▽前回のあらすじ
蘭を遠くの化粧室へ誘導し、彼女に変装するキッド。道中、花梨の目撃情報や偽りの留学話を聞かされ、焦りと切なさを募らせる。無事に蘭に変装し会場へ戻る中、花梨とヒロの身には新たな不穏な影が忍び寄っていた。
第249話
まがいもの。
「ヒロさん……?」
「彼女が来たよ。念のため――ね」
「彼女って……あ。稀華ちゃん……!?」
ヒロの背後から、花梨はそっと顔を出した。
達也がステージを降りると、入れ替わるように、白い髪と金色の瞳――花梨を思わせる容姿の女性が、白い着物をまとい、さっきまで達也がいた場所へとスタッフに
来賓を代表しての挨拶――ということらしく、マイクの前で、女性スタッフが消毒を終えるのを待っている。
苛立っているのだろうか、彼女は腕を組み、顎を上げ、草履の先で床を何度も叩いていた。
「彼女は潔癖症なのかい?」
「ん~、そうだったかも……?」
ヒロに問われて、花梨は嫌そうな顔で準備を待つ稀華を見つめた。
(稀華ちゃんもやっぱり『白神子』なんだね……! これで、白河家は安泰だね、よかった……)
ステージ上の稀華は、花梨と同じ白い髪と金色の瞳。背は花梨より高そうだが、高いのは身長だけではなかった。
不意にマイクのスイッチが入ると、聞こえてきたのは冷たい言葉だった。
『――何ちんたらやってるの、このウスノロ。早くしなさい。私を待たせるなんて、身の程を知らないの? ……羽虫は羽虫らしく、言われたことだけしていればいいのよ。――って、マイク勝手に入れてんじゃないわよ!』
『す、すみません……!!』
マイクを準備する女性スタッフに、ひどく冷めた目を向けて言い放つ稀華――。
そこまで聞こえたところで、ブツッと音声が途切れた。
声は聞こえなくなったが、稀華は何かを言い募っていた。次第に女性スタッフの顔が青ざめていった。
何を言われたのかはわからないが、消毒が終わると女性スタッフは俯き、駆け足で去って行く。
「っ、あの人、泣いてた……」
視力のいい花梨は、女性スタッフが涙をこぼしながら去って行くのを見てしまった。
(……彼女、大丈夫かな……。稀華ちゃん、また……)
立ち去った女性スタッフは、ひょっとしたら稀華から他にも何か言われたのかもしれない。
稀華にとっては何気ない一言でも、相手にとっては一生残る傷になることもある。
もしそうなら、彼女の心は今、どれほど傷ついているだろう。
自分もかつて、稀華から「白ねずみ」と呼ばれていた。
その時は悲しかった。けれど、今ではもう、遠い昔のことのように感じている。
だからこそ、今まさに傷ついているかもしれない彼女の気持ちを、花梨は案じていた。
「……すごいね、彼女」
ヒロの口から呆れた声が漏れた。
「あははは……。稀華ちゃんは、ちょーっと子供っぽいところがあって……可愛いよね……」
「か、わいい……? ……あれを、可愛いと言える君はすごいね」
「……あははは……」
どうフォローすればいいのだろうか……花梨は頬をぽりぽりと掻くと、苦笑した。
……別の場所では、コナンが稀華の姿に驚愕し、険しい目を向けていた。
(あいつが……一条稀華……! 花梨の親戚で……敵だっていう、あの女か……!! やっと直に拝めたぜ……!)
花梨の命を何度も脅かし、ついには彼女を組織へと送り、幼児化させる大きなきっかけまで作ったかもしれない女――。
コナンは奥歯をぎゅっと食いしばり、ステージの稀華を睨みつけた。
そしてそれは、たった今、会場に戻って来た蘭に扮したキッドも……。
「……花梨? ……じゃねぇな……」
(一瞬、花梨かと思った……けど、さっきの冷たい声……なんだ、あの女は……。見た目は花梨に似せてるけど嘘くせぇ……)
見た目は、なぜか花梨によく似ている。
けれど、人を見る目が違う。
冷たい視線、冷たい口調、人を見下したような振る舞い。
いつでも他人を思いやり、包み込むような優しい花梨とは似ても似つかない。
蘭が見たのは、稀華だったんだろうか――。
鈴木会長に変装していたときから会場を何度か見渡していたが、今日、この船に乗っている白い髪の若い女性は彼女だけだった。
(……花梨じゃねぇけど……なんか気になるな……。一条稀華……か。稀華……? どっかで聞いたことがあるような……)
一条稀華――何か気になる名前だった。
どこで聞いたのだろうか。今すぐには思い出せない。
だが、確実に聞いたことがあるのは確かだ。
(そのうち思い出せるよな……そうだ。せっかくだから、鈴木園子に紹介してもらえばいい……)
園子の家のパーティーだ。来賓の代表を務めるくらいの人物を、園子が知らないわけがない。直接会ってみれば、彼女がどんな人間なのか、なぜ花梨に似せているのかがわかるはず――。
稀華の挨拶が始まるなか、キッドはまず、園子を探すことにした。
『……今宵は新月。新たな始まりにふさわしい佳き日です。鈴木財閥のますますのご発展を、心よりお祈り申し上げます。皆様の歩まれる未来が、月の導きに照らされたものでありますように……』
威風堂々とした態度で、会場を見下ろす稀華。その視線は一見すると慈愛に満ちているようにも見える。
だが、先ほどの一件を目にした者たちは、もう誰もその笑顔を素直には受け取れなかった。
彼女の挨拶は短かった。
あまりにも簡潔だったため、司会が進行を忘れ、ステージ中央の稀華に睨まれて、慌てて進行プログラムを読み上げる。
『い、一条様。大変ありがたいお言葉をいただき、ありがとうございました……』
会場は一瞬、静寂に包まれる。誰かの拍手が“パンッ”と一度鳴ると、続けて拍手があちらこちらから湧き起こり、マスコミのカメラが一斉にシャッターを切った。
稀華はマスコミからマイクを向けられ、照れたような様子でインタビューを受けている。
(あの人……マスコミにはいい顔すんのな……。お! 見っけ!)
チラッとステージを一瞥し、キッドは小五郎と一緒にいる園子を見つけた。そばにはコナンもいる。
小五郎と園子は、蘭の戻りを待っている様子で周りを見回していた。
「……にしても蘭の奴、
「きっとどっかで迷ってるんですよ……蘭って方向オンチだから……」
花梨も方向オンチなんだよな……と思いながら、園子の言葉に、キッドは蘭の声色で答えた。
「どーせ方向オンチですよ!」
「あ、蘭……」
「ねえ……部屋の外の様子どうだった?」
「廊下は刑事さんたちでごった返してたわよ……」
まったく役に立たない刑事たちが確かにわんさかいた。
蘭になり切ったキッドは、園子に会場の外の様子を教えた。
「蘭がいない間に、達也のステージ終わっちゃったわよ」
「えーっ、残念!」
「蘭だけじゃなくて、せっかく招待したのに、花梨も見れなかったなんて……可哀想ね」
「そうだねー……」
(やっぱり花梨、来てねえのか……)
相槌を打ちながら、キッドは胸の痛みを押さえ微笑む。
「ね、蘭。あとで、達也の楽屋に挨拶に行かない?」
「――いいね! 行く行く~!」
「サインもーらお~っと♪」
蘭が楽しみにしていた達也のライブはすでに終わっていた。
園子の誘いにキッドはとりあえず乗っかる。
そんな二人の様子をコナンが呆れ顔で見上げていた。