▽前回のあらすじ
杯戸シティホテルの屋上で、コナンはついに「怪盗キッド」と対峙する。常人離れした声色マジックで警察を翻弄するキッド。そのモノクルの奥で、快斗は花梨の記憶のノイズの正体を探るべく、小さな探偵を冷徹に見据えていた。ヘリが包囲する中、伝説の知恵比べが幕を開ける。
第234話
※物語の都合上、時期が原作と異なります。
「動くなキッド!!」
扉から血相を変えて現れたのは、中森警部だった。
彼は拳銃をキッドにピタリと向け、じりじりと距離を詰めてくる。
「これはこれは、中森警部……お早いお着きで……」
「フン! 何を言う……ワシがきさまの予告状を解いて、ここを張ってたのを知ってたクセに……。ハンググライダーでここから飛び立つと踏んで、ホテル内の人間をすべて調べ、玄関口を固めていたが……まさか東都タワーから迂回して、ここに降り立つとは、思ってもみなかったよ……」
中森警部の後ろから、ぞろぞろと拳銃を構えた警官たちが突入してくる。ざっと見積もって二十人ほど。
これだけの人数で屋上を完全封鎖すれば、いくらすばしっこいキッドといえど、もう逃げ場はない――そう踏んで、中森警部はさらに距離を詰めていく。
「だが、あの真珠はあきらめろ……きさまには、もう逃げ場はない……」
だから大人しくお縄につけ。そう確信する中森警部だったが――。
「フフフ……今夜は、あなた方の出方を伺うただの下見……盗るつもりはありませんよ……」
「なに!?」
「おや? ちゃんと予告状の冒頭にしるしたはずですよ……」
キッドは手元のスイッチをスマートに押した。
すると、彼の背中に純白のハンググライダーが鮮やかに展開される。
「
ニヤリと深く嗤い、ハンググライダーの腰ベルトをがっちりと装着するキッド。
「や、奴を飛ばすな! かかれぇ!!」
中森警部の大号令で、距離を取っていた警官たちが一斉にキッドを目がけて駆け出した。
ところが、キッドの白い袖口から、小さな金属製の筒がカランと零れ落ちて、床で激しく弾ける。
次の瞬間――、視界のすべてを奪う圧倒的な白い閃光が、屋上を覆いつくした。
「閃光弾!?」
(オレが持ってきた花火と同じか――!?)
突然の猛烈な光に、コナンは反射的に腕で目を覆う。眩しすぎてキッドの姿が完全に視界から消える。
だが、その光の濁流の奥から、低くよく通るキッドの声がコナンの耳に届いた。
「よぉ、ボウズ……知ってるか?」
「!?」
「怪盗は、あざやかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが……探偵は、その跡を見て、難癖つける……ただの批評家に過ぎねーんだぜ?」
「なに!?」
コナンが声のするほうへ飛び出そうとしたその時、『ポン』という何かが弾ける音と共に、一気に濃い白煙が立ち込めた。
直後、閃光弾の光が収まり、ヘリの照明が照らし出したのは――キッドが立っていた場所に残された、虚しい白い煙だけだった。
「きっ、消えた!?」
「どこへ行った!?」
驚愕の叫びが何人も同時に重なり、すぐさま中森警部が無線で上空のヘリと連絡を取り合う。
(バ、バカな!? これだけの包囲網だぞ……!?)
コナンは、慌てふためく屋上の警官たちと上空のヘリを見上げ、“あり得ない”とばかりにあたりを激しく見回した。
「くそっ、またしても逃げられたか……」
ギリッと奥歯を噛みしめる中森警部の後ろで、コナンも空を飛ぶ白い翼を探したが、夜空のどこにも彼の姿は見つけられなかった。
(じょ、冗談じゃねー!! 人間が……人間がそんな簡単に消えるわけない!!)
諦めきれず、コナンは屋上の端から身を乗り出すように目を凝らす。
だが、やはり夜空には何も飛んでいない。
(いったいどこに消えたっていうんだ……!? ……ん?)
ふと、そこへヒラヒラと、一枚の紙がコナンの足元に落ちてきた。
その紙を拾い上げると、今夜の予告状と同じ書体で文字が綴られている。
“
7月14日
横浜港から出航する
本物の漆黒の星を
いただきに参上する
怪盗キッド
”
鮮やかな赤いバラの花が一輪添えられたその紙は、次なる真剣勝負を告げる犯行の予告状だった。
「こ、これは!!」
コナンの背後から、中森警部がその予告状を強引に覗き込む。
中森警部はその予告状をコナンからひったくるように奪うと、「総員撤収だ!」と叫び、警官たちを引き連れてバタバタと去っていった。
……屋上に、たった一人だけ警官を残して。
「……7月14日……Q・セリザベス号か……」
(怪盗キッド……! 次はぜってぇ、オレがその正体を暴いて捕まえてやっからな……!)
コナンは
そんなとき――。
「……ボウヤ、もう遅いから送ってくよ」
「へ?」
不意に背後から優しくかけられた声に、コナンはハッとして振り返った。
そこに立っていたのは、若い制服警官――中森警部が“子供の保護用”にその場に残していった、一人の男。
「こんな夜遅くに、どうしてこんな場所に来たんだい? 親御さんは?」
「え? あ、あははは……ボク、今日このホテルに泊まってて夜景を見ようと思って、抜け出してきちゃった。すぐ部屋に戻りまーす……!」
「あっ、ボウヤ!?」
とっさに宿泊客の子どもを装い、コナンは小走りで屋上から逃げ出す。
若い警官は追ってこなかったが、ドアを閉める間際、小さく「チッ」と低く舌打ちをするような音が聞こえた気がした。
――ガチャン。
塔屋の重い扉が閉まる。
(……チッ。あのガキ、最後の最後で、とぼけやがって……演技のうまいことで……)
足音を響かせ去っていった、小さな探偵が消えたドアを睨みつけ、快斗は制服のポケットの奥で拳を握りしめ、苦々しく舌打ちを漏らした。
そう――キッドは最初から、煙と共にこの屋上から消えてなどいない。閃光と煙の混乱に乗じ、制服警官の一人として紛れ込んでいたのだ。
(花梨のことを探る暇もありゃしねぇ。…………けど、これでハッキリしたぜ)
あざやかに警察を手玉に取った “怪盗キッド” に気圧されるどころか、一歩も引かずにあの不敵な探偵の笑みを浮かべてみせた、江戸川コナンという小さな存在。
花梨が命がけで隠した『何か』。世界がどれだけ不条理に書き換わろうと、絶対にブレない「真実の目」をしている、あの奇妙で小さな探偵。
(……いいだろう、試してやる。あいつが本当に、花梨の“手がかり”に辿り着けるだけの奴なのかどうか……それだけを見届けさせてもらう)
閉じられたドアをじっと見つめて、警官の制服の帽子を少し上げ、快斗は夜空に浮かぶ白く満ちる月を見上げ、そっと手を伸ばした。
「花梨……オレは、オレの日常を過ごしながら、必ずお前を探し出してみせる。だからお前は “
月に向かって優しく、だけど切なそうに微笑み、快斗はその場をあとにする。
静まり返った深夜の屋上には、冷たい月光に照らされた、一輪の白いバラの花だけが静かに残されていた。