▽前回のあらすじ
園子から一条稀華の黒い噂を聞いたコナンと蘭に扮するキッドは、彼女と花梨の容姿の共通点に気づく。白河家の不穏な影と花梨の過去に迫るため、三人は稀華のもとへ向かい、キッドは心の中で花梨への強い想いを誓った。
第251話
追いかけて……。
◇
キッドたちがステージに近づくと、ちょうどインタビューが終わったのか、稀華は護衛らしき黒スーツの男たちに囲まれ、去っていく。
護衛の数は六人……皆屈強な体躯の男たちばかり。かなり物々しい雰囲気で、キッドたちが近づけるような空気ではなかった。
白河家の持つ異能、過去視・未来視は知る人ぞ知る能力だという。
それほどの力を持つ一族なら、あれだけの護衛がついているのも不思議ではないのかもしれない。
稀華がいなくなると、マスコミも散らばっていった。
「あ、行っちゃった。……追いかけるのもあれだし、やめときましょ」
「「うん……」」
((クソッ、せっかくのチャンスだったってのに……!!))
園子がほっとしたように稀華を見送ると、キッドとコナンは同時に肩を落とした。
一方で、花梨はといえば――。
ケーキを刺したフォークを手に、稀華が泣かせたスタッフの背中をしばらく追っていたが、途中で見失っていた。
「ヒロさん! 追いかけよう!」
テーブルにフォークを置き、花梨が「あっち!」と指を差す。
方角からすると、稀華が向かった控室方面だった。
「えっ!? 一条稀華を!?」
「ううん! さっきのスタッフさん! 誰かに聞けばわかるよね!?」
「あ、ああ、多分……」
(花梨ちゃん、真面目な顔も凛々しくて可愛いけど、口の周りにクリームが付いてるよ……。君って、いちいち可愛いな……)
花梨が何を思ってそんな行動に出ようとしたのかはわからない。
だが、ヒロは彼女の望む通りに動くだけだ。
まずは、ハンカチで彼女の口元を拭ってやってから、消えたスタッフの元に向かうことにした。
ところが、それは叶わなかった。
花梨とヒロが、スタッフが去っていったと思われる通用口へ行こうとすると、給仕服を身にまとい、ドリンクの乗ったトレーを手にした男性スタッフに呼び止められた。
「お客様。失礼ですが、ここから先は関係者以外立ち入り禁止となっておりまして……」
男性スタッフが案内板へと視線を向ける。花梨もそちらを見ると、そこには『STAFF ONLY - 関係者以外立入禁止 -』と書かれていた。
「え、あっ、ホントだ。すみません……では、あの……さっき稀華ちゃん……あ、一条さんのマイクをセットしていた方を、探していただけませんか?」
「さっき……? ああ、確か、内野だったかな……。お知り合いですか?」
先ほどの女性スタッフを知っている様子の彼。
名札を見ると、名前と役職名が書かれていた。どうやら彼はフロアチーフらしい。
ちょうどよかった――と、花梨は首を振って続ける。
「いえ、違うんです。ただ、その内野さんが心配で」
「心配……?」
男性スタッフが首を傾げると同時に、ヒロから「リン、これ以上は……」と制止の声が飛ぶ。目立つ行動は避けなければならない。
花梨はここまでか――と、しぶしぶ頷き、最後に一言だけ伝えることにした。
「お仕事中すみません。見つけたら、『早まらないで、あまり一人で抱え込まないように』とお伝えくださ――ぁっ」
「早まらないで……とは、一体どういう意味ですか……? あ! お客様!?」
言い終わらないうちに、ヒロが花梨の手を強く引き、その場から立ち去る。
男性スタッフは慌てて呼び止めたが、二人はあっという間に人混みに紛れた。
「っ、ヒロお兄ちゃん!? いったいどうし――」
「しっ。さっき、あの男性スタッフの背後に、一条稀華のボディーガードが見えたんだ。もし、君の声を聞きつけられたらまずいからね」
「っ……」
流れるようなエスコートを受けて、花梨はヒロに腕を引かれる形で、すっぽりとその身を隠される。慌てて口を噤んだ。
「落とし物でもしたのかな。きょろきょろしてる。リンは、これでも飲んでなさい」
ヒロは、ボディーガードの動きを密かに窺いながら、いつの間にか手にしていたグラスを花梨に手渡した。
「……ヒロさん……(すごい、頼もしい~~っ……!)」
花梨はヒロを見上げて、サングラスの奥で瞳を輝かせる。
ヒロは背中にも目がついているんじゃないだろうか――。そう思えるほどに、ボディーガードの位置を完璧に把握していた。
ヒロの後ろ、わずか二メートルの距離を、稀華のボディーガードが通り過ぎていく。
その男の気配を察知したヒロは、鋭い視線を一瞬だけ伏せ、何食わぬ顔でやり過ごした。
「……こら、今夜は『ヒロさん』だろ?」
「っ……ヒ、ヒロさん……?(はぅぅっ……!?)」
耳元で囁かれた低く甘い声と、すぐそばを掠める吐息。
いつもより遥かに近い距離と、金髪ロン毛&小麦肌のエキゾチックな容姿に当てられ、花梨は軽くめまいを起こしかけた。
「ふふっ、リンは可愛いね。お酒でも飲んじゃったかな? ノンアルコールジュースなのに、耳まで真っ赤だよ?」
「っ……」
(ヒ、ヒロお兄ちゃんが、いつもと違う……!!?)
グラスを持ったまま硬直する花梨を包み込むように、ヒロの手がそっと頭をポンポンと優しく撫でて、静かに距離を離した。
「……よし、もう行ったよ。やっぱり落とし物を探していたみたいだね。小さな何かを拾って、そのまま走り去っていったよ」
「っ……ヒロさん、今日は一段と大人の色気が駄々漏れです……。私には刺激が強すぎて……鼻血出そう」
「はな、ぢ……? ぷっ、あははは! ホンット、君って子は……!」
花梨の真剣な(しかし斜め上の)感想に、ヒロは思わず目を瞬かせたのち、盛大に吹き出した。
周囲も優雅な談笑タイムの最中で賑やかだったため、誰も二人のやり取りに気を留める者はいない。
「もし今、ヒロさんの彼女さんがこの会場にいたら、誤解をされちゃいますよ?」
「ははっ、変装してるし大丈夫だよ――と言いたいところだけど、残念ながら彼女はいないんだ。俺は今、俺の女神さまに夢中だからね」
片目をパチンと閉じて、ヒロがからかうように微笑みかける。
今日のヒロは、いつもよりやけに距離が近い。そして、ひどく楽しそうに笑っている。けれど、その「俺の女神さま」とはいったい誰のことなのだろうか。
一緒に暮らし始めてかれこれひと月近く経つが、ヒロの口から飛び出した「俺の女神さま」とやらに、花梨はまだお目にかかったことがない。
「女神さま……? え、ヒロさんって、もしかして何か新興宗教に入信されているんですか……?」
「ぷふっ! に、入信って……あははははっ!!」
ヒロは以前、セーフハウスに連れてきたばかりの花梨に、「君は俺の女神さまなんだから」と伝えたつもりだったが、彼女の記憶からはすっかり抜け落ちているらしい。
肩を震わせて笑うヒロを見上げて、花梨は真剣な顔で首を傾げた。
「しゅ、宗教の自由は法律で認められていますから、心酔する対象があるのも自由ですもんね……! あの、よかったら今度、その『俺の女神さま』を教えてください! わ、私もそのお方にご挨拶してみたいです!」
「ふはっ!! はははははっ、ダメだ、お腹が痛い……!」
同居人として、ヒロのパーソナルな部分を少しでも理解したい。
そんな純粋な思いを瞳に宿して詰め寄ってくる花梨が愛おしすぎて、ヒロの目尻にはうっすらと涙がにじんでいた。
「そんなに笑わなくても……!」
「ああ、ごめんごめん。リンがあまりにも真剣で可愛くてね……ははは」
すっかり笑いのツボに入ってしまったヒロに、花梨はぷぅっと可愛らしく頬を膨らませる。
ただ、ヒロのことをもっと知りたかっただけなのに――と、花梨が不満そうに口を開きかけたそのとき。
突如として、会場の空気がピリッと張り詰めた。
ステージのほうが、一斉にざわめきだしたのだ。
ステージの袖から、髭を生やした強面の男が、マイクを手に歩いてくる。屈強な体躯をスーツに包んだその姿は、ただの余興の司会者とは思えない。殺気すら帯びた、圧倒的な威圧感を放っている。
男はステージ中央に歩み出ると、袖にいる誰かに軽く頷き、そして――。
館内に設置されたスピーカーから、司会の音声が響き渡った。