃあ、この満月自体が嘘だっていうのか……?)
(ストロベリームーンは表向きのヒント……つまり、もう一段深い暗号があるはずだ……)
(本命は“F□b moon”の方か……?)
(……“嘘の月”か……)
「……月……か……」
ふと、事務所の窓の外に広がる夜空を見上げた。
空には、翌日の満月を待つ月が浮かんでいる。
今はただ、白く澄んだ美しい月光が、優しく街を見下ろしていた。
丸い月を見ると、どうしてもあの白い髪の少女――花梨を思い出してしまう。
どんな時も、その神秘的な金色の瞳で、新一の心を明るく優しく包み込んでくれた大切な幼なじみ。
彼女は今も、きっと孤独な闇の中で自分の苛烈な運命と戦い、辛い思いをしているに違いない。
「花梨……オメーも今、この月を見てるのか……?」
コナンは小さく呟くと、夜の闇を裂いて全力で駆け出した。目指すは、あの“泥棒”が現れる約束の場所。
初めは一ミリも興味のなかった予告状だったが、そこに描かれた歪な月夜の暗号に、知らず知らずのうちに花梨の影を追いかけてしまっていた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
(……オレの推理が正しければ、杯戸シティホテルの屋上――!! そこに奴が現れる!)
昼間、警官が何気なく口にした「時計」と「太陽」という言葉。その何気ない会話の中に、暗号を解く最後の鍵が隠されていた。
時計と太陽の位置関係をヒントに、暗号を読み取り導き出した答えは、杯戸シティホテル……。
花梨が広田雅美と会い、あの忌まわしい呪いの封筒を受け取ってしまった因縁の場所。
コナンはホテルの手前で一度立ち止まり、月光に照らされる無人の屋上を鋭く見上げてから、再び力強く地を蹴った。
(花梨……。ここでお前、蘭と楽しそうにケーキ食ってたじゃねーか……。くそ、いや、それより今はあの泥棒だ――)
脳裏に勝手に浮かぶ花梨の笑顔を振り払うように、コナンはホテルのロビーへと滑り込み、屋上を目指す。
その後ろでは、張り込みをしている刑事が、ホテルへ向かうコナンを見送った。
そして日付が二十九日から三十日へと変わる直前。
一方で。
月下に映える純白のシルクハットとマント――怪盗キッドの衣装に身を包んだ快斗はといえば……。
杯戸シティホテルよりはるかに高い東都タワーの展望階……の上、その吹き晒しのトラスに立ち、ハンググライダーをカチリと装着しながら、夜空の満月を見上げていた。
ふと、ピピピ……。
零時を知らせるアラームが鳴った。
「時間だな。満月か……花梨。月を見ると、どうしてもお前を思い出しちまう。お前は本当に、月みたいな女だよな。月のない夜、初めて
白布のマントが夜風に激しく翻る。
月明かりに照らされた快斗の瞳には、かつての無邪気な光はなく、ただ深く昏い執念だけが渦巻いていた。
「……けどな、花梨。オレは怪盗だ。一度手に入れた、世界で一番大切なお宝は、ぜってぇ手放さねえ。たとえ誰に奪われても、この手で必ずオメーを奪い返してやっからな……」
昏い瞳のまま、快斗は遠く――自分の着地予定地である、杯戸シティホテルの屋上方面をじっと見据えた。
これから仕掛ける大がかりなマジック、その『
(ボウズ――来てるか? オメーがオレの見込み通りの男なら、オレの
タンッ!
快斗は軽く鉄骨を蹴り、夜空へと身を投げた。
白い翼を大きく広げ、満ちる月の光を背に浴びながら、因縁の杯戸シティホテルへと向かって音もなく滑空を始めたのだった。